第九話「エクストラコンテンツ」
ゲームマスターの烏羽が高らかに自己紹介をすると広場内のボルテージはマックスになり、割れんばかりの声援が彼に降り注いだ。
そのせいで、
「おい、お前。10万返しやがれ!!!」
という、魂の叫びはヤツに届くことはなかった。
「彼が10万泥棒なのかい?」
「そうだ!」
「でもあの人、れっきとした運営者よ? そんなことするかね?」
「でも確かに、アイツにぶつかられて所持金がゼロになったんだ」
ゴルは俺の言うことに半信半疑で、首をかしげるばかり。
一方バディたちはといえば、アオはみんなと一緒に楽しんでるようで、カトラスはシルバーに輝くスキットルで何か飲んでいる。
まさか、酒じゃあるまいな。
イベント会場は禁酒なのが当たり前だろうに。
しかしそもそも論として、NPCにそういうことを指摘するのは野暮なのかもしれない。
俺の疑問をよそに、烏羽は進行を進めていく。
「皆様、βテストへのご協力、誠にありがとうございました。理想のバディと過ごす理想の生活はいかがだったでしょうか」
全然できてないっての。
「短い期間ではございましたが、多くのユーザー様にご納得いただけるものとなったと考えております。さて、本テストの残り時間はあとわずか。非常に名残惜しいユーザー様も多いのではないでしょうか。そこで、ささやかではありますが、運営より皆様にちょっとしたプレゼントがございます」
烏羽の言葉に広場のプレイヤーたちは更に盛り上がる。
「ゴル、お前のアレよこせ。さっきやったので切れちまった」
「ここは火気厳禁の禁煙だ」
「それは分かってる。でもどうにも騒がしくて、咥えてねぇと落ち着かねぇ」
「なら駄菓子でも咥えてろ」
一方で、そんなことお構いなしに独自の世界を築いているお隣さんたち。
話にまるで興味のない彼らがどう思おうと、烏羽の話は進む。
「【フェティシズム・フロンティア・オンライン】正式版は、本テストでいただいたご意見を元に改善・改良を加え、『よりプレイヤー様方の理想を実現するゲーム』へ進化させていく予定でございますが、それにとどまるだけでなく、『より楽しいコンテンツ』へと成長させるべく、様々な要素を追加する予定でございます。そんな追加コンテンツの中でも特に目玉となるものを、この場で先行公開し、選ばれたプレイヤー様に体験していただきます!!」
その発表にどよめく場内。
その要素は何なのか、選ばれしプレイヤーとは誰なのか、個々人が期待や疑問を口々に吐き出し、聴衆のざわめきが広場に反響し増幅する。
自分の声をも聴きとることのできないこの状況を、烏羽は一言で切り裂いた。
「その要素とはッ!!!!!」
しんと静まり返る場内。
BGMのドラムロールだけが場を包む。
「バディを用いたプレイヤー同士による戦闘! その名もズバリ、性癖決戦《フェチバトル》です!!!」
その言葉を理解できた者はこの場に――俺を含めて、誰一人いないだろう。
しかし、会場は妙な興奮に包まれ、バディたちもが歓喜の声を上げていた。
お隣さんたちを除いて。
場を包む興奮に後押しされたのか烏羽の説明により熱がこもる。
「フェチバトルはプレイヤー様の開放した【性癖】を用いてバディ同士を戦わせる、リアルタイムバトル! 自らの性癖が武器になり、フェチの数だけ戦い方がある、全く新しいバトルシステムなのです!!」
壇上に巨大なウインドウが表示され、そこには対峙する男女と、それぞれの後方でその様子を眺める男女が映っている。
「操作方法はバトルフィールド外からリアルタイムにコマンドを入力する、安全かつ初心者の方にも安心していただける方式を採用。さらに、バディの判断に全てを委ねる、『お任せモード』も搭載しており、どなた様でも楽しんでいただける仕様となっております」
その説明に合わせて画面内の男女が殴り合う。頭上には互いに横長で黄色のバーが浮かんでおり、相手の攻撃を受ける度に、少しずつバーが短くなってゆく。
