第六話「【性癖《スキル》】開放」
性癖を解き放つべきというゴルの言葉。
俺はその言葉の真意が分からなかったけど、白スーツの男にも同じようなことを言われたのを思い出した。
「まぁ、俺もまどろっこしい言い方は好きじゃない。もっと直球に言えば、もっと自分の性癖に正直になった方がいい。ってとこかな?」
「どういう意味ですか?」
「どうもなにも、そのままの意味だよ」
俺だってその言葉自体は理解できている。
その先を説明してほしいのだが、ゴルはお構いなしにステーキを頬張る。
「君の癖はおおむね、愛情をたっぷり注いでくれる清楚系年下制服JK、ってとこだろう?」
確かにそれは正しい。
ただそんなこと、ゴルを含めて誰にも言った覚えはない。
「でもどうしてそれを?」
「簡単な話。君のバディを見ていれば大体分かるもんさ」
「アオを?」
「そう。まぁ、君に限った話ではなく、プレイヤー全員に共通すること。カトラスを見れば俺の性癖が、ウルりんを見ればニャーさんの性癖が分かる。この世界はそういう風にできている」
「でも、性癖なんて、そんな大っぴらにするものじゃないでしょう?」
「あー、分かった。ってことは……。タスク、ステータス画面を開いてくれないか?」
ゴルに言われるがままメニューからステータス画面開く。
目の前に浮かび上がったウインドウには、俺のプレイヤーネーム、アバターの姿、所持金、そしてバディの情報が出るだけ。
変わったことは、俺の所持金がゼロなことくらいしかない。
「これか?」
「俺が見たいのはその次のページだ。ほら、分かりにくいけど右下に小っちゃく三角形があるだろ? そこをタップ」
小さな三角形を触るとゴルの言う通りページが送られ、【性癖】と書かれた空白のページが現れる。
「やっぱり。ここが空っぽ。ちなみに、説明書は読まないタイプ?」
「まぁ……」
昔は読んでたけど、最近は全然だ。
「だよね。とはいえ、このゲームにも悪いところはあるんだけどね。アバター作成のときにそういうを説明しないのが悪い」
「そういうの?」
「ゲームの目的とか心構えとか。大事なのにゲーム内マニュアルにしか書いてないしさ」
「確かに『良い性癖の旅を』としか言われなかったもんなぁ」
「雑なAIの代わりに俺がこのゲームの説明をするとだね、このゲームはバディと生活しながら自分の【性癖】を開放し、よりよいVRライフを送るのが目的なのさ」
「【性癖】を開放?」
「それがこのゲームの特徴でね、スキルと呼ばれる特殊能力の内容はプレイヤー本人の性癖に依存する。ウルりんの【料理上手】もそう。あれはニャーさんの性癖が発現したものなんだ」
「でも、俺は何にも【性癖】がありませんよ?」
「それは君の性癖というものに対しての認識が問題なのさ。一つ聞くけど、性癖、まぁフェチともいうんだけど、それって他人に対して示すものだと思うかい?」
「いや、互いに知れている間柄ならともかく、他人には隠しておくものだと思います」
「現実社会ではまぁ、そういうものかもしれない。でも、ここじゃ違う。フェチフロは他人に自分の癖を示していくゲームなのさ」
このゲームのコンセプトがようやく掴めてきた。
基本的にこのゲームは日常的に抑えている自分の『フェティシズム』を開放して、好きに生きようということらしい。
でも。いや、だからこそ。あまり癖をさらけ出したくない。
「ゲームの核は分かりました。でも、その癖が誰かに否定されたらどうするんです? ここでも受け入れられない癖だったら」
「それさ! その考えこそ、君の【性癖】が発現しない理由だ。いいかい? 君は他人を気にして心を閉ざし、自分自身の癖から目を背けている感が見受けられる」
「でも、バディの見た目はちゃんと反映されてますよ?」
「外見はスターティングAIが読み取って作成してくれるから、自然と癖による。でも【性癖】は中身の問題。さっき、君はアオくんからのあーんを拒絶したろう?」
「それが何か?」
