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第十一話「性癖全開、フェチバトル」

 カトラスが引き金を三度引く。

 ロンに向かって飛んで行く銃弾。


 しかしロンは笑みを浮かべたまま、ステップ一つで銃弾をかわす。

 行き場を失った弾丸は、なびくロンの黒髪に風穴を開けるのみ。


「なっ!?」


 目の前の光景にカトラスはたじろぐ。


「言ったでしょう」


 ロンはさもそれが当たり前というような感じで言い放つ。


「もう当たらないって」


「いちいち癇に障るんだよ、クソッたれ!」


 続けざまにカトラスは引き金を引く。

 しかし、脅威の体捌きでロンは銃撃をかわしてみせる。


 銃撃を避けられるたび、カトラスの目つきは鋭くなり、獣のような唸り声は大きくなってゆく。ロンを睨む三白眼は充血し、既に真っ赤。


 傍から見ても彼女の怒りの度合いが分かる。

 あれは相当キてる。


 怒りに身を任せ、撃ちまくるカトラス。

 しかし、


「狙いがブレブレの甘チャンね」


 その弾丸はロンの言うように狙いが甘い。

 弾を避けつつ距離を詰め寄るロン。


「クソッ!」


 かわされるたび、息を吐くように悪態をつくカトラス。


 ロンが一気に迫り、二人の間合いが再び触れ合う。

 ぶつかる視線と視線。

 ロンはそれまでの勢いを殺し、一礼するように身を屈める。

 それを見て、咄嗟に身を引くカトラス。


『遅い』


 ロンの唇がそう動く。


 瞬間、ロンがバク宙。

 振り上げられる爪先がカトラスの顎を蹴り上げる。

 カトラスのHPゲージはまた二割減り、彼女は蹴りの衝撃に身体が宙を舞う。


 しかし、カトラスもただ攻撃を喰らったわけではない。

 吹き飛びながらも引き金を引き、ノールックでロンに銃弾を当ててみせた。


「……ハァ、ハァ。どうだい? 至近距離で味わう鉛の味は」


「こざかしい」


 ロンの口ぶりにカトラスは舌打ちを打つ。


「あんまし効いてねぇらしいな」


 ロンのゲージは先ほどと同じくらいしか減っていない。


「そうね」


「この野郎……」


「落ち着けカトラス!」


 ゴルは頭に血の上ったカトラスをたしなめるように、目の前の彼女に向かって言う。


「落ち着いていられるかってんだ。こちとらなぁ、イライラしてしょうがねぇんだよ……!」


「なら……」


 ゴルは和装の袖に手を突っ込んでゴソゴソと何かを探し、


「ほら。受け取れ!」


 手のひら大のものをカトラスに。


「助かったぜ、ゴル。これで少しはマシになる」


 カトラスに渡されたのは煙草の箱。

 彼女は口で器用に中身を引き抜き、手慣れた流れで箱をホットパンツの尻ポケットに。

 ポケットから出てきた手の中で、銀色のジッポが冷たく輝いていた。


「マシになる? それに、目の前でこうも堂々とブレイクを取られるとは、私もずいぶん安く見られたものね」


「違うな。これは敬意さ。()()()()()()()()()、ってな」


「的に当てられもしない三流がよく言う」


 カトラスの口元で炎が揺らめき、橙色の火が煙草を焼く。

 そして大きく一呼吸。紫煙を吐き出し、咥え煙草でジッとロンを見据える。

 落ち着きを取り戻した彼女の瞳には、燃える闘志が宿っているよう。


 そんなカトラスはもう一呼吸。

 そして、


「次は外さねぇ」


 落ち着き払って挑発を返し、ロンに銃口を向ける。


「当ててみなさいな」


 あいかわらず、余裕の表情を崩さないロン。


「当てられるものならね」


 その余裕を保ったまま、彼女はノーモーションで突っ込んでくる。

 狭まる二人の距離。

 しかし、カトラスは微動だにしない。

 彼女は表情一つ変えず引き金を、引く。


 銃声。


「なッ!!!」


 ロンが声を上げ、地面を転がる。

 一瞬で彼女のHPゲージの一割が消えた。


「何がッ!」


「言ったろ」


 カトラスはそう言いつつ、流れるような手つきでリロード。

 そして、


「次は外さねぇって」


 再び銃口をロンに向け直す。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


性癖スキル】:【愛煙家(ヘビースモーカー)】発動

『アイテム:〔煙草〕を使用時、精神状態を安定に変化、攻撃の命中精度が向上。一定時間〔煙草〕を使用しない場合、精神状態を不安定に変化、攻撃の命中精度が低下』


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「中々いい【性癖スキル】をお持ちなようで」


「ああ! 美人と煙草と拳銃。最高の組み合わせだろ?」


「では、私のとっておきを見せるとしよう」


 烏羽(くろうば)はそう言いながら、ゆっくりと歩を進め、フィールド内へと入っていく。

 フィールドに入った瞬間、ヤツの頭の上にはロンやカトラスと同じように、黄色のHPゲージが浮かび上がる。


「何も驚くことはない。性癖決戦(フェチバトル)(へき)の数だけ戦い方がある。だからプレイヤーの参戦も認めているのだよ。無論、参戦は任意」


 烏羽は自分の頭上を指さす。


「参戦すれば自分にもHPゲージが設定され、プレイヤーかバディのどちらかを撃破されれば負けというリスクを負う。それに加えて、参戦しない相手側には相応の補正がかかるようになっているから、どちらにしても不利のないようになっている」


