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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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はじめての魔法

 早朝から風の国の最果てまで来て、エレノグレース様を送り出し、サンサンと輝くわたしを宥め、魔力のフラスコを大きくしたアルファータ様とアライナティアス様は疲れているかと思いきや、そうでもなかった。

 先ほど昼食を終え、エレノグレース様が戻るまで二人が生活する場所を用意すると言って庭に出てきた。


「お屋敷に空いている部屋はございます。わざわざ外に用意しなくても……?」

「急にエレノグレース様を天空の国まで向かわせたにも関わらず、迷惑はかけられない。それに、私達は旅に同行する講師だからな。住宅のように使える魔法具を持っているのだ」

「そうそう。アルファータの住処は結構いいぞ!旅の間はそこで生活することになる。今のうちに見ておいて損はない」


 アルファータ様の手にはコインが握られている。金色のコインだ。よく見ると魔法陣のようなものが刻まれていた。

 アルファータ様は魔法使いの杖を出すと、手の中で大きくする。エレノグレース様とは違う簡素な杖だが、先端に大きな魔石が付いていて、その魔石は不思議な色合いをしていた。緑と赤のマーブルだ。

 杖を使って庭に魔法陣を描いていく。庭の土をガリガリと削るように、描かれる魔法陣はコインの魔法陣ととても似ていた。


「描かれる魔法陣はコインの魔法陣と対になっている。この魔法陣の中心にコインを置いて、発動させることで住処の魔法具が出現する」


 アルファータ様は、講義口調だ。

 あぁ!魔法学院の講義はこんな感じなのかしら!

 説明しながら描きあげた魔法陣の中心にアルファータ様がコインを投げる。コインはくるくる回りゆっくりと落ちていくと、ぴったりと中心にはまった。それを視認したアルファータ様はしゃがんで両手を地面につける。


「住処」


 アルファータ様が呟いた途端、もくもくもくと魔法陣から煙が上がった。その煙は雲のように膨らんで、少しずつお屋敷の形に変化していく。ふわふわ雲のお屋敷が出来上がると、アルファータ様はお屋敷に向かって両手を振り上げた。ぶわっと風が起こり雲を吹き飛ばす。あとには2階建てのお屋敷が出現していた。


「相変わらず、アルファータのものとは思えない控えめな作りの住処だな!」

「アライナティアス、嫌みか?」

「何を言っている。褒めているぞ。私はこれが気に入っているのだ」


 二人はなんだか楽しそうに話しているが、わたしはそれどころではない。

 ま、魔法でできたおうち!魔法のおうち!

 淡い緑色の2階建てのおうちは大きな屋根に小さな煙突のついた家だ。煙突が付いているなら暖炉があるということかしら?

 外壁はレンガでも漆喰でもなくつるりとしていて、不思議な質感だ。屋根も似た素材のようで形だけは家だけど素材が全く想像できない。それがまた魔法っぽくて!テンションが上がってしまう!

 案の定、熱はどんどん顔に集まってくるし、心臓は高鳴るし、息も上がる。けれど、フラスコに蓋をしたおかげか、魔力が膨れ上がる感覚があっても発光することはなかった。もっと、早く蓋をすればよかったよ!


「アルファータ様!家の中を見てみたいです!」


 思わず走って住処に近づいたわたしは、何かにぶつかりばいーんと跳ね返された。勢いよく向かっていったせいで、跳ね返った弾みで土に転がる。両手を擦りむいたようで痛いけれど、何に跳ね返されたのかわからないわたしは、そろそろと立ち上がり手を伸ばした。

 透明な壁……?一定のところから前に進めないようになっている。高い位置を触ったり、低い位置を触ったり、横に手を滑らせたりして、透明な壁をパントマイムのように確認していく。


「これは、なんですか!?家に、家に近づけません!!」


 目の前に、魔法のおうちがあるのに透明な壁に阻まれて近づけない。焦ったわたしは、力いっぱい透明な壁を叩く。

 なんで!なんで!?

 目の前に魔法のおうちが入れるのになんで、入れないの!?

 こんなに近くにあるのに!!

