57.美少女騎士(中身はおっさん)と護身術の実習 その01
魔導騎士ウーィルが偽学生生活を満喫(?)している学園。講堂に集合した一年生が車座になり、おもいおもいの姿勢で座っている。
その中心、生徒達に語りかけているひとりの女性。といっても、学園の先生ではない。むしろ外見だけなら生徒と同じくらいの年齢に見える。
お坊ちゃんお嬢ちゃんが集う学園にはまったく似合わない、黒いシャツにマントにブーツ。さらに腰にはサーベルを纏った姿。公国騎士だ。
「えー、一年生の皆さんはそろってるっすか? それでは護身術の実習を始めるっす」
スラリとした長身の女性騎士。凛とした立ち振る舞い。腰まで伸びた緋色の髪を三つ編みにした東洋風の顔立ち。
「まずは自己紹介。私は公国魔導騎士、ナティップ・ソングっす。年はみなさんより二つ上。よろしくね、っす」
彼女は、護身術の実習の非常勤講師として学園に招へいされた、……ということになっている。
神妙な顔をして話を聞く生徒達。その様子をみてナティップはにこやかに微笑む。約一名、不機嫌そうな仏頂面で背中に仕込み杖を背負った不穏な少年(?)とは、あえて目を合わせない。
「さて、ご存じの通り、我が公国は魔物やモンスターの出現率が世界平均よりもずっと多いっす。さらに、みなさんはお坊ちゃまお嬢ちゃま。誘拐犯やテロリストに狙われることもあるかもしれませんっす。護身術を学んでおいて決して損はないっすね」
生徒達の大多数は公国市民であり、公国市民は基本的に『公国騎士』という存在に好意的だ。憧れを抱いていると言ってもいい。ましてや目の前の女性はエリート中のエリート、魔導騎士だ。若いから、女性だから、東洋からの移民の血が入っているからといって、バカにした態度をとるものはいない。みな、ナティップを真剣に見つめている。
中でも特に女生徒は、その多くが憧れの視線だ。若くしてエリート魔導騎士の地位を実力で勝ち取った女性に対する羨望の眼差し。あるいは、ナティップと同じ女性魔導騎士が、公王太子殿下のお妃候補として報道されているせいもあるかもしれない。
「さて、一般市民に可能な護身術といってもいろいろあるっす。まず手っ取り早いのはナイフや拳銃などの武器ですが、あぶない武器を違法に隠し持つのは学生である皆さんにはお勧めできないっす。魔法も有効な場合がありますが、多少魔力を持っていたとしても護身術として使えるレベルで使いこなすのはかなりの訓練が必要でしょう、っす」
一方で、男子生徒達がナティップをみる視線は、ちょっと異なっていた。
ある男子の視線は、一歩あるくたびフワリとしたスカートから覗くナティップの長い脚にむいている。別の男子は、大きく張りのある胸を凝視。そして、マントから覗いた二の腕。くびれた腰。濡れた唇。……ガブリエルなどは、ナティップの全身にかぶりつきだ。
そんな男の子達の不埒な視線をかろやかにいなしつつ、ナティップは講義をつづける。
「そもそも、プロの犯罪者を相手にして戦うのは、素人のお子様では無理っす。たとえただのチンピラや物取りだとしても、理屈の通用しない相手はかえって危険。魔物やモンスターは言わずもがなっす。戦おうなんて思ってはいけないっす。……質問したそうな顔をしている男の子がいるっすね、どうぞ」
ガブリエルを指さす。
「じゃ、じゃあ、悪漢に襲われたら、僕らはどうすればいいんですかぁ?」
一歩間違えば失礼とも思われかねない、なれなれしい態度。しかし、それが不快にならない。それこそが、この少年の才能なのだろう。
にっこりと微笑むナティップ。
「まず一番重要なのは、危険な状況にならないよう気をつけること。君子危うきに……、ってやつっすね。それでも危ない状況になってしまったら、皆さんがやるべきことは……」
やるべきことは?
ごくり。生徒達が生唾を飲み込む。
「大声をあげて助けを求める。そして逃げる!」
は?
