第四話「最初の試練?」
ドラゴンタトゥーの強面ねーちゃん、その前に立つアオ。
拳銃にバスターソードの大女と、片やか弱いJK。こんなのどう見たって分が悪すぎる。
「どきなお嬢さん。オレはそっちのタスクって方に用があるんだ」
「嫌です! どきません」
ねーちゃんの言葉にアオは食い下がる。
「大体名前も名乗らず、いきなり何ですか!」
「ああ、そりゃ礼が足りなかったな。オレの名はカトラス。で? お嬢さんの名は?」
「私の名前はアオです」
アオは物怖じせずきっぱりと名乗りを上げた。
「オーケー、アオ。それじゃ、どいてくれ」
「い、嫌です」
「あ゛っ?」
カトラスは目玉をひん剥き、おおよそ女性の喉から発せられないようなドスの効いた声を上げる。
やべぇ……。
彼女は既に爆発一歩手前。今すぐにでも豪剣か拳銃を抜きかねない。
しかしそんな相手にも引かずに応戦する、うら若き乙女。
そんな姿が最高にグッとくる。
……じゃなくて止めないと!
一体何が彼女をそこまで突き動かしているんだ?
「アオ! もういい! ほら、人も集まってきちゃってるし、俺が出れば丸く収まるだろ?」
「ダメですよ。タスクさんがこのまま出て行ったら、何をされるかわかりません!!」
「てめぇら! 好き勝手言わせておけば、人の事をなんだと思ってやがる!!」
――バゴン!!
怒号と共に巨大な豪剣を地面に突き立てるカトラス。
衝撃に耐えかね、石畳は見るも無残に砕けてしまう。
その気迫に、ざわついていた聴衆が一挙に黙った。
そして、一斉に散り、彼らはそれぞれの生活に戻ってゆく。
そんな状況の中、動じない女の子が一人。
アオだ。
一番近くでカトラスの凶行を眺めていた彼女だったが、瞬時に両足を八の字に構えて、拳を握って脇を締め、膝を曲げ腰を落とした。
その場から動かないだけでも彼女は俺より凄い。
しかも、あの構えは確か、何かの格闘技の防御の構え。
どこで覚えたんだそんなもん。
でも、そのギャップが俺に刺さる。
「ったく! オレはそっちのタスクに用があるってのに、さっきから突っかかってきやがって! そいつは一体、おめぇの何なんだ!!」
「タスクさんは、私の大切な人なんです!!!」
その言葉に、俺に心臓がドクンと大きく跳ねた。
なぜなら、制服JKにそう言われたい人生だったから。
理由は特にない。だって、言われてみたいじゃん。制服JKに『大切な人』って。
「は、はっ、はぁ!? お前、こんなとこで、な、なに言ってんだよ!!」
カトラスの様子がどこかおかしい。
なぜかアオの言葉で狼狽え始め、バスターソードをガシガシと石畳に繰り返し突き始めた。そのせいで綺麗だった道路が二畳分ほど粉々だ。
彼女の行動を疑問に思い、ただ足元を破砕する様を見ていると、
「辞めな、カトラス」
どこからか、そんな彼女をたしなめる男の声がする。
人が散ったとはいえ、まだまだざわめきの残るこの場でもキチンと聞き取れるほどによく通る声。
その声がした途端、カトラスは落ち着きを取り戻した。
機械のスイッチを切ったみたいに、唐突にブツっと。
「はぁ、分かった」
彼女が溜息交じりに応えると、その後ろからカランコロンと足音を鳴らして、浴衣に下駄姿の男が出てきた。
「お熱いねぇ、お二人さん」
この状況とその声質からするに、カトラスを止めたのはこの男で間違いないだろう。
そして俺は、この男に好奇の目を寄せられている。
「んで君は……? ああ、そういうのが好きなのか」
「あんたは……、一体?」
「ここじゃなんだ。場所を変えよう」
和装の男は神妙な面持ちで言う。
「なんでだ?」
「カトラスが足元を滅茶苦茶にしちゃったから。この状態でここで話すのは、お互い気まずいだろう?」
まぁ、確かに。一理ある。
どっちも注目の的になってたわけで、気まずいのはお互い様だ。
俺はその提案を快諾し、アオと共に人気の全くない裏路地に導かれるのだった。
◇
人気の多い目抜き通りから二本も路地を入れば世界は一変。本当に人っ子一人いない薄暗い裏路地に来てしまった。
「タスクさん……、大丈夫でしょうか……?」
並んで歩くアオが声を潜めて、不安げに聞いてくる。
確かに言われるがままホイホイ着いてきてしまったが、もう少し警戒すべきだったのかもしれない。
明らかにどこか怪しい感じの飄々とした和装の男と、包み隠さず言えばギャングみたいな大女。その二人がコンビを組んで、俺ら二人をこんな所に連れてきたのだ。
フェチフロを始めたての俺に比べれば地の利は完全に向こうにあるし、なによりここには証人となりそうな人が一人もいないわけで。
冷静に状況を分析すればするほど全身の血の気が引いていく。
もうダメかも。
それでも、アオだけは逃がしてあげないと。
「この辺でいいかな?」
男がそう言って立ち止まったのは、袋小路の突き当り。
状況は悪くなる一方だが、幸いにして俺たちの側の方が外の通路に面している。
「立ち話もなんだしその辺に座ってくださいな」
と言われても、座れそうなのは傍に積み上がってる木箱くらいしかない。
自然な流れで位置を誘導してきた。
このまま座れば向こうの思うつぼとはいえ、座らなければどうなることやら……。
アオを通路側に寄せ、俺らは木箱に腰かける。
「さてと何から話せばいいやら」
向こうの言葉を一言一句聞き逃すな。
そして、聞かれたことにだけ答えるんだ。
聞き逃しという落ち度や、つい口走った余計な事、言葉のあやなんかを狩るのが任侠ゲーの常套手段。
きっとこれもその類だろう。
だから冷静に、慎重であれ。俺!
