短編・3
「分かっているのか? これは戦争なんだぞ」
「分かっているよ、大尉殿」
「分かっていないから、わざわざ言っているのだ」
「別に悪いことはしていない。孤児を保護して連れて帰ってきただけだ。
どうしてそんなにご立腹なんだ?」
「それを保護して、その後の面倒は誰が見る。
良いか?
お前の仕事は敵兵を一人でも多く殺してくることだ。
目に留まった孤児を片っ端から保護することではない」
「分かっているって。
安心しろよ。ちゃんと敵兵も片っ端から殺している。
それに、孤児はいたら助ける程度で、自分から探しになんて行かないよ」
「口答えをするな。
いくら正規軍人ではない傭兵だからと言って、雇われている以上はこちらの命令に背くことは許さんぞ」
「分かっているってのに。
それに、そもそも救える命を救うことは間違っていないだろう」
「この先、孤児など嫌でも視界に入ってくる。
この戦争で何万人が死に、何十万人が露頭に迷っているか分からないのか?
その度に手を差し伸べていては、いずれ自らの首を絞めることになる」
「ちょっと待てよ。だったら、俺らは何のために戦争をしているんだ?
民を守るためじゃないのか?」
「民は国のための、王のための礎に過ぎん。
我々は王のために戦うのだ。
兵も民も王の持物だ」
「…………呆れるよ、全く」
「民はあくまでも国を立たせるための物。
自分で生きることもできぬ命など、いくつ助けたところで枷になるばかりだ」
「はいはい、分かったよ。とにかく次からは気を付けるよ。
連れ帰った子どもたちは俺が責任を持って面倒見るからさ」
「待て、話はまだ終わっていない」
「……なんだよ」
「部下から報告を受けた。先日、占領した市街地で捕らえた民間人に、食事を分け与えていたそうだな」
「そうだね。
ああ、勘違いしないで。俺の分の食事を分けただけで、軍糧に手は出してないよ。
しかも、たった二人。二人の子どもにだけだ」
「そういうことではない。
奴らにはそれなりの食糧を配給してやっている。
そんなことをする必要はないと言っているんだ。
敵国民に下手に肩入れをするな。
お前の信用問題にも関わるぞ」
「信用問題ね。
別に裏切ろうだなんて思ってないけど、この国側に付いたのも結局は金のでかさだよ。
敵国があんたらよりもでかい額を持ってきたなら、俺は奴らの味方になっていたわけだし。
何なら、次の戦争の時は、俺はあんたらの敵として相見えることになるかもしれないしな。
その時点で、信用するかはあんたら次第だろう」
「貴様……あくまでも我々が雇用主であることをゆめゆめ忘れるな。
いくらお前が『戦神』と讃えられているからと言って、我々の士気に関わる発言は控えてもらわねばならない。
図に乗るのも大概にしておけ」
「ああ、分かっているよ。全部分かっているよ。
けれど、話を戻すが、俺は謝らなければならないことも、責められなければならないことも、何一つしていないぜ。
腹を空かせた子どもに自分の食事を分けてあげただけだ。
それを目の当たりにしてあんたらの士気が削がれるというのなら、問題はそちら側にあるんじゃないのか?」
「仮にもこちら側の人間が敵国の人間に恵みを分けているのだ。
しかも、お前は完全にこちら側ではなく、契約上の味方。そんな行動をしては裏切りも勘繰ってしまうだろう。
もう少し立場を考えろ。
お前が無益な優しさを振り撒くのは自由だが、我が軍の和を乱すのは見過ごせぬぞ」
「……無益こそ優しさの本質だろうが」
「彼らには明日を迎えられるだけの食事を毎日与えている。
十分な量とは言えぬが、それは敵の手に堕ちた者の宿命。命と糧があるなら、むしろ幸運と言える待遇。
これ以上の情けは無要だ。
むしろ与えられなかった者たちの不満をいたずらに募るだけだ」
「彼らは何も食えていなかった」
「……どういう意味だ」
「あの子どもたちは側にいた女に食事を取り上げられたんだ。
『うちの子どものご飯が足りない』と、恥じもせず子どもからパンと水を奪って行ったんだよ」
「…………」
「あんたはそれを知っているか?