「それこそが君の心を端的に表している。他人を気にして癖を抑えるっていうね」
正論をぶつけられ、ハンバーグを食べる手も止まる。
「性癖はある種、何よりも正確に自分を写す鏡みたいなものさ。だから、自分の性癖から目を背けるのは、自分自身から目を背けるのと同じ。そうしていると【性癖】が発現しない」
「でも、こういうのって普通、標準装備じゃ?」
「仕様を知ってて癖モリモリでいくぜ! って、心持ちの人は最初から発現してたりするね。まぁ、俺もその口だけどな」
「ただ、やっぱり人間って、他の人のああいうの無理ってあるもんじゃないですか」
「だとしても、別にそれを気にするこったない。だって、この世界は『誰かの好きなもの』でしか形成されてないし、みんなそれを自覚してるから。自分は自分、他人は他人だからね。無理なら変に関わらずにスルーするし、気になるならそこに惹かれる。そうやって自分の癖を深めたり、新たな癖を開発するのがこのゲームの醍醐味なのさ。だから君も、人目を気にせずに好きなだけイチャつけばいい」
ほら、と言わんばかりにゴルは、カトラス、そしてウルさんと談笑しているアオを顎で指す。
「性癖を惜しむな。出せるだけ出せ。そして楽しめ。ここは性癖を全力で披露してもいい世界なんだからさ」
そして、俺のハンバーグを指さし、続けて彼女を指さす。
言わんとすることは『それを彼女に食わせてやれ』ってとこだ。
ハンバーグをフォークに取ると、ゴルは無言で頷く。
やるっきゃない、よな!
「アオ、ハンバーグ食べるかい?」
「いいんですか? 食べます食べます!!」
フォークの下に手を添えてグッとアオの方に身を寄せる。
彼女も察したのか、目をぱちくりさせながら、餌を待つひな鳥のように小さな口を大きく開ける。
「はい。あーん」
「あーん。んー! おいひぃれすぅ……!」
アオの幸福感に包まれた顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
「だろ? なんたって俺の作った料理だからな」
「ラブラブですにゃあ……!」
「そうそう。自分の癖を信じて、強く、深く、貫け」
そうして身を寄せてご飯を食べ合ってると、視界の右下にまたしても赤いビックリマークのアイコンが出現する。
タップしてみると、
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【新たな扉が開き性癖:『セーラー服』、『純愛』、『勇猛果敢』、を獲得しました】
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という、アナウンスウインドウが表示される。
これが俺の【性癖】か!
「んで、ゴルさん」
「何だい?」
「俺が習得したこのスキルって、何が発動するんですか?」
ゴルはさわやかな笑顔でキッパリと言い切った。
「さあ」
「さあ?!」
「いや、このゲームの【性癖】ってよくわかんないけど、どうも効果のない死にスキルばっかりなんだよ」
「し、死にスキル……」
「もちろんニャーさんみたいに実用的な『職業系』とか、キャラの見た目に大きく影響を与えるスキルもあるけど、あとはなんかパッとしない。バディの特定のものがより綺麗に見える『部位系』『服装系』とか、性格により補正をかける『性格系』とかそんなん」
「死にスキルが多いって、ゲームに入れとくだけ無駄なんじゃ……」
「バグの類とか言われてるけど、運営は『集めれば集めるだけ最後にいいことがあるかも!』ってアナウンスしてるんだ。不思議だろう?」
なんだかなぁ。
いろいろと技術は凄いけど、所々心配になるんだよな、このゲーム。
とにもかくにもゴルの協力もあり、俺は【性癖】を開放した。
しかし、様子のおかしい奴が一人。
――カトラスだ。
お読みいただきありがとうございました!
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