第七話「カトラスという女」
俺がアオとイチャイチャして【性癖】を習得したそのとき、苦い顔をしていた人物が一人だけいた。
カトラスだ。
カトラスはイチャつく俺たちの様子を一瞥し、なんだかソワソワしている。
「て、てめぇら。何してやがんだよ!」
「何って仲良くご飯を食べているだけだよな?」
「ねー!」
「可愛いなぁ」
「タスクさんの理想の姿になれるよう頑張りますから!」
「頑張らなくても可愛いよ」
それを聞いて、カトラスのグラスをあおる速度がどんどん上がる。
「んっ、ぐっ、ぷはぁ! そんなもん、ひとっ、人前でするもんじゃねーだろ!! クソッ!!」
「別にいいじゃないですかぁ? そう思いますよねぇー?」
「幸せそうで羨ましいにゃ」
「俺の料理よりアツアツだな!」
「いい癖だと思うよ」
カトラス以外にはおおむね良好であるが、それでも彼女は認めようとしない。
「だいだい、そういうのはなぁ、も、もっと段階を踏んでからやるべきで――」
「カトラス!! お前もあんな風に俺にくっついてくれてもいいんだぞ?」
「は、はぁ?! 誰が! するかよ!!」
カトラスはニヤニヤと話しかけるゴルをブン殴った。
しかも、フルスイングで。
「痛ってぇ! 何しやがる!!」
「おめぇが悪いんだろ?」
カトラスはグラスをテーブルに叩き付けるように置き、席を立つ。
「あー! やだやだ。これ以上こんなの見てられっか!! むかむかしてしょうがねぇ」
「あの、カトラスさん。どこへ行かれるんですか?」
「気分転換に一本やってくる!!」
「ポイ捨ては厳禁にゃ」
「分かってるっつーの」
カトラスはニャーさんから灰皿をひったくるように受け取り、そのまま店の外へ出て行ってしまう。
「ゴルさん? さっきこの世界は人の癖を否定しないって言いませんでしたか?」
「ほんと、カトラスがすまないね。でも、そこが可愛いだろ?」
「え?」
「あいつ、がさつでぶっきらぼうの戦闘狂だけど、ああ見えて色恋にはめっきり弱い」
ゴルはそう言ってステータスを開き、【性癖】の画面を見せてくる。
そこには【ウブ】という文字が刻まれていた。
「いつもは男勝りの姉御肌な彼女が、小学生レベルの恋愛話を見聞きしただけで赤面してあたふたするんだぜ? そのギャップが実に堪らなくないかい?」
「まぁ、分からなくはないですが」
窓の外に佇んでる彼女は加え煙草で、紫煙をくゆらせていた。
「煙草吸うキャラもなんか珍しいですよね。それもやっぱり?」
「そう。俺の性癖。硝煙と煙草の臭いのする女の子が大好きでさ、そんな子をバディにしたいって望んでエディットしたら、【愛煙家】と【拳銃使い】のスキルが付いてたわけ。まぁ、例の如くガンマンのスキルは死んでるんだけど」
「なんか大人の女性って感じでかっこいいです!!」
「おっ、君も分かるかい? でも、未成年は吸っちゃダメだぞ」
「もちろん、吸いませんよ」
個人的に大人の女性というよりは、裏社会の住人という感じだと思う。
「でもあの子、昔はああじゃなかったのさ」
そう語るゴルは、マッカランを飲みながらどこか遠くを見つめ、遠い記憶を手繰り寄せているようだった。
「実は彼女、いいとこのお嬢さんでね? 名はアイリーンといった。幼いころは良家の娘として、言葉遣い、テーブルマナーから貞操観念まで徹底的に叩きこまれていたんだ」
だから、食べ方も綺麗でちょっとウブなところがあるのか。
「どうして名前を?」
「話せば長くなるけどね。ある日、彼女の両親は金目的の暴漢に殺されたんだ。たまたま外出していた彼女は難を逃れたけど、帰ってみれば住んでいた豪邸は炎上。一夜にして名家のお嬢様は一転してホームレスに。でも、か弱く幼い少女が生きるには、周囲を取り巻く現実は厳しくて、彼女は傷つき、飢え、死ぬ寸前。でも彼女を救ったのは、一人のギャング。その境遇に同情した男は彼女を自分の娘として育てたのさ。その結果、彼女は立派なその道の住人になった。結果『アイリーン』は死に『カトラス』が生まれたんだ」
「彼女にそんな過去が……」
「っていう設定」
「は?」
「これが俺にバチっとハマる、『カトラス』というキャラの設定なのよ。ああ、アイリーンって呼ぶと殴られるから気をつけな?」
「俺はアオに対して、そこまで考えてなかったです」
俺に一目惚れしたのがきっかけで付き合うことになった、年下後輩セーラー服JKってことくらいしか考えていない。
「まあ、俺の性癖を言葉にすればそうなるよ、ってことに過ぎない。でも、性癖が言語化できるレベルまで自分で理解できていれば、バディに反映されやすいし【性癖】も発現しやすいってわけ。だから、性癖をしっかり思い浮かべるんだ」
「なるほど」
「おう、何話してんだ?」
「ちょっとした昔ばなし」
「あっそ。そういえば鍛冶屋のジョーに杖が出来たって、渡された。遅くなってすまねぇ、礼は要らんってさ」
ゴルはありがとうと言って杖を受け取る。
職人の丁寧な仕事が光り輝く、木でできた美しいステッキだ。
「さてと、一服が済んでカトラスも帰ってきたことだし、みんな食べ終わってるのに長居するのも悪いからね。そろそろ出ようか」
「毎度ありですにゃ!」
ゴルの前に浮かぶ所持金ウインドウから、お代分が減る。
「今までありがとうね」
「正式版でもよろしくにゃ!」
「楽しみに待ってるよ」
ゴルはニャーさんたちとそんなやり取りをしたのち、俺たちと店を出る。
アオと一緒にどこかを巡りたいけど、どこに何があるか分からない。
ここは先輩プレイヤーのゴルに聞いてみるか。
「ゴルさん、アオと二人で回るのにどこかいい場所ってありませんか?」
「タスクくん、残念ながらもうそんな時間はないかぁ」
「どうしてですか?」
「実はあと一時間ほどでこのβ版はお終いなんだ」
「ええっ?!」
「もうこれからは、β終了直前に中央広場で運営からの重大発表を聞きに行くくらいの猶予しかないよ」
「俺まだ、なんも!」
「残念だったね。まぁしょうがないよ。運営がいう『最後にいいこと』の披露の場だろう。【性癖】について何か分かるかもしれないし、ほら広場にいこう」
【性癖】について知るより、アオといろんな所に行きたかったなあ。
俺はガックリと肩を落としつつ、ゴルに連れられ広場に向かうのだった。
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