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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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カルディナの料理教室

「気を取り直して、料理をお教えしますわ。キッチンに行きましょう」


 思い出したように地団駄を踏んだり、頭を抱えたりするエレノグレース様が手に負えなくなったわたしはカルディナさんの申し出に感謝しながら、一緒にキッチンへ移動することにした。頭を抱えているエレノグレース様を隠すように扉を閉める。

 終わるころには落ち着いていますように!


「リリマリア様に料理をお教えするためにたくさんの食材を用意しましたわ。いろんなレシピをお伝えする予定ですが、今日は好きなものを作って、料理の楽しさを学びましょう!」


 カルディナさんは料理がとても好きなようで、たくさんの食材にわくわくと目を輝かせている。美味しいものはいい!とても満たされた気持ちになるよね!

 しかし、さすがに前世は22歳。料理の経験がないわけではない。大学1年のときから一人暮らしだし、自炊もしていた。その結果、わたしは料理があまり好きではない。

 現代っ子のわたし、インスタントもファストフードも大好きだった。実家のお母さんの味はお気に入りの定食屋さんで補充できたので、自炊からもどんどん離れていったのだ。

 でも簡易食を食べるくらいならば、やろう。好きじゃないとか、面倒とか言っている場合ではない。虫は食べたくないのだ!


「メニューは何がいいでしょうか?……ハンバーグもできますわよ」


 ばっちりわたしの好物も把握されていたようで、カルディナさんはいたずらっぽく笑う。大量の食材の中から肉の塊を取り出すとドーンとわたしに見せるようにテーブルへ置いた。ハンバーグは滅多にお目にかかれない特別メニューだ。……食べたい!家庭科の授業でも作る定番メニュー、一人で作ったこともあるし、大丈夫だろう!


「ハンバーグの作り方を教えてください!カルディナさん!」


 ――この後、大いに後悔する羽目になるのだけど。その時のわたしはハンバーグに目がくらんでいた。


 キッチンの調理台は高いので、教えてくれるカルディナさんと並べるように踏み台を用意した。よく手を洗ったわたしは、踏み台に乗る。目の前には大きなまな板。左右に包丁が3本も並んでいる。……んん?包丁がなぜ3本も?


「ハンバーグはお肉をミンチにしなくては作れないので結構な力仕事です。歯ごたえの違う部位を混ぜることで肉感たっぷりのジューシーなハンバーグに仕上がるので、部位もいくつか用意していますわ」


 にっこりと微笑んだカルディナさんは、わたしが切りやすいように大きな塊肉をドンッと大きな包丁で切って小さい方を渡してくれた。

 あああ!完っ全に忘れていた!フードプロセッサーなんてあるわけないよね……!!

 受け取ったお肉を呆然と見ながら、これからミンチにするための重労働を想像してくらりと視界が揺れるような気がする。

 うぅ。動揺を悟られないように、ゆっくりとまな板に塊肉を置くと、そっと息を吐いた。頑張るしかない。


「まずは、このお肉を粗みじん切りにしていきましょう。他に数種類あるので、どんどん進めますわよ!」


 すでにやる気は遥か彼方。腕が重い。とてつもなく重い……。

 カルディナさんが微笑みながらわたしを見ている。……いっそさっさと終わらせて、美味しいハンバーグを食べよう!

 わたしはグッと包丁を握ると、左手をお肉に添えて繊維に添って薄切りにしていった。小さく切ってくれたと言っても結構な大きさで、時間がかかる。ぐいぐい力を入れながら切っていく。薄切りが終わったら、すかさず縦に切り始めた。先ほどよりも小さくなった分切りやすい。


「リリマリア様は手際がいいですわ!」


 隣で、倍以上のスピードで塊肉を切るカルディナさんに言われて少しも実感がわかないけど、わたしは6歳!わたしは6歳!と小さな体を理由にちまちまと切り刻んでいく。

 縦切りが終わったら、横に切っていく。

 このあと叩くのか……、ちょっともうしんどい。横向きに切ってやっと粗みじん切りが終わる。ミンチにするための下準備の完成となる。


「ふう。粗みじん切りできました」


 やっとの思いで、塊肉を粗みじん切りにしたわたしは大きく息を吐いた。


「それでは、本番ですわね。リリマリア様、両手に1本ずつ包丁を持っていただけますか?」

「はい!」


 すでにまな板の横に用意されていた包丁を二刀流スタイルに持ち替えて、細かくなったお肉に向かって構える。カルディナさんも同じように構えて、わたしを見るとにっこりと微笑んだ。


「さあ!ここから、お肉をおもいっきり叩いて叩いて叩きますわよ!」


 並んで、すぅっと息を吸うと包丁を振り上げた。

 ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!と勢いよく包丁をお肉に叩きつける。何度も何度も左右の腕を振り下ろしながら叩きつける。腕が疲れても意地と根性で乗り切るしかない!親の仇か!ってくらいとにかく何度も叩きつけて、お肉をミンチにしていく。

 くー!こんなにフードプロセッサーが恋しい日がくるとは!6歳のわたしが作る料理じゃない!

