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62.美少女騎士(中身はおっさん)と新型爆弾の実験 その03



 デッキの上、スピーカーからカウントダウンがはじまった。あと10分ほどで実験とやらがはじまるらしい。


 デッキにいる全員、いやこの海域にいる艦隊すべてに緊張がはしる。前方上空を舞う何機もの飛行機が、実験場から離れ始める。


 ウーィルにもサングラスが手渡される。全員が、前方の水平線を見つめている。殿下に握られた手に力がこもる。震え始める。






「ここから30キロほど先、連合王国領の無人島の中央に建設された50メートルほどの櫓の上に、新型兵器の二号弾が設置されています。私たちはこの世界の人類史上初めての光景を目撃することになるでしょう」


 ルーカス殿下がつぶやく。ウーィル以外には決して聞こえない小声で。


「二号弾? 初実験ではないのですか?」


「初号弾は皇国で建造され、いま地球の裏側、皇国領の無人島に設置されています。本日の実験は、皇国領での初号弾の起爆と、ここ連合王国領での二号弾の起爆が、同時に行われる予定なのです」


 なんでそんな面倒くさいことを。……どちらかが失敗してもいいように、ってことか?


「たしかに、それも理由のひとつではあります。初号弾の仕組みは単純でほぼ確実に起爆することがわかっていますが、二号弾以降は起爆方式が根本的に改良されており、こちらの成功率は90%ほどと見積もられています」


 ふーん。人類の歴史上前例のない新兵器なのに、そこまでわかってるのか。さすが殿下だ。


「大丈夫、きっと成功しますよ。……そして、あのくそったれのドラゴンを倒せる力となってくれるでしょう」


 ウーィルは、それほど深く考えて言ったわけではない。新兵器というのが『威力が強い爆弾』なのだろうということはわかるが、なぜ殿下がここまで恐れるのかウーィルにはいまひとつ理解できていない。それでも、目の前の若者を励ましたかったのだ。


 しかし、殿下は目をそらす。


「そうですね。いかに大型ドラゴンでも、それがたとえ青の守護者であっても、アレの直撃をうけて生きていられるとは思えません。……でも、わざわざ二カ所で同時に起爆するのは、実はドラゴンとは関係ありません。完全に政治の都合なんです」


 政治?


「この実験をもって、公国、連合王国、皇国の三国同盟は、世界中どこの都市あろうとも一撃で破壊する力を持つに至った、と宣言するためです」


 宣言? 誰に対して? ……決まっている。同じ人類だ。


「で、でも、殿下が計画を先導したんでしょ? 殿下の力で、人間に対して使用させなきゃいい」


「たしかに、プロジェクトの立ち上げを主導したのは我が公国です。ですから、今日の起爆実験でも、両国は最大限われわれをたててくれています。しかし、……世界中のだれからみても、実質的に計画を進めたのは連合王国と皇国、ふたつの大国です。資金的にも技術的にも、彼らなしでは計画は進まなかった。連合王国、皇国あわせてすでに六号弾まで完成しているアレの使い方に、今後わが公国は口をだせないでしょう」


 殿下の表情がますます曇る。手の震えがとまらない。


(それでも私は、私は……)


 まるでうわごとのように、殿下が口の中で何度も繰り返す。


 オレは、なにを言うべきなのかわからない。







 ん?


 その場にそぐわぬ異質な魔力を感じたウーィルが振り向いたのは、ブルーノと同時だった。


 ……ドラゴン?


 艦隊のはるか後方、とんでもない高空。どこまでも青い空の中、その空よりも青い点が複数飛んでいる。あまりにも遠すぎて、さすがのウーィルにもよく見えない。大型じゃない。小型ドラゴンが……五頭か?


