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59.美少女騎士(中身はおっさん)と護身術の実習 その03



「な、なぁ、これ、護身術の実習だったよな?」


 講堂にあつまった生徒達。彼らがあ然とした表情で見つめる先では、エリート学園の授業とはとても思えぬ光景が繰り広げられていた。 講堂の真ん中、実習講師として招へいされたはずの女性魔導騎士と転入してきたばかりの男子生徒のふたりが、実習そっちのけで対峙しているのだ。


 ひゅん。ひゅん。


 準備運動のつもりか。スラリとした長身の女性魔導騎士が拳を、そして蹴りを繰り出す。生徒達への自己紹介の際、自分は騎士だが剣よりも拳が得意だと笑顔で語った彼女の言葉に偽りなく、その速度は人間離れ、いや現実離れしていた。


 生徒達のほとんどは、彼女の動きを目で追うことすらできない。拳や蹴りが見えるわけがない。だが、蹴りのたびに講堂に反響するかん高い風斬り音を聴き、あるいは正拳突きから少し遅れて天井を揺らす衝撃波を実感すれば、素人だってわかる。その一発一発の凄まじい威力が。魔力によりブーストされた彼女の身体能力のやばさが。そして、公国魔導騎士という存在の異常さが。


 しかし、その凄まじい威圧を正面から受けている相手は、まったく動じていない。転入してきたばかりの同級生、ウイル・俺王だ。


「今の、蹴り、……だよな。魔導騎士様の蹴りも凄いが、どうしてあれを目の前にしてあんなに落ち着いていられる? あいつ、本当にサムライなのか?」


 ガブリエルがみまもる視線の先、同級生の中でも一際小柄な転入生の頭は、正面に立つ騎士の胸くらいしかない。その彼に向けて放たれる、凄まじい速度の蹴り、拳。だが、そのすべてを眼前にしながら、まるで少女のように微笑む転入生。その異様な光景に、ガブリエルの背中に冷たい汗が流れ落ちる。







「あーーあ。こうなるんじゃないかなぁ、と危惧していた通りになってしまったか」


 講堂の入り口付近。生徒達からは見えないよう物陰から実習(?)を見守るもうひとりの魔導騎士がいた。生徒の誰よりも大柄。全身銀色の毛並み。オオカミ族のジェイボスだ。


 ジェイボスは、講堂の真ん中でどす黒いオーラを放射しながら静かに対峙するふたりの同僚女性騎士を眺め、ため息をつく。


「だからナティップはやめろって隊長に言ったのに。……あまり俺は目立ちたくなかったが、一応お目付役ってことでついてきたんだから、止めるべきなんだろうな」


 やれやれと言ったていで、ふたりを止めようと一歩踏み出すジェイボス。そして、とまる。


「ん? ……なんだ?」


 ジェイボスは窓から空を見あげる。頭の上の耳を空に向ける。全身の神経を上空に向け集中する。そして、舌打ち。


「また来たのかよ」







「……そろそろ準備できたっすか? 本気出していいっすか? ウーィルちゃん先輩」


 騎士がつぶやく。それを聴いてしまった生徒の大部分は、訳がわからず呆気にとられる。


 あれで本気でなかったというのか! 


 本来ならば「なぜ騎士様が転入生に対してそれほど気を使うのか」と疑問をいだくべきであろう。しかし、彼らにそんな余裕はなかった。「魔導騎士の本気」……その単語を耳にしては、目をそらすことができるはずがない。


 そして本気の魔導騎士と対峙している当人は、……笑っていた。






 ふむ。これは一応護身術の実習だよな。悪人役の魔導騎士様を、たまたま木刀を持っていた善良な学生であるオレが撃退するという筋書きだよな。ならば、そろそろ護身術を実演してやらないと、授業にならないってわけだ。へへへ、しかたないよなぁ。


 ウーィルは下に垂らしていた木刀を構える。ゆっくりと振り上げる。上段。剣の下には、眩しいほどの笑顔。


「そちらこそ準備はいいのかな、騎士様。……いくぞ」


 神速。木刀が空間を切り裂いた。


 女子生徒達が悲鳴をあげる。彼女達には、ウーィルの剣により女性騎士が縦に両断されたように見えたのだ。

 

 しかし次の一瞬、生徒達の目に飛び込むのは驚くべき光景。僅かに身体を反らしてギリギリで剣を避けた騎士が、逆に一歩踏み込んだのだ。そして、至近距離から転入生の顔に向けて正拳をたたき込む。


 剣を振り下ろしたウーィルの視界、正面から、衝撃波を引きずりながら、凄まじい速度の拳が迫る。身体を縮め、かろうじて下に逃げる。


 ぶわっ


 かすめた拳の風圧により髪の毛が舞い上がる。おかまいなく、振り下ろした剣を床ギリギリで止める。ウーィルの上、見上げれば腕を伸ばしきった女性騎士の胸。密着した体勢。その無防備な脇腹に向けて、今度は剣を振り上げる。


 ひっ!


