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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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料理を学ぶ理由

 いつも来客を教えてくれないエレノグレース様が珍しくお客様をお迎えする準備をしておいてと言い残して出掛けたので、お気に入りのティーセットを出すべく、戸棚を漁る。エレノグレース様曰く、わたしが好きにならないはずのないお客様らしくちょっと楽しみだ。

 数日前に、やっと発光から解放され自由にお屋敷を動ける気楽さとぐっすり眠れる嬉しさをかみしめていた。二度と光りたくないので、フラスコを熱することのないようにしたい。

 大量に染めた魔石はクレア様が販売してくれたおかげで、最近の食卓はとても豪華だ。さらにお気に入りの焼き菓子をおねだりしたら、たくさん買ってくれたのでストックまである。特にお気に入りのフィナンシェは、アーモンドプードルの風味が最高で、ふわふわなのにバターでしっとり。なんでこんなに美味しいんだろう。そのとっておきのフィナンシェもお客様用のお茶菓子として用意した。


「早く帰ってこないかなぁ」


 ティーセットを並べたテーブルに肘をついて、エレノグレース様の帰りを待つ。

 わたしが好きにならないはずのないお客様。イコール大好きになるお客様ってことでしょ!

 ……まさかアルファータ様ではないよね?発光の件でお世話になったようだし、魔法学院の講師という意味では尊敬こそすれ、あの冷たい威圧的な態度はいただけない。楽しみではあるけど、好きになるかどうかはわからないもの。夏の終わりと言っていたし違うか。

 エレノグレース様の口ぶりは初対面よね?うーん。わたしの好きなものって魔法だから魔法に関係する人……?光の魔力保持者かな?いろいろ教えてもらえるとか?

 思いを巡らせながらそわそわしていると、エレノグレース様の声が聞こえた。


「リリマリア!荷物が多いから、扉の間までお願い~!」


 椅子から降りて、扉の間まで急ぐ。ぱたぱたと走って向かうと、エレノグレース様とふっくらした女性が野菜や肉などの食材をいっぱい持って立っていた。なんだか美味しそうな匂いが漂ってくる……。わたしが好きにならないはずのないお客様。

 女性は荷物を置いてかがむとわたしに目線を合わせてにっこりと笑った。


「はじめまして、リリマリア様。カルディナと申します。私のことは、どうぞカルディナと。美味しい料理の作り方をしっかりと仕込みますから、楽しみにしていてください!」

「は、はじめまして。カルディナさん!リリマリアと申します。よろしくお願いいたします」


 突然の料理教室発言に、頭に疑問符を浮かべつつ挨拶をする。呼び捨てには抵抗があるため、さん付けだ。すると嬉しそうに微笑んだカルディナさんは、「エレノグレース様の弟子ですね」と言った。


 三人で大量の食材をキッチンに運んだあと、エレノグレース様と一緒にお茶を淹れてテーブルについた。温かいお茶を一口飲んで、どうぞととっておきのフィナンシェを差し出すとカルディナさんとエレノグレース様が目を見合わせて笑った。


「ふふ。このフィナンシェを焼いたのはカルディナよ」

「気に入ってくださっているのですね」


 なんと!この最高に美味しいフィナンシェを焼くお方が目の前にいることに興奮が隠せない。


「カ、カルディナさん!わたし、このフィナンシェが大好きです!さっくりふわふわの焼き加減に香ばしいアーモンドプードル、それでいてバターでしっとりしていて、食べると本当に幸せな気持ちになるのです!エレノグレース様にお願いして、たくさん買っていただいて、毎日大切に食べているのです!そんなフィナンシェを焼くカルディナさんにお会いできて、わたしとてもとても嬉しいです!感動です!」


 大興奮のまま、感動を伝えるべく言い募るわたしの顔に熱が集まってくる。泣いてしまうかもしれないと思った瞬間、身体の中で魔力が膨れ上がる感覚が全身に広がる。ビクッと身体が強張った時には……もう遅かった。

 部屋中が明るく照らされ、エレノグレース様とカルディナさんは眩しさから隠すように手で目を覆っている。自分の両手を恐る恐る見れば、嫌な予感は的中。ピカピカと光り輝いていた。


「エ、エレノグレース様ぁ」


 やっと発光から解放されたのに、まさかまた発光してしまうなんて。あまりの出来事に涙をぼたぼたと零しながら、目を覆っているエレノグレース様に泣きついた。エレノグレース様は目を閉じたまま、手探りでわたしの頭をぽんぽんっと撫でる。腰にかけてあるいろんなものがぶら下がったベルトから遮光眼鏡を探してかけるとわたしの涙を拭ってくれた。涙を確認するように眺め、再びベルトから宝飾されたカップを取る。


「仕方ないからそのまま泣いてなさい。涙と一緒に魔力も流れるわ。零さないように、カップに落としてね」


 エレノグレース様はカップを一瞬で大きくすると、わたしに抱かせるように持たせた。わたしは大人しく流れる涙をカップに落としていく。涙はこぼれ落ちるたびにキラキラと輝いてとてもきれいだし、カップを大きくする魔法もドキドキしちゃうけどそれどころじゃない。


「なにか対策を考えなくてはならないわね。それにしても、リリマリアの涙は良いお薬になりそうだわ。カルディナ、眩しいと思うけれどリリマリアが落ち着くまで待ってちょうだい」

