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69.戦闘狂と絶対不死 その03


「ナティップ、ひとりで先行するな!」


 ジュリーニョの部屋から男子寮に向けて跳んだウーィル。彼女がその光景を見たのは、空中だった。


 くっ。


 複数のヴァンパイアに取り憑かれ、すがり付かれ、組み伏せられて今まさに血を吸われそうな同僚の魔導騎士の姿。


「戦闘狂が。だからヴァンパイアを舐めるなと、あれほど!」


 言い終わる前に、空中のウーィルは背中の剣を鞘ごと振り下ろす。漆黒のカマイタチが虚空を走る。空間を切り裂きながら飛ぶ。ヴァンパイアに向けて。





「私に身を任せろ。おまえなら、……異世界から来た生意気な『転生者』や『守護者』どもよりも強くなれるぞ。嬉しいだろう?」


 えっ?


 ナティップが驚愕したのは、ヴァンパイアが吐いた言葉にではない。自分の心に、だ。……一瞬、ほんの一瞬。だが、確かに心が動いた。


 強くなれる! ヴァンパイアよりも、ドラゴンよりも、……ウーィルちゃん先輩よりも。


 それを自覚してしまったナティップは、動けない。動かない。ヴァンパイアの牙が迫る。


 その瞬間、闇夜に空間の裂け目が走った。ナティップの首筋に歯を立てる寸前の少女が、真横からその直撃を受ける。ヴァンパイアの肉体は、腹と背中の二枚の肉片に分断された。


 うおーっ!


 ナティップの手足にすがり付いていた四人が同時に振り向く。疾風の速度で目の前に迫るウーィル。四人一斉に、シャツ一枚の美少女魔導騎士に向けて牙を剥く。そして、すべてが肉片として解体された。


「大丈夫か! ナティップ、おい、返事をしろ!」


 どす黒い血肉だまりの中、シャツ一枚の少女が着地。手足がおかしな方向に曲がった女性騎士を抱き起こす。


「……ウーィルちゃん先輩」


 ナティップは放心状態だ。表情が呆けている。視線が定まっていない。







「まーたーおまえかー。黒の守護者、とことん邪魔しやがってぇぇぇ!」


 いつのまにか復活したヴァンパイア少女が激昂して咆える。左右に両断されたはずの身体は、すでにひっついている。分身の四体も再融合。さらに、いつの間にか仮面も付けている。


「わ、わたし、あいつに、負けちゃったっす……」


「ひとりで先行するからだ、アホが」


「わたし、わたし、わたし、……強くなりたくて、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、そのためなら噛まれてもいいかと思っちゃって、わたし、わたし……」


「お、おまえ、まさか、……あいつに噛まれたのか?」


 首筋を確かめる。牙の跡はないようだが……。


「わたし、わたし、わたし……」


「もういい、しゃべるな。」


 ナティップ。見た目、肉体的なダメージは大きくは無さそうだ。が、しかし、これは精神的にかなりやられてそうだな。ケアしてやらないと……。





「おーまーえー、どーしていつも私の話をきかないんだ! 騎士のくせに痴女みたいな格好しやがって」


 ウーィルはパジャマパーティーの格好のままだ。すなわち、下着の上は丸首のシャツ一枚。長大な剣を背負った、太ももも露わな華奢な少女。


 そのウーィルが顔をあげる。正面から視線が合う。


「全裸に仮面姿の変態ヴァンパイアが偉そうに……」


 ヴァンパイア少女が着ていた制服は、ナティップの奥義によって蒸発していた。肉体は再生したとはいえ、もちろん裸のままだ。


 はっ! えっ? あひゃい!!


 その時になって初めて自分の格好に気づいたヴァンパイア少女が叫ぶ。あわてて前を両腕で隠す。


「い、い、いいいじゃないか。女同士なんだから」


 強がりを言っても、仮面の下の真っ赤になった顔までは隠せない。室内ならともかく、見通しの良い屋外で全裸姿というのはやはり抵抗があるのだろう。うずくまって身体を隠しても、青白い吸血鬼の肌がかえって暗闇で映えている。


