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短編集  作者: 因美美果
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短編・4

 昔々、そんな書き出しのお噺よりもっと昔々、あるところ、なんて書かれる場所より何も無いあるところに、おじいさんはおらず、おばあさんだけが暮らしていました。


 清流と深い森に囲まれた場所で、町から遊びに来る孫娘を待っていました。

 扉が小気味よく二度叩かれ、おばあさんは重たい腰を持ち上げて玄関に向かいます。

 予定よりも早い孫の到着に、今日は良い日と鼻歌交じりに扉を開くと、真っ黒な口を開けた銃口が待っていました。

 口の奥が一瞬光って、それきりおばあさんは目を覚ましませんでした。


 銃を持った男は、家主の消えた家に入り、食べ物や金目のものを大きな袋に詰め入れ始めます。

 用を済ませた男はそそくさとそこから立ち去り、隠れ家に帰ります。

 崖下にひっそりと建つ小屋が男の家です。

 家に帰ると、二人の子どもが男を出迎えました。

 男は袋からパンを一つ取り出して、それを半分こし、二人にそれぞれをあげました。

 男はそれを見て、空腹を抑えながらも微笑んでいます。

 翌日、男は町から来た自警団に捕まりました。


 しかし、二人の子どもは、男が身代わりになったおかげで逃げることができました。

 それから、二人はバラバラに生きていくことを決意し、そこで別れました。


 一人は町に行き、パン屋に住み込みで働かせてもらうことになりました。

 しかし、パン屋は町の領主が課した重たい税金に苦しめられ、裕福とは言えない状況でした。

 ついに重税を払えなくなってしまったパン屋は、見せしめとして町の人々の前で火に焼かれてしまいました。


 一人は別の町に行き、盗みを働いて毎日食い繋ぎました。

 しかし、ある日、町でも有名な優しい貴族と出会い、養子として迎え入れられました。

 それから、上流階級の教養を学び、町の人々に愛される立派な貴族になりました。

 孤児を保護し、里親を募り、路頭に迷う子どもを一人でも減らす活動に勤しみました。


 そのうちの一人の少年は、酪農家の一家に里子として引き取られました。

 牛や鶏、犬や猫など、色んな動物と暮らすその家で育ち、少年は動物が大好きになりました。

 数年が経った頃、家畜が全て野犬の群れに襲われました。

 財産である家畜を一夜で全て失った一家は、その日を境に、二度と会うことはありませんでした。


 その家で飼われていた犬もその地を離れ、風に乗ってくる微かな磯の香りを辿りました。

 港町に行き着いた犬は、お腹が空きました。

 けれど、餌はどこにもありません。

 町の漁師は獲った魚を取られると思い、犬を追い払います。

 空腹も限界だった時、ひとりぼっちの少女と出会います。


 少女は家から夕飯の魚をこっそり持ち出して、犬にあげました。

 友達のいなかった少女は、犬と触れ合ううちに明るい性格に変わっていきました。

 少女が犬を看取った時、少女の隣には恋人もいました。


 やがて二人の間に子どもが生まれました。

 ある夜、その家に誘拐犯がやって来て、赤子を連れ去って行きました。

 赤子は港町から遠く離れた山奥で育てられ、誘拐犯を親だと信じています。

 赤子が成長し、その間にも楽しい思い出がたくさんできました。

 六歳の誕生日を迎える直前、高熱を出し、夜が明ける前に息を引き取りました。


 泣きながら看取った誘拐犯は、その日のうちに山を下り、街へ赴きます。

 そして、我が子の死を悲痛に叫び、群衆の視線を一身に集め、喉元にナイフを突き立てました。


 それに感銘を受けた青年が、反政府組織を創設し、仲間たちと一緒に貴族の家に火をつけて回りました。

 時には、庶民の中からも青年たちを非難する声が上がりましたが、そういった人々の家にも火が上がり、誰も何も言わなくなりました。


 家に火をつけられ、家族を失った女性は心を病み、ふらふらと歩き続けました。

 何も食べず、足にも力が無くなり、真っ暗な路地裏で倒れてしまいます。

 そこをたまたま通った画家に拾われ、共に生活をします。

 すると、女性は画家にだけ心を開いていきました。


 画家も女性に惹かれ始め、愛する女性の絵ばかりを描き始めました。

 ずっと全く売れないままでしたが、晩年に描かれた病床に就く女性の絵が破格の値で売れ、画家は死ぬまでの一年間だけ大金持ちになりました。


 その絵の買主はそれを自身の作品だと騙り、買った時の倍の額で売りました。

