09.美少女騎士(中身はおっさん)と始末書
誇り高き公国騎士団。中でも王宮の盾として公都の治安を守り魔物を退治するエリート部隊としてしられるのが、オレ達魔導騎士小隊。
オレはその魔導騎士小隊の中堅、……と自分では思っていたが、認めたくないがいつのまにかベテラン騎士と呼ばれる身になってしまったが、それはともかく魔力と筋力と魔剣であらゆる魔物をぶった切るおっさん騎士だ。……だったはずだ、昨日までは。
それが、それが、こんな少女の身体になったあげく、……謹慎処分と始末書だと?
「どうしてこんな目に……」
オレは机の前で頭をかかえ、己の身に降りかかった不幸について嘆く。目の前には白紙のままの始末書が鎮座している。
ちなみに、ついさっきまでオレは、廃墟となった大聖堂の前にいた。当事者として現場検証に付き合わされたのだ。普段から過酷な任務をひきうけ、いつ緊急召集させるかわからない魔導騎士小隊は、基本的にこの手の地味な仕事は免除されているのだが、さすがに今回はそうもいかなかった。大聖堂をぶっ壊した張本人らしいからなぁ。……大聖堂の残骸とドラゴンの死体の後片付けと検証にかり出された他の小隊の連中がオレを見る視線が、とてもとても痛かった。ごめん。
そんな傷心のオレに横から嫌味をいう男。
「気楽なものですね、ウーィル・オレオ。自分が何をやったのか、覚えていないのですか?」
小隊副長のノース。メガネをずりあげながら、冷たくいいはなつ。
うるせーよ、副長。オレは覚えてねーんだからしょうがないだろ。おまえ、『オレ』と同い年のくせに。同期のくせに。ずいぶんと偉そうじゃねぇか。……実際えらいんだけどな。
こいつは魔力がはんぱない。さらに実戦だけでなく、デスクワークも精力的に片付け、お偉方との面倒くさい折衝も得意。要するにオレの苦手なことをしっかりこなす、できる男だ。
オレは、この手のデスクワークは苦手だ。これまでの人生おいて、できるだけ避けていた。そのせいで出世しないのかもしれないが、それは仕方が無い。人には向き不向きがあるのだ。
だから、オレは昨日まで同期だったこいつ、ノース副長をちょっとだけ尊敬している。本人には絶対に言わないけどな。
「ドラゴンを追って勝手に持ち場を離れたあげく、公都のシンボルである大聖堂ごとぶったぎるとは……。あの塔は破壊されるたび何度も再建された公国のシンボルです。謹慎で済んでよかったというべきでしょう。あきらめて、しばらくはおとなしくデスクワークをしていなさい」
あー、わかったわかった。どうやらオレは本当に大聖堂を叩き切ったらしい。自分では全然おぼえてないけどな。反省してるよ。反省してまーす。
しかし、副長はしつこかった。
「ウーィル・オレオ、本当に反省しているのですか? ……君の剣の腕は確かにすさまじい。もしかしたら、中世以来の歴代騎士の中でも最強のひとりかもしれない」
えっ? そう? そんなにオレ強い? いやぁそんなに褒められると照れるなぁ。
「しかし、どうも落ち着きがない。騎士として、いえ年頃の女性として、恥ずかしくないのですか? かつての私の同僚、あなたのお父上である亡きウィルソンに申し訳ないとは思わないのですか?」
なんだと? なんだその失礼な言い草は。絶対にいつか斬ってやるぞ、このメガネ野郎。
……といっても、こいつ、騎士にしては珍しく防御魔法の使い手なんだよな。ドラゴンのブレスだろうが重機関銃の弾だろうがすべて魔法障壁で弾き返す恐るべき男。
オレの剣は、はたしてこいつに通用するだろうか? 懐に入りさえすれば絶対に負けない自信はあるのだが。
って、……こいつ、いまなんて言った? 『父親のウィルソン』っていったか?
