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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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二日目のこと 前編

「おはようございます!アルファータ様、アライナティアス様!さぁ!わたしに魔法を教えてくださいませ!」


 翌日の朝食前、早速魔法を教えてもらおうと住処に押し掛けたわたしは、寝ぼけたアルファータ様に魔法で縛られ、悲鳴を上げる羽目になった。緑色の蔦に絡めとられ逆さ吊りだ。

 頭に血が上っちゃうよ!

 わたしの悲鳴で、2階から駆け下りてきたアライナティアス様は蔓で縛られ吊るされているわたしを見て盛大に笑い、アルファータ様は瞼を擦りながら起き上がりわたしを視認すると再びシーツを引っ張ってベッドに潜り込んだ。


「アルファータ様!アルファータ様っ!ほどいてくださいませ!」

「………」


 無視か!


「あははは!リリマリア、私が下ろしてやるから少し待て。アルファータは寝起きがものすごく悪いのだ。昨日教えておくべきだったな」

「だからといって、縛るなんて!」

「まぁまぁ、許せ」


 アライナティアス様が杖を振るとわたしに絡みついた蔦が解けて、ゆっくりと地面まで誘導してくれる。地面に降り立つと腰が砕けて思わずしゃがみ込んでしまった。

 はあぁ……なにこれ朝から疲れた。魔法を教えてもらおうとしただけなのに……。

 眠りを妨げたわたしを排除したアルファータ様はすやすやと穏やかな寝息を立てている。寝顔は無駄に綺麗だ。

 昨日は見ることができなかった住処が見たかったのもあって早朝に押し掛けたけど、まさか入ってすぐのところでアルファータ様が寝ているとは思わなかった。なんでこんなところにベッドが設置されてるのか。


「アルファータ様の寝る場所はここで正しいのですか?」

「そうだなぁ。結界も張ってあるから侵入される可能性は低いのだが、護衛もかねて講師はだいたいこの辺で寝る。まぁ、昨夜は必要なかったはずなのだが……大方面倒だったのだろう。2階に行ってみるか?1階が男子、2階が女子と決まっている」


 アライナティアス様は「どうせアルファータが起きるまで、まだかかる」と笑った。

 2階には部屋が二つあった。アルファータ様は男性だから女生徒2人と男子生徒1人の組み合わせになるそうだ。そのため、女子部屋が二つ用意されている。アライナティアス様が昨夜使った部屋に一緒に入ると、彼女はベッドにわたしは側にあった椅子に座った。


「起き抜けでこんな格好でわるい。なんでまたこんな早朝にきたのだ?」

「住処を見たかったのと、魔法を教えてもらうためです。まさか、アルファータ様の寝起きが悪いなんて思いませんでした」

「あははは!この寝起きの悪さだけが心配なのだ。リリマリアと同じ目にあったのは一人二人の話ではない。困ったものだ!」


 まったく困っている様子のないアライナティアス様は笑いながら言った。

 せっかく入った部屋を隅々まで見るためにキョロキョロと視線を回す。中は内壁が、外壁と同じ不思議な質感であることを除けば特に変わったものはないようだ。むしろ、旅をする間に住む場所とは思えないくらいちゃんとした部屋だった。ベッドにクローゼット、勉強机まである。アライナティアス様に聞けば、1階にはお風呂もキッチンもあるそうだ。

 快適過ぎじゃない?テントとか野宿とかじゃないの?


「それで、どんな魔法が知りたかったのだ?」

「エレノグレース様に手紙を送りたかったのです。それで……」

「ああ。そういうことか。私が教えてもいいのだが、アルファータの仕事を取るのもなあ。朝食の準備でもしながら起きるのを待つか。支度をするから1階に降りていてくれ」


 そう言って立ち上がったアライナティアス様に「わかりました」と返事をすると部屋を出る。わたしは、1階に降りると寝ているアルファータ様とはできる限り距離を取りながらキッチンへと向かった。

 住処のキッチンは子供が料理することを前提にされているのか、少し低く作られている。調理台も広い。鉄板は大人に合わせてあるのか高い。側に踏み台が用意されているけど……。

 アルファータ様もアライナティアス様も、多分身分はすごく高い方のはずだ。なのに、気さくで自分で動くことを厭わない。昨夜も夕食の後は、当たり前のように片づけが分担できた。今も朝食づくりをすることに躊躇いがない。不思議で仕方がない。

 ……この世界の貴族ってわたしの認識と違う?


