魔王は悪夢に反逆しました
「魔族が暴れ回って、人を攫い、人を喰らう……?」
「真実よ……私の妹も……」
静かな夜の森には趣がある。
覆い被さる様な木々に、夜光虫の灯火に、夜鳥の奏でる戦慄。
黄昏れるのに、森は場所も時間も選ばず絶好的と言えるだろう。
そういうば、人類との争いが激化し、外に赴く事は無くなっていたが、我が幼く平和であった頃は、家臣の目を掻い潜ってよく脱走したものだ。
「……最終的には見つかって、異様に説教されたものよ」
背後から焼け焦げたような香りが鼻腔をくすぐる。
「今、思えど、説教で1日が終わるとは……些か過保護が過ぎると、貴様も思わぬか? 」
振り返ると、自身を呑み込むほどの大きな闇がそびえている。
人間の子供の姿になって唯一理解したことがあるとすれば、何もかもが大きく見えるということだ。
「さて、貴様が人攫いの犯人であるか?」
闇に問い掛けると、闇はククク……と声を上げながら、その姿を月明かりの元に晒した。
「ザンネンだけど、私は"ボク"が言ってる人攫いじゃないと思うよ? まぁ、攫っちゃうんだけどね」
奇妙な笑みを浮かべる、その何かに月明かりが反射し我の身体は固まっていた。
決して石化魔法や薬物を投与された訳では無い。
目の前の光景に驚きを隠せなかったのだ。
「貴様は……アウレリウス……? 」
見間違えようがない。
姿こそ大きく見えるが、目の下のクマにボサボサのくせっ毛。そして、薬品が焼け焦げたこの匂い。幼き頃より目に着けてきたのだから、間違える訳がない。
しかし、強烈な違和感を感じる。
声や見た目に、何ら違いはないのだが、何かがおかしい。
「……あれれ? お兄ちゃんの事を知ってるのかな? けど、お姉さんはアウレリウスじゃなくて、ア、リ、スって言うのよ」
そう言うと、化け物は着ていた白衣を少しはだけさせ、胸を強調させるようなポージングをとって見せると、我の目の前は真っ黒に染め上げられた。
ーーーー
幼き頃に1度、研究用の冷凍庫に閉じ込められたことがある。
寒く孤独で、とてもとても悲痛な時であった。
もう無理なのかと諦めていた時、我を見つけ出してくれたのは、慌てふためいた様子のアウレリウスだった。
その後は我は疲労の余りに意識を失ってしまったが、あの刹那に見たアウレリウスは、情けなくもあったが我の英雄にも思えた。
幼い我を、1人前の魔王に教育したのも奴だ。
紛れもなく、奴は我の英雄だった。
ーーーー
「私の魅力にやられちゃったのかな?」
凍りつき動けないでいる我を見て、ため息を着くと野太い声の化け物は、目に虫が入ったかのように、片目をパチパチパチさせて近付いてくる。
……どう考えても奴はアウレリウス……
「ねぇ無視しないで? お姉さんに攫われちゃうわよ? 」
……それとも悪夢を見ているのか……
「いつまで黙ってるつもりかしら? ホントに魅了されちゃったの?」
……霊が夢枕にたったか……
「もういいわ……さっさと攫ってーー」
……ちがう……
「アウレリウスは死んだ!それは現実だ!
しかし、我がどれほど落ちぶれ、悪夢に魘されようと
も、貴様 がアウレリウスである事くらいわかる!」
歯を強く噛み締め、我は叫んでいた。
「ーー!」
「何故、偽る! アウレリウスに兄妹など存在もせぬし、我の英雄に、女装癖などあってたまるものか!」
「貴様こそが、天才科学者アウレリウスであろう!」
何時間にも感じる沈黙の末、化け物は我を見つめ呟いた。
「ーー魔王様……なのですね」
我の目の前には、あの英雄が立っていた。
次回の更新は17日の0時前後を予定しています。
宜しければご感想など頂けると励みになります。