第三話「ゲームスタート」
視界を閉ざしていた光が収まると、目の前に広がるのは広場だった。
足元は石畳。広場に面して立ち並ぶ建物は石材を積み重ねて建てられ、日本ではあまり見られない三角屋根が目を引く。
遠くに見えるのは緑豊かな小高い丘に、刃物のように鋭い峰の山々。
どうやらここは高原の集落という設定らしい。
突き抜けるような青空、絵にかいたような真っ白な雲。
街も自然もどこをどう眺めても作りモノの気配は感じられず、頬を撫でる少しひんやりとした風なんて本物にしか感じられない。
風に乗ってどこからか流れてくるパンの焼ける匂い。それを嗅いでいるとびっくりすることにちょっとお腹も空いてくる。
しかし、とにかくこの広場は人が多い。多分、街の中心なのだろう。
しかし、不思議だ。
集まっている人たちの背丈、性別、年齢、服装もバラバラ。というか、滅茶苦茶。
金の刺繍が施されている豪華絢爛なドレスを着た、金髪縦巻きロールのいかにも貴族のお嬢様の隣には、ポロシャツにスキニージーンズという彼女と並んで歩くにはだいぶラフな格好の好青年が。
その近くには、グレーのスウェット上下にサンダル履いたマスク姿の金髪の女性と、教会の牧師さんが腕を組んで歩いている。
そんでもって向かいの出店では、半透明のぴっちりスーツ姿の小さな女の子がスイス衛兵姿の少年と楽しそうに笑い合っている。
しかし、彼らが特別おかしいというわけではない。この広場に居る人たちみんなが突飛な格好をしているのだ。
その様はまるでカメコのいないコミケのコスプレ会場のよう。
しかも、ここに居るのはどうやら人だけではない。
向こうの噴水の傍には、鋭い牙をもってマントを羽織ったいかにもなドラキュラがいる。広場の木陰では着物姿の艶やかな人が、ドイツ軍服を着た二足歩行で前髪(?)の長いボルゾイ犬と涼んでいる。
何が何だか、もう訳が分からない。
かくいう俺の服装は……?
ベストに白シャツ、茶色のチノパンに革の編み上げロングブーツ。
ブーツ以外、ザ・普通って感じだ。
訳の分からなさに思考が停止しそうなとき、いきなり背後から声をかけられた。
「タスクさん!」
一瞬、誰の事かわからなかったが、タスクという名前は俺の事だと思い直し振り向く。だいぶ混乱しているらしい。
そこには175センチの俺よりちょっと背の低い、夏服セーラー、二つ結びの艶やかな黒髪の女の子が。
ビー玉のようにキラキラと輝くまんまるな両目、スッと筋の通った鼻。肌は彼方の山々に積もる白雪のように透き通っており、微かに頬を染めるチークの感じもグッド。唇は瑞々しくプルッとしていて、まるでもぎたての果実。
そしてなにより、輝く笑顔が堪らない。
見た目は超好み。
「待たせちゃって、ごめんなさい!」
「……?」
「私です、私! アオですよ」
待ってた? 俺が? この子を?
確かに、デートに遅刻しそうで一生懸命急ぐけど、結局ちょっと遅刻しちゃって申し訳なさそうにするひたむきな女の子っていう、シチュエーションは好きだ。
でも、別に誰も待ってないし。
そのとき『ピコン!』という甲高い音が鳴り、視界の端に赤いビックリマークのアイコンが出現。そのビックリは点滅に合わせて、大きくなったり小さくなったりを繰り返している。
触れろってことか?
アイコンに触れてみると目の前にメッセージウインドウが飛び出す。
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【称号:理想の出会い 達成!】
『フェティシズム・フロンティア・オンラインの世界へようこそ! 称号達成報酬をお送りいたします! 理想のバディと良きVRライフを!!』
【100000円を入手しました】
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そのウインドウを見た俺は急いでメニューを呼び出し、ステータスを確認。するとそこには『所持金100000円』という文字。
バディと出会うだけで10万? ヴァーチャル上の通貨とはいえフェチフロ運営、最高かな?