「エレノグレース様、慣れておりますのでお気になさらずに」


 穏やかに話す二人を見ながら泣いていると、落ち着いてきたのがカップに溜まった涙越しに見えた。ゆっくりと息を吐く。ぼんやりと光る程度になってきたのが伝わったのかエレノグレース様は眼鏡を外し、カルディナさんにも目を開けるように促した。

 今回はこれくらいで済んでよかった。また何日もかかるのは遠慮したい。


「落ち着いてきたようね。それでは、なるべく興奮しないようにお話しましょう」


 エレノグレース様の言葉にわたしはカップを抱えたまま、こくりと頷いた。


「フィナンシェもパンもお惣菜もカルディナのお店で買っているの。カルディナはまさにご飯の扉の主。だからね、リリマリアが好きにならないはずのない人なのよ」


 頭に浮かぶメニューにときめくけれど、興奮しないように深呼吸してぐっと気持ちを落ち着けると、ゆっくりカルディナさんをみた。


「エレノグレース様からリリマリア様が気に入っていると伺っています。いつも食べてくださってありがとうございます」

「カルディナさん、いつも美味しいものをありがとうございます。……でも、なぜ料理を学ぶのですか?」


 発光したことで頭から抜けていたけれど、カルディナさんの料理教室発言は気になるところだ。エレノグレース様もあまり料理はしないから、ご飯は基本的にカルディナさんのお店にお世話になっている状態だし、美味しいご飯が食べられているのだからわたしが作る必要もないのではないかと思ってしまう。

 正直、作らなくてもいいのであれば料理より魔法を教えてください、エレノグレース様!


「簡易食はものすごくおぞましいものなの!」


 エレノグレース様が思いのほか強い口調で言い切った言葉に、疑問はさらに増える。簡易食とは?


「もう、信じられないほどに!ああ!おぞましい!あれは食べ物だと呼ぶことも憚れる代物よ!なぜ!4年もの間、旅に出るのに!メインの食事があれなの!本当に意味がわからない!ほんっとーに!意味が分からない!」


 勢いよく立ち上がったエレノグレース様は、大いに憤慨し始めた。カルディナさんは苦く笑っている。


「あんな簡易食、リリマリアに食べさせたくない!絶対に嫌!私みたいにトラウマになったら大変だわ!あんなもの食べなくていいなら一生食べなくていい!食べなくていいはずよ!なんで、一向に改善されないの!どうしてなの!?」


 頭を抱えて地団駄を踏むエレノグレース様。今まで見たことがない姿に思わず固まってしまう。ぽたりと緩やかに流れていた涙もピタッと止まってしまうほどだ。


「エレノグレース様。リリマリア様がびっくりしていますよ」

「あぁっ!ごめんなさい。……詳しく話す必要があるわね」


 ぜえぜえと肩を震わせていたエレノグレース様は、整えるように深呼吸すると椅子に座りなおす。あっという間にいつもの笑顔に戻るとゆっくりと話しはじめた。


 魔法学院では1年生を学院の寮で過ごして2年生から旅をすることになっているそうだ。構成は生徒6人、講師3人の少人数制だ。

 エレノグレース様は1年生の講義で習った簡易食が信じられなかったらしい。なぜこんなものを作るのかずっと疑問だったそうだが、2年生で旅に出た際に出された食事がまさかの簡易食で衝撃のあまり倒れたらしい。どうしても食べたくなくて、旅の間自ら狩りをし食材を手に入れ調理して過ごしたそうだ。はじめは美味しくなかった料理も上手になり、同じ班の人達と一緒に調理をして簡易食を食べなくていい旅を手に入れることができたと、ガッツポーズを決めている。

 今は食材を手に入れ調理して食べることは旅に取り入れられているそうだが、簡易食は改善されていないらしい。

 料理を学んで、早急に班の人達に簡易食を食べるより調理をする方がいいと思ってもらうことがおぞましい簡易食から離れるコツだと教えてくれた。

 とりあえず、エレノグレース様がそこまで嫌がる簡易食って。


「いっそ簡易食が気になるのですが、それはそんなにおぞましいものなのですか?」

「少ない量で栄養価が高いのでとてもポピュラーなのものですよ。魔法学院だけでなく、騎士の遠征などでも用意されます」


 カルディナさんがにっこりと微笑んで教えてくれるが、それを聞いたエレノグレース様は顔を真っ青にして頭を横に振った。


「信じられない!信じられないわ!あんなものを食べたら頑張れるものも頑張れない!」

「エレノグレース様……なぜそこまで」

「リリマリア様、エレノグレース様の苦手なものご存知ですか?」


 再び立ち上がり地団駄を踏み始めるエレノグレース様を横目に、カルディナさんがくすりと笑いながら小さな声で問いかけてくる。エレノグレース様の苦手なもの……?


 あっ!


「そ、それは、わたしも遠慮したいです……」

「あら、リリマリア様も苦手ですの?見た目は仕方ないように思いますけれど、味は意外と悪くないのですよ」


 にっこりと微笑むカルディナさんの言葉に想像してみるが、エレノグレース様と同じくらい苦手なわたしはゾクっと身体を震わせた。

 うぅ!わたしもできるなら食べたくない!


 簡易食、虫でできているのですね。エレノグレース様……。


自分も苦手です。

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