07.美少女騎士(中身はおっさん)と魔導騎士小隊
公都中央。公国騎士団駐屯地の一角、魔導騎士小隊詰め所。
オレとジェイボスがそこに到着したのは、遅刻ギリギリの時刻だった。
「うっす」
ジェイボスのいつも通りの低い声がひびく。仏頂面のうえ、まったく愛想のない口調で悠々と部屋にはいる。あらためて思うのだが、こいつ魔導騎士小隊の中では若造のくせに、ホント偉そうだよな。
「おはよう、……ございます」
ちょっと鼻にかかった少女ボイスは、ジェイボスの大きな背中に隠れるように入室したオレだ。
普段はジェイボス以上に愛想がないことを自覚しているオレ、……というか愛想などというものに割くエネルギーがあったら淡々と剣を振っていたいと若い頃から思っていたオレだが、さすがに年頃の娘を持つ年齢になれば、こんな少女姿で無愛想にしても傍目から見て痛いだけだと自覚できる。で、いつもよりもちょっとだけ丁寧に朝の挨拶をしてみた。
そんなオレ達の目の前、決して広くないが煙草の煙で視界が遮られる部屋。雑然とした机が並び、十名ほどの騎士がやる気なさげにたむろっている。
お茶をすすりながら新聞を読む者。制服をだらしなく着崩した者。朝っぱらから賭けカードしているふたり。ブーツを脱ぎ、机の上に脚を投げ出して居眠りする者もいる。端的に言って、むさ苦しい連中ばかりだ。彼らはみな面倒くさそうにこちらを一瞥したのち、とくに反応も示さずに視線を元にもどす。
公国騎士団は、中世時代の騎士団の伝統を今に伝える、公王直轄の組織だ。
しかし、国家間の戦闘目的に特化し大規模に組織化された公国軍と比較して、それほど大きな組織とはいえない。自治体警察とくらべても、かなり規模は小さい。
魔導騎士小隊は、その公国騎士団の中でも少数精鋭のエリート実戦部隊だ。対モンスターや魔物との戦闘に特化した徹底的な実力主義ゆえ、他の部隊よりも規律は極端にゆるい。ひとことでいえば、みんなだらしない。古き良き騎士の伝統を残すために存続する騎士団の中では、異例の部隊なのだ。
……ふむ。こんな姿になったオレがあらわれても、魔導騎士小隊の連中の反応はいつもとかわらない。やはりここでもオレは初めから女の子ということになっているらしいな。
オレはちょっとだけ安心したのだ。
「ジェイボスとウーィル、三分遅刻ですね。ふたりともこれで今月五回目です。今日中に始末書を提出するように」
気取った口ぶり。男にしてはちょっと甲高い声が気に障る。
声の主は、みるからに神経質そうなメガネの男だ。きっちりと着こなした制服。七三にわけた髪。部屋の中でただひとり、姿勢良く座っている。もちろんデスクの上はチリひとつない。読んでいるのはなにやら外国語の雑誌だ。
腕に自信はあっても規律という言葉を知らない連中の巣窟である魔導騎士小隊の中、唯一小洒落た紳士を気取る男。魔導騎士小隊副長、ノースだ。
「す、すいません副長。昨夜のドラゴン退治の際にジェイボスがケガをしてしまって……」
オレはジェイボスの前にでて、あたまをかきながらごまかす。いちおう昨日までの『オレ』はジェイボスの教育係ということになっていたからな。それに、オレは目上の人間との無用なトラブルを好まぬ常識人なのだ。
「もちろんドラゴンの件はきいています。ジェイボスの負傷のことも。しかし、それとこれは別の問題でしょう。君たちはいつもそうです。騎士の自覚が足りないのではないですか?」
いつも? たしかに『オレ』とジェイボスにとって遅刻などいつものことだったが。『オレ』だけではなく『ウーィル』も、いつもこうだったのか? こんな可愛らしい顔をして、遅刻常習犯とはとんでもない娘だなウーィルよ。
それはそれとして。……くっそ。このメガネ野郎。嫌みったらしいやつだ。いつか斬ってやるぞ。
「……それはそれとして、ウーィル・オレオ」
なんだなんだ? 副長のやつが雑誌から顔をあげ、正面からオレの目をみる。
「昨晩のドラゴンによる公都襲撃が最低限の被害ですんだのは、君のおかげです。ごくろうさまでした」
へっ?
いい歳したおっさんのくせにちょっと照れてはにかんだ後、視線を手元にもどすノース副長。
あ、ああ。いやいや、気にするなって。
……なかなかいいやつじゃないか。このツンデレ副長。うん、オレは昔からこいつのことは嫌いじゃなかったんだ。ホント。
「ひょひょひょ、ジェイボスにウーィルは今日もなかよく同伴出勤か? おまえたち朝まで乳繰り合っているから遅刻するんじゃぞ!」
パイプから妖しい煙を吐き出しながら声をかけてきたのは、白い髪、白いヒゲの老人だ。
小柄の身体を黒いローブで隠している妖しいジジイ。そもそも騎士の制服を着用する気すらないらしい彼は、魔導騎士小隊の長老ことバルバリ爺さんだ。
うわぁ、この爺さんの中ではオレとジェイボスはそういう仲ということになっていたのか。やめてくれぇ!