 またしても悲鳴。


 だが、それもあたらない。騎士が真上にジャンプ。跳んで剣を避けたのだ。


 渾身のストレートを放った直後の体勢から、どうすれば真上に跳べる? それなりに心得のあるガブリエルがポカンと口をあけている。しかも、小柄とはいえ転入生の頭の上を飛び越え、そのまま一回転するなんて。







 ほんの一瞬の攻防。クラスメイト全員が息をするのも忘れて見守る。白の転生者と金の転生者も例外ではない。


「おいおいおい、あの女性騎士はただの人間だよな。獣人ですらないよな。黒の守護者が時空の法則を使わず手加減しているのはわかるが、それでもあの動きについていけるなんて、……あの騎士、人間の女のくせになかなかやるじゃないか。かっこいいぞ」


 ジュリーはあきらかに興奮している。隣のレンの胸元を掴みながら、早口でまくしたてる。


「そ、そんなに興奮しないでくれたまえ。……この国の魔導騎士は確かにちょっと普通じゃないから、君が憧れるのもわからないでもないけどね」


「あ、あ、あ、あこがれるわけないだろう。私が人間なんかに」







 すげぇな、ナティップちゃん。


 ウーィルが口の中だけでつぶやく。


 オレがこの姿になる前、ウィルソンの頃なら良い勝負だったかもな。いや、勝負が長引けばスタミナで負けていたかもしれない。


「さすがっすねぇ、ウーィルちゃん先輩。……そういえばわたし、ウーィルちゃん先輩の本気の本気ってのを見たことないんっす」


 ウーィル必殺の剣をかわし、空中で華麗に一回転。音も無く着地したナティップも笑う。


 あれ、そうだっけ? この姿になってからコンビ組んで仕事したことなかったか。


「ウーィルちゃん先輩ならばいいっすよ、私のすべてを見せても。だから、ねぇ。……見せて? あなたの本当の強さを」


 ぞくりとした。


 そう言うナティップちゃんの顔は、ひと言でいってしまえば、妖艶だった。もの欲しげで、そして蠱惑的だった。自他共に認める中身おっさんのウーィルをして、おもわず背筋がゾクゾクするほど色っぽかった。


 この戦闘狂め。あああ、いかん。いかんぞ。ナティップちゃんのこの顔は、ガキ共に見せてはいかんものだ。男の子達には目の毒だ。もちろんメルもだめだ。


 ウーィルの頭が一気に冷めた。今のいままでどこかへ行っていた『おっさんとしての良識』が突然よみがえる。


 どうする? 守護者としての力を使ってしまえばいかにナティップちゃんと言えども勝てる。しかし、生徒達の前で魔導騎士を倒してしまうわけにはいかんだろう。かといって、露骨に手加減するのもだめだ。どうやってこの場を納めりゃいい?







 その時だ。講堂の外、あきらかに至近距離から爆音が響く。


 エンジン音? 飛行機か? どうしてこんなところを……。息をのんで勝負の行方を見守っていた生徒達も、さすがに異変に気付く。


 学園は公都郊外にある。海軍の基地からは遠い。通常の訓練でも、飛行機がこんなところを飛ぶことはない。


 バリバリバリバリ!


 今のはただのエンジン音じゃない。機関砲だぞ!


「ナティップ!」


 講堂に怒号が響く。驚いた生徒達が振り向く。そこにはもうひとりの魔導騎士がいた。獣人だ。


「ジェイボス先輩、いまの何っすか?」


「小型ドラゴンだ。海軍の戦闘機に追われて地上まで降りてきやがった。おまえも外に出ろ! 一頭だけだから俺たち二人でやるぞ!!」


 目の前のウーィルとの勝負を放り投げ、ナティップがダッシュ。走りながら、同じく駆け出したウーィルに向けて言い放つ。


「生徒さんはここにいるっす! 市民を守るのが私たち魔導騎士の役目っす!!」


 そう言われてしまうと、ウーィルは立ち止まるしかない。袖を軽く引っ張られ、振り向くと殿下だ。


「試験稼働中の防空用レーダー網がさっそく役に立ったみたいだね。……小型ドラゴンなら、また青の守護者の手下だろう。金の転生者を偵察に来たんじゃないかな?」


 そ、そうか。小型ドラゴンが一頭だけなら、あのふたりで問題ないな。


「……それにしても動きが早いね、青の彼は。もしかしたら、第五の転生者が十五歳になる前に、金の転生者を仲間に引き入れて勝負をしかけてくるつもりなのかもしれない」


 殿下がつぶやく。その深刻そうな顔をみて、ウーィルの表情も曇る。そして見つめる。視線の先は同級生のジュリーニョ・カトーレ。金の転生者だ。








「お、おい。あれ、あの騎士。あれは獣人だよな」


 だが、深刻な顔した殿下とウーィルに見つめられる当の本人は、そんな自覚はまったくなかった。講堂に現れたもう一人の魔導騎士の姿に目を見開き、隣のレンを相手にまくし立てている。