 はぁ……。いくらヴァンパイアといっても、さすがにちょっと可哀想、かもな。


 ウーィルはひとつため息をつく。同僚が痛めつけられた怒りが少しだけ冷める。一度は沸騰した脳髄が冷静さを取り戻す。そして、ヴァンパイア少女に向けてマントを投げた。ナティップちゃんが身につけていた騎士のマントだ。





「うーむ、少女の裸体にマントのみというのは、かなりヤバいな……」


 目の前、いそいそとマントで裸体を隠している少女をみて、ウーィルはつぶやいた。


 少女はマントで身を包み、前を中から手で押さえている。しかし、公国騎士のマントは、少女の全身を隠すのに十分なほど大きくはない。ほんのちょっと動くたび、黒いマントからヴァンパイアの透けるような白い肌がチラチラとはみ出す。いろいろとヤバイ。とくに太ももの付け根あたりが。


「これなら真っ裸のほうがマシだったかもな……」


 あまりにも扇情的な姿。元おっさんの身としては、正直言って目のやり場に困る。


「れ、れ、礼は言わないぞ、魔導騎士。ここからが本当の勝負だ」


 ヴァンパイア少女が正面を向く。が、構えはとれない。腕をマントからだした途端、彼女の細い裸身は丸出しとなってしまう。


 ウーィルは、もうひとつため息をついた。


「そのマント、魔力を纏いやすく出来ているから、ヒラヒラしないようおまえの魔力で固定しとけ。……さて、オレの後輩をいたぶってくれた礼は高くつくぞ、露出狂変態ヴァンパイア」


「はあ? シャツ一枚の少女騎士だって相当な変態だと思うぞ! こうなったらどちらがより変態かここで決着をつけてやる、人間!」


 オレは変態じゃねぇ、いっしょにするな!!






 戦いは唐突に再開した。ヴァンパイア少女が自らの血液の触手をふりまわす。無数の触手が真っ赤な槍となり、四方八方からウーィルに迫る。


 ウーィルはそれを躱す。暗黒の空間に残像だけを残しながら、すべての触手の攻撃をくぐり抜ける。


 そして、切り落とす。一本。二本。一気にヴァンパイアとの距離をつめる。ほんの数秒で目の前、少女が剣を振り上げる。


「変態ヴァンパイア、覚悟」


 くっ!


 ヴァンパイアはマントの中から腕を出し、咄嗟に頭をガード。その両腕が、一瞬にして二本とも音も無く切り飛ばされる。


 ヴァンパイアはそれを無視した。躊躇なく腕を捨て、自ら前に踏み込む。剣では斬れない密着した間合いに飛び込む。同時に、ウーィルの顔面を標的に至近距離から右足を蹴り上げる。マントが飛ぶ。


 やるじゃないか!


 相手の思い切りの良さに感嘆しながら、ウーィルは蹴りを下に躱す。その後頭部をめがけて踵落としが落ちてくる。風を斬る音がひびく。


 ウーィルは、落ちてくる脚の下から剣を振り上げる。膝から先が空に飛ぶ。それでもヴァンパイア少女の勢いはとまらない。前傾姿勢、身体ごとウーィルに迫る。体当たりだ。


 ウーィルは剣を引き戻す。神速。ヴァンパイアの動きよりも速く。そして、剣をむける、迫り来るヴァンパイアに。


「なんて速度で剣を振り回しやがる。ここまで接近しても剣をあわせてくるか!」


 驚愕しながらも、ヴァンパイアはさらにウーィルに詰め寄る。胸に剣を突き立てられる。突き刺される。貫らねかれてもなお、それを無視して突進する。彼女の最大の武器は、その絶対不死の肉体なのだ。


 ヴァンパイアは、剣が自らの胸を貫通する激痛に顔を歪めながら、そのままウーィルに完全に密着した。剣により串刺しになった胴体で、ウーィルを押し倒す。





 近い。顔が超近い。お互い吐息が感じられる至近距離。


「は、ははは、……ここまで接近すればもう剣は使えまい。私の勝ちだな」


 半裸と全裸、ふたりの少女が抱き合っている。端から見ればそう見えたかもしれない。あるいは、ヴァンパイアによって魔導騎士が倒され追い詰められているかのように。


 しかし、押し倒された騎士の表情には余裕があった。


「……なぁ、おまえ一応女の子なんだから、全裸で踵落としはやめた方がいいと思うぞ。下からいろいろと丸見えだ」


 下になったウーィルが囁く。ヴァンパイアの顔がまたしても真っ赤になる。


「う、う、うるさい。女の子相手なんだからいいだろ! とにかく、勝負は私の勝ちだ。私の身体はすぐに再生する。この突き刺さった剣など効かないし、飛ばされた手足も分身となる。おまえに策はもう残されていまい」


 勝利を確信しているヴァンパイア。だが、すぐ目の前の騎士はまだ薄笑いを続けている。……なぜだ?