 カウントダウンが一時停止。空襲警報のサイレンに切り替わる。


「殿下。小型ドラゴンがこの海域に向かっています。艦内へ避難してください」


 水兵がデッキの上の要人達の避難誘導を始める。戦闘機の編隊が迎撃のため必死に上昇していくのが見える。巡洋艦や駆逐艦から花火のような対空砲火を打ち上がる。不安そうな顔のルーカスが、ウーィルを見つめる。


「……問題ないと思いますよ、殿下。我々を攻撃するつもりなら高度が高すぎるし、そもそも小型ドラゴン数頭でこの艦隊をどうにかできるとは思えない」


 ウーィルと共にルーカスが見上げた視線の先、一頭のドラゴンが対空砲火の直撃をうけ空中でバラバラになった。


「ルーカス殿下。あれが殿下のアイディアを元に我が国が開発したレーダーと近接信管の威力です。我が王国海軍の卓越した防空能力は、共通の敵、帝国の脅威に対抗する大きな力となるでしょう」


 王国大臣が殿下に語る。満面の笑顔をむけながら。


 つづいて、ようやく高度をあげドラゴンに追いついた戦闘機の編隊が、機関砲で一頭を撃墜。


「あの戦闘機は我が海軍の新型ですな。殿下の仲介による同盟国間の技術協力によりようやく完成した過給器つきエンジンのおかげで、あの高度でも迎撃が可能になりました。実戦配備に手間取りましたが、今日に間に合ってよかった。もちろん、あの新型機は公国にも供与させていただきますよ」


 誇らしげなこの人は皇国の軍人。……そういえば、あの戦闘機、皇国の国旗がついている。わざわざ地球の裏側から新型戦闘機を運んできたのか。


 




 とりあえずこの艦は安全ということで、要人達の艦内への避難は一旦中止となった。みな、空の彼方を見上げ、ドラゴンを眺めている。


「殿下。あれはまたしても青ドラゴンですね」


「……うん。きっと青の彼が実験を偵察しに来たんだ」


 戦闘機と対空砲火に追われながらも、ドラゴン達は撤退しようとはしない。実験場の島を遠巻きに、旋回するように飛び続ける。


 あのスカした野郎、どこまでも目障りな奴だな。


「なぁ、ブルーノ。あれ、墜とせるか?」


 のこり数頭のドラゴン、ここからではほとんど豆粒にしか見えない。


 ブルーノとウーィルの任務は、あくまでも大臣と殿下の護衛だ。だから、こちらを攻撃する気のない小型ドラゴンなど無理して撃ち落としてやる義理などないのだが。……ないのだが、同盟国の連中にだけ良い格好させておけないよなぁ。


「さすがにちょっと遠すぎて……」


 そうか、残念。


「一網打尽は無理かと。……でも、一頭くらいならなんとかなりそうです」


 我が公国最強の呼び声高い魔法使いがウインク。そして、自分の護衛対象に視線で尋ねる。国防大臣がうなずく。それを確認したブルーノが空に杖を掲げる。低い声で呪文を唱えはじめる。


 おおお!


 水兵達から歓声があがった。


 ブルーノの杖が、空中に金色の文字をなぞる。彼の頭の上、巨大な魔法陣が描かれる。強烈な太陽の下、金色の粒子を伴う円環が回転を始める。


 デッキの上に人々は気付いた。周囲の気温が急激に下がっている。赤道直下の濃密な大気が、白い霧に覆われる。キラキラ、キラキラ。航空母艦の甲板のうえ、小さな氷の粒が吹雪となって舞う。


 いつのまにか、魔法陣からそそり立つように何本もの氷の槍が形成されている。眩しいほどの太陽に光を反射して白く輝く氷の槍の束。


 そして、杖が振り下ろされる。ブルーノが叫ぶ。刹那、氷の槍が飛ぶ。凄まじい速度で射出。最後尾のドラゴンに迫る。


 おおおおお、すげぇなブルーノ。冷気のブレスを操る青ドラゴンを、逆に氷の槍で串刺しにして撃ち落としたぞ。公国の水兵達は大歓声。王国と皇国の連中も驚いているようだ。いまや公国以外では魔法使いの数は激減しているそうだから、こんな大技めずらしいだろうなぁ。


 ……オレも、魔導騎士として一発いいところを見せてやるか。


 ウーィルは背負っていた剣を下ろす。さりげなく、ルーカスが鞘をささえる。





 おやおやウーィル、騎士としてそれはどうなんです?


 自分がつくった魔法陣がユラユラと消えつつあるその下、ブルーノはおもわず苦笑した。


 仮にも騎士が、自分の主君に鞘を持たせて平気な顔しているというはさすがに、……といっても、二人の連携があまりにも自然なせいか、誰も違和感を抱いていないようだが。それどころか、子供の騎士と従者ごっこのようで、かえって微笑ましい光景に見えなくもないのが、なんともこの二人らしい。


 長い鞘を抱えたルーカスを背中に護るように、ウーィルは構える。剣を振り上げる。


 周囲の人々が固唾を呑み、美少女魔導騎士を見つめる。


 いったいなにをするつもりだ?


