68.戦闘狂と絶対不死 その02
公国魔導騎士ナティップ・ソングが生を受けたのは、とある東洋の小さな国だった。彼女は、神様にケンカを売ってきた一族の末裔だ。
彼女の一族は、代々門外不出の格闘術を継承してきた。目指したのは人類最強。決して誰にも負けることのない武術。
武器を持たずに筋力と魔力のみで戦うことを基本としているが、負けないためなら必要に応じて暗器をつかうことも厭わない。強者がいると聞けば、国境関係なく遠征し、誰彼かまわず挑みかかる。素手だろうが武器をもっていようが魔法使いだろうが、その格闘術をもってぶちのめす。そして、相手の技を積極的に吸収し我が物とする。
たまに暗殺やモンスター退治を請け負ったり、戦争の手伝いをやって糧を稼ぐこともある。だが、基本的にただただ強くなりたい、自分より強い者がいることが我慢できない、という一般市民からすれば迷惑極まりない家系なのだ。
ナティップ自身も、一族の伝統を忠実に受け継いで育った。先祖伝来受け継いだ格闘術の技をすべて学び、身につけ、強くなるためならどんな修行もやってきた。
だが、時代はすでに暗黒の中世ではない。強者を相手に命を賭けた果たし合いなどやりづらい世の中だ。
彼女の祖国は、人口は多いがいわゆる列強国ではない。決して治安が良いとはいえず、戦う相手に事欠かない環境ではあった。が、しかし銃器を振り回すだけのチンピラやマフィアを叩きのめすことにナティップは魅力を感じなかった。傭兵やゲリラとして軍隊を相手にするのはスリルはあるが、一対一で戦う武術家の本懐とは違うような気がした。
なによりも、ナティップはコソコソと戦うのが嫌いだ。お天道様の下、正々堂々と正面から戦って最強になりたかった。
だからナティップは公国にきたのだ。『剣と魔法の国』ならば、強大なモンスターを相手に、真正面から戦える。
「いいっすねぇ、ヴァンパイア。やっぱり人型モンスターは最高っす」
ナティップは目の前、腕と脚をへし折られてのたうち回る少女の姿を眺めながら、ひとつ舌なめずりした。
ドラゴンを筆頭にした人型ではないモンスターとの戦いの勝敗は、極言すれば最終的には如何にして大量の物理的な力、あるいは魔力を相手にたたきつけるかの勝負で決まる。ぶん殴るにしろ斬るにしろ、あるいは魔法で焼くにしろ凍らせるにしろ、とにかく相手の肉体を力尽くで物理的に破壊することが、すなわち勝利条件なのだ。
しかし、人間や人型のモンスターは違う。物理的には小さな力でも、関節を逆に曲げれば折れる。首を絞めれば落ちる。急所を突けば即死する。人型を破壊する専用の技がある。当然、逆にそれらを防ぐための技も存在する。人間の肉体をもつ者を相手にする前提で開発された武術の技の応酬が、正面から通用するのだ。
ナティップは、いつか大型ドラゴンを魔力ブーストした腕力をもって力ずくでぶん殴ることを夢見る少女である。しかし、やはり武術家としては人間相手に技を使いたい。血ヘドを吐いて習得してきた数々の技をもって、人型生物と正面から組み合い、相手のくりだす技を躱し、効率よく相手の人体を破壊したい。
しかも、ヴァンパイヤは死なない。目の前の少女の身体も、へし折ったはずの手足が既に修復され、欠損部分が再生しつつある。どんなに派手にぶっこわしても、手加減が必要ない。いつまででも闘える。戦闘狂であるナティップにとって、理想の相手と言えるのだ。
ナティップは、いつのまにか緩んでしまった自分の口元に気づく。
いけない、いけない。調子に乗るな。いいかげんにしておかないと、そろそろウーィルちゃん先輩が来ちゃうっすね。
「手柄を横取りされる、……なんてことは言わないっすけど、やっぱりトドメは自分で刺したいっすよね」
ひとつ深呼吸。高揚しきった精神をおちつける。
そろそろ必殺技をだすっすよ!
「……私はヴァンパイアだ。夜の王だ。人間ごときに舐められるわけにはいかのんだよ!」
逆上したヴァンパイア少女が、ナティップに飛びかかる。それを迎撃、ナティップは彼女の顔面を狙って極端に大振りの正拳を入れる。
「そんな大ぶりの拳があたるかよ! 正面から切り伏せてやる」
ヴァンパイアは身体を捻り、悠々とそれを躱した。……予想通り。
「フェイントにかかり放題で楽しいっす!」
ナティップはそのまま踏み込んでヴァンパイアに密着。胸に手の平を当てた。少女が目を見開いて驚くのを無視、魔力を手の平に集める。
「これを喰らっても再生できるっすかぁ? 奥義! 魔導ハッケー!」
全身全霊、すべての魔力を一気に解き放つ。
ぐがぁっ!!!!
