64.転生者達の長い夜 その01
コンコン。
とある週末の夜。ルーカスやメルが通う学園の寄宿舎。女子寮の一室。窓をノックする音が響く。
「やっと来たようだ」
レンが窓を開けると、そこには彼女の前世の姉、ルーカス殿下がいた。例によってウーィルにお姫様抱っこされている。
「や、やぁ、レン。お邪魔します、ジュリーニョさん」
「ここは三階なんだが……。いつもながら非常識な奴だな、時空の法則を司る黒の守護者」
呆れ顔のジュリーニョ。オオカミ族特有の金色の体毛が、窓から射し込んだ月の光に輝いている。
「ウーィルに対して『非常識』だなんて、いまさらだねぇ」
したり顔で苦笑しているのはレンだ。
ジュリーニョに手を引かれ、ルーカスはレンが待つ部屋に入る。次にウーィルが窓枠をまたぐ。
「お、お、おまえ、なんて格好してるんだ!!」
部屋に入ったウーィルの姿をみた途端、ジュリーニョが指をさし絶叫した。
「ん? パジャマパーティときいたぞ。だから普段の寝間着で来たんだが……」
ウーィルはいつもの姿。すなわち、丸首のシャツ一枚。下半身は下着のみだ。
「太もも丸出しで、胸も透けてるじゃないか! そんな裸みたいな姿、家族以外に見せちゃだめだろ!」
「はぁ? 家族以外って言っても、……みんなガキだし女の子だろ?」
「目の前に男がいるだろう、おまえの主である殿下が! ……まさか、おまえ、殿下とふたりの時はいつもそんなハレンチな格好してるのか? おまえたちはまだ未成年だろーが!!! 不潔だ、不純だ、信じられない!!」
顔を真っ赤にして、わなわなと震えながら叫ぶジュリー。
そんなジュリーの寝間着は比較的地味な、露出の少ないネグリジェだ。あたまには耳を出す穴がふたつあいた可愛らしいナイトキャップ。おそらく公国のこの年頃の上流階級の子女として、ごくごく普通の寝間着姿であろう。美しい金色の体毛は隠されているものの、腰の穴から出たもふもふの尻尾も含めてまるで縫いぐるみのようでとても可愛らしい。
ジュリーの剣幕にあっけにとられ、ウーィルはすっかり言葉を返す気力をなくしてしまった。より正確に言えば、言い返すのが面倒くさくなった。代わりに反論するのは、もちろんルーカス殿下だ。
「ちょ、ちょ、ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ。私とウーィルは不潔なことなんてしてません!!」
ルーカスの寝間着姿は俗に言うパジャマだ。身体の線の細さもあり、一見すると少年か少女か見分けがつかない。ちなみに、同室のガブリエルには、いつもどおり隣室のウイルと話があるからと言い訳をしてここにきている。
「さっき空中で抱き合ってたじゃないか!」
「抱っこして貰ってただけですぅ。……ははーん、あなた羨ましいのね。私とウーィルの仲が」
「なんだその言い草は! おまえいま自分が男だということ忘れてるんじゃないのか?」
公都に住む転生者と守護者が集まり、お互いを知り親睦を深めるためにパジャマパーティをやろう。そう言い出したのはレンだ。
「……ジュリー、ちょっと落ち着きたまえ。ねぇさん、前世の性別に戻ってるよ。今夜はせっかくのパジャマパーティだ。つもる話は朝までゆっくり語り合おうじゃないか」
レンの提案に一も二もなく賛成したのはジュリーニョ。ルーカスとウーィルは有無を言う間もなく無理矢理参加者とされてしまった。
「みんな揃ったので、そろそろパーティを始めようか。まずは、会場として快く自分の部屋を提供してくれたジュリーニョ・カトーレ嬢にお礼を言わなきゃね。ありがとう」
ちなみに、レンはいつもどおり東洋風の前開きの寝間着、浴衣姿だ。彼女は普段からしばしば消灯後に寄宿舎を抜け出しているため、同室のメルはレンの不在をいつもの事と気にしていないらしい。
「なに気にするな。ご覧の通りひとり部屋だから気楽にくつろいでくれ」
会場となったのは、女子寮のジュリーニョの部屋だ。寄宿舎は基本ふたり部屋であるが、学園唯一の獣人である彼女には『諸事情』によりルームメイトがいなかった。
男子寮のウーィルも『諸事情』によりひとり部屋なのだが、男子寮に女子が乗り込むよりはその逆の方が問題が少ないだろうということで、ジュリーの部屋が選ばれたのだ。
「わ、私は一応男の子なんだけど、消灯時刻やぶりどころか女子の部屋にいるのがバレたら退学かも……」
「殿下の場合、女子寮にいてもあまり違和感ないよ」「にゃあ」
レンの断定口調に、合いの手をいれる白ネコ。その横でうんうんとうなずくジュリー。
「そんなぁ。最近は、ちょっとでも次期公王らしく、そしてウーィルに似合う男になるよう、いろいろと努力しているんだけど……」
言いながら、殿下の視線はウーィルの顔を向いている。一方でウーィルは知らんぷりをしている。……そんなふたりの様子に、レンが微笑む。
「……まぁ、学園当局にバレたとしても、まさか公王太子殿下を退学にはできないだろう。ついでに、ボクは皇国政府に顔が利くし、ジュリーのカトーレ家だって公国の政財界に強い影響力がある。なんとか揉み消せるんじゃないかな?」
「そーかなぁ」
「……この甘くて黒い柔らかいお菓子、美味いな。もうひとつよこせ」
「これはオレのだ。おまえさんざん食っただろ!」
前世の姉妹の会話におかまいなく、さっさと用意されたお菓子をぱくつき始めたジュリーニョとウーィル。
「それは羊羹という皇国のお菓子さ。たくさんあるし保存もきくから、なんなら少しわけてあげよう。……じゃあ、まずは君の自己紹介をお願いできるかな、ジュリー」
レンに指名されたジュリーニョが、面倒くさそうな顔をしながらも律儀に立ち上がり自己紹介をはじめた。
「ジュリーニョ・カトーレ。見ての通りオオカミ族だ。私を転生させた月面のくそったれによると『金の転生者』だそうだ。守護者はまだ決めていない」
「君の転生前の世界はどんな世界だったんだい?」
「この世界よりも科学も文明も進んでいないが魔法使いは遙かに多かったな。いわゆるおとぎ話のような世界だ。そして、私はとある小さな人間の国のお姫様だった」
へ、へえ。
レンとルーカスが、そろって意外そうな顔をする。
「なんだその顔は? 私がお姫様だと意外か? 傅く騎士もいたし、隣の国の王子と婚約していたし、まぁ幸福だったぞ。成人するまではな」
……というと?
「結婚式直前にその隣の国に攻め込まれ、城を乗っ取られ、王族はそろって生きながら火炙り、だ。どうやら初めからそのつもりで、結婚話も我が国を油断させるためのものだったらしい。私は世界のすべてと人間のすべてを恨みながら焼き殺されて、死んだと思ったら今度はこの世界に獣人の姿で転生していた、というわけさ」
ジュリーニョがあまりに軽い口調で言い放つので、レンもルーカスもその言葉の内容を理解するのに三秒間ほどの時間が必要だった。そして絶句。
「……そう深刻になるなって。世界を恨んでいるのは確かだが、お前達に個人的な恨みは感じていないよ」
転生者達の長い夜は、まだ始まったばかりだ。
2022.09.25 初出