「待たせたな。さて、朝食は何を作るか。……リリマリアはパンケーキを焼けるか?」


 考えこんでいると降りてきたアライナティアス様から声が掛かった。彼女は昨日の騎士姿とは違う、緩やかなブラウスに裾の長いスカート姿だ。背が高いから騎士姿も格好よかったがこういう格好をしても似合う。……そしてナイスバディだ。出るとこ出てますって感じ。羨ましいです!アライナティアス様!


「パンケーキ、ですか?……焼けますけど」

「それはいい!アルファータの好物なのだ。機嫌は取っておいて悪いことはない」


 からからと笑いながら、エプロンをさらりと巻いたアライナティアス様は手を洗うと小麦粉と卵、牛乳を取り出した。わたしはボウルと計量カップ、泡立て器を取り出す。


「アライナティアス様、魔力を持つ方は身分が高い方が多いのですよね?なぜ、アライナティアス様もアルファータ様も、自分ですることを厭わないのですか?身分が高い方なら従者か側仕えがすべてすると思っていたのですが……」

「学院を卒業している者は、自分のことは自分でできる。旅の間、従者も側仕えも連れていけないからな」

「連れていけないのですか!?」


 なるほど。連れていけないからやるしかなくて身につくってことか。

 それは貴族の子供は大変なんじゃない?だって全部人にやってもらって育ってるよね?


「貴族らしくと育った子供は大変だぞ。ある程度は学んでくるが、それでも甘やかされているからな。はじめはまったくなんの役にも立たん」

「やっぱり……」

「その点、リリマリアは優秀だな。昨日のシチューも美味しかったし、パンケーキも焼ける。自分のことは基本的に自分でするのであろう?」


 量った材料をボウルに入れると泡だて器で混ぜてくれるアライナティアス様の手つきは豪快だ。その隣で小麦粉を篩いにかける。


「もちろん、自分のことは自分でします。エレノグレース様の手を煩わせたくありませんから」

「うむ。……ところでリリマリア、それは何をしているのだ?」

「小麦粉を篩いにかけることで、ダマをなくし空気を含ませているのです。材料がきちんと混ざり焼き上がりがふんわりします。手間ですけど、美味しくなる過程は省いてはなりません!」


 アライナティアス様のボウルを覗き込んで材料が混ざったことを確認すると、今度は別のボウルに分けておいた卵白と砂糖を泡立ててもらうようにお願いした。

 メレンゲづくりは6歳のわたしには無理!

 ガシガシとアライナティアス様は泡立てていく。


「でも、なぜ従者や側仕えを連れていけないのですか?」


 わたしの質問に、アライナティアス様は少しだけ躊躇うような素振りを見せた。ガシガシとメレンゲを立てながら、ふぅっと息を吐くと話し始める。


「……講師を務める者は、いざというとき最前線で働くことになる魔法士や騎士達だ。連れて行く人数が増えれば負担も危険も増える。魔法をものにできるかわからない子供のために大切な戦力となる者たちを危険に晒すわけにはいかない」


 アライナティアス様はそう言うとわたしから視線を逸らして、メレンゲを見た。

 従者や側仕えを連れていけない理由。個人的には納得。次世代を育てるにしても、今いる優秀な人材を危険に晒すことはできないだろう。むしろ最前線で働く人たちの講義を受けることができるなんて願ってもない。


「……それをこれから入学する子供に言うのは酷ではないか?アライナティアス」

「アルファータ」


 いつの間に起きてきたのか、アルファータ様がキッチンの入り口に寄りかかるように佇んでいた。眉間に深く皺を刻みアライナティアス様を見ている。


「だが、事実だな。立派な魔法士、騎士として生き残る術を学ぶという大層な建前が用意されている。……君はそういうことを知っていてもいいかもしれないな」


 わたしに視線を向けるとため息を吐くように言ったアルファータ様は、鬱陶しそうに髪をかきあげた。女性ならドキドキして倒れてしまいそうなほど、色っぽい仕草だ。

 が、わたしは今それどころではない。

 気になっていたのですが、お二人とも、魔法士とおっしゃいましたよね?魔法士って魔法使いよね?


