66.転生者達の長い夜 その03
『転生者』? 『守護者』? ……いったい、なんなんすかね?
女子寮の一室で行われているパジャマパーティ。そこで交わされる転生者達の会話を共有しているのは、パーティ参加者だけではなかった。
ジュリーニョの部屋のちょうど真上の屋根の上。そこで夜空を見上げるように大の字に寝転んでいるひとりの女性。女性魔導騎士、ナティップ・ソングだ。
ナティップは、もともとルーカス殿下を護り、さらに学園に潜むヴァンパイアをいぶり出すために講師として潜入していた。この時間、彼女がこの場所にいるのも、もちろん魔導騎士小隊の任務の一環だ。ウーィルも知っている。
騎士団にもウーィルちゃん先輩にも内緒にしていた私の能力。死角からの攻撃を『視る』ために鍛えてきた我が流派秘伝の技『魔力による聴覚増幅』が、こんなところで役に立ってしまうとは、……っす。
女子学生たちの会話に聞き耳をたてるつもりはなかった。だが、聞こえてしまったものは仕方が無い。それに、ナティップも彼女達とそれほど年齢が離れているわけではない。親しいウーィルちゃん先輩も参加するというパジャマパーティーでいったい何が話されるのか、ふと興味がわき聞き耳を立ててしまうのも無理はない。
「……ハイスクールのお子様達による無邪気なパーティだと思ってたけど、会話の中にところどころ不穏な単語がまぎれこんでいるっすねぇ」
お子様達のたわいもない空想かも知れない。しかし、あの場には殿下とウーィルちゃん先輩もいるのだ。そうは思えない。
「詳細は全然わからないっすけど、『守護者』とやらは、ドラゴンやヴァンパイアよりも強い、……ということ? まさかっすよねぇ」
月を見上げながら、ナティップは独りごちる。
「もし本当に今よりももっともっと強く、……ウーィルちゃん先輩よりも強くなれるというのなら、私も『守護者』とやらに……」
……ん?
思考を中断、ナティップは男子寮の方向をみる。目をこらす。
あららら、本当に来たっすね。なんて単純な奴。……さて、妄想はここまでにして、任務を遂行しますか。
ナティップは跳んだ。男子寮に向けて。
「ウーィルちゃん先輩、先に行ってるっすよ!」
「ウーィル、……どうしたの?」
ウーィルの様子がおかしいことに最初に気付いたのは、ルーカスだ。数秒前から視線が窓の外を向いたまま、動かない。
「かかった! ナティップ、ひとりで先行するな!」
「え? なに、ウーィル?」
「……すいません殿下、オレちょっと急用ができました。レンさん、殿下と『金の転生者』を頼みます!」
叫ぶが早いか、ウーィルも跳んだ。剣を握り、窓から外へと踊り出す。
「ちょ、ちょっと、ウーィル! どこへ?」
ルーカスが窓から身を乗り出すが、彼の守護者はあっという間に遙か彼方だ。月明かりの下、僅かに見えるのはひらひらしたシャツの裾としろい太ももだけ。
「ど、どういうことなんだ? あの魔導騎士はどこへ行ったんだ?」
突然のレンの抱擁を、ちょっとだけ驚いたものの特に抵抗せずに受け入れたジュリー。だが、さすがにウーィルが窓から飛び去った光景を目の当たりにして、黙ってはいられなかった。
「いやぁ、ボクにもさっぱり。……ウーィルが向かったのは男子寮の方向だよね」
……そう見えるな。
「うーん。そもそもウーィルがこの学園にきたのは、殿下を操り人形にしようと企むヴァンパイアに対抗するためだ。だから、殿下の側にはいつもウーィルがいる。……さて、ウーィルのおかげで殿下を狙えないヴァンパイアは、代わりに誰をねらうだろう?」
誰? 操り人形にするのなら、まず殿下に近い者か? もしかして、……寄宿舎で同室の生徒、とか?
「ウーィル、……というか騎士団は、ヴァンパイアがそうすると考えたんだろうねぇ。で、今晩、殿下とウーィルはここにいた。つまり、ガブリエル君は部屋にひとりだ」
騎士団はヴァンパイアを罠に掛けたのか!
