第十三話「俺が好きになれたモノ」
右腕が変態し、カマキリの大鎌へと変貌したアオ。
その姿はまさに最高。
そして思った。
もうためらわない。もう目を背けない。
誰に対してだって胸を張って言える。
あのアオの姿こそが俺の性癖なんだって。
「これが俺の癖だ」
静まり返った会場に俺の声がよく通る。
烏羽は観客と同じように言葉を失った様子であるが、ヤツの両目は宝石のように輝いていた。
「……素晴らしい。想像以上だ……!!」
「あんた言ったよな。『性癖には性癖で抗うのがルール』だって」
「その通り」
「決めようか。どちらの癖が勝つのか」
「いいだろう。これからが本当の性癖決戦だ!!」
アオとロンが同時に駆け出す。
瞬きしている間に二人はフィールドの中心で対峙、鎌と脚を構え合う。
「うりゃぁあああ!!」
アオの威勢のいい声と共に、蹴りと斬撃がぶつかる。
衝突の迫力。俺は思わず息を呑む。
アオは振りぬいた鎌を返し、一閃。
腕に付いた細かいギザ刃がロンの胸元を切り裂き、衝撃で彼女はふっ飛んだ。
しかしロンもただ者じゃない。瞬時に受け身を取って倒れることなく起き上がる。
そこからロンはアオの首元向けヒールのつま先を差し向けるも、アオは鎌を折り畳んで身体の前に構えて攻撃をガード。
攻撃を防いだアオは再び鎌を伸ばし、ロンの身体を連続で突き刺す。
彼女の痛がる声に、削れるHPゲージ。チャイナドレスのスキルでダメージが軽減されてるとはいえ、十分な威力。
「斬るし、刺すし、噛むし! だからッ! 虫はッ! 嫌いなのよ!!」
力強く脚を連続で振るうロン。攻撃速度は目に見えて増しているが、アオも負けじと腕を振るって互角に渡り合っている。
「攻撃力、手数、リーチ、まさに化け物だな」
「醜いか? 俺の性癖は」
「まさか。許容できぬ性癖こそあれど、本質的に醜い性癖なんてものはない。そして、性癖を解き放った君のバディ実に美しい。私にそういう癖がないのが残念で仕方がない」
再びアオとロンの距離が迫り、大鎌をヒールの根元が受け止めている。
「その上、それを惜しげもなく披露する君も、それを力に変えた君のバディも実に強い。だが、右手を抑え込めば脅威ではない」
ロンは上げた脚をぐるりと回し、美しい素肌を晒しつつ、アオの鎌の先を地面に押しつける。
抑えられた鎌を抜こうとアオはもがくも、ロンの脚力に鎌はびくとも動かない。
「右手以外はただの女子高生。左腕だ!」
無言でロンは左脚を引く。
「そうかな?」
「なに?」
「俺の性癖はこんなもんじゃ収まらない。いけるかアオ!」
「はいっ! タスクさんが望むなら!!」
右手がきつそうではあるが、アオはニコッと答えてくれる。
「いいだろう。なら、見せてみろ! 更なる君の性癖を!!」
引かれた足が微かに動く。
「発動!!」
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【性癖】:【変態】発動
『身体の一部を変容させる』
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ロンの足の甲が会場全体に鳴り響くほど音高く、アオの制服に包まれていない二の腕を打つ。
「……っ!?」
最初に異変に気づいたのは恐らくロン。
ロンは青ざめながら恐る恐るぶつけた左脚を引くと、彼女の足の甲にはヌラヌラと輝く透明な液体が付着しており、その液体はツーっと糸を引いてドロッと地面に流れ落ちる。
「な、なに……。これ……」
気色悪さを感じたのか足の甲を抑えるロン。そんな彼女を、右手を封じられながらも仁王立ちで眺めるアオ。
アオの制服の左腕の袖口から透明な液体が流れ出て、左手を伝い地面に落ちていく。
――ピトッ、ネチャッ。
液体はだんだん量を増し、粘度の高い液体が滝のように左手を流れる。
粘液とも呼べる液体に覆われたアオの左手は溶けるように形を変え、次第に細く長く、そして薄桃色に変色してゆく。
やがてアオの手は完全に形を失い、一本の触手と呼べるようなものへと変態した。
俺の性癖により刺さる理想の姿へと。
「【性癖】で腕を変態させ、物理ダメージを逃したか」
「そんな効果もあるのか」
「この短時間でこれほどまでに強くなるとは、正直驚きを隠せないよ」
「俺は決めた。もう性癖を隠さない。性癖から目を背けない。そして、この力でアオと一緒に、お前に勝つ!!」
アオがロンへと左腕を振るい、触手がロンの身体を狙う。
触手による鞭打はロンの左脚に捌かれ、彼女の身体には届かない。でも、アオにとってはそれでよかった。
「掴んだ!!」
アオはわざと、ロンに脚を振らせていた。その脚を取るために。
「くっ!!」
アオの触手がロンの脚に触れた瞬間、触手が引き締まった美しい脚の上を蛇のように這い、絞り上げるように脹脛と太腿に絡みつく。
そしてアオはそのまま触手を振るい、ロンを地面に思い切り叩き付けた。
脚のロックが外れアオの右手が自由に。ロンに絡みつき伸びていた触手は脚を離れ彼女の左腕に戻る。
「なかなかやるではないか。でもな、ロンの両脚が自由になった今、その腕ではロンを捉えられない。君の性癖では私を倒せない!」
「ならもっと見せてやるよ、俺の性癖を。俺の【性癖】はこんなもんに留まらない!!」
そうさ、俺の性癖は集めた同人誌のジャンルの数だけある。
こんなところで止まらない!!
