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65.転生者達の長い夜 その02


 絶句しているルーカスとレンの元姉妹。それを尻目に、ジュリーニョとウーィルは相変わらずお菓子を食い散らかしている。


「お前は、私の生い立ちを哀れんだり同情したりしないのか?」


「哀れんで同情してほしいのか?」


「まっぴらだな」


「……オレは、仕事がら汚い裏社会にもそれなりに関わってきた酸いも甘いも噛み分ける渋いおっさんだからな。異世界とか転生云々はよくわからんが、この世界でお前さんと同じくらい不幸な生い立ちの獣人の子は沢山みてきたし、そのほとんどを救えずに見捨ててきた。口先の同情や哀れみなんて当人のためには何の役にも立たないことを知ってるのさ」


「獣人の子を拾って育てた、と聞いたぞ」


「気まぐれだよ」


 ふん。





 場の雰囲気に耐えきれず、ルーカスがゆっくりとお茶を一口のんだ。ひとつ咳払いのあと、レンが口を開く。


「じゃ、じゃあ、次はボクだ。ボクはレン・フジタ。皇国からの留学生だ。このネコはボクの守護者シロ。……他に聞きたいことはあるかい?」


「……お前等ふたりは前世では姉妹だったそうだが、転生先のこの世界で、あの月面に呼ばれる前に、どうやってお互いを認識できたんだ?」


 ジュリーニョがふたりの顔を見回しながら問う。口には、ルーカスがもってきたクッキーを頬ばっている。


「文通だよ。皇国と公国は同盟国だからね。たまたま両国の政権中枢に同い年の『天才少年と少女』がいると、ボクらふたりが噂になって、ならば両国の友好促進のためにと文通を勧めてくれたお節介がいたんだよ」


「あー、それ何年か前の新聞記事になってたな。うちのメルと同い年なのにこんな賢いガキが世界にはいるんだなぁと感心したもんだ」


 ウーィルが頷く。レンの話を、殿下が引き継ぐ。


「そうそう。初めは私も『この異世界にも妹みたいに捻くれた人間がいるんだなぁ』と思ったんだけど、文通のやり取りを重ねるうちに『もしや』と疑念が深まったの……」


「あるとき、前世の世界のアニメ、……えーと児童向けの映画の絵を真似して便せんの端っこに落書きしてみたら、見事に反応が返ってきて……」


「文通といっても完全な私信じゃないし。翻訳の関係で多くの人が見ているし、一部の内容はマスコミに公開されちゃうから、不審なやりとりにならないようそれなりに苦労したんだよ」


 ふーん。


 問い掛けた本人だというのに、ジュリーニョが返したのは興味なさげな生返事だった。





「……ま、まぁ、苦労といっても、転生後のジュリーとは比較にならないんだけどね。他にはあるかい?」


「私は、姉として、レンの許嫁について知りたいな。どんな人なの?」


 几帳面に手を上げてから質問する殿下。前世で姉妹だったといっても、この世界では国籍も性別も違う。公国の公王太子と皇国の巫女では、たとえクラスメイトでも周囲の目を意識しないわけにはいかない。直接話す機会はあまりつくれない。


「なに? おまえ、性格ひねくれボクっ娘のくせに男がいるのか? 私も知りたいぞ。どんな男だ。おしえてくれ!」


 横からジュリーが食いついた。今度はかぶりつきだ。


「親が決めた、というか生まれる前から決まっていた許嫁さ。この留学をおえて帰国したら、すぐに結婚することになるだろう」


「いくつなんだ?」


「ボクよりも5つ年上さ」


「その彼は、レンが転生者であることを知っているの?」


「もちろん知らないよ。ただ、ボクの実家は建国以来ずっと国の行く末を占い助言してきた巫女の家で、うちの家系には代々ボクのような変なのが生まれるということくらいは、当然知ってるはずだよ」






 ふたりから機関銃のように繰り出される質問。レンは苦笑しながら律儀にひとうひとつ答えていく。


「おまえ、親に決められた相手と結婚なんて、平気なのか?」


 ……獣人ちゃんは、意外と結婚に夢を見ているんだなぁ。


 レンは微笑みながら答える。


「たしかにボクの意思とは関係ないけど、それは今さらいってもしかたがないことなのさ。それに、彼は幼馴染みなんだけど、幸いにして性格も身体も相性は悪くないようだしね」