というか、この世界観で通貨単位が円なのか……。
そして分かった。このゲーム、理想の相棒と過ごすスローライフものなのか!
「タスクさん! どこか行きませんか?」
アオが可愛げのある感じではしゃぎながら言う。
「そうだなぁ……」
正直この世界に来たばっかりで、どこに何があるかサッパリわからん。
ていうか、スローライフものなら、この世界ならただ二人で散策するだけでも楽しそうだなぁ。
なんて考えながら後ろ向きで歩いている、そのときだった。
――ドンッ!
「痛っ!」
「タスクさん! 大丈夫ですか?!」
背後から結構な勢いでぶつかられ、バランスを崩して転んでしまう。
すぐさま起き上がって後ろを見ると、そこにはこの世界には不釣り合いの純白のパリっとしたスーツを着た男が立っていた。
「おっと、申し訳ない」
「いや後ろ向きで歩いてた俺も悪いんで」
俺はその男の紳士的に差し出された手を取って立ち上がる。
「君……」
男はそう口走ると、俺の目をじっと見つめる。
わき目も振らず俺の目だけをじっと。
俺らの間に割って入るのは広場の雑踏と涼やかな風だけ。
こう何秒も黙って目を見つめられると、背中がむずがゆくなってくる。
「君は……、いろいろと包み隠しているようだね。もっと自分をさらけ出すといい」
唐突に男が喋り出し、そしてどこかへ行ってしまった。
「タスクさん。今の、何だったんでしょうか?」
「さあ」
二人して疑問に思っていると、俺の視界の端にまたしてもビックリマークのアイコン。
タップするとそこには、
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【所持金100000円を失いました】
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というメッセージ。
「えっ……」
はぁああああああ?!?!?!
あっ! クソっ!! 持っていきやがった!!!
「ああ……、俺の10万……」
俺はあまりのショックでその場に膝から崩れ落ちる。
だって10万だぞ、10万! いくらヴァーチャル通貨とはいえ所持金には変わらない!!
というか、このゲームどうやって金策するんだよ!! 金策で使えそうなもの、なんもねーぞ!!
アオは心配そうな表情してるし。
一体これから、どうすりゃいい……。
そんなとき、またもや背後から声がかかる。
「おい! にーちゃん! 顔上げろよ」
顔を上げて振り向くとそこいたのは、180センチ後半はあろうかという銀髪ポニテのねーちゃん。
アオと同じサイズの小さい顔に、健康的な浅黒い肌。目は切れ長でクールで、彫りが深い。アイドル系の可愛さというより、このねーちゃんが持っているのは女優のような美しさ。
黒のタンクトップにホットパンツという恰好は、筋肉質に引き締まっている彼女のスタイルの良さもあり、中々に魅力的ではある。
だが、瞼から覗く瞳は猛禽類のようにぎょろりとしていて、睨まれているだけで油汗が止まらない。
それに、片手で軽々担いでいるバスターソードに、腰のホルスターに収まった拳銃、そしてノースリーブの左肩をでかでか彩る龍のタトゥーを見て内心穏やかでいられるわけがない。
やべぇ。間違いない、追いはぎだ。
もう所持金はない。でも、向こうにそれが知れたら、何をされるか……。
てかなんだよ。バスターソードに拳銃って。スローライフものじゃねーのかよ!!
そう怯えていると、アオが俺と向こうの女の間に割って入る。
「タスクさんに何か用ですか?」
「へぇ、お前。タスクってのか」
マズい! マズい!!
確かに強気に強敵に立ち向かう女の子は好きだ。
でも、このままだとアオが傷つく。そんなの見たくない。
どうにか、どうにかしなくては!!
お読みいただきありがとうございました!!
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