 しかし、すぐに真実が明かされ、買主は売った時の三倍の額の賠償金を請求されます。

 お金を借りたものの、追いつかない利息に苦しめられる羽目になりました。


 買主から支払われる金で、高利貸しの組織のボスはその日カジノのVIPルームで愛人と密会をしていました。

 ボスが酩酊をし始めた時、部屋の外で見張りをしていた部下はとうに頭を吹き飛ばされていました。

 勢いよく開け放たれた扉の向こうから、大勢の武装した人々が入ってきて、ボスは連行されてしまいました。

 去り際に、ボスは愛人に唾を吐きました。


 長い仕事を終えた愛人は、本当に愛する人のもとへ帰ります。

 長い間離れていた二人は強く強く抱き締め合います。

 それからは、それまでの時間を埋めるように、ずっと一緒に暮らしました。

 しかし、年を重ねるごとに徐々に喧嘩が増えていき、やがて二人は別れました。

 投げられた酒瓶の破片は長らく片付けられませんでした。


 空き家となったその家は、嵐の中を彷徨う旅人にはこの上ない命綱でした。

 酒瓶の破片も割れたガラス片も掃除され、旅人は火を熾してシチューを作ります。

 その匂いに釣られて、痩せた猫が数匹寄ってきました。

 旅人は猫たちのために器にミルクを注ぎます。


 猫たちは繁殖を重ね、そこら一帯は大きな猫の住処となりました。

 増えすぎた猫は食べ物に困り、やがて人の田畑を荒らすようになりました。

 それに困った村の人々は、猫の駆除を始めます。


 しかし、狩り尽くされていく猫に心を痛め、反対の声を上げた若者がいました。

 最初は村の人々に疎まれましたが、若者の純粋な博愛主義に賛同する者たちが少しずつ増えていきました。

 若者は村の皆から支持され、村一番の美しい娘と結婚することになり、子宝にも恵まれ、温かい家庭を築きました。


 美しい娘を陰から好いていた不男は、鏡を見ながら自分の顔を掻き毟りました。

 親を恨み続け、外に出ることも次第に無くなっていきました。

 両親が亡くなり、不男はやっと家の外へ出る気になりました。

 すると、そこは不男のよく知る景色は消え去り、自分の家以外は真っ平らな焼け野原と化していました。

 散々泣いた後、木片を集め、小さな十字架を建てました。


 何年も経ち、そこを通った兵士がぼろぼろの十字架を見て涙し、聖職者への道を志します。

 また歩き出した兵士は大きな教会に辿り着き、毎日聖母像の前で祈りを捧げます。

 その姿が教会の人々に尊ばれ、司祭に推薦されました。


 自身の地位が危ぶまれた当時の司祭は、どうにか地位を守ろうと、免罪符を発行して貴族を味方につけました。

 それが民衆の怒りを買い、兵士が毎日祈っていた聖母像は、教会もろとも民衆たちによって破壊されました。


 それを惜しんだ蒐集家は、彫刻家に聖母像のレプリカを作らせます。

 完成した像はまるで違うもので、蒐集家は彫刻家を酷く非難します。

 しかし、その彫刻が世間で注目を集め、やがて新たな美術の波を呼び起こします。

 蒐集家は業界から追放され、彫刻家はその名を歴史に残しました。


 その彫刻に心を揺さぶられた作曲家は、今までの作風を捨てて新しい時代を生み出そうと、挑戦を始めました。

 しかし、それまで称賛されていた作曲家の新たな試みは非難を呼ぶばかりでした。

 栄光から瞬く間に滑落し、作曲家は作曲することができないくらい貧しくなりました。

 ある時、病に罹り、若い医者と出会いました。

 二人は打ち解け、やがて結婚しました。

 しかし、作曲家はすぐに不治の病を患ってしまいました。


 作曲家が亡くなってからも、医者は最愛の人を奪った病を憎みました。

 薬の開発に明け暮れ、ついにできた完成品は人を殺めるウイルスでした。

 ウイルスはすぐに政府の手に渡り、軍事利用されてしまいます。

 医者はウイルスを使うことを必死に止めました。

 その数ヶ月後、医者の溺死体が発見されました。


 政府はウイルスを大量に生産し、戦争をしていた敵国の街へ上空から散布しました。

 未曾有の大惨事となった街は生き物の棲むことのできない地域となり、敵国はすぐに降伏をしました。


 その戦災を受け、辛くも生き延びた母親から生まれた子どもには、頭が二つありました。

 奇形と馬鹿にされながらも懸命に生きました。

 母親は我が子を毎日抱き締め、決して見捨てませんでした。


 子どもは自分の不幸や戦争の悲惨さを世界中に訴え、世界中の人々がその言葉に賛同しました。

 たくさんの支援を受け、母親も子どもも裕福な生活を手に入れました。

 この一連の話が書籍となり、それがまた反響を呼び、さらに多くの金と名声を手に入れました。


 その書籍を読んだ彼は、こんな感動する話を書きたいと思いました。