 悔しさのあまり、目尻に涙が溜まっていく。


「まったく。落ち着きなさい。……今朝、見たばかりだろう。結界だ」


 アルファータ様が後ろからわたしの両手を取る。いつの間にか小さくしていた杖を向けて「治癒」と唱え擦り傷を治してくれた。頭をぽんぽんと撫でると、わたしの手に小さな緑色の魔石を握らせた。


「これを持てば結界を通れる。まったく君は。好きなように住処の中を見ていなさい。私達は、荷物を運ぶから邪魔はしないように」

「……は、い」


 目尻に溜まった涙を拭ってから頷くと、アルファータ様は眉間に皺を寄せて小さくため息を吐いた。荷物を取りに行くアルファータ様の背中を見送って、手の中の魔石をぎゅっと握る。透明な壁があるあたりを睨んだわたしは、一歩一歩足を進めた。今度は、阻まれることなく魔法のおうちに近づくことができた。


 わくわくと魔法でできたおうちを隅々まで見ようと扉を開けたら、荷物を持ってきたアライナティアス様に「邪魔だ」と言われて追い出されてしまった。

 ……少しも見ていません。うぅ。アライナティアス様のばか!

 しかも、荷物の運び込みや、部屋の準備をしていたら夕食の準備に取り掛からなくてはならない時間になっていた。


 しょんぼりのわたしは、お屋敷のキッチンで夕食の準備をする。

 エレノグレース様がいないから、ひとりで食べるってこと?

 寂しいんだけど!

 ……アルファータ様とアライナティアス様とご一緒できないかな?

 用意しちゃえば一緒に食べられるんじゃない?

 そう決めたわたしは勝手に三人分の準備だ。

 作り置きのシチューを温めて、バスケットにパンを盛る。チキンを載せたサラダとデザート用に切ったフルーツも涼しげなガラスの器に盛りつけた。

 今日は少し暑さが残る陽気だったため、簡単なジュースも用意することにした。

 大き目のガラスのポットにフレッシュミントとレモンを入れて冷たい水を注ぐ。少しの水で溶いた蜂蜜を溶かすととても爽やかな飲み物になる。

 準備をしていたら、アライナティアス様がキッチンに来て一緒に外で食べようと誘ってくれた。二人も料理を提供してくれるらしい。テーブルに用意された食事を見て、何かを思い立った顔をしたアライナティアス様は「おまけだ」と言ってわたしに魔法使いの杖を握らせる。

 自分の手にある魔法使いの杖に目を瞬いたわたしは、首が取れるんじゃないかと思うくらいの勢いでまわしてアライナティアス様を見た。


「これだけの料理を運ぶのは大変だと思わないか?」


 こくこくと頷いて返事をしたわたしを、アライナティアス様はいたずらっ子みたいな顔で見返す。


「頭の中で、テーブルから浮かべて外に用意した台に載せていく一連の流れを想像するんだ。できるだけ、鮮明に。……できるか?」


 アライナティアス様の言葉をドキドキしながら聞いたわたしは、言われるがまま想像する。詳細に鮮明に想像したわたしは、アライナティアス様に「できました」と伝える。


「じゃあ、杖を料理に向けて魔力を流しながら、運搬と唱えてごらん」


 目を閉じて、魔力を確認する。うん、大丈夫。すぅっと息を吸って、目を開けたわたしは料理が準備されたテーブルに向かって杖を振り上げると大きな声で唱えた。


「運搬っ!」


 魔法使いの杖に向かって魔力がずわっと引き出される。その先端から、白いキラキラした光が飛び出すと、テーブルに降り注いだ。

 想像したとおり、テーブルクロスごと料理が浮かび上がり、窓に向かって進むとテーブルクロスだけが窓から飛び出していく。追いかけるように、それぞれの器が窓を抜けて台に向かって飛ぶ。

 アライナティアス様は、わたしをガシッと抱き上げ、器が出ていくのとは違う窓を使って庭に飛び出した。走って台の前まで移動すると、椅子に座らせてくれる。

 台の上を見れば、順番に器が並んでいく最中だ。先に席についていたアルファータ様、アライナティアス様が座る場所、わたしの前の順に料理が運ばれていく。ふわふわと浮かびながら待機していたガラスポットはすべての料理と食器が並ぶとコップにジュースを注いで回った。