そんな横暴が至る所で罷り通っていることを知っているのか?
小綺麗なテントの中で、濁りのない水と、カビの生えていないパンを貪るあんたらは、それを知っているのか?
同じ国の人間でさえ奪い合うんだ。
俺が飢えた敵国の子どもに食べ物をあげて何が悪い?
それにいちいち目くじら立てて咎めていて、どうして戦争が無くなる?」
「…………」
「あんたは明日もきっとこのテントの中で部下の帰りを待つだけだろう。
敵を殺した血みどろの兵の報告を聞き、帰って来れなかった兵の死に祈りも捧げず、椅子に座って空でも眺めているのだろう。
それでも、腹は減ると言うのか?
隣に少ない食べ物を取り合う人間がいることも知らずに。
肥えたあんたらのために戦場で何人も人を殺してきたんだ。
たった二人の子どもを救って、あんたらに何を言われる筋合いがある」
「……ならば、そんな者たちを見つける度、これからお前は自分の食事を分け与えるのか?」
「そうだな」
「ははっ、これは痛快だ!
そんな奴らがあの民間人の中にどれほどいると思っている。
これから捕らえ、増え続ける敵国民の中にどれだけいると思っているのだ。
そんな甘い考え方でよくもまあ戦場で生き残れたものだ」
「もちろん、全員じゃない。
俺だって食わなければ死ぬし、自分の身が第一だ」
「ふん、とんだ偽善だな」
「それでも、救われる命はある。
一秒でも長引く命がある。
俺の手は有限だ。救える命も、殺せる命も、限りがある。
けれど、傍観を続け、望まぬ死を見過ごすあんたらには救えなかった命だ。
助けられない命など救わない。
手の届く命に手を伸ばすだけだ」
「……それさえ、理想論だ。
絵空事に他ならない。
分かっているのか? これは戦争なんだぞ。
救えない命もある。救ってはならない命もある。
我々は既に奴らから土地と暮らしを奪っている。
国と国がぶつかっているのだ。
今更小さい命を助けたところで何になる。それも敵の命をだ。
お前が今日連れてきた孤児だってそうだ。
そんなことを積み重ねて何になる。
彼らは成長しても、母国を葬った我々を憎んで育つに違いない。
この世も、この世に生きる人も、呪われている。
敵兵に命を救われて心が浄化されるほど綺麗なものではないぞ。
こんなことは子どもでさえ理解していることだ。
何度でも言う。
これは戦争なんだ。
兵は敵を斬るためにいる。中途半端な情けをかけるためではない」
「…………『これは戦争』だと?
笑わせるな。
だったら何故止めない」
「……何?」
「自分で声に出していて恥ずかしくないのか?
人を殺め、命を見捨てることが戦争だと言うのなら、何故そんなことをわざわざ始める。
戦争において善悪の所在など問わない。殺し合ったなら、どちらもみっともない悪だ。
けれど、それが悪だと、あんたらも知らないわけじゃないだろう。
なら、何故始める。
俺のような傭兵を雇ってまで続ける価値がここにあるのか?」
「我々は悪などではない。
我々は我らが王のための兵であり、民である。
それ以外は全て悪であり、よってこの戦争は正義の執行だ。善による悪滅だ」
「きっと向こうもそう思っているぜ?」
「……貴様!」
「何が悪だ。
なら、俺はどっちだ。俺はあんたらの王なんて知らない。仁義も忠義も持っちゃない。所詮、金で選んだ味方だよ。
その王にしたってどうなんだ。
自国を差し出す代わりに、一人敵国に寝返ったらどうする。
今度はこの国が悪か?」
「黙れ! それ以上の侮辱は許さんぞ!」
「訊いてんだ。答えろよ」
「…………」
「あんたらが始めた戦争だぜ。あんたらが巻き込んだ民だぜ。
あの孤児だって、この戦争が無けりゃ親の死体に寄り添いながら泣かなくて済んだだろう。
その親だって、この戦争が無けりゃ子どもを守るために胸に矢弾を喰らわずに済んだだろう。
あの民間人たちだって、この戦争が無けりゃ今もいつもの日常を生きていただろう。
始めたのも、奪ったのも、あんたらだぜ。
もちろん、俺も奪った者の一人だけどさ」
「…………」
「責任くらいは分かるだろ。
こんな戦争が無けりゃ、どれだけの人が血を見ずに済んだのか分かるだろ。
あんたの言う通り、これが戦争だよ。
子どもの一人二人助けたところで何も変わらないし、少し優しくしたところで返り血は拭えない。許されるわけでもない。
あんたに言われるまでもない。
こんなこと、子どもでさえ理解していることだ。
戦争がどれだけ手の施しようのないものか、救いようのないものか、道徳倫理なんて通じないものか、全部理解できることだ。
だからこそ、戦争が無ければそれだけでどれだけ幸福なことかも、子どもでさえ理解している。
子どもでさえ願っている。
それを何故大人が分からない。
何故大人が実現しない」
「…………王は我々のためを思って」
「あんたらのことを思って、あんたらを死なせているのか?
