第五話「天才シェフはモフモフさん?!」
「いらっしゃい!!」
「いらっしゃいですにゃ!!」
木製の扉を開いて『ウッドスパイキー』のお店に入ると、店員さんの威勢のいい声。
店の中も繁盛していて、楽しそうな声がこだましている。
「よう。ニャーさん! ウルりんも元気そうで。今日は特に繁盛してるねー。席、四人分開いてる?」
「あら、ゴルさんにカトラス! 今日はお連れ様もいるんですにゃあ。今、丁度空いたからちょっと待っててにゃ」
「おいニャン公! 今日は三ポンドちゃんがオレを待ってんだ。待ちきれねぇから早くしやがれ」
「カトラスさんは相変わらずですにゃあ……。通常の三倍の頑張りで片づけるからちょっと待つにゃ!」
「頼んだぜ?」
どこからかニャーさんとやらの声がするが姿は見えない。
見えるのは器用に後ろ脚で立ってテーブルを片付けているでっかい――140センチくらいの三毛猫くらいなもの。
この世界のモンスター的なNPCなんだろうか。
「何見てんの?」
「いや、あそこにいる猫を」
「ああ、あれ? あれがニャーさん。この食事処で働く『プレイヤー』だよ」
マジか。
確かによく見ればエプロン姿で三角巾を頭に巻いているから、言ってることは正しいんだろう。
でも、そもそも人型でもないし、あんなにモフモフで尻尾までついている。
それでプレイヤーキャラっていうんだから、驚きだ。
「何話してんのにゃ?」
「ニャーさん、今日もいいモフモフだなって」
「まぁなんたって、私の癖は『アイ・ラブ・モフモフ』、モフモフ命ですからにゃ! あっ、準備できましたにゃ。あそこのカウンター横の四人がけテーブルへどうぞですにゃ」
席に通され、互いにバディと並んで座る。
差し出されたメニューにはステーキ、ハンバーグ、焼きそば、パスタ……。
何でもあるなぁ。
それにドリンクメニューも、ビールに焼酎、ウイスキー、日本酒、ワイン、ウォッカ、ジンなどなど、とても充実している。
カウンターには使い込まれた大きな鉄板が。奥のバックバーには、美しく磨かれたボトルの数々が整然と並んでおり、メニュー内容に嘘偽りなしという感じだ。
「ご注文はニャンですかにゃん?」
「値段は気にせず、何でも頼んでいいよ」
何でもいいって言われると逆に悩む。
「じゃあ、私、ボンゴレビアンコ!!」
「んー。俺、ハンバーグかな」
「二人ともいい選択だ。どっちも美味い。じゃあ、俺らはいつもので」
「はいはい!! 特性ステーキにマッカランのロックですかにゃ?」
「今日はコイツの奢りだからな! ボトルだボトル!! あと、オレのステーキ、三ポンドで。よろしく頼むぜぇ?」
「にゃにゃ! 三ポンド!! 大丈夫ですかにゃ……?」
「うるせぇ! ケチケチしなさんなって。つべこべ言わず持ってこい!!」
「分かりましたにゃ……。ウル!! 聞こえてたかにゃ?」
「おう! バッチこい!!」
威勢のいい返事と共にカウンターの裏から出できたのは、エプロンを着た狼。
しかも、顔周りからカウンター越しにちょろりと覗く尻尾の先に至るまで、グレーがかったもっふもふ。
「彼はどちらさんで?」
「あの厨房の狼はウルりん。ニャーさんのバディさ。毛並みが最高によくて、モフモフののフワフワだ」
へぇー。プレイヤーのバディも動物アバターなのか。
じゃあここは動物のお店屋さんってとこだな。
果たして衛生環境は大丈夫なのだろうか。まあ、ゲーム内だし、気にする意味はないと思うが。
「しっかし、三ポンドなんて食えんのか?」
「ったりめぇだろ? カトラス様を舐めんなっての。ていうか、とっととボトルよこしな」
タイミングを見計らっていたかのように、ニャーさんがボトルとグラス、その他いろいろ持ってくる。
「お待たせですにゃ。アイスペールと灰皿は、ここに置いときますにゃ」
「ありがとう。ニャーさん」
ゴルさんのお礼ににゃんこスマイルで返し、ニャーさんはすぐさま他の卓へ。
厨房では狼が、ホールでは三毛猫がせわしなく働く。
幼い頃に読んだ、絵本の中のような光景が目の前に広がっている。
「タスクさん! 猫さんと狼さんが可愛い!」
働く二人をアオは目を輝かせながら眺めている。
そんな彼女もまた可愛い。
「ニャーさん、ちっちゃなおててで一生懸命お盆運んでます! ウルりんさんがフランベしてると豪快でかっこいいですね! でも、体毛に燃え移っちゃいそうで、ちょっと冷や冷やします」
「ははっ、大丈夫。彼には【料理上手】の【性癖】があるからそんなヘマしないよ」
「ゲーム内の食事なのにガッツリ作ってて、なんか新鮮ですね。ゲームの料理って基本コマンドで選択して、その場に召喚するって感じだから」
「このゲームならでは、って感じだね。『理想の相方と過ごす理想のVRライフ』それがこのゲームのキャッチコピーみたいなもんなんだけど」
