58.美少女騎士(中身はおっさん)と護身術の実習 その02
「あ、あのぉ、騎士様?」
護身術の実習。悲鳴の練習もひととおり終わり、全員が一息ついた頃。講師の魔導騎士にむけ、豪華な金髪縦ロールの女生徒がおずおずと手をあげた。
「はい、そこのかわいらしい女子。なんっすか?」
実習講師、魔導騎士ナティップ。満面の笑顔でこたえる。
「実はわたしくの叔母も魔導騎士ですの。今日はせっかく講師をやっていただいているのですから、悲鳴の練習ばかりではなく、魔導騎士様のかっこいい姿をみんなにも見せていただきたくて……」
ふむ。この娘、たしか隊長の姪っ子さんだったっすね。ここはひとついいところを見せてあげますか。
「そうっすねぇ。……じゃあ誰か、直接稽古を付けて欲しい生徒さんはいるっすか?」
美人騎士の問い掛けに、数人の男子が反応する。ナティップが指さしたのは、クラスいち大柄の少年だ。
「君、お名前は?」
「ガブリエル・オーケイです。騎士様」
いつものお調子者の顔はどこへやら。精一杯姿勢を正したガブリエルは、それなりに好青年に見えない事も無い。
「いい身体してるっすねぇ、ガブリエル君。なにか格闘技やってるっすか?」
「ボクシングを少々」
ガブリエルが構える。ナティップの正面、軽くフットワークをきかせながら、クラスメイトに見せつけるようにパンチをくりだす。
「おおお、やるっすねぇ。じゃあガブ君、本気で私に殴りかかってみるっす」
「え? 稽古するんだろ? リングの外でグローブも無しで、しかも女性に殴りかかるなんてできるわけないだろ」
「おーーー、さすが男の子、紳士っすね。でも、これも護身術の授業の一環っすからね。そう細かいことを気にせずに私に襲い掛かってみて欲しいっす」
そう言って、ナティップは無造作にくるりと背を向けた。
「そうは言っても……」
ガブはナティップの背中を見る。マント越しでもわかる、スラリとした身体の線。触れただけで折れてしまいそうな細い腰。
本当に強い相手は、後ろを向いていても恐い。打ち込む隙が無いものだ。しかし、……この騎士のお姉さんの背中は隙だらけだ。パンチどころか、いきなり抱きしめることもできそうだ。こんな無防備な女性を、しかも背中から殴れるわけがないだろう!
……しかし一方で、このまま引き下がっても、やっぱり男として問題ありそうな気もする。クラスの全員が見ているのだ。おれが騎士のお姉さんにやられることを期待しているのかもしれないが、逆に返り討ちにして一杯食わせてやりたい気持ちも確かにある。
深呼吸をひとつ。そして、ふたたびフットワークのリズムを刻む。しゅっしゅっ。息を吐きながら、空にパンチを繰り出す。
周囲を取り囲むクラスメイト達を横目でみる。うん、メル・オレオは俺を見ている。やるぞ。
ひゅん!
ガブリエルは、魔導騎士に細い背中にむけてかるくジャブを放った。……が。
すかっ!
あれ?
拳が空間を素通りしたのだ。確かに当たったとおもったのに。
頭の上にハテナマークを浮かべながら、ガブは攻撃を続ける。ワン、ツー。
すかっ! すかっ!
やはり当たらない。なぜだ? 魔導騎士のお姉さんはフットワークすらつかっていないのに? ガブリエルは頭を捻る。
「なかなかいいパンチっすね。でも、もうちょっと本気で撃ってくれないと、一生あたらないっすよ」
うわ!
一瞬前、お姉さんはおれに背中を向けていたはずだ。それが、ほんの瞬きをする間に正面を向いている。にこやかな微笑みをこちらに向けている。
本能的に恐怖を感じたガブリエルが、目の前にあるナティップの顔面に向けて左フック。
もちろん当たらない。それでも、ガブは下がらない。顔を引きつらせながらも撃ち続ける。アッパー。フック。そして渾身のストレート。
手応えあり、……ちがう。拳を受け止められた? 腕が、動かない。小さくて柔らかい手の平。なのに、なんというばか力。これが魔力なのか? 魔力で筋力をブーストしているのか?
ガブリエルは動けない。ナティップの右人差し指が、ゆっくりと彼のおでこの前へ。
ニコ。女神のようなまぶしい微笑み。優しいデコピンをくらったガブリエルが、へなへなとその場に座り込んだ。
「あそこで恐怖に負けて後ろへ下がらずに、逆にラッシュ仕掛けてくるのはたいしたものだと思うっすよ。ボクシングのルールで闘えば、良い勝負だったかもしれないっすね」
息を詰めふたりの勝負(?)を見守っていたクラスメイト達の緊張が、一気に解ける。もちろん、もともとガブリエルが騎士様に勝てると思っていた者などいるはずがない。しかしクラスメイトの多く、特に女子生徒は、彼のボクシング姿が意外と格好良いことに驚き、ただのお調子者ではないと見直していた。
だが、本人は納得していない。恥をかいたと思い込み顔を赤くしたガブリエルが再び立ち上がる。そして、ひとりのクラスメイトに指を指す。
「じゃ、じゃ、じゃぁ。転入生! おまえやってみろよ! サムライの子孫なんだろ?」
え? オレ? あほ、くだらないことにオレを巻き込むなよ!
たった今まで興味なさげにアクビをかみ殺していたウーィルに、クラスメイト全員の視線があつまる。
「ど、どうする? ウーィル」
隣の殿下が心配そうに視線を向ける。
どうするったって……。うわ、ガキ共がみんなオレを見てる? これだけ注目されちゃったら逃げられないなぁ。適当に相手して適当に終わらせるしかないか。
「あららららら。君が私の相手してくれるっすか? 可愛らしいサムライさん。……制服きてると小学生みたいっすねぇ」
カチン。
ナティップちゃんがニヤニヤと笑ってやがる。
「なぁ、オレはボクシングよりも剣が得意なんだ。木刀をつかってもいいか?」
「その背中の真剣を……」
「真剣じゃない、ステッキだ!」
「……ステッキな真剣をつかっても、私はかまわないっすよ」
「ナティップちゃ、……じゃなくて騎士様が強いのは知っているからね。真剣もってるとつい反射的に斬っちゃいそうで、騎士様が危ないから」
「……それは誉めてるんすか? それとも、舐められてる? ウーィルちゃん先輩」
「はははは。もちろん、ナティップちゃんを気遣っているんだよ」
カチン。
二人の魔導騎士が放つどす黒い魔力オーラが講堂の中に満ちる。生徒達は圧倒されて動けない。
「……う、ウーィル? まさか、こんなところで本気出さない、よね?」
殿下の顔が引きつっている。
「もちろんですよ、殿下。これはあくまでも護身術の実習ですから。……ちょっと実戦形式なだけです」
「心配無用っす。大事な生徒さんの顔に傷付けないよう、手加減してあげるっすから」
「……御託はいいから、そろそろはじめようぜ」
今回ちょっと短くなってしまいました。
2021.06.21 初出