第十二話「性・癖・開・放」
※今回人によっては閲覧注意の可能性あります……
その点ご容赦を……
長方形のバトルフィールド。
その両端に立つ、俺とGM烏羽。
フィールドの中ではアオとロン、互いのバディが睨み合う。
観客として、後ろからゴルの試合を見ていた時はなんとも思わなかった。
それにここに立つことを目的として俺はこのゲームをしていたわけではない。
いわば棚ぼた的に、俺はこの場に立っている。
だけど、いざこの場に立ってみると場の空気感に圧倒され、会場の人々が向けてくる視線が重くのしかかってくる。
場にのまれ完全に委縮していたそんなとき、
「タスクさん。大丈夫です、私がついてますから」
アオの眩しい笑顔が俺を、俺の心を照らす。
俺は別に一人でここにいるんじゃない。
大好きなアオが一緒にいてくれてんだから。
そう思うと、なんだか周囲の視線も気にならなくなる。
烏羽に対して疑問に思ってたことをぶつけてやろう、という余裕すら生まれだしてきた。
「おい、お前」
「なんだ?」
「あのとき、俺がゲームを始めた直後、なぜ俺から金を掏った?」
「別に掏ってはいない」
「えっ?」
てっきり掏られたとばかり思っていんだが。
「じゃあ、なんで俺の金はなくなったんだよ?」
「あれは、ただ単に当たりをつけたに過ぎない。探せばまだ落ちているんじゃないか? 他のプレイヤーに拾われててない限り」
「待て! 当たりってなんだよ?」
「目印さ。このタイミングでフェチフロを始めたプレイヤーを見分けるためのね」
「何のために?」
「決まっているだろう、この為だよ」
「どういう意味だ!!!」
「説明してあげたいところではあるが、観衆は私たちのお喋りを望んではいないようなのでね。そろそろ始めようじゃないか」
烏羽は会話を打ち切って逃げた。
「心配しないでください。タスクさんのために、私頑張りますから!!」
アオを傷つけたくはない。でも、アオがやる気なんだ。
彼女が、俺の癖が戦いたいって言っているなら、そうさせてあげるのが性癖を解き放つってことだろう。
だったら……!
「頑張ろう、一緒に!!」
「はいっ!!」
屈託のない笑顔でアオは答えてくれる。
「可愛い女の子ね。怪我したくなかったら、やめといたほうがいいわよ?」
「私はタスクさんのために頑張るだけです!!」
「いい覚悟。ただのか弱い女の子を蹴るのは心が傷むけど、そういう奴が相手なら心おきなくやれるわ」
肩幅に足を開くロン。
「どうやら、どちらの準備も整ったようだね。では始めようか」
カウントダウンが場に響く。
「性癖決戦スタート!!!」
烏羽の宣言でバトルが始まる。
俺の視界に浮かぶ、
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【攻撃】
【防御】
【回避】
【アイテム】
【AIにお任せ】
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という戦闘用UI。
とてもシンプルで直感的で、そして俺はこれをリアルタイムで操作するのか?
カトラスとロンの戦いを見ていた限りでは、とんでもないスピードだった。でも多分あの速度がフェチバトルのデフォルトなのだろう。
ただ、あれを全部リアルタイム操作は無理がある。
基本はAI任せ、ピンポイントで人力操作がセオリーなんだろう。
【AIにお任せ】のコマンドを脳内で選択する。
「はい、頑張ります!!」
こっちを見て、グッと拳を握りしめるアオ。
これでお任せになったのだろう。
軽やかな走りで迫りくるロンに対して、アオは防御の構えを取る。
「ふんッ!!」
ロンの回し蹴り。
攻撃が構えたまま身を引くアオを襲う。
しかし、靴先がアオの腕をかすめる程度、彼女のHPゲージが微かに削れただけで終わる。
「へぇ、雑魚だと思ってたらやるのね。なら手は抜いてられないわけね」
俺もロンと同じく、普通の高校生がロンの攻撃をかわした事実に驚く。
驚きつつも視界の端に目をやると、【性癖】という領域が。
そっちに意識を向けると、
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【性癖】
【セーラー服】
『セーラー服を装備時、受けるダメージを軽減』
【純愛】
『エディットプレイヤーとバディ関係にあるとき、能力値を上昇』
【勇猛果敢】
『対戦相手との能力値の差に応じて、能力値を上昇』
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俺の獲得した【性癖】が表示される。
いろいろ補正がかかっているおかげで、アオはロンと対等くらいにまで動けるようだ。
ならワンチャンあるかもしれない。
頑張れ、アオ!!