人を焼いて、土地を焼いて、それを手に入れて何になる。
そこを耕すのは誰だ。そこで暮らすのは誰だ。
いい加減見え透いた忠義は止めろ。
気付いていないわけないだろう。
この国の王はあくまでも自分のことだけだ。
あんたとそう変わらないよ」
「私と一緒にするな!」
「一緒だよ。自分のことしか頭にないだろう」
「違う、王は、私などより……」
「けれど、俺だってそうだ。自分が一番大事だよ。
パンを千切って明日飢え死にするなら、俺はあの子どもたちを見捨てたよ。
あんただけのせいじゃない。
でも、あんただって言い逃れはできない。
あんたの指揮で俺らは殺し合っている。
それを王の名を出して、王だけに背負わせるな。
王の暴君振りを見過ごしたのは、紛れもないあんただろ」
「…………」
「あんたにはまだ情がある。理解できないはずがない。
簡単な話だよ。
親を戦争で亡くした子どもが、国の勝利の時に笑って旗を振るだろうか。
もしそうなら、よく洗脳したもんだよ。
子ども一人の笑顔も守れず、何が誇りだ。何が勝利だ。
植民地? 賠償金? それを食い散らかすのは、戦地に行かない奴らだろう。
幸せになるはずだった思い出はもう無いんだよ」
「お前、まさか」
「……王のための民か。民の声が聞きたいよ。
王が欲しい土地なら、王同士で殴り合えば良い。それが嫌ならチェスでもすれば良い。その方がきっと好かれるぜ。
国が一丸となって争って何になる。血飛沫で咲いた花に何の価値がある。
『分かっているのか』だと? こっちの台詞だ。
分かっているのか? あんたらは戦争をしているんだぞ。
ただ無くなれば良いだけの戦争を、わざわざしているんだぞ」
「……お前だって、お前だってその戦争で金を稼いでいるだろうが。
今更善人面か?
今日も何人もの敵を殺しておいて、僧侶にでもなったつもりか?
お前も結局、戦争でしか生きられない傭兵だろうが。
偉そうに説教をするな! お前に王も我々も戦争も語る資格などない」
「馬鹿言うな。
俺は戦争が嫌いだから、傭兵になったんだ」
「何を言っている。気が触れたか」
「戦争が嫌いだから、傭兵になったんだ。
戦争を終わらせるために、傭兵になったんだ。
稼げなくなって死ぬのなら、それは本望だ。
それこそ、望む世界だよ」
「しかし、その度に、人を殺すのだろう。
お前の信念と矛盾しているじゃないか。
人が死ぬのが嫌で戦争を終わらせると言いながら、そのためには人を殺さなければならないのだろう?
お前も結局は戦争の犬じゃないか」
「分かっている。
けれど、それが戦争なんだろう?
