02.魔王は食文化に反逆しました
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「新国王の誕生です」
見覚えのある光景が広がる。
我は夢を見ていたのだろうか。
「王に敬礼!」
嫌な夢を見ていた。我は国の王なのだ。まだまだやらねらばならぬ事がある。
「我らが主よ……民衆にお言葉を」
そうだ。
長い夢を見ていたのだ。あそこには何もなかったのだ。
本当の戦いは、これから始まるというのに、我としたことがこの有様であるか。
「諸君! 我はーー」
「我は貴様らの王となれ、誇り思うぞ!」
何者かに口を遮られた。
我の決意は一瞬にして消え去っていった。
そうか。これも夢であったか。
我は光に包まれた。
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「……て。 お……て。おきて!」
世界を揺すられ我は強烈な吐き気に襲われた。
目の前には、小娘の憂いに満ちた顔が浮かび上がった。
「これも、夢であるか」
「また、へんなこといってる! ここはユンミー村の、リタのお家だよ」
小脇には見慣れぬ窓に、朝日が降り注いでいる。
「そうか……すまなかったな。早く立ち去るとしよう」
「もう! そんなことより、ゴハンできてるよ!」
「しかし、我にはやる事がーー」
何もなかった。
口癖のように紡いだ言葉だったが、何をするアテがある訳でもない。
覚醒しきっていない身体には、頭から足先にまで力は入らなかった。
「なにするの? あそぶの?」
「……わからない」
「じゃあご飯食べよ!」
小娘にまた手を引っぱられる。
「よい、自分で歩く事くらいできる」
「じゃあ、下で待ってるね!」
いつ見ても変わらぬ、生気に満ちた小娘は部屋から消え去り、また我だけが取り残された。
何をすればよいのか。我はどうなってしまったのか。
アウレリウスが我にしたことを、昨日のシチューとパンを齧りながら思考する。
「でねでね! おきても、ワレワレ言ってるの」
「あら、そうなの」
この世界が現実として、我が直面している現状。
我は死んで、ここは死後の世界なのか。それとも姿を変えられ、見知らぬ土地に飛ばされてしまったのか。
「時に娘よ。 ここはどこであったか?」
「ほへ? ここはユンミー村のリタのお家だってば」
「お行儀悪いわよ? お友達に嫌われても知らないからね」
「おかあさん! この子マイゴなの!」
「あらあら」などと、母親は相槌を打ちながら、新しいパンを小娘の元に持っていく。
「けど、迷子なら送ってあげないとね。お家はどこにあるの?」
「……リストワールだ」
「けど、リストワールって魔族の国なんでしょ? 貴方みたいな小さな子、攫って食べられちゃうわよ?」
パンをコネて人の形にさせ、おぞましい表情をしている。
「貴方なんてパクリよ!」
言うやいなや、手の中にいた小さな我は女の胃の中へと消えていた。
「心外である。魔族は人など喰わんわ。主食は米であるし、人を食べるなぞ、飢えた獣がすることであろう?」
「我が国は人類と敵対してはおるが、その様な悪趣味な輩がいれば、我が投獄していただろう」
我らには誇りがある。高貴である魔族にとって食事とは神聖な行為としており、自身で採った作物に、狩りで得た生き物に感謝し明日への糧とする。
「人を喰らう文化は、リストワールが建国されるより遥か以前に存在していた、魔族の中でも低俗な阿呆が好んでしておったことだ」
顔が熱くなることを感じながら、我は誰に聞かれるでもなく黙々とリストワールの食文化について語っていた。
得意げに「まぁまぁ」などと愛想笑いを零し、そのまま続けた。
「けど、魔族の王様はなんて言ってるか知らないけど、うちの村長は魔族が人を攫って食べる……って言ってるわよ」
そう言うと、女は机の上に置いてあった羊皮紙を手にし、我の目の前に差し出してきた。
「ほらここ! ちゃんと読んで見れば、魔族のおっかなさが分かる思うわよ」
なんだこれは。