アオはロンの顔めがけパンチ。
しかし、その攻撃は軽く避けられてしまう。
「んぐっ」
短いながらも悲痛なアオの叫び。
あまりの苦痛に可愛げのある顔が苦痛で歪む。
綺麗な長髪を掴まれて動けぬアオに容赦なく膝蹴りが繰り出され、半開きになった彼女の口からはだらしなく透明な雫が垂れる。
掴んだ髪を捻り上げ、俯くアオの顔を強引に持ち上げるロン。
彼女は鼻先が触れ合うほどの距離でその顔をまじまじと見つめる。
「綺麗な顔。でも、いつまでその綺麗さを保ってられるかしらね」
掴まれ動けない頭にヘッドバットが打ち付けられ、アオの腹に深々とヒールの先が突き刺き立てられる。その蹴りと同時にロンは髪から手を放し、勢いにまかせてアオは後方に吹き飛んでしまう。
アオは顔をしかめてお腹を抑えている。
しかし、HPゲージはスキルのおかげもあってか、まだ全体の一割ほどしか減っていない。戦闘自体は始まったばかりというわけか。
そんな彼女の様子を眺めているだけでも、俺の心は痛むってのに。
カツンカツンとヒールを打ち鳴らしロンはアオに迫る。
その足音はフィールドどころか会場中に響き渡るほどに大きい。意識して鳴らさなければ出ないであろう、必要以上に大きな音。
相手を威圧し畏怖させるためだけに発せられた、一定のリズムで発せられる恐怖の足音。ロンはただ美しい足取りで歩いてくるだけなのに、その一歩一歩が背筋をゾッとさせる。
表情一つ変えずに、ロンは走り出す。
足音のリズムが崩れる。
間隔が狭まり、音は大きくなる。
段々と足音が迫ってくる。
ロンはアオの間合いに軽々と侵入。
二人の身体がピタリと密着しあい、横顔が並ぶ。妖艶に笑っているロンに対して、目尻に玉のような涙を浮かべ歯を食いしばるアオ。
足元を見るとヒールの先がローファーにグリグリと押し付けられている。
「痛みを感じてるその顔も、堪らなく可愛い」
恍惚とした表情を浮かべながら、ロンはアオを見下して言う。
「だから、もっと感じさせてあげるわ!」
ロンが右足を振り上げた瞬間、アオは彼女の軸足を払う。
崩れる向こうの姿勢。畳みかけるようにロンを押し倒し、アオは馬乗りになってマウントを取り彼女の首を締め上げる。
「や……る、じゃない……。で……も……、甘……い」
ロンの膝がアオの背中を打つ。
二、三回、鈍い音が聞こえると、ロンは身体を捻ってせき込むアオを振りほどく。
彼女は長い脚で勢いをつけて立ち上がると、地に伏せているアオの枕元に立った。その様子を見た俺は、ロンが何をしようとしているのかわかる。
「アオ!! 避けろ!!!」
俺の声を聴いたアオは痛みをこらえつつ、ゴロンと寝返り一回転。
ほぼ同時に鋼鉄のヒールがアオのいた場所を通り抜け、フィールドを抉る。
明らかにアオの脳天を狙った一撃。その威力とアオの身のこなしを目にした観客はどっと沸き上がる。
でも、手放しで盛り上がれない俺がいる。
今のが彼女に当たっていたらと思うと、背筋が冷たくなる。
起き上がったアオに矢継ぎ早に蹴りを繰り出すロン。
アオは防御こそしているものの、腕には切り傷や腫れが浮かび上がっている。
明るかった表情はどんどん険しく、暗くなる。受けた痛みを噛み殺そうと、奥歯を砕けそうなほどに食いしばっている。
しかしながら、ロンの猛攻を受けているが、アオのHPゲージはほとんど減らない。減少した分を累計しても全体の三割ほど。それほど【性癖】による補正がかかっているのだろうか。
計算式や補正値は知らないが、これだけは言える。
カトラスのときよりも何かがおかしい。
ローキックがアオの脛を打つ。
彼女は堪らず患部を抑えてうずくまる。
白い素肌にはっきり残る赤い痕。
ロンはそんな痛々しい姿を気にも留めず、俯く顔むけソバットを繰り出す。
俺は蹴りが当たる瞬間を直視できなかった。