「バディの頭上に浮かぶHPゲージを先にゼロにした方が勝つ、単純明快な対戦方式! 【性癖】を駆使し勝利を掴み取れ!!」
説明が終わるとともに舞台上のウインドウは閉じ、ステージに光の壁が浮かび上がる。
「今回、選ばれしプレイヤー様にはこの舞台上で、私のバディとバトルを行っていただきます。私のバディはコイツ、『龍』だ!!」
何もない彼の隣に眩い光を放って召喚されたのは、真紅のチャイナドレスに身を包んだ美女。腰に届くほどの艶のある黒髪。ロング丈チャイナドレスのスリットは腰元まで大胆に入っており、そこから覗く美しい足は妖艶な魅力を放っていた。その足先にはドレスと同じ、真っ赤なハイヒール。
「参加者の選定にあたりましては、皆様の【性癖】の深度、開放数、時間数等を、独自の計算式にあてはめ算定したFPを使用。FPの一番高かったプレイヤー様、そして総FPの一番高いパーティーに参加の権利が付与されます。このバトルに参加できる『トップ・オブ・フェティシズム』は――」
烏羽はそこで言葉を切り、グッと溜めを作る。
その『トップ・オブ・フェティシズム』が一体誰なのか。
会場のプレイヤーたちは固唾を呑んで発表を待つ。
「プレイヤーネーム『ゴル』様とそのバディ『カトラス』!! そして同じく、『ゴル』様のパーティーでございます!!!!」
隣にいたゴルの頭上に浮かぶ金色に輝く巨大なビックリマーク。
それを見た観衆も俺も興奮が収まらず、声を張り上げ叫んでしまう!!
「おめでとう!! ゴル、凄いな!!!」
「何言ってるんだい」
ゴルからの思わぬ返事に、俺の頭にははてなマークが。
「それではゴル御一行様をステージの上へご案内します!!」
そのアナウンスと同時にゴルの身体が閃光を放ち、俺は思わず目を閉じる。
目を開くと、俺は広場の人々を見下ろしていた。
隣にはゴルとカトラスが。
そして向こうの方には、ステージに立っていたはずの烏羽が同じ目線に立っていた。
ゴルの転送に巻き込まれてしまったのだろうか、などとここに俺がいる理由を考えていると、ゴルは俺の肩に手を当て言う。
「何言ってるんだい。君も、だろう?」
「ゴル様に、そのパーティーメンバーのタスク様。TOF、おめでとうございます!」
烏羽にそう言われてようやく合点がいった。
そういえば、ゴルと俺は同じパーティーだったのか。
「さて、そんなお二方にはトップのさらに上、『キング・オブ・フェティシズム』をかけて、私と戦っていただきますが、順番はいかがいたしましょうか?」
「人の癖にポイントだの、頂点だのつけて、優劣でもあるかのように振る舞うその態度は気に入らないが、試みは面白そうだ。タスク、俺らが先でいいかい?」
俺は提案を承諾。
ゴルは烏羽に向かって、『俺たちが先だ』と高らかに宣言した。
「『当たり』ではないですが、いいでしょう。流石、トップだけあって癖の深そうなバディだ」
「それはお互い様じゃないか?」
烏羽はニヤリと笑い、ゴルの言葉を受けながす。
「なぁ、ゴル。オレはあのねーちゃんをぶっ倒せばいいのか?」
「ああ、そうさ」
「そりゃあいい。ちょうど、このイライラをどこかにぶつけたいと思ってたとこだからよ」
頼んだ、とカトラスを送り出すゴル。
所定の位置に大剣を携え、着くカトラス。
「そのハレンチな格好で、戦えんのかい? ねーちゃん」
「あなたが言えたことかしら?」
二十メートルほどのフィールド、その端から端に向かって言葉が飛び交う。
始まる前から火花を散らす両者。
「カウントダウンでスタートだ。準備はいいな?」
「ああ!」
カトラスはバスターソードを肩から下ろし、両の腕で構える。
「それでは、三! 二! 一! 性癖決戦スタート!!!」
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