「俺の名前はゴル。で、こっちがバディのカトラスなんですが、いやー、うちのカトラスがご迷惑をおかけしたようで、本当にすいません!!」
和装の男、ゴルは深々と頭を下げ、俺たちに向かって謝る。
えっ……?
「はぁっ?! オレは何も!!」
身構えてたところに飛んできた、物凄い角度からの不意打ち。
もしかして俺は何か勘違いしてる?
それは向こうサイドのカトラスも同じなようで、ゴルに対して猛抗議している。
「おおむねこいつが一方的に絡んで迷惑をおかけしたんでしょう。ほらお前も頭下げろ」
「だいたい、オレは何も悪くないどころか何もしてないのに、どうして頭を下げなきゃいけねぇんだ!!」
「またそう言う! いいから下げるんだ!!」
「いーやーだね!!」
目の前ではカトラスの首根っこを掴んで謝らせようとするゴルと、頭を下げまいとするカトラスの激しい攻防が繰り広げられていた。
見かねたアオが仲裁に入る。
「あの、二人とも落ち着いて!! 実際、私たちカトラスさんにまだ何もされてませんし」
「本当ですか?」
「だから言ってるだろ!!」
冷静に思い返せば、確かに俺らはまだ彼女に何もされてはいない。
「オレはそこのタスクってやつが広場で急に崩れ落ちたから心配になって声をかけただけだ」
そうだったの?!
カトラスさんは親切心から俺に話しかけてくれていたのか……。
だとすれば、これは相当に悪いことをしてしまった。
「本当か?」
「嘘なんかつくかっての。だというのに、そこのアオってのが突っかかってきて、あの始末」
「ごめんなさい!!! 私、そういうことだとはつゆ知らず……。申し訳ないです」
全力で謝るアオ。
「申し訳ないです」
俺も一緒に謝罪する。
「お二人さん、謝らなくていいですよ! どうせこいつが怪しげに威圧感バリバリで接したのでしょう? 悪いのはこっちだからお顔を上げて」
「オレは普通に接しただけだ!!」
「それがいけないって言ってるんだ。言葉遣いとか、表情とか!!」
「ふん! てか、オレに落ち度はなかったんだ。だろ?」
剃刀のような視線がこちらに向けられる。
「は、はい……」
「ほら、二人もそう言ってる。な? これはお互いにちょっとした勘違いってことで、なーんも問題なかった。だろ?」
「アッ、ハイ」
カトラスの顔に『そう言わないとぶっ飛ばす』って書いてある気がした。
「おいゴル! 無実の人間に無理やり頭下げさせたこの落とし前、どうつけてもらおうか」
あっ、これ任侠ゲーで見たヤツだ。
「いやお前が――」
「ゴル!!」
「ったく。何がお望みで?」
「ウッドスパイキーで三ポンド」
「はぁっ? お前、そんなに! ……わかったよ」
「やりぃ!!」
うーん、初心者からすれば呪文みたいなやり取りだ。
「知ってる?」
「何でしょうか……? 私も分からないです……」
ゲーム内キャラであるアオも分からないのか。隠し要素的な?
「あの、まぁ出会いの形はどうあれ巡り合ったのも何かの縁。一緒に行きませんか? ウッドスパイキー」
「あの実は初心者なもんで、その『ウッドスパイキー』ってなんですか?」
「ああ、そうだったんだ。街のバー兼、食事処だよ」
ああ、いいじゃん。丁度お腹減ってたし。
外食は多い方が楽し……ん? 外食ってことは、お金かかるよな?
俺、所持金掏られてるんだったぁぁ!!!
「あの、行きたいのはやまやまなのですが……?」
「ん? どうしたん?」
「実はゲーム開始時に所持金掏られて、今すっからかんなんです……」
「掏られたぁ?! そんなん聞いたことないけどなぁ。でも、いいよ。今回は俺が奢ってやる。新人歓迎会ってことで」
「いいんですか?」
「もちろん。それじゃ、行こうか」
そうして、俺たちは再びゴルさんに導かれ、食事処『ウッドスパイキー』に向かうのだった。
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【ゴルとそのバディのカトラスがパーティーに加わりました!】
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