 途中何度もめげそうになりながら、なんとか塊肉をミンチにすることができた。


「お疲れ様でした。あとは難しくありませんわ」


 大きなボウルにミンチにしたお肉、みじん切りの玉ねぎに、すりおろしたニンニクと生姜、数種類のスパイスを手早く入れていく。卵もパン粉も入れないレシピのようで、期待感が高まる。

 エレノグレース様が買ってきてくれるハンバーグもカルディナさんのお店のもののはずで、ジューシーでいて肉感たっぷりのそれはほっぺが落ちそうになるほど美味しい。ステーキなんじゃないかと思ってしまうくらいにお肉を食べた満足度が高いハンバーグなのだ。

 すべての材料を入れ終わると、粘りが出るまでひたすら混ぜる。温まらないようにボウルを冷やしながら手早く混ぜていく。


「カルディナさん、夕食もご一緒できるのですか?」

「ええ。エレノグレース様からご招待いただきました。一緒に作ったハンバーグを頂きましょう」


 しっかり混ぜたら分けて大きさを決める。エレノグレース様はよく食べるので大き目だ。あの細い体のどこに入っているのか疑問になるくらいよく食べる。わたしの分は少し小さめで、カルディナさんは小食なようでわたしと同じくらいの大きさだ。

 大きさを決めたら両手で投げ合うように往復させ中の空気を抜く。ふっくらとした俵型に形を整えて、油のついた手で表面をなめらかにならしていく。


「あとは焼くだけですわ。鉄板を温めましょうか」


 それにしても、異世界でハンバーグを作るなんて不思議な感覚。好んで自らミンチにする人もいるだろうけど、スーパーに行けばひき肉はすぐに手に入る。むしろ温めるだけのハンバーグがコンビニで買えるのだ。

 塊肉を細かく切ってミンチにするなんて、面倒だったけどいい経験になったように思う。今はエレノグレース様の元にいるから気づかない不便さを魔法学院では体験することになるだろう。少しでも楽しく過ごせるようによく考えて準備をしなくては!

 簡易食は絶対に食べたくないし!

 ……前世でもう少しちゃんと料理をしておくべきだったなぁ。


 鉄板を熱したカルディナさんは、手際よくハンバーグを並べて焼き始めた。じゅわっと良い音がする。食欲をそそる音だ。表面に焦げ目がついたら、蓋をして蒸し焼きにしていく。蓋で中がみえない鉄板を覗き込みながらじゅうじゅうと聞こえる音に期待が膨らんでいく。


「この火加減ならこの砂時計くらい蒸し焼きにすれば生焼けになりませんわ」


 カルディナさんはキッチンにいくつか置いてある時間を計るための砂時計を手に取るとくるりとひっくり返した。鉄板の空いたスペースで一口大に切ったお芋を焼き、いつの間にか用意されていたお湯に葉物野菜を放り込み茹でていく。


「リリマリア様、お皿を用意したらエレノグレース様を呼んでくださいますか?ソースのレシピは後程お伝えします。熱々のうちに頂きましょう」

「はい!」


 テキパキと準備を続けるカルディナさんの手を煩わせないように、ハンバーグと添え物をのせる大きなお皿とスープ用、パン用の取り皿をテーブルに三人分並べてからキッチンを出た。扉越しでもいい匂いがして思わずお腹が鳴りそうだ。

 いつの間にかいい時間なのか外は薄暗くなっていた。


「エレノグレース様!お食事の準備ができますよ!」


 キッチンから2階に上がると調合室の扉に向かって大きな声でエレノグレース様を呼ぶ。多分ここかな?くらいの気持ちで声を掛けたが、やっぱり籠っていたようでエレノグレース様の返事が聞こえた。扉の前で待っていると巣窟の中で探し物を見つけてしまいそうだから、さっさと退散するに限る。

 ……またあのティーセットが見つからないもの。

 再びキッチンに戻ると、準備はもうスープをよそうだけになっていた。カルディナさんに駆け寄って、スープが注がれた器を受け取る。エレノグレース様、カルディナさんの順に並べていくと「本当にエレノグレース様の弟子ですね」とにっこり微笑んで言われた。


 テーブルにこの世界で初めて作ったハンバーグが並ぶ。美味しそうな匂いと湯気が立ち上り、鮮やかに茹でられた野菜とこんがりと焼かれたお芋が添えられている。お肉からとろりと零れたソースはつやつやで白いお皿を彩る。


「美味しそう……」


 頑張ってミンチにしたお肉がハンバーグになった感動を噛みしめるように言うと、後ろからエレノグレース様の声が聞こえ、頭が撫でられた。


「本当に美味しそうね!リリマリア、カルディナ作ってくれてありがとう」

「エレノグレース様、皆で食べましょう!」


 三人でテーブルに着くと、一緒にお祈りをして一生懸命作ったハンバーグを食べた。カルディナさんのレシピはやっぱりステーキか!ってくらいお肉感がたっぷりのもぎゅもぎゅハンバーグだった。噛めば噛むほどお肉の旨味が染み出す。

 いつもは二人の食卓もカルディナさんがいてとても賑やかで、心地いい疲れがまた嬉しくていつもよりはしゃいでしまった。

 夏の間、カルディナさんは料理を教えに通ってくれるようで、こういう食卓が何度も囲めるかと思うと心が温かい気持ちになった。


「そういえば、使ってくれた?フードプロセッサーもどき!」


 食後のお茶を飲みながら料理のことを話しているとエレノグレース様が聞き捨てならないセリフを吐いた。……フードプロセッサーもどきとは??


「リリマリアが好きだからハンバーグを作ることになると思っていたの!ミンチを作るのは大変でしょう?魔法具を作っておいたのだ……けど……、えっと……言わなかったかしら?」


 エレノグレース様の得意そうに微笑んだ顔がだんだん困った笑顔に変わっていく。眉尻が下がりいつもの倍くらい困った表情だ。わたしは、目尻に涙が浮かんでくるのを感じながらエレノグレース様をじとりと見上げた。


「エレノグレース様のばかぁ……」


 わたしのために用意してくれた魔法具は嬉しいけれど、もう遅いです。

 お肉をミンチにするのは大変だったのですよ、エレノグレース様!


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