「か、からだの相性? レン、……相性って、その、あの、あなた、その許嫁と、もう、……えーと、経験済み、なの?」


 ……ねぇさん。ほんのジョークのつもりだったのにそんなに食いついてくるなんて。転生して性格変わったね。前世では学問一筋、恋愛なんて興味ないという顔していたくせに。


「だめだだめだだめだ。私たちはまだ未成年だ。学生だ。そんなことだめに決まってるだろ!! おまえ、やってないよな? な? な?」


 ジュリー、そんな真っ赤な顔して……。本当にかわいいな、この娘は。


「ああ。そういうことにしておこう」


「おい殿下、おまえもだ。年頃の女の子がそんな不純な事を軽々しく口にするな! 自分が絶対服従の守護者を捕まえていつも身近にはべらせてラブラブだからって、おまえすこし舞い上がりすぎだぞ! おまえはまだお子様なんだ!!」


 ジュリー、君はボクらの親みたいだね。でも、『ラブラブ』とか言っちゃうと殿下は余計に舞い上がっちゃうんじゃないかなぁ。


 苦笑しながら、レンがジュリーニョに真実を伝える。


「えーと、ジュリー。ボクと殿下はね、実はお子様じゃないんだ。たしかにこの世界に転生してから15年ちょっとで外見は青少年だけど、前の世界で事故に遭ったのは二十代後半の時だったんだ。つまり、ボクらの精神年齢はね……」






「な、な、なにぃぃぃ! お、おまえら、わたしよりも10年も年寄りだったってかぁ?」


 ジュリーニョがショックのあまり叫ぶ。そしてその隣、もうひとりショックを受けている少女、……じゃなくておっさんがいた。


「で、殿下、お、お、お、オレよりも、年上だったのか……。た、た、た、たしかに、計算すればそのとおりだが、……しかし、えええええ?」


 ドラゴンやヴァンパイヤを眼前にしても平然と薄笑いを浮かべる魔導騎士が、頭を抱えてのたうちまわる。


 その様子をみて、腹を抱えて笑い転げているレン。


 一方、ルーカスというと……。

 

「わ、わ、わ、私とウーィルがラブラブ? ……ラブラブに見える? 見えちゃう? きゃーーー」


 ジュリーニョの部屋にあった大きな縫いぐるみを抱きしめ、顔を真っ赤にして身をくねらせていた。






 すっかり毒気を抜かれてしまったジュリーニョが、ルーカスを無視して改めてレンに向き直る。そして、眠そうな顔のネコを指さす。


「こんな色ぼけ殿下は放っておいて……、おまえには聞きたいことがあったんだ。おまえの守護者のことをもっと教えてくれ」


「……君が守護者を選ぶのに参考にするんだね? いいだろう。この子の名前はシロ。皇国の言葉で『ホワイト』の意味だ。今代の『運の法則を司る』守護者であり、ドラゴンよりもヴァンパイアよりも強い最強の守護者だと自負しているよ」


「最強かどうかはともかく、だ。人間ではない守護者とお前の間で、意思の疎通は問題ないのか?」


「うん。普通に『わかる』よ。ボクとシロとの間に言葉はいらない。『繋がっている』からね。距離も関係ない」


「守護者になってしまった者は、転生者には絶対に逆らわないんだよな? 逆らうなんてこと、思いつきもしないんだよな?」


「そうだよ。将来きみが選ぶ守護者も、そうなるだろうね」


「そのネコ、今でこそおまえに忠実なんだろうが、……もともとはおだやかに年老いてやすらかに寿命をむかえたんだろ? そんな時、おまえに強制的に守護者にされてしまったのは、シロにとって本意だったのか?」


 ……えっ?


「そもそも、シロが今おまえに忠実なのは、シロにとって本意なのか? むりやり『洗脳』されてしまった結果にすぎないんじゃないのか?」


 レンの動きがとまる。答えに詰まる。日頃から屁理屈には自信があるレンが、反論できない。


「なぁ、もともと絶対服従である守護者の気持ちが『わかる』なんて、おまえの、いや転生者の、勝手な自己満足じゃないのか? 私たち転生者が『守護者を選ぶ』なんて、……許されることなのか?」





 なるほど……。


 きっちり一分間、真剣な顔のジュリーニョと見つめ合った後、レンはやっと理解できた。ジュリーニョの想いが。


 この獣人ちゃんは、とにかく生真面目なのだ。もしかしたら殿下よりも真剣に転生者としての使命を果たそうとしているのだ。だから、自分が選んだ守護者を、転生者同士の争いに巻き込むのがイヤなのだろう。それ以上に、守護者を『洗脳』してしまうことを嫌悪しているのだろう。


 ……さんざん理不尽な不幸な目にあってきたというのに、なんて優しい娘なのだろう。


 レンは、自分でも気づかぬうちに、目の前の獣人の女の子を抱きしめていた。



 

 

2022.10.30 初出

 


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[一言] 心根が優しいからこそ……
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