第一話「プロローグ:俺の性癖が歪んだわけ」
疲れた。
朝から作業詰めだった俺はベッドへ身体を投げ出す。
長年の大学生活を共にしたこの四畳半の寝室には、段ボール箱が所狭しと並んでいる。鴨が作業用ツナギを着て箱を手に抱えている絵が描かれた段ボールの群れ。
時期は三月の中旬。窓の外を眺めれば桜が咲き誇る季節。
俺はこれから始まる社員寮生活に向けて荷造りの真っ最中なわけだが、四年間で増えに増えた荷物がこれほどまでに強敵だとは思ってもみなかった。
学業もそこそこにバイトを入れまくり、稼いだものを全力で趣味につぎ込む生活。そんな生活を謳歌していれば、『まあ、そうなるわな』って感じではあるけど。
荷造りは大方し終わったが、この後は実家に送る荷物と寮に持ち込む荷物、そして処分するものを分別する作業が残っている。このまま寝てしまいそうだったが、思い直し起き上がって分別を始める。
ゲームのハードはもちろん持ってく。フィギュアは実家。教科書は古本屋、いやフリマアプリでいいかな。小説は持っていこう。
こんな感じで仕分けしていくも、やがて問題にぶちあたる。
「これ、どうすっかなぁ」
悩む俺の目の前にあるのは二つ。
がさばって段ボールに入らなかったフルフェイスのVRヘッドセット。
そして、この場に不釣り合いのりんごの段ボール箱。Lサイズりんご用のかなり大きめの箱で、宅配便のお兄さんが苦労しながら運んできたのを覚えている。
ヘッドセットはまあいいとして、問題はこのりんご箱。正確にはこの箱の中身が問題なのだ。
箱いっぱいに詰まったその中身は即売会で集めに集めた同人誌。
中身は好きな作品の二次創作とか、JKいちゃラブとかのソフト系から、透明化とか、触手攻めとか、首絞めモノとかのハード系まで幅広く量が多い。
正直、荷物になるし寮には持っていきたくない。かといって、そこそこの金額を使ったってのもあるし、好きな作家さんのものも多いから処分したくもない。
だとすれば実家に送るしかないが、絶対に嫌だ。
それにどの選択肢もこいつらが他人の目に晒される可能性がある。
それが一番困る。
――俺は他人に自分の癖を見られたくないし、知られたくない。
人知れず処理するにはどっかに不法投棄しかないのかなぁ。
とすれば、あのときのエロ本もやっぱり処分に困った末なのだろうか。
今でも忘れもしない、小学校高学年のとある放課後のこと。俺は仲の良かったカネトモ君と河川敷でキャッチボールをして遊んでいた。
その最中、カネがコントロールを損い大暴投。ボールは草刈りもされていない背丈の高い草むらへとダイブ。
俺らは二人してボールを探すが、そこは小学生の胸ほどある草丈の草むら。ボールは全然見つからない。
しかし、俺はそこで別のものを探し当ててしまった。
それが件のエロ本。
雑草の中にぶちまけられるように大量に捨てられていて、その多くが風雨にさらされて汚れ滲んでしまっていた。しかし、それでも中身が大人向けの漫画だってことは表紙からばっちり分かった。
幼かった俺はすぐにカネを呼び寄せ、靴の先でペラペラとページを捲りつつ興味のないふりをしながら、食い入るように見ちゃいけないものを眺めていた。
そして、見つけてしまう。俺の性癖を大きく決めることになるページを。
そのページは丁寧に保存されていたかのように汚れも皺もなく、俺に見つけられるのを待っていたかのよう。
そのカラーの一枚絵は強く頭に焼き付いており、今でもその細部まで鮮明に思い出せるほど。
端的に言えば『変態JK』って感じの絵。
結局、そこから成長するにつれ俺の性癖は曲がり始め、今ではいろいろな特殊性癖を抱えるに至ったわけで。それが無きゃ、こんな他人に癖を隠さなくても済んだのだろう。
ちなみに、カネの性癖も俺とは別の方向にどんどん曲がっていった。
高校まであいつと一緒だったが、その癖は俺から見てもなかなかのものだった。
確か硝煙と煙草の似合う女性だったか?
だがあいつは俺とは対照的に別に癖を隠すことなく、さもそれが普通のものであるかのようにふるまっていた。
一回そこについて聞いたことがあるが、帰ってきたのは『俺は俺だから』という返事。あいつらしい返事ではあったが、その言葉にそれ以上の意味はない。
聞いておいてなんだが、なんの参考にもならなかったな。
そんなとき、
『こちらは、廃品回収車です!!』
閉め切った窓ごしでも聞こえてくる爆音。目の前の道路を走る廃品回収車が丁度、俺のマンションの前で大音量のアナウンスを流しやがった。
うるせぇな。
目の前の分別問題から逃げ、ボケっと感傷に浸っていたが唐突に現実に引き戻されてしまった。
そんなことを考えていたら、完全にやる気もなくなった。もう今日はいいや。
分別は明日しよう。
しかし何をしよう。据え置きのゲーム類はもう段ボールのなか。いまさら梱包済みの箱をひっくり返すのは流石に馬鹿らしい。
そう思って部屋を見回すと、目に飛び込んできたのは扱いに困っていたVRヘッドセット。
最近使ってなかったけど、まあいいか。
そう思い、ベッドに寝転がりVRセットを装着し起動。
眠りに入るように意識が一瞬落ち、気が付けば真っ白な空間に俺は立っていた。
ロードするにつれてその真白な空間にだんだんと景色が浮かびだし、様々なアイコンパネルが浮かんでいるカフェのような場所――メニューラウンジに早変わり。
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『重要なお知らせが届いています!』
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ラウンジにつっ立っている俺の前に現れたメッセージウインドウ。
基本こういうのは無視するが、久々のVRだしと思い【読む】のアイコンをタップ。すると、ウインドウの中の手紙マークが開き、その中から飛び出す、
『終了間近!! 性癖VRMMO! フェティシズム・フロンティア・オンラインβ版無料配布のお知らせ』
というメッセージ。
『フェティシズム・フロンティア・オンライン』?
聞いたことないゲームだな。てか、今βやってるんだから当然か。
でも手持ちのゲームは飽きてたし、とりあえず始めてみるか。
何するか全く分からないし、フェティシズムという響きに嫌な予感はするけど。
【無料β版を始める】のアイコンをタップすると、目の前にでかでかと、
『フェティシズム・フロンティア・オンライン』
とピンクのこじゃれたフォントでタイトルが浮かび上がり、メニューラウンジは段々と闇に包まれていった――。
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