「あ、あの!アライナティアス様、アルファータ様!お二人は今、魔法士とおっしゃいましたよね?それは、その、魔法士とは、魔法使いということで間違いありませんか?間違いありませんよね?」


 ああ。だめ!顔に熱が集まってくる。息が上がる。


「ああ。……魔法士は、魔法使いと同じと考えて問題ない」


 アルファータ様は、眉間に皺を寄せながらわたしの質問に答えをくれる。その手はゆっくりと額へと添えられる。


「そ、それでは、アライナティアス様は、騎士様ですよね?……アルファータ様は、魔法士ということで間違いないですか?講師を勤めるのですから、最前線で働く魔法士と、そ、そういうことで……」


 心臓が痛い。息が上がってきて苦しい。視界が涙で歪んできた。


「あ、ああ……。私は……魔法士だが……」


 後ろに一歩下がったアルファータ様は、躊躇うようにもう一歩後ろに下がる。


「わたし、最前線で働く魔法士様の講義を受けられるどころか、一緒に旅に出れるということなのですね!アルファータ様!」


 叫ぶように言った瞬間、涙腺決壊。両目からとめどなく涙が流れ、床にぼたぼたと零れていく。きっと顔は真っ赤だ。体の中で、魔力が膨れ上がる感覚がある。蓋はきちんとしまっているのか発光はしないけど、フラスコは間違いなく大きくなったはずだ。

 視界が歪んでいて見えないけど、アライナティアス様の笑い声が聞こえて、アルファータ様が盛大なため息を吐いたのがわかった。


 その後、わたしが泣き止むのを待ってから、パンケーキを焼いて朝食にした。メレンゲを作るレシピは一般的ではないようで、アライナティアス様もアルファータ様もそこからどうやってパンケーキの生地にすればいいのかわからなかったそうだ。

 ……すみません。

 でも、メレンゲを入れたふわふわのパンケーキはお二人に好評で、もともと好きなアルファータ様はまったく表情にでなくてぜんぜんわからなかったけれど、アライナティアス様曰く大喜びだそうだ。最後の一口を躊躇いながら口にいれ、噛みしめるように食べるアルファータ様はちょっと可笑しかった。


「私の講義を受けるより、エレノグレース様の弟子ということの方が君にとっては喜ばしいように思うが?」


 不思議そうに言ったアルファータ様を、お茶を一口飲んだわたしは見返す。


「エレノグレース様は、魔法を教えてくださらないのです!身近すぎてどんな魔法使いなのかもわかりませんし……」

「エレノグレースはなにも言わないのか?」


 アライナティアス様が、頬杖をついてティーカップを置いた。


「エレノグレース様は秘匿癖があるのです。ご自分のことはほとんど教えてくださいません」


 その秘匿癖にわたしは憤慨している。

 転生者の先輩として話をしようと言ったくせに、その話もまったく出来ていない!まったくしてくれないし、聞いても答えてくれない!もう!


「そう言われると、エレノグレースの話はしづらいなぁ」

「エレノグレース様のこと知りたいとは思います。でも、……エレノグレース様がお話ししないことを他の人から聞きたいとは思っていません。国王陛下との関係も教えてくださらない気がするのですが、エレノグレース様が話してくださるのを待ちたいんです。エレノグレース様の過去や経歴はわかりませんが、わたしの育ての親であることは変わりませんし、大好きであることも変わりません。だから、お話していただかなくていいのです」

「リリマリア……」


 眉尻を下げて困ったような顔をしたアライナティアス様は、なんだかエレノグレース様の表情を思い出させて、少しだけ切なくなった。

 エレノグレース様は大丈夫かしら?あとで、アルファータ様に手紙の送り方を教えてもらわないと。


「最果ての魔法使いの弟子として国王陛下に挨拶をしているのだろう?」

「え?はあ、そうですけど……」

「ならば、すぐにわかることだ」


 アルファータ様は、椅子に深く座りなおす。

 

「エレノグレース様は元王宮魔法士団団長、そして国王陛下の元婚約者だ」


 アルファータ様、わたしの話聞いていました?

 と、ききたくなるような発言は、内容の攻撃力に飛散した。


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