「……レン、ジュリー。パジャマパーティーを再開しよう!」
殿下が言う。明るい笑顔。
「ガブリエルなら大丈夫。ウーィルがヴァンパイアに負けるはずがない。他にも魔導騎士がいるはずだしね。それに、今から私が部屋に帰っても、ウーィル達の邪魔になるだけだ」
「おまえに絶対服従の守護者が、おまえを放って行ってしまったんだぞ? おまえはそれでいいのか? 守護者って、そういうものなのか?」
ジュリーニョが呆れ顔で睨む。
「ウーィルは私の守護者になってくれたけど、その前に公国騎士だ。仕事が優先なのは仕方がないよ。……本当に居てほしいときに側にいてくれるなら、私はそれでいいんだ」
すがすがしいほどの笑顔の殿下。ウーィルを信頼しきっている顔。
だが、ジュリーニョは納得しない。
「……だ・か・ら、そんなのは、あるじとしてあの守護者を洗脳……、私はあえて『洗脳』と言うぞ。あの騎士を洗脳したおまえの、ただの自己満足に過ぎないんじゃないのか、と言っている」
ジュリーはルーカスに問う。さきほどレンを黙らせてしまったものと同じ疑問だ。
生真面目なジュリーニョは、将来自分が守護者として選んでしまった者を、転生者同士の争いに巻き込みたくなかった。なによりも、自分の都合で守護者を『洗脳』してしまうことに嫌悪感をもっていた。だから、ウーィルやシロを常に身近にはべらせてヘラヘラしているふたりの転生者に対する口調が、ついきつくなってしまう。
「あ、ああ、なるほどね。ジュリーの疑問は理解できるかな。私もついこのあいだまで同じことを悩んでいたから。私は、守護者としてウーィルを縛り付けちゃったのかもしれない。『繋がっている』なんて、ただの自己満足でしかないんじゃないか、って。……でも、気付いちゃったんだ。その疑問はいくら考えても答えは出ないってことに」
「ど、どういうことだ?」
「えーと、あなたも『知っている』ように、私たち転生者は一生に一度だけ、守護者になってもらう相手に対して特別な魔法を使える。でも、似たような効果の魔法、……ジュリーの言い方に従うなら『洗脳魔法』を使えるのは、転生者だけではないわ。逆に、守護者によって転生者が『洗脳』されちゃうことだってあるのよ」
な、に?
想像もしなかったルーカスの言葉に、今度はジュリーニョが固まる。
「……ていうか、これは私の実感だけど、私たち転生者は全員もれなく守護者によって洗脳されている。他の転生者を見てもわかるでしょ? 黒の私も、白のレンも、青の彼も、赤のジャディおばあさんも、みんな自分の守護者に頼り切り、身も心も捧げているといってもいいくらいだ」
バ、バカな! 転生者が、自分の守護者から逆に絶対服従の洗脳をうけるなんて、私はきいてないぞ。それは私たち転生者にとって重大な問題じゃないのか?
ジュリーニョはあわててレンに視線を向ける。
ほ、ほ、ほ、本当なのか?
レンは、……何も言わない。ただただ苦笑いをしていた。レンには理解できたのだ。ルーカスが何を言わんとしているのか。
「自分を護ってくれる守護者を選択したら、逆にその守護者に『洗脳』されてしまうなんて! ……お、お、お、お前達は、それで平気なのか?」
ジュリーニョがルーカスににじり寄った。
「平気だよ。実際、ウーィルに護ってもらってばかりの私だけど、私だってウーィルが望むなら何だって出来る。命だって賭けられる。今ではウーィルなしの人生なんて考えられない」
大真面目な顔で、きっぱりと言い切る殿下。
「私はこう思うの。……守護者をつくる魔法って、形式としては転生者が発動するものだけど、その相手は実は生まれた時から運命づけられているものなんじゃないかと」
そんなばかな!
ながいながい沈黙。茫然自失状態が約五分間つづいたのち、ジュリーニョははたと気付いた。
「な、なぁ。ルーカス殿下、もしかして、おまえ、……ただ惚気ているだけ?」
あ、バレちゃった?
……とは口にはださないが、ルーカスはあわてて縫いぐるみに顔を埋め後ろを向く。とても男の子とは思えない仕草。耳が真っ赤だ。
苦笑いのまま、レンが横からとりなす。
「はははは。ジュリーが『洗脳』なんて過激な言葉を使うから深刻っぽいはなしになっちゃったけど、要するに、……殿下はウーィルに恋してるってことさ。でも『恋』って、自分の意思ではどうにもならないという点で、『洗脳』と本質は全くかわらないよね」
た、たしかにそうかもしれないが、それとこれとは違うだろう。
「違わないさ。そもそも、ここは『転生』などというバカバカしいシステムが存在する世界だよ。もしかしたら本当に、私たち転生者が誰を守護者として選ぶのか、あの月面の声の主によって生まれた時から決められていたのかもしれないよ。否定できるかい?」
ジュリーニョはだまって首を横に振る。
「だからね。難しいことを考えたって無駄なのさ。どうせ自分の意思ではどうにもならないのなら、君は直感のみで、……ストレートに言ってしまえば、恋してもいいと思える相手を守護者を選べばいい、ということさ」
そ、そんな、いいかげんな……。
「は、はははは」
ジュリーは笑うしかなかった。
守護者選びにあんなに悩んでいた自分が、バカみたいじゃないか。
2022.11.27 初出