 そう言い終わると烏羽は今度、カトラスのHPゲージを指さす。

 見れば彼女のゲージは烏羽のゲージと同じだけ増えていた。


「君も入ってきたらどうだ? その腕と性癖を振るってみたいと思わないかい?」


「そういう気持ちが無いわけではないが」


「ゴル、あれは俺の獲物だ。入ってきたら承知しねぇ」


「生憎、彼女がそう言っているものでね」


 烏羽は『後悔しないといいですね』と吐き捨てる。


「ロン、戻ってきなさい」


「承知」


 ロンは烏羽の言葉に、機械のような抑揚のない返事を返し、持ち前の俊足でヤツのもとへと戻る。


「あいつら、何をする気だ?」


「何が来ようとこいつでぶち抜くだけだ」


 不穏な気配を感じるゴルと、自分を鼓舞するように答えるカトラス。

 ロンの肩を抱く烏羽。

 カトラスはロンから銃口を外さない。

 向き合う烏羽とロン。


「いくよ」


「いつでも……いいわよ?」


 俺にも、そしてゴルにも彼らの行動の意図が分からない。


 そのとき――


「なッ!!」


「えっ……?」


 男女は唇を重ね合わせた。


 互いに何度も唇を重ね合わせ舌を絡め合う、濃厚なディープキス。

 肩に回された手は位置を変えて頭を抱き、ロンは艶めかしく身体をくねらせ、段々とキスは激しさを増してゆくばかり。


 そのあられもない姿に会場は言葉を失い、ただ二人の情事を眺めることしかできない。

 そんななか、


「なっ、なななななっ!!な、なに――」


 その光景をまじまじと目撃し、耳まで真っ赤になったカトラスは、両手で目を覆ってその場にへたり込んでしまう。


「どうだい? みんな私たちのキスを見ているぞ?」


「もう……」


 ロンはキスをしながら、横目でカトラスを一瞥し、


「最っ高に……、興奮するわ!!!」


 一瞬で身体を烏羽から引きはがして走り出す。


「興奮……、そうか!!」


 何かに気づくゴル。

 次の瞬間には杖を刀のように構えて、フィールド内のカトラスの前へ走りこむ。

 ゴルの頭上にHPゲージが設定され、カトラスのHPゲージが元の長さに戻る。


「そうさ。これがとっておきの【性癖スキル】だ!」


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


性癖スキル】:【公開羞恥】発動

『特定行動時、集まった視線の数に応じて能力値を上昇させる』


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 俺の前に飛び出すインフォメーションカットイン。


「レーティング上、これ(キス)より先はできないが、ここまでできれば充分! それに、思いがけない副作用だ!」


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【恒常性癖(スキル)】:【ウブ】

『平常時の能力値を上昇させる代わりに、恋愛事を眺めるとその度合いに応じて行動不能に陥る』


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 だから、カトラスは!!

 それに、向こうのスキルは視線の数だけ? 

 今ここには、()()()()()()()()()視線が集中している!!