「ん? 彼はオオカミ族で魔導騎士だ。公都では結構有名人だよ。知らなかったのかい?」


「わ、わたしがお父様に拾われてこの国に連れてこられたのは三年前。それ以来、礼儀作法や学問は厳しく躾けられてきたが、屋敷と学園以外はほとんど経験が無い。友達もいない。世俗についてはほとんど学ぶ機会はなかった。……この国では、まさか本当に獣人が騎士になれるのか? 他の人々はイヤがらないのか?」


「ああ、なるほど。この国でも獣人への差別がないとは決して言えないが、でも列強の中でもかなり開放的というか、開明的というか、いいかげんというか、それほど厳格なものではないみたいだね。最近は他国から獣人の亡命者も増えているそうだよ。そもそも公王太子殿下が純粋な人類じゃないし」


 したり顔でレンが解説。それを聴いたジュリーが黙り込んだ。






 ズシーン!


 ふたたび講堂に轟音が鳴り響いた。ドラゴンが学園の運動場に墜落したのだ。


「凄ぇ! 空中でドラゴンの正面から正拳をたたき込んで撃墜してしまうなんて!」


「その前に、女性騎士様を腕力だけで空中にぶん投げた、あの獣人の騎士様も凄いぞ!」


 窓から外を覗いていたのだろう。男子生徒達の叫び声が講堂に響く。生徒達から自然と拍手がわきおこる。






「ふむ、もう片付いたか。さすが魔導騎士だね。あのドラゴンが君の偵察だとすると、青髪のスカした野郎はおそらくすぐに次を送り込んでくるよ。対応を考えておいた方がいいな、……どうしたんだい? 何か考えごとかい? ジュリー」


「なぁ、この国の魔導騎士は実力主義なんだろ? さっきのオオカミ族も実力で成り上がったのか? この国では本当にそんなことが可能なのか?」


「ん? 君も魔導騎士になりたいのかい?」


「ちがう! ちがう! 私が言いたいのはそんなことじゃない。……私は、死にたくなかった。泥水をすする地獄の中、そんな理不尽な世界を私の手で終わらせるため、何としてでも15歳まで生き延びたかった。そのために、偽善好きな金持ち老人が気まぐれに差し出した救いの手を受け入れたんだ。見栄と自己満足のためだけに形だけの養女として飼われる立場を甘受してきたんだ。転生者としての矜持も、現世のオオカミ族として誇りも、すべて捨てたんだ。なのに……」


 ふむ。


 ジュリーの独白(?)を聞いて、レンは首を捻る。何を言っているのか。脈絡というものがない。おそらく本人も、自分が何を言いたいのかわかっていないのだ。


 面倒くさい娘だな。ある意味、殿下と似ているかもしれない。しかし、だからこそ放っておけない、か。


「………そうだね、ジュリー。君のお父様、カトーレ卿のことを、ただの偽善家で好事家で見栄っ張り老人だという人もいる。暗黒大陸で拾った獣人の娘を気まぐれでお飾りの養女にしたのも、世間に対する見栄のためだと言う人もいる。世間のウケ狙い、お涙頂戴で勲章を狙っているという話もある。ボクには、それが真実かどうかわからない」


 ジュリーはうつむいた。そしてなにも言わない。しかし、わずかに眉間に皺を寄せ頬を膨らませたことに、レンは気付いた。


 ふむ、やっぱりね。そういうことか。


「ははは、すまない。言い過ぎた。でも、……これまではともかく、今となっては君は『お父様』の悪評なんて信じてはいないのだろう? いや、たとえ偽善だとしてもかまわないじゃないか。少なくともこの国でならば獣人だって騎士になれるということを知った上で、カトーレ卿は君を娘として連れてきて、この学園にいれたのだから」


 数分間の沈黙。言うべき言葉を必死に探しているジュリーが口を開く前に、レンがたたみ掛ける。


「ちなみに、さっきの獣人の魔導騎士様。オオカミ族の子供を拾って育てて騎士にしたのは、根っからの善人おっさんであるウーィルだ。この世界は禄でもないが、そんな人もいるんだよ。……カトーレ卿を悪く言われて怒るということは、君だってわかっているんだろ?」


「……無駄だぞ」


 やっとのことでジュリーが口を開いた。


「何を言われたって、今さらわたしはこの世界を存続させようなんて思わないからな」 


「はははは。ジュリー、君も転生者だ。見た目通りの年齢じゃないのだろう? せっかくの二度目の人生なんだから、もっと気楽に生きようじゃないか」


「無駄だって! わたしは、この世界も捨てたもんじゃない、なんて絶対に思わないぞ! 思うもんか!!」


 はいはい。


 レンが笑う。頬を膨らませたジュリーも、いつの間にか笑っていた。





 

 

2021.07.06 初出

 


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[一言] これはちょっといい方向に向かってるかな
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