「前にも言ったろ。オレはな、ヴァンパイアのことには詳しいんだ」


 なに?


「確かにお前らヴァンパイアは肉体が灰になっても再生できる。それは、お前らの本体が肉体ではないからだ。ヴァンパイア特有の魔力こそが、おまえらの本体だ。たとえ生物学的な肉体細胞が完全に破壊されても、灰になっても、魔力の残渣さえこの世界に残っていれば再生できるんだ」


「……よく知ってるじゃないか。で、どうするんだ?」


「要するに、お前らを封じるには、肉体だけではなく、その魔力ごと封印すればいいんだよ。もうこの世界に還ってこれないようにな」


「ふん。私を三下ヴァンパイアと一緒にするな。宮廷魔道士がつくった聖杯程度では、私の魔力は封印できんぞ」


「そうかもな。だが、この世界の外への封印なら、どうだ? オレは、この剣で空間を斬ることができる。空間に穴を開けることができる。……斬った物を、世界の外に飛ばすことができる」


「な、……に?」


 ヴァンパイア少女はあわてて、切り飛ばされた肘の先を見る。


 さ、再生しない? 魔力が還ってこない??


 右腕。左腕。脚。それだけではない。操っていた血液の触手もない。この世界のどこにもない。なくなっている。ヴァンパイアとしての魔力を纏ったまま、魔力ごとこの世界から消えてしまった。


「オレは『時空の法則を司る守護者』だそうだ。おまえの手足と触手は、さっきオレが斬った時、ついでに空間に黒い穴を掘って、その向こうに墜とした。魔力ごとな。空間の境界を越えて穴に墜ちた物は、こちら側には永遠に還ってこれない。絶対にだ。……殿下の受け売りだけどな」


「き、き、きさまーー」


「この技な、お前に対抗するために殿下といっしょに考えて編み出したんだぜ。ありがたく思えよ。……さて、もう八割くらいは魔力を失ったか? そろそろ、とどめをさしてやろうか?」


 自らの胸を貫いたままの剣。現在進行形でそこからも魔力が吸い込まれている? 黒い穴とやらに墜ちていく? 胴体ごとこの世界から消されてしまう?


 唖然。しかし、ヴァンパイアはあきらめない。脳細胞を高速回転、必死に策を考える。


 くっ。どうする? このままでは人間に負ける。負けてしまう。どうする? 負けないためにはどうすればいい? 人間のくせに! よそ者の守護者のくせに! 人間め! 守護者め! 魔導騎士め!





「う、ウーィルちゃん、せんぱ、い」


 ヴァンパイアがもう一人の魔導騎士の存在を思い出したのは、その瞬間だ。そして、僅かに残ったすべての魔力を使いきり、彼女に向けて黒い影を飛ばす。


「ナティップ! 伏せてろ!!」


 ウーィルが叫ぶ。


 だが、間に合わない。ナティップを目がけて影が飛ぶ。脚をへし折られた彼女は避けることができない。


 くそっ!


 ウーィルが飛ぶ。上に覆い被さっていたヴァンパイアを膝で蹴り飛ばし、ナティップを庇うために。





 ……逃げたか。


 ナティップを襲った黒い影は、マントだった。ヴァンパイア少女は、自らの魔力を纏わされたマントを操り、ナティップに向けて飛ばしたのだ。


 それは、ほんの僅かな魔力。マントがそのままナティップに命中しても、彼女を傷付けることはできなかっただろう。しかし、ウーィルはそれを看過できなかった。


「まぁ、いいか。しばらくは奴も魔力不足で動けないだろう。……ナティップ、ヴァンパイアの顔をみたか?」


 いまだ半分呆けた表情のナティップは、だまって首を振る。


「……み、見てないっす」


 そうか。それは、……残念だな。




 

 

2023.02.04 初出

 


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