「モフモフで料理上手なイケメン狼と小っちゃくてもいいから一緒にお店をしたい、ってのが私の理想だったのですにゃ」
お待たせしました、とニャーさんがカトラス以外の料理を持ってくる。
「そうなんですか」
「そんなこんなで、この料理屋で働かせてもらってるのにゃ」
目の前にハンバーグの乗った鉄板が置かれる。
チリチリと肉が焼ける音、もわっと顔を覆ううま味を含んだ蒸気、手に撥ねるアツアツの肉汁。
VRとは思えない、驚愕の技術力だ。
「おい! ウル! オレの肉は?」
「今、焼いてんだよ!! お前さん、レア嫌いなんだろ? なら、かっぱらってったマッカラン飲んで待ってな」
促され、豪快にウイスキーをグラスに注ぎ入れるカトラス。
アオは、そんな彼女と自分の皿の間で視線を行ったり来たりさせている。
「ん? 腹減ってんだろ? 先食いな」
「でも、カトラスさんのまだ来てないですし」
「気にすんなって。冷めちまうぞ?」
「わっ……かりました!それじゃあ、お先失礼します!」
「おうよ!」
「いただきます!!」
アオは挨拶をして食べ始める。
やっぱ、挨拶できる子っていいよなぁ。
「それじゃあ、タスクくん。僕らも食べようか」
「はい」
俺とゴルも一言入れてから食べ始める。
ハンバーグにナイフを入れた瞬間、透き通るように透明な肉汁がサーっと流れ出す。
ナイフを通じて肉の弾力が手に伝わってくる。固すぎずフワッ柔らか、しかしながら生の特有のネチョっとした感じはしない。
切り分けた塊を口に運べばもう絶品。
肉汁が口の中で溢れだし、力強い肉肉しさが味覚を蹂躙する。
今まで食べたどのハンバーグよりおいしい。
「……美味い」
「だろう? ここの味を知ったら現実に帰りたくなくなるんじゃないか?」
ゴルさんは冗談めかしく言うが、まさしくその通り。
もう現実でハンバーグ食べられないかもしれない。
「タスクさん! すっっごい、おいしいです!!」
美味しいものを食べれば、人間だれしも顔がほころぶ。
それはNPCのアオも例外ではないらしく、顔の力が緩んで表情が笑顔に近い形に。
その表情は「みっともない」とか「はしたない」とか評する人もいるかもしれないけど、俺はその顔が好きだ。
そして、惜しげもなくその顔をするアオも好きだ。
やっぱり、美味しそうに食べ物を食べる女の子は可愛い。
「くぅーっ!!! あー、沁みる!! 昼から飲む酒は最っ高に美味い!!!」
アオの可愛さの余韻を台無しにする雄叫びが一つ。
カトラスはグラスになみなみ注いでいたウイスキーを、グイっとあおりご満悦。
「最高に美味い酒には、最高に美味い飯だ。ほら、食え!」
「サンキュー、ウル! こいつは……、すげぇな」
カトラスの目の前に、デカい塊がドカンと置かれる。
それはもはや、ステーキではなく肉塊だ。
そんな肉塊をカトラスは、ガチャガチャと不快な音を立てることもなく、ナイフとフォークで器用に手際よく切り分け、美しく食べている。
ソースを跳ねかすこともなく、咀嚼音を立てるようなこともない。
ドレスコードを要求されるような高級レストランでディナーを食べるかの如く、ひたすら優雅に上品に食べている。
「おい! 何見てんだ? 食わねぇなら食うぞ?」
「いや、カトラスさん、なんか意外だなって」
「ああ?」
「てっきりフォークでぶっ刺して、そのままかぶりつくのかと」
「てめぇ……。人の事を何だと思ってやがる。んな、下品な食い方するわけねーだろ」
と言いつつ、水でも飲むかの如くウイスキーをグイっと一気飲みしている。
「タスクさん。パスタも美味しいですよー! あーん、してあげますよ」
んー、そうされたいのはやまやまなんだけど、目の前にはゴルさんにカトラス。周りには他の客が大勢いる。
そんなことをしようものなら、どんな視線や言葉が飛んでくるのか分かったもんじゃない。
「いいや、遠慮しておく」
「えー、美味しいですよ?」
「じゃあお皿出してよ。そっからもってくから」
「はい。どうぞ!」
アオの皿からパスタをちょこっと取って食べる。
出汁が効いててこっちも凄く美味い。
そんな俺たちのやり取りを見ていたゴルさんが一言。
「んー。なるほど、なるほど? タスクくん、よくないなぁ。そういうのは」
「よくないって何がです? ちょっとイチャついちゃったのは認めますけど……」
「逆だよ逆」
逆……?
「君はその子ともっとイチャつかなきゃダメなのさ」
「へ?」
どういうことだ?
そんな俺の疑問に答えを示すかのように、ゴルは真剣な眼差しで言い放った。
「君は自分の性癖をもっと解き放つべきだ」
モフモフなニャーさんとウルりん!
読んでくださり、ありがとうございました。
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