 わたしは、アライナティアス様のおかげで初めて使った魔法を見逃さないように特等席で見ることができた。

 遅れて席に着いたアライナティアス様は得意そうに微笑むと「大成功っ!」と言ってくれた。


「まったく。杖は気軽に他人に貸すものではないだろう」


 アルファータ様はアライナティアス様を見てため息を吐いたが、わたしに視線を合わせると夜色のまつ毛に縁どられた明るい金色の目を細め、薄い唇に笑みを浮かべた。

 うわぁ……!


「はじめてにしては、上出来だ」


 そう言ったアルファータ様はナイフとフォークを手に取ると柔らかく煮込んだシチューを食べ始めた。アライナティアス様の楽しそうに食事をはじめる姿もみえる。わたしも食べ始めようと思ったところで、涙が溢れたのがわかった。


「あ、あら…な、てぃあ…さま、あるふ……た、さまっ…ふぐっうぅ……」


 はじめての魔法を使うことに集中していたせいか興奮しないでいられたのに、二人が褒めてくれたことが嬉しくて、涙がぼろぼろと流れる。お礼を言いたいのに、うまく話せない。潤む視界で二人をみれば、二人とも優しく微笑んでくれている。

 エレノグレース様がいない夕食ははじめてで、思ったよりも不安だったのかもしれない。寂しかったのかもしれない。二人がいてくれるおかげで寂しくない。涙と一緒に体から無駄な力が抜けていくような気がした。


 ちょっと楽しみにしていた二人が提供してくれた料理は、なんだかわからない生き物の丸焼きだった。焚火の上をくるくる回るそれは、どう見てもゲテモノ感が満載で、謝り倒して食べるのを遠慮させてもらった。

 ……この二人に食材の確保を頼んだことが若干不安になるけれど、丸焼きじゃなければ大丈夫と言い聞かせて不安は頭の隅に追いやった。

 初めて使った運搬魔法は、いろいろなものを運ぶことができるので覚えておくといいと教えてもらった。運ぶものが大きくなれば大きくなるほど、魔力の量が必要になるそうだ。

 そこからアライナティアス様の運搬魔法武勇伝が始まり、最大級は馬車を運んだことだと胸を張っている。……なんで、馬車を運ぼうと思ったのか謎だけど楽しそうなアライナティアス様に思わず笑ってしまう。アルファータ様は静かに聞いていたので、何かないかと聞いたところ「こんな力自慢をするのは騎士くらいだ」と苦い顔をして言った。


「アルファータ、私は覚えているぞ!」


 アルファータ様の言葉ににやにやしながら突っかかったアライナティアス様は、グビッとジュースではなくワインを呷る。


「学院の旅から戻ってきたくらいか?アライナティアス様のように馬車を運搬してみせます!と元気に宣言したお前を!……あの頃は、可愛かったのになぁ。私は寂しいぞ、アルファータ!」


 アルファータ様の恥ずかしい思い出を暴露したかと思えば寂しいと泣き出したアライナティアス様。……泣き上戸なのか。アライナティアス様は立ち上がると、アルファータ様を後ろから抱きしめて頭をガシガシと撫で始めた。


「可愛かったアルファータはどこにいったんだ。なぁ、アルファータ!」


 アライナティアス様はおいおいと泣きながら、アルファータ様に纏わりつく。アルファータ様は眉間に皺を寄せてされるがままだ。


「お、お二人は長い付き合いなのですね」


 なんと言っていいかわからず、ぼそぼそと言葉をついたわたしに、アルファータ様は大きなため息を吐いた。


「アライナティアスは学生時代の恩師でもある。こうして同じ職に就けたことを嬉しく思っている」


 顔は不機嫌全開だが、その言葉と声音には愛情がつまっていて、すごく温かい気持ちになった。この二人が一緒なら学院生活はきっと楽しいものになる。

 わたしはそんな予感を感じていた。


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