「バルバリ爺さん、俺達はそんなんじゃねぇっていつも言ってるだろ! 俺とウーィルはただの幼馴染だ」
ジェイボスが俺の前にでる。包帯でまかれた腕を机にたたきつける。
お、めずらしいな、ジェイボスがこんなに怒るなんて。だがジェイボスよ、このジジイは小隊の若い者をからかうことを日課にしているんだから、そんなにマジになることないぞ。
「ああ、わかったわかった。そういうことにしておいてやるかのう。ひゃっひゃっひゃ」
爺さんもこれ以上突っ込むことなく、パイプを吹かし始めた。
ちなみにこのバルバリ爺さんは、もちろん昨日までの『オレ』よりも遙かに年上だ。公国随一の神聖魔法使いであり、宮廷魔法使いとして先代公王に使えた後、騎士団の実戦部隊に復帰したという変わり種だ。妖しいジジイだが、彼には現公王陛下も公太子殿下も決して頭があがらないらしい。
……ふう。オレは本日何度目かのため息をつく。
小隊の同僚たちの態度がかわらないのは助かったが、朝っぱらから疲れてしまったぜ。と、自分の椅子に座ろうとした瞬間。
「おはよう。ウーィル」
ひゃっ!
唐突に、手を取られた。いや、握られた。
「ウーィル。昨晩はドラゴン退治たいへんだったね。僕が癒してあげるよ」
それなりに剣の腕を磨いてきたオレの不意をつき、両手を握ることができる男など、この国に何人も居ないはずだ。それをやってのけたのは目の前の優男。
「うわーー。なにするんだ、ブルーノ」
オレの両手を優しく握り、正面から見詰める男。青い長髪。長いまつげ。整った鼻筋。認めたくないが確かにいい男。
ブルーノは魔導騎士小隊の同僚だ。ジェイボスの三歳年上で、水系の攻撃魔法に関しては世界一かもしれないといわれる天才魔法使いであり、ついでに騎士団一の女好きでも有名だ。
……こいつの好みは大人の女だとおもっていたが。こんな少女も守備範囲だったのか?
オレはとりあえず、いたいけな少女の手を握りしめ口説き始めたこの変態優男を一発ぶん殴ってやろうかとかまえる。だがその前にジェイボスが立ちはだかってきた。
「ブルーノ先輩、ウーィルの手を気安く握るのはやめてくれ」
ジェイボスがすげぇ恐い顔をしてブルーノを睨んでいる。
「あれぇジェイボス君、ヤキモチかい? 君とウーィルはただの幼馴染みなんだろ? だったら何が問題なんだい?」
「う、うるさい。だめなものはダメなんだよ」
ジェイボスを無視して、ブルーノはオレに迫ってくる。
「君の好みに合いそうないいお店みつけたんだ。今夜いっしょにどうだい? もちろん食事のあとのお楽しみも」
うわ。近い、近い、顔が近いぞ、ブルーノ。いい加減にしろ。
チャッ。後ろから金属音。まさかジェイボス、剣を抜いたのか?
「ブルーノ先輩。それ以上ウーィルに迫ったら、叩き切るぞ」
ジェイボスの剣は巨大な両刃の剣だ。魔力で刀身に炎をまとい、獣人の腕力で振り回す。オレも、正直言ってこいつとだけは正面から対峙したくはない相手だ。
その巨大な剣が、ブルーノの目の前。鼻先につきつけられた。
……ジェイボスよ。どうでもいいけどおまえ、骨折した腕は大丈夫なのかよ。
だが、騎士団随一の剛剣を突きつけられてもなお、もしかしたら世界一の攻撃魔法使いかもしれないと言われる優男はまったく動じない。
「ふっ、おもしろい」
落ち着き払ったまま懐から杖をとりだし、かまえる。
「筋肉バカのオオカミ君。僕とウーィルの恋路を邪魔する奴は、魔法の力で氷漬けにしてやろうか?」
「なんだと!」
室内の気温が一気に下がり始める。同時に、ジェイボスの剣が炎を纏う。
魔力を纏った炎の魔剣を操る筋肉獣人のジェイボスと、戦闘魔法使いのブルーノ。この二人が本気をだしたら、こんな詰め所、いやもしかしたら騎士団の駐屯所ごと吹き飛ぶ可能性もある。こんなくだらないことで、公都に被害をもたらす訳にはいかない。
こ、こ、こ、このバカな二人をとめなければ。
オレは自分で言うのもなんだが魔導騎士小隊のなかでも数少ない所帯持ちであり常識人なのだから。……といっても、どうすればいいんだよ?
2020.01.02 初出