血の流れない世界への道のりが血に塗れていないはずがない。
俺は今戦争をしている。
けれど、戦わない世界さえ来れば、後は何もしなくて良い。戦争も、人殺しも」
「……空論だ。理想論だ」
「理想を掲げるのは楽だ。理想を捨てるのも楽だ。
戦争を在るものとして、救える命さえ見捨てるのも楽だ。
何より、長いものに巻かれるのは一番楽だ。
あんたがやっているのはただの思考停止だよ。
けれど、それでは理想はいつまでも甘ったるい夢物語だ。
敵国民も、自国民でさえ救ってはいけないのなら、何のために戦っているんだ。
王のための兵なら、最後に残るのは王だけだ。
だとしたら、戦争は随分と凄惨な遠回りだな。
今一度、考えてくれよ。
戦争は必要か。王とは何か。民とは何か。国とは何か。
あんたは、死んだ家族の上に立つ王を抱き締められるか?」
「…………本気で、叶えられると思っているのか?
戦争を無くすなど。
過ちを繰り返す王や貴族たちから戦争を奪うなど」
「無理だろうな」
「…………」
「人から野心は奪えないよ。
競争心が人の歴史を豊かにしてきた。それはこれからもだ。
戦争は止まない。血は流れる。
けれど、それが人間なのだと諦観するには、報われない命が多過ぎる。
俺はただ、戦う意志の無い人たちが刃を向けられ、剣を取らされることが嫌なだけなんだ」
「…………」
「だから、俺がいる今の時代だけで良い。
俺が『戦神』になる。
王と対等に語らえるようになる。
戦争への抑止力になって、全ての諍いはジャンケンで決着させてやるさ」
「……ジャンケンか。
たとえチェスであっても、そんな遊戯で国の命運が決まるのであれば、民は堪ったものではないだろうな。至る所で奴隷と陵辱と迫害が生まれる」
「だから、民への危害も俺が監視する。
決して格差が生まれないように。
決して支配されないように」
「それでも、悪事は横行するぞ。
お前にだって、煙を上げぬ火の粉には気付けないだろう。
その時は、きっと暴動も起こるだろうな。
お前にも刃が飛んでくるに違いない」
「ああ、そうだろうな。
その時は受けて立つさ」
「血迷ったか。結局血は見えるじゃないか。
今の世と何も変わらん。
敵が国からお前一人になっただけだ」
「いいや、変わる。
そこには民の意志がある。
俺を恨み、自ら武器を手に取り、死を恐怖して戦う意味を、彼ら自身が持っている」
「お前はその時、武器を取るのか?」
「いや、俺の処刑台はそこだ。
これまで、そして、これからも増やし続ける屍への償いだ」
「お前がいなくなった後の世はどうする。
兵が血を流し、子どもが泣く戦争にまたいずれ戻るぞ」
「ああ、それで良い」
「……無責任な」
「責任を取るために死ぬんだ。
殺し合い奪い合いの戦争を再開するのは、生き長らえた者たちの責任だ。
俺は知らない。
言っただろう。
俺が生きている間だけで良い。
その間だけでも、戦火に焼かれる人たちがいなくなるのなら、それで十分だ。
どうせ時代も人も入れ替われば、戦争なんてどこぞの阿保がまた始めるんだ」
「お前の生きている間か。
あまりに短い。世界にとっては小休止にもならん」
「数年、上手く行けば十数年か。
けれど、絶えず戦争をしてきた世界からすれば、偉大な空白だ。
本来流れるはずだった血も生きたまま巡り続けられる。
本来生き絶えるはずだった赤子も生きて大人になれる。
そんなひと時の安らぎが生まれるなら、何を迷うことがある」
「……それがお前の理想か」
「理想なわけない。
あくまで及第点だ」
「…………」
「あんたはどうなんだ。
生まれた時から王の下僕か?
何を思って戦場に出た?