 ……ってことは!!!


「させるか!!」


 ゴルは杖を捻って引っ張ると、中から立派な刃が現れる。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


性癖スキル】:【裏稼業】

『仕込み○○系の武器を装備時、能力値が上昇』


性癖スキル】:【和装】

『和物装備時、受けるダメージを軽減』


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ゴルに構わず、ロンが一歩踏み出した瞬間――彼女の姿が消える。


 ゴルは虚空に向かって刃を振るう。

 火花が散り、そこにロンが現れる。

 鋼鉄のヒールと仕込み刀の鍔迫り合い。


「邪魔よ!!!」


 再びロンの姿が消え、瞬間ゴルは真横に大きく吹き飛ぶ。

 光の壁がゴルを受け止める。

 ゴルのHPゲージは、黄色の部分をわずかに残して消え去った。


 瞬きする間に、へたり込むカトラスの前に姿を現すロン。

 PKの瞬間のサッカー選手のように、彼女は右足を振り上げ、構える。


「さよなら」


 鋼鉄ヒールの爪先がカトラスの腹を捉える。

 声にならない悲鳴。

 ゴルの叫び。


 カトラスはボールのように蹴られ、放物線を描いて飛んでゆく。

 そして、頂点を過ぎたあたりで、光の壁に打ち付けられてその場に落ちる。


 地面に横たわるカトラスのHPゲージはゼロ。


「この勝負、私の勝ちだ!!」


『烏羽WIN!』


 歓喜の叫びと共に目の前のウインドウに表示されるメッセージ。


 フィールドの光の壁が消え、ゴルはカトラスの肩を取りこちらに向かってくる。


「負けちまったな」


「だって、あんなの、あんなのっ! ……反則、だろーが!!!」


「するか? ()()()()()


「……」


「そこで黙るなって」


 カトラスはできるだけ、ゴルから顔を反らしている。


「やっぱ可愛いな、お前」


「う、うるさい!」


 カトラスはゴルの頭をコツンと叩く。


「さて、これにてデモンストレーションは終わりだ。どうやらこれが性癖決戦(フェチバトル)らしい。流石にGM(ゲームマスター)なだけあって、烏羽は強かった」


性癖決戦フェチバトル……」


(かたき)を取ろうなんて気負わなくていいさ。俺もアイツも(へき)は出せるだけ出した。俺が負けたのは、ある意味では癖を全開にしてた結果だ。その点に悔いはない。君の性癖を解き放てばきっと勝てる。全力で性癖をぶつけてこい、タスク!」


「ああ」


「頑張れよ。お嬢さん」


「はい!」


 とはいえ勝てるのか? 

 ゴルとカトラスを下した相手に。

 あの圧倒的な性癖に。


 アオを危険な目に合わせたくないが、こうなってしまったら仕方がない。

 覚悟を決め、既定の位置に立つ。


「さぁ、始めようじゃないか。キング(K)オブ(O)フェティシズム(F)をかけた大一番を!!!」

お読みいただきありがとうございました!!


刺さった! 先が気になる! 面白い! 等思っていただけましたら、感想、ブクマ、評価で応援していただけると力になります!!

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