「ふーー、こんなものね。手伝ってくれてありがとう」
わざとらしく首をこきこき鳴らしながら、隊長がオレと副長をねぎらう。隊長と副長とオレ。三人がかりで、半日がかり。やっと始末書やら報告書やら書類の束が仕上がったのだ。
レイラ・ルイス隊長がおおきく息をはく。自分の肩をトントンとたたく。ウェーブのかかった豪華なブロンドの髪から、いい臭いがする。その向かいの席、オレは立ち上がり両腕をあげた。中学生女子の平均的な身長しかない身体で、おもいきりのびをする。
特に身体を動かしていなくとも、デスクワークはそれだけで肩と腰に来るよな。
うーーん。
「ウーィル! はしたないですよ」
うるせーよ、副長。なんで隊長には何も言わず、オレだけなんだよ。これくらいいいだろ! ……と言いかけたが、副長が冷たい目で睨んでいるのでやめた。少しでも早く謹慎を切り上げるため、ここは素直に従っておいた方がいいだろう。
「ご、ごめんなさい。気をつけます」
素直に頭を下げる。形だけな。
「まったく。……素直にしていればそんなにかわいらしいのに」
ん? 副長なんかいったか? あわてて、目をそらすメガネ。
「い、いえ。なにも。隊長もウーィルも大げさです。ほとんど書類を仕上げたのは私です」
「まぁまぁ副長。たよりになるわぁ。騎士団長や内務大臣への報告は私がやるから、まかせて」
レイラ隊長が自分の胸をたたく。副長があきれたようにつぶやく。
「あたりまえでしょう。あなたが隊長なんだから」
大変だな、隊長に副長。オレがいうのもなんだが、我が儘で自分勝手な部下達ばかりで苦労掛けてすまんね。
それはともかく。
レイラ・ルイス小隊長は由緒正しい貴族の家系。たしかこの姿になる前のオレよりも五歳年上。おばさん、と呼ぶと怒るが、世間的には若い娘とは決して呼ばれない年齢だ。ちなみに今は独身のはず。
そして、お堅い副長は『オレ』と同い年。こちらは公国有数の大銀行の総帥一族の三男だったはず。こちらも独身。
今の今までまったく気づかなかったが、このふたり意外といいコンビなのかもな。
「さぁ、どうぞ」
隊長みずからいれてくれたお茶を三人で飲む。
おお、うまい。
他の隊員達は訓練中だ。オレ達だけお茶会しているのはちょっと申し訳ないが、まぁたまにはいいだろう。
オレは意を決した。今だ。今しかない。聞くのだ。騎士団でのオレのことをよく知る二人に、ウーィルのことを。なぜかオレが知らないオレ自身のことを。
「えーと、隊長と副長。おふたりに聞きたいことがあるのですが……」
できるだけさりげなく声をかけたつもりだったが、成功したかどうかは自信がない。
「なあに?」「なんです?」
「えーと『ウィルソン』って、オレ、……じゃなくて私の、えーと、父のことですよね? 父は、どんな騎士でしたか?」
隊長と副長は、おかしなことを聞くなぁといいながらも教えてくれた。彼らが知る『ウィルソン』と『ウーィル』の父娘のことを。
ウーィル・オレオ、すなわち今の少女の姿のオレは、騎士ウィルソン・オレオの娘であり、メルの姉だそうだ。
もともとのウィルソンは、騎士団でもずっと下積みだった。騎士になった当時から、剣の腕はたったが魔力が人並みしかなかった。魔剣をつかっても強大な魔物には対抗できなかった。だから魔導騎士小隊にははいれず、一般の小隊で訓練に明け暮れる毎日だった。
運が向いてきたのは、妻とであってから。結婚後なぜか急激に魔力が増加し、娘が生まれた頃にはついにエリート集団である魔導騎士小隊に抜擢された。
……ふむ。ここまでは、オレの記憶と同じだな。『娘が二人』という点を除いて、だが。
副長の話はつづく。
しかし、順調に思えたウィルソンの騎士人生に、度重なる不幸がおそう。次女のメルがまだ幼いとき、ウィルソンは愛妻を亡くすことになる。
その後、彼は男手ひとつで娘二人をそだてることになった。いつもひょうひょうと生きてるようにみえる男だが、娘が幼い頃はかなり苦労したそうだ。当時同僚だったレイラ・ルイスは、何かと手助けしていたらしい。
あーー、オレの記憶では娘はひとりだけだったが、それでもメルが幼いうちは確かにいろいろと苦労した。レイラにはホント世話になった。居候のジェイボスにも、あいつ自身は手がかからない犬ころだったが、ガキのくせにいろいろ気を使わせたかもしれない。他の友人知人にも迷惑をかけた。同僚達にはいつか恩返しをしなければならない。
「……そして二年前、あなたも知っての通り、ウィルソンはドラゴンにおそわれて殉職します」
沈痛な表情でかたる副長。
二人きりになってしまったウーィルとメルの姉妹。父譲りの剣の腕と魔力をもった長女のウーィルは進学をあきらめ、騎士団に入団。そして直後、公国騎士団史上もっとも若く十五歳で魔導騎士小隊に抜擢。それが、昨年のことだそうだ。
言うまでもないが、もちろん、副長も隊長もウソや作り話をいっているようには見えない。
へぇ。『ウーィル』ってそんなに優秀で頑張り屋な娘だったのかぁ。ウィルソンの娘にしては出来すぎだよなぁ。
ウーィルは、他人事のように思う。
確かに『オレ』の記憶と部分的に辻褄が合ってないこともない。もしかしたら『ちょっとだけ歴史が違う世界にオレの魂が生まれかわってしまった』のかもな。しかし、だとしたら、もともとのウーィルの魂はどこへ行ってしまったんだ?
……いや、ちがう。
ちがう。
ちがうぞ。
そんな歴史があるはずがない。冷静に考えてみれば『この身体を持つウーィル』が、『あの妻の娘』であるわけがないのだ。そんな歴史は絶対にありえない。
つまり、……逆だ。歴史はあとから作られたのだ。
オレがこの姿になった理由はわからないが、『こんな姿になってしまったオレが騎士として存在しても不都合が生じないよう、世界の歴史が塗り替えられてしまった』というのが正解なんじゃないか? しかも、そのねつ造された歴史には致命的な間違いがある。
あくまでも、オレのオレとしての記憶が正しいのなら、であるが。
うーん。……オレの記憶と、この世界の歴史、どちらが正しいのか、自信がなくなってきたぞ。
2020.01.04 初出