何を見てあんたは変わった?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………私だって、昔は民のために生きようと思っていた」
「…………」
「手は差し伸べられるだけ伸ばして、苦しみは慰められるだけ慰めて。
自分の抱えられるものの大きさも測れず、無理してでも手を引いて。
そうすればいつか争いは無くなると信じていた」
「…………」
「けれど、無理だった。
幼子が襲われていたのに、何もできなかった。
私自身も深傷を負っていて、助けに走っても共に殺されることは明白だった。
恐怖した。
どのみち死ぬ命を助けて何になる。
勇敢に死んだ私の死体に花を添えてくれる者がどこにいる。
だから、逃げ出した。
折れた足を引き摺って、斬られる子どもの方は二度と振り返らず。
それからだ。
足りない手は伸ばさなくなった。
私に抱えられるのは私だけだ。
……一体、どうしたら良かったのだろう」
「あんたは間違っていなかったと思うよ」
「……なんだと」
「その時、あんたが逃げ出したのは、一つの正解だったと思うよ」
「随分と優しいな。さっきまでの自己犠牲的な理想論はどうした」
「別に曲げたつもりはない。
何度も言うが、俺だって自分の命が第一だ。今はな。
死にたくなかったのなら、逃げて自分だけ生き残れば良い。
自分の華々しい死のために、襲われた子どもにありもしない希望を抱かせるのはむしろ酷だろう。
救えない命は救わない。
それは、あんたも俺も同じだ」
「同情しているつもりか?」
「そんなわけない。良い気になるな」
「…………」
「足りない手は無理に伸ばす必要はない。
もう一つと欲張って拾い上げた結果、抱えた全部を落とすなら、始めから手ぶらでいた方が良い。
けれど、今のあんたの手はその頃よりも増えたはずだぜ。
兵を持ち、隊を持ち、指揮を取っている。
大尉なんだろ?
情けないこと言ってくれるなよ。
救える命も見逃すあんたに、一丁前に悲観する資格なんてないよ。
今ならあんたの一声で数百人の命が救える。
手は余っているんだ。腐らさずに使おうぜ。
死んでいく命を眺めることにもう意味なんて無いだろう。
あんたの良心もそこまで死んではいないだろう」
「…………私は、大尉だ。己の虚しさを埋めるために隊を動かすなど、敵国民の命に手を差し伸べるなど」
「王だって民を私物としか思っていないんだろう?
だったら、あんたが隊を自分のために動かしたって、咎められる理由もないだろう」
「……お前な」
「別に、良いんだぜ、助けなくても。それもあんたの選択だ。
けど、食事も結局喉を通らずに捨てちまうくらいなら、せめて民間人にくれてやれよ。それが嫌なら俺が食っても良いんだぜ」
「な、お前、知っていたのか」
「食欲無いんだろう。帰って来ない兵を考えたら、飯も食べてらんないか。
けれど、どうせ捨てる飯なら、あげれば良い。誰も損しないぜ。
無闇に飢え死にさせたい奴らでもないだろう?
やらない善より、やる善。
やる偽善より、やる善。
やらない偽善より、やる善。
何にしても、やる善だ。
余った飯をやるだけなんだ。俺は偽善だなんて思わないよ」
「…………」
「まあ、今までずっと悩んできたんだろう。
この際だ、散々悩みな。
けれど、あんたが動いてくれるなら、俺の理想は少し楽になる。
死なずに済む命も増えるだろうさ。
俺が死んだ後も、あんたらが動いてくれれば、戦争も少しの間は鳴りを潜めてくれるんじゃないのかな」
「……好き勝手言うな。忌々しい」
「大分長話してしまったなあ。
あ、言った通りあの孤児はちゃんと俺が面倒見るから」
「行く行くは死ぬつもりなんだろう。無責任な男だ。その時、孤児らはどうする」
「その時はあんたに託すよ」
「馬鹿言うな! 私が子を持つなど」
「分かってるって、冗談だよ。
本当、全部分かっているよ」
「……これは戦争だ。お前を雇っているのは我が王であり、お前を手繰るのは私だ」
「ああ」
「…………私だって、戦争は嫌いだ」
「ああ」
「もう、止めたいよ」
「……ああ」
「……言いたいことは言い終えた。言われたくないことも言われ尽くした。
話は終わりだ。失せろ」
「御意のままに」
「…………」
「あ、最後にもう一つだけ」
「何だ、まだ言い足りぬか」
「あんたって、良い女だよな」
「っ! ……たわけっ! 馬鹿!」
『口先』