フィールドをひんやりとした風が吹き抜ける。炎のごとく燃え盛るフィールドの熱量をさらに増すかの如く。
その風に吹かれて風前にさらされる砂像のように、アオは空間に溶ける。
「消えた!?」
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【性癖】:【透明化】発動
『身体を透明化しバディ以外から視認できなくする』
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【性癖】が発動し、向こうの目にはアオの姿が消えて見え、俺の目からは半透明に透けて見える。
足音を殺してじりじりとロンに歩み寄るアオ。
ロンは消えたアオを探すべく、必死にキョロキョロと視線を走らせている。
見えない脅威に怯え、彼女は的外れな方向に脚を構える。
「そういうのも好きなのか」
「誰にも見られることのない透明な女の子。その子が見られてないのをいいことに、人知れずいろんな場所でいろんなことをしている。そう考えたら最高に興奮しないか? 公共の場で誰にも気づかれずに背徳的な行為をしていたり――」
透明なアオはスッとロンの後ろに回り込み、ゆっくりと触手を展開する。
「誰かを襲おうと忍び寄っていたり」
「どこっ!?」
アオは展開していた触手をギュっと締め上げる。
「かはっ……」
アオの触手はロンの手を、脚を、胴を、首を締め、全身に絡みつく。
会場全体がその姿に息を呑む。
ロンの手足は枷を嵌められたように隙間なく閉じられ、拘束のついでに触手にめくり上げられたチャイナドレスの裾は彼女の下着が見えるか見えないかの際どい位置へと移動。胴を締め上げる触手は胸元をも絞り上げ、チャイナドレスで強調されたロンの放漫な胸部を不自然な感じに変形させつつ更に強調させる。そして、首を絞められピンと弓なりに反らされた身体は、脚や胸元の強調に一役買っている。
その上、俺以外のプレイヤーにはアオの触手が見えていない。
結果として観衆からは、ロンの身体がひとりでにその扇情的な姿になってしまったように見えているようで。それと状況的にアオが締め上げていると分かってはいるが、ロンが見えない何かに蹂躙されるその姿に興奮した派閥もそれなりにいて、会場から本当に生唾を飲む音が聞こえてくる。
ロンを触手で締め上げている間、彼女のHPゲージがかなりの速さで消失してゆく。
「な、なんだと!?」
烏羽はその様を見て狼狽える。
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【性癖】:【触手攻め】発動
『触手によって与えるダメージを増加させる』
【性癖】:【首絞め】発動
『首を絞めた際のダメージを増加させる』
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二つの【性癖】によって相乗的にダメージが増加。アオとロンのゲージ残量が逆転する。
「これが答え」
アオが締め上げる力を強めると透明化が解け、身体の末端から色が染みていくように彼女の姿が可視化していく。
透明な触手にも薄桃色が戻り、俺以外の全てのプレイヤーにも透明な脅威の正体が晒された。
手や足、そして胸と首を締め上げ、美女の肌に食い込むピンク色の触手。そこから垂れる粘液によって妖艶に輝くロンの四肢。
レーティングが上がりそうなその光景にまたしても会場は息を呑む。
アオはロンの全身を締め上げたまま、その身体をゆっくりと宙に持ち上げる。
ロンの脚が地面を離れ、手足が暴れ出す。
宙に浮くロンをめがけ鎌を構えるアオ。
大鎌の切っ先が協調された彼女の胸元をしっかりと捉える。
「これが俺の性癖さ」
そして――
「俺の、勝ちだッ!」
アオは触手を勢いよく引き寄せ、ロンの身体を鎌が貫く。
ロンの身体からこと切れたように力が抜け、足からするりと鋼鉄のヒールが脱げ落ちる。
「私が負けた……?」
その場に崩れ落ちる烏羽。
アオはロンの身体をそっと地面に横たえ、触手の拘束を解く。
光の壁が消えだし、足元からフィールドが消え去る。
勝負の結末を見届けるべく声を潜めて舞台上を眺めていた会場。決着から一呼吸おいてこの場に歓声が戻る。
「やったな、タスク」
ゴルが手を叩いてやって来る。
「ありがとう、ゴル」
「言ったろう。お前はここで負けるような男じゃないって」
「でも、勝てたのはあんたのおかげさ。あんたがさっきああ言ってくれたから、俺は勝てた」
いや、違う。そう言ってゴルは首を横に振る。
「君が勝てたのは、君が自分自身を信じて性癖を惜しまず出し切ったからだ。それは他の誰でもない、君とアオの勝利さ」
ゴルはアオを指さす。
アオの姿は未だに戦闘時のまま。
右手はカマキリの鎌に、左手は触手に変貌してしまったセーラー服の女子高生。
人によっては醜くて可愛そうだと言うかもしれない。
でも、俺にとっては違う。
最高に愛おしいく、ドストレートに可愛いと言える、俺の性癖。
アオの右手の鎌を手に取ると、とても冷たく、そしてチクリと刃が手のひらに刺さる。でもその鎌からは、人の手だったときと同じように彼女の心の暖かさが伝わってくる。
それに、手を取った俺に惜しげもなく見せてくれる、輝くような笑顔。
別に戦おうがそうでなかろうが、誰になんと言われようが関係ない。
――俺はこんなアオが好きなんだ。
「俺はやっと『俺は俺だから』っていう言葉の意味が分かった。それに自分の性癖が、自分自身が好きになれた。そう胸を張って言える」
「まったく、長かったな。扶」
カトラスと並んで俺たちに拍手を向けてくれるゴル。
その隣には、いつのまにか起き上がっていたロンが手を叩いている。
「負けたよ。あんたには」
「彼女もそう言ってるし、君が下した彼に代わって言おう。あめでとう、タスク。君こそがキング・オブ・フェティシズムだ」