 ……まさか、剣で? こんなに遠くから?


 ふふふふ。最強の魔導騎士、ウーィルの力を目の当たりにした同盟国のみなさんがどんな顔をするのか、楽しみですね。




 いくぞ!


 すかっ。ウーィルは剣を振り下ろした。それは、見守る人々が想像していたような剛剣ではなく。むしろ、気が抜けた素振りにしか見えない。


 だが、……次の瞬間、人々は目を見張る。ウーィルが振るった剣の軌道に沿い、黒い影が走ったのだ。それは空間の裂け目。暗黒の断層。


 それがドラゴン目がけて飛ぶ。空間を切り裂きながら光速で迫る。


 すぱっ!


 そして、一頭のドラゴンが縦に両断された。

 

 遙か彼方、すでに対空砲火も届かない空の向こう。二枚の開きにされたドラゴンが、音も無く海面に墜ちていく。






「やれやれ、とんだ邪魔がはいりましたが。……ドラゴンは残り一頭。戦闘機があれを撃墜次第、安全を確認。実験準備をやりなおしましょう」


 デッキの上、常識を超越した魔導騎士の剣に対する拍手喝采は鳴り止まない。それを制して、国防大臣が声をかける。ちょっと得意顔なのは、自国の騎士の力を同盟国に見せつけることができたからだろう。じっさい、ウーィルの剣を目の当たりにした同盟国の要人達は、国防大臣が声をかけるまでただただポカンと口を開いたままだった。


  しかし、そんな少々緩んだ雰囲気は、めずらしくきつい口調のルーカス殿下によって締め直された。


「……いえ、大臣。もうあのドラゴンは無視して結構です。いますぐ戦闘機を下がらせて、このままカウントダウンを再開してください」







 カウントダウン再開。生き残ったドラゴンは、ゆっくりと実験場の珊瑚礁に近づいていく。


「殿下。奴は実験とやらを偵察にきたんでしょ? わざわざ見せちゃっていいんですかね? なんなら、残り一頭も私が飛んでいって斬っちゃいましょうか?」


「ありがとうございます、ウーィル。でも、のこり一頭では、実験の脅威にはなり得ません。……ならば見せてやりましょう。この世界の人類が、ついに転生者にも対抗できる力をもったということを」


 10、……9、……8,


 スピーカーから歪んだ声。カウントダウンが続く。


(かつて青の守護者は、人は自ら滅びの道を歩んでいると言った。それは本当かもしれない。いや、他ならぬ私こそが、それを推し進めている張本人かもしれない)


 何度も何度も繰り返してきた自問自答。ルーカスは激しく頭を振る。強制的に思考を中断する。


(確かにアレは自滅につながる力かもしれない。それでも、自らの選択による自滅の方が、異世界から来た『転生者』により滅ぼされるより百倍ましだ。私はそう信じる。……信じたい)


 ……7,……6,……5、


 おっかない顔をしているなぁ。


 ウーィルは、隣のルーカスの顔を見つめる。このハーフエルフの少年が、こんな顔をすることは実に珍しい。


「……殿下。わすれちゃいましたか?」


 中身おっさんの少女騎士は、我慢できずに口をひらいた。


 えっ? な、なんのことですか、ウーィル?


「言ったでしょ、オレにも責任をわけてくれって。そりゃあなたはいろいろと重大な責任を背負っているんでしょうけど、全部一人で背負う必要ないんです。目の前に居るこの少女は、中身は図太いおっさんで、そしてなによりあなたの騎士なんですよ」


 ……4,……3、


 「……ウーィル」


 ルーカスは前を向いたまま、再びウーィルの手を握る力を込める。ウーィルは握りかえすだけではなく、指を絡めてやる。殿下の冷や汗を感じる。お互いの体温を交換する。


 ……2,……1、起爆!


 一瞬の沈黙。


 カッ!


 水平線の向こう、この世界の誰も見たことのない閃光が出現した。



 

 

2021.08.01 初出

 


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