そんなアオの姿を見たくなくて、顔を背け目を瞑った。
しかし、靴が顔を打つ音、アオの悲鳴、彼女の身体がフィールドに倒れこむ音、それらすべてが生々しく耳に絡まって離れない。目を背けた分、余計に強く耳にまとわりついき、脳に焼き付いた。
限界が近い。もうこの場を見聞きできそうにない。
戦って、傷つくアオを見たくない。
そう思いつつ恐る恐る目を開いてみると、既にアオが立っていた。
左目の下は紫色に変色、反対の頬は擦りむけており、切れた唇からは血が滲んでいた。
でも、痛々しい顔、そして俺の想いとは裏腹に、彼女の目から闘志の炎は消えていなかった。
そしてゲージも。
そして、その様子を嬉々として見つめる人物が一人。
烏羽だった。
「やはり、君のバディは最高だよ」
その言いざまが癇に障った。
「何がだ!」
「どれだけ傷つき、地に伏せようとも、君のために何度でも立ち上がってみせる。その心意気が実に素晴らしい」
「褒めてんのか?」
「ええ、もちろんだとも。だって、体力の残る限り、何度だってぶちのめされに立ち上がってくれるんだから」
「えっ……?」
「私はだね、女の子が苦痛に顔を歪める瞬間が堪らなく好きなのさ」
こいつ、いきなり何を……?
「でも、並大抵の娘はロンの一撃を喰らえば、そのまま伸びちまうもんでね。耐えたとしても多くがそのまま戦意を失ってしまう。そうなってしまったら、もう違うんだ」
「違う?」
「そう、絶望に染まった顔を痛めつけて歪めるのは、違うんだ。あくまで、戦う意思を残したまま痛みに歪んでて欲しいんだ。だからこそ、君のために絶対に折れない君のバディは素晴らしいんだ」
「そのために俺を選んだってのか?」
「まあ、それだけではないんだがね。もっと大事なことは、君が今日このゲームを始めたてだったってことだ」
「それがどうしたってんだよ」
「私はGMとしてうまいことこのゲーム、そして新要素のプロモーションをしなければいけないものでね。始めたての初心者を軽く捻り、トッププレイヤーを実力をもって潰せばいいお披露目になるだろう? もっとも、順番が逆になるとは思ってもみなかったが」
プロ……モーション……。
「君のその青ざめた顔もなかなかいい。それは置いといてだ、順番が逆になってしまった以上、よりよいプロモーションのためにはちょっとした軌道修正が必要でね。君の発現させた【性癖】を見て、ピンときたのだよ。私の欲望を埋めつつ、いいプロモーションができると!」
その言葉で俺は奇妙な違和感の正体に気づく。
「それって……!」
「そう、君の持つ【性癖】のダメージカット率を調整させてもらったのさ。バディはHPが残っていれば仕様上、戦闘不能になることはない。AIの意思次第ではHPの残る限り何度でも立ち上がる。味方であれば頼もしく、敵に回せば脅威になる。だからこそ、いいプロモーションになるし、私の個人的な癖も満たせるというわけだ」
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【性癖】:【ドS】発動
『攻撃を加えるたびに攻撃力上昇
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目の前にテキストウィンドウが浮かび上がる。
何も言い返せない。
何も言葉が浮かんでこない。
「でも、それももういい。あまり長くてもダレるだけ。プロモーションに必要な画はそろった。ロン、とっとと終わらせなさい」
「承知」
もう充分という感じで、トカゲのしっぽを切るように、そして何よりこのおもちゃに飽きたという感じでロンに命じる烏羽を見て、俺の中で何かが切れた。
俺が選ばれたのはプロモーションのため?
女の子が苦痛に顔を歪めるのを見たい?
俺はこの男を満たすためだけに、アオを傷つけさせてたってのか?