身体が「く」の字に曲がるほどの衝撃。ヴァンパイアの胸から背中に、灼熱が貫通した。少女の胴体が蒸発し、煙にかわっていく。
ふう……。本当にウーィルちゃん先輩がくる前におわっちゃったっすねぇ。
屋根の上。ナティップは自らの奥義を喰らって吹き飛び倒れた少女を眺める。
ヴァンパイア。いや、元ヴァンパイア。もともとナティップよりも小さい身体だったが、いまや彼女の奥義の直撃をうけた胴体部分が消えている。残されたのは首から上。そして、いまだにピクピク痙攣している両腕と両足。
「この様でも死んでいないとは、ヴァンパイアって凄いっすねぇ。さて、と、……正体を見せてもらうっすよ」
ナティップは手を伸ばす。ヴァンパイア少女の顔から仮面を引き剥がすために。
「こ、これで勝ったと思ったか? 人間」
目玉が動く。仮面を剥がれ、頭だけのヴァンパイア少女が牙を剥いて睨む。だが、魔導騎士はまったくひるまない。
「さすがヴァンパイア。こんな可愛らしい顔してるくせに、凄まじい生命力っすね。ちょっと羨ましいっす。……とはいえ、頭だけでなにができるっすか? 胴体が再生はじめたら、また吹き飛ばしてやるっすよ」
だが、魔導騎士の余裕はそれまでだった。
「は、ははは、はははは。……まさか、本当に勝ったと思っていたのか? 人間」
え?
ナティップが気づいた時、彼女は取り囲まれていた。あわせて四人の裸の少女が、ナティップにすがりつき動きを封じている。
「い、いつの間に? 仲間が現れる気配なんて……」
ガシッ。
四人がかり、しかもそれぞれ人間離れした四人分の力が、万力のようにナティップの手足を締め上げる。
「……ま、まさか、分裂? 増殖? 胴体なしで、手足だけがそれぞれ人型まで再生したっすか? そ、そんな非常識な再生能力、ありっすか?」
さすがのナティップも動けない。完全に動きが封じされる。そして……。
ボキッ!
暗闇の中、嫌な音が反響した。ナティップの右肘が力尽くで折られたのだ。
「ぐはっ! は、は、はなせ! 分裂なんて反則、っす!!」
「教えてやろうか。我々ヴァンパイアの本体は肉体ではない。魔力なんだよ。肉体など完全に消滅しても、この世に私由来の魔力さえ残っていれば、いくらでも再生できる。数百年生きた私には、人型以外にもなれるし、分裂だって自由自在だ。……おまえの奥義とやらは、私の胴体は蒸発させても、魔力までは消せなかったようだなぁ」
ばきっ!!
うぐぅ!
ふたたび破壊音。今度は左脚。臑がたたき折られた。
ぐ、く、こ、この、モンスター野郎……。
ナティップは呼吸もままならない。四人に増殖したヴァンパイア達を引き剥がすことができない。
「なぁ人間。魔導騎士。おまえこそ、ヴァンパイヤを舐めすぎじゃないのか?」
そして、五人目。頭部から全身が再生したヴァンパイア本体ともいえる存在が、身動きのとれないナティップの前に立ちはだかる。
「確かにおまえは強い。私はこの国の魔導騎士を何人も相手にしてきたが、おまえはその中でも三番目くらいには強いぞ。だから私はおまえを舐めたりしない。操り人形ではなく本物のヴァンパイアとして仲間になってもらおう」
満月をバックに、少女がせまる。身動きがとれないナティップの顎を持ち上げる。こめかみから、ひとつぶ汗が流れ落ちる
や、や、やめるっす。
「……私には、おまえの気持ちが理解できるぞ。おまえ、今よりも強くなりたいんだろ? 私のような絶対不死、無敵の身体が欲しいんだろ? そして、すべての相手に勝ちたいんだろう? 自分の気持ちに正直になれ」
う、う、ううううるさい! うるさい! うるさい! モンスター風情が偉そうな口をきくなっす。だまれ、っす。
ナティップは叫ぶ。必死に身をよじり、全身で否定する。目の前のヴァンパイアに対してではなく、自分自身に言い聞かせる。
「私に身を任せろ。おまえなら、……異世界から来た生意気な『転生者』や『守護者』どもよりも強くなれる。あの黒髪で小っちゃくておっさんくさい魔導騎士の剣にも勝てる。どうだ? 嬉しいだろう?」
えっ?
2023.01.01 初出