 それまでの仕事を全て投げ出し、小説を描き続けました。

 小説は小さな賞の佳作に選ばれただけで、それ以後彼の名前が世に出てくることはありませんでした。

 誰もが彼を馬鹿にしますが、姪だけは彼の小説を楽しみにしていました。


 姪は出版社に勤めていました。

 どうにか彼の小説を世に出そうと社に売り込みますが、誰も原稿に目を通そうとすらしません。

 彼が睡眠薬を大量に飲んだ時、その部屋には遺稿が置かれていました。

 姪は社に何度も頭を下げ、ついに出版が叶いました。

 しかし、書籍は一冊も売れませんでした。


 大量に売れ残った書籍は、空襲の際に火が回るのを助け、倉庫とその周辺はあっという間に焼けてしまいました。

 彼女が暮らしていたアパートも跡形もなく、子ども三人を連れて実家に疎開しました。

 夫は既に他界し、必死に三人の子を育てましたが、過労でついに倒れてしまいます。


 倒れた彼女は伯母に世話をしてもらっていましたが、伯母の旦那が戦争から帰ってきた日を境に、伯母は人が変わりました。

 彼女と彼女の三人の子を家から追い出し、旦那と落ち着いた暮らしを始めました。

 近所の子どもたちにも優しく接し、穏やかな毎日に満足しています。

 ただ一つ、決して彼女たちの話はしませんでした。


 追い出された彼女の子たちは彼女が亡くなった後も、必死に生きました。

 毎日働いて、食費を削って、お金を貯めるだけの生活です。

 三男が大人になった時、兄二人はもう居ませんでした。

 三人で貯め続けたお金で、三男はお店を開きました。


 お店にやって来た盲の老人が、三男の半生を聞き、映らない目に涙を溜めました。

 盲は少しでも役に立てればと思い、街頭で三男のお店への支援金を募り始めます。

 支援金はなかなか集まらず、盲は通り過ぎる人々の足音にただ耳を澄ましていました。


 その光景をたまたまカメラに収めた写真家は、その写真を個展で大きく飾りました。

 写真は数億円で落札され、そのうちの一円も募金されることはなく、全て自身の豪遊に溶けていきました。

 写真家が買った最高額のカメラは三百万円だと言います。

 そのカメラを持つ手にはめられた指輪は三千万円だと言います。


 その指輪がきっかけとなり、会社は世界的トップブランドとして注目されるようになりました。

 しかし、数年後に社長の収賄が報道され、新しく就任した社長の事業がことごとく失敗に終わり、会社は倒産してしまいました。


 春からそこに勤めるはずだった新入社員のうちの一人はフリーターになり、ぎりぎりの生活を繰り返していました。

 そこで学生のアルバイトと出会い、少しずつ仲を深めていきました。

 学生のアルバイトが学生でもアルバイトでもなくなった時、フリーターはプロポーズをしました。

 二人が夫婦になって幾度目かの春、君が生まれました。


 お金持ちではないながらも、健やかに大切に育てられてきた君は、あの子に出会いました。

 あの子とバスの席が隣になった時、君はあの子の鼻歌を初めて聴きました。

 君はあの子に告白をしました。

 あの子は断りました。

 その数日後に、あの子は行方不明になりました。


 それから君は鼻歌を口遊むようになりました。

 何の曲かは分かりません。

 けれど、その時の横顔がとても綺麗でした。

「私のどこを好きになったの?」と、君は訊きました。

「鼻歌だよ」と、答えました。

 それは嘘でした。

 答えを聞いた君は歌手を目指すと言い出しました。

 君の鼻歌にはとても素敵な歌詞がつき、壮大なメロディーと共に、今も世界中で愛されています。


 排気ガスから遠く離れた森の奥で、君は鼻歌を口遊んでいます。

 今日は孫娘が遊びに来る日です。

 扉が小気味よく二度叩かれ、君は扉に向かいます。

 予定よりも早い孫の到着に、今日は良い日と鼻歌を続けたまま扉を開きました。

 そこには、愛する孫が立っていて、二人は微笑み合いました。


 君はやっぱり鼻歌を口遊みました。

 それを聴いた孫も一緒に口遊みました。


 それから、二人は未来の話をしました。

 たくさんの人が置いて行かれ、たくさんの人が追いつけなかった遠い未来の話をしました。

 君のせいで死に損なった人も、二人のおかげで生き絶えた人も、みんなが待つ未来の話をしました。


 おばあさんが撃たれたあの日から、少なくとも地球は汚れました。


 めでたしめでたし、なんて終わりません。

 めでたくもない今日は、歪みながら明日も続きます。

 

『螺旋』

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