冗談じゃねぇ。
無意識だった。気づいたら身体が動いていた。
いつの間にかに俺は、アオを庇うように迫りくるロンの前に立っていた。
「なっ!」
「ふざけるなよ!!」
「いいのか? 君がそこにいるということは、君のHPゲージをゼロにしても勝負が決するということだ」
「何がプロモーションだ! 何がお前の癖だ! 俺には傷ついた女の子を眺めて悦に浸るような趣味はない!!」
「君にはなくとも私にはあるのだよ。そういう性癖が!!」
「そんなん認めない」
「違うな。少なくともこの世界では許容される。そして否定される道理はない。それでも対戦相手の癖が気に入らないというのなら、この勝負のルールに従ってもらおう」
「ルール?」
「性癖で戦い合うこの決戦。相手の性癖には自分の性癖で抗うのがこのバトルのルール。それができないというのなら、私の性癖で死んでもらおう」
ロンは再び動き出す。
攻撃の対象は明確に俺に移った。
「タスク!!」
そのときゴル呼び声がステージ上にこだまする。
「確かにその場においてはヤツの言い分に分がある。だがな! 俺の予想が正しければ、お前の癖はここで負けるような癖じゃないはずだ! 思い浮かべろ! 自分の癖を!! 思い出せ、あの河川敷を!! お前の癖を方向づけた、あの絵を!! 自分を信じて性癖を惜しまず、さらけ出せ!! 扶!!!」
俺の癖。
河川敷。
あの日見た絵。
そうだ。
俺の性癖はあそこに凝縮されている。そして今でもその細部に至るまで、鮮明に思い出せる。
でも、いまだに踏ん切りがつかない。
受け入れられない可能性に怯えて、癖をうまくさらけ出せない。
ロンは攻撃のため、高く跳びあがる。
このままだとどうしようも……できない。
そんなとき、アオがスッと俺の前に立つ。
そして、眩しい笑顔をニコッと俺に向けてくれる。
「タスクさん。そんなに怖がらなくて大丈夫です。この世界はどんな癖でも受け入れますから。それに私、タスクさんの理想の姿になれるよう頑張りますから!! だから私を信じて、思い浮かべてください! 理想の私の姿を!!!」
「理想のアオの姿……」
そう呟くと、アオは無言で頷いてくれる。
分かった。
俺の性癖がそう言うなら、俺はそうする。
それが『自分自身を信じる』ってことだと思うから。
俺の理想。
河川敷で見た、あの絵。
俺の、理想は――
「死ね!!」
ロンの踵落とし。
アオが小さくうめき声を上げ、右腕で受ける。
降りおろされたヒールが刃となり、腕に傷が走る。
続けざまにロンがハイキックを繰り出し、アオが右手の平で受け止める。
「なぜ耐えた!!」
烏羽はアオのHPゲージを見て驚く。
「な、なにッ!? 何が起きている……!」
片脚を受け止められながら驚愕するロン。
その瞬間、
――ピシッ!
何がに亀裂の入る音がする。
音の方向にはアオの姿。
見れば、彼女の親指の付け根から手首に向かって皮膚が裂けている。
――グパッ。
湿り気を含んだものが裂けるような音。
それとともに、手のひらから続く紅い裂け目はどんどんと肩の方へ伸びる。
――ゴリュッ! バキャッ!
アオの右手の皮膚の下で何かが蠢く。
その動きは皮膚を突き破ろうとしているかの如く。
――グパッ!
裂け目がセーラー服の袖口の中に達し、亀裂の中に黄緑色の何かが覗く。
――メコッ、メキャッ!
観客も烏羽もアオの右手の異変に言葉を失ったまま。
「見ていてください! 私、変わりますから!!」
「解き放て!! 真の姿を!!」
何かを感じたロンが大きく身を引く。
――グァッパァ!!!
アオの右手が完全に、裂けた。
そして中から現れたのは、人の腕ほどあるカマキリの腕。
アオはその鎌を天に向かって高々と掲げる。
陽に照らされ、大鎌がギラギラと美しく輝いている。鎌の先から滴る赤い体液によって、腕の黄緑色が鮮やかに際立つ。
「何だ……これは」
「ああ……、ああ……!」
変わり果てたアオの姿に、俺は言葉を失う。
あまりの光景に全身を震えが走る。
陽の光を受けキラキラと輝く、右腕がカマキリのセーラー服JK。
その異形の姿は神々しくもあり、禍々しくもある。
アオが……、アオが……!!
鳥肌が収まらない。
鼓動が早まる。
収まらない高揚感。
「最っ高だ……!!」
変わってしまったアオの姿。
それはまさに、あの日に河川敷で見た『変態JKの絵』の生き写しのようだった。
「さぁ、どっちの癖が勝つか、決めようか」
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【性癖】:【変態】発動
『身体の一部を変容させる』
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