拍子抜けした様子の生徒達。公国最強の騎士様に護身術をおしえてもらえると思っていたのに……。あっけにとられたままの者もいる。
「そうがっかりした顔をしないで。それなりに修羅場をかいくぐってきた魔導騎士のひとりとして断言するっすが、これこそが皆さんにとって間違いなく最強の護身術っす! まずはみんなで一緒に、大声をだす練習をしましょうっす。……みなさん、お上品な教育を受けてきたと思いますが、本気の大声だしたことがあるっすか? これが意外と難しいっすよ」
「それではみなさん、声を揃えて! きゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『きゃぁぁ』
「ぜんぜん声が出ていないじゃないっすか! もう一度! ぎゃあああああああああああ!!」
『ぎゃあああああ』
「まだまだ! うぎゃああああああああああ!!」
『うぎゃああああああああ!』
「良くなってきたっすね。ぐわわわわわわぁぁぁぁぁ!!!」
『ぐわゎぁゎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
ナティップと一緒に絶叫する生徒達。はじめは恥ずかしがる者、あるいは馬鹿にした態度をとっていた者もそれなりにいた。しかし、数を重ねるうち、いつのまにか全力で叫んでいる自分に気付く。絶叫なんて生まれて初めてという者も多いが、みな楽しそうだ。
そんな生徒達の環の一番外側。意地でも環に入らないひねくれ者が数人いた。その中のひとり、白髪の少女が別の同級生に声をかける。
「やれやれ、これは悲鳴じゃなくて断末魔だね。……やぁ、オオカミ族ちゃん」
レンにオオカミ呼ばわりされた少女が、『きっ』と音がするほどの視線で睨みかえす。
「私には「ジュリーニョ・カトーレ」という名前がある!」
黄金に輝く体毛。頭の上にけものの耳。紛う方なきオオカミ族の少女だ。
「ああ、すまない。ジュリーと呼んでいいかな。……ボクと友達になってくれないか? オオカミ族のジュリー」
「……なぜ私につきまとう。おまえも哀れな獣人に施しをあたえて自己満足に浸りたい偽善者か?」
「はっはっは。偽善者であることは否定しないけど、君に施しを与える気はないよ。さっきのは単なる会話のきっかけさ。……まさか同級生の中にお仲間がいるとはね。金の転生者、いやジュリー。君は今いくつなんだい?」
殺気すら感じさせるオオカミの鋭い視線。他の同級生なら一撃でびびって黙らせることができるそれを、逆に正面から跳ね返すレン。ほほえみすら浮かべた余裕の表情のレンに、オオカミ族のジュリーは自分が受け身になっていることを自覚する。
「お、おまえと同級生なんだから16歳に決まっているだろ。……戸籍上ではな。本当の年齢は自分でもわからなかったが、月面によばれたということは本当はやっと15歳になったばかりなんだろうな」
ふむ。レンは頷く。
ジュリーニョ・カトーレ。慈善家として高名なカトーレ卿が引き取った、獣人の少女。カトーレ家の養子になり正式に戸籍を得た時、生年月日に関しては適当にでっち上げたというところか。
「いろいろと複雑な人生を送ってきたようだね」
「ふん。訳のわからないこんな世界に転生させれたと思ったら獣人で、生年月日も生まれた場所も自分ではわからぬままものごころついた直後に親に捨てられ文字通り泥を食み辛酸を嘗めつくした生活の後、たまたま見栄っ張りで慈善事業好きの好事家に拾われた。そんな可哀想な同級生の身の上ばなしを聞きたいか?」
学園には、少数ながら人類以外の生徒も存在する。エルフやハーフエルフが数人づつ。そして、獣人はたったひとり。ジュリーニョだけだ。
否応なしに彼女は目立つ。同級生達からの好奇の目にさらされているといってもいい。必然的に、ジュリーはいつもひとりぽっちだ。
「いやいや。ボクや殿下だって転生してからいろいろとあったからね。身の上話はお腹いっぱいさ。それに、聞かされたところで何ができるわけでもなし。……念のため初めから言っておくけど、ボクは、世界を滅ぼしたいという君の信念を翻意させようとか、そのため君にこの世界の素晴らしさを訴えようなんて、これっぽっちも思っていないよ」
「……では、なぜ私に近づく?」
「ボクは隠し事が苦手なのではっきり言ってしまうとね、……打算さ。同級生である君と殺し合いをするのは正直言って面倒くさい。水色ドラゴンをつれたスカした野郎が君に接触してくる前に、いろいろと君に恩を売って情を感じてくれる程度に仲良くなっておきたいな、てなところかな」
何を言っているのかわからないという顔で、ジュリーは大きく目を見開く。
「おまえ、……ばかじゃないのか? 転生者として信念を貫くには、反対意見の者を倒すしかないだろう」
「そうだね。その通りだ。でも、おなじ寄宿舎の同級生からいつ闇討ちで襲われるかもしれないという状況は、さすがに疲れそうだ。せめて、勝負するなら正々堂々正面から、という確信を得られるだけでも、日常生活において精神的にかなり楽になるんじゃないかな。君だって同じだろう?」
「あいにくと、今でこそ安穏と生きているが、この姿に転生してからやるかやられるかの地獄のような環境には慣れている」
「ならばなおさら、せめてこの学園に居る間くらい、平和に過ごさないかい? ちなみに、これはボクだけではなくルーカス殿下の意向でもある。赤の転生者、ジャディおばあさんも同じだ。意味、わかるよね」
ジュリーは正面の白の転生者をみる。その胸ポケットには、眠たそうな顔の白ネコ。
視線をうつす。講義をつづける魔導騎士をかこむ生徒達の中のひとり、メガネのハーフエルフの少年と、その隣のいかにも不機嫌そうな表情の少年、……のコスプレをした少女。
そして、月面で見た赤い髪の少年。
ジュリーは獣人だ。普通の人間よりは魔力がある。他者の魔力を感じる力もある。三人(?)の守護者に、ドラゴンにすら匹敵する洒落にならない力があることくらいは見ただけでわかる。
……実際に月面に呼ばれるまで、あの場で世界の終わりを決められると思い込んでいた。この世界を存続させたいと願う転生者がいるなど想像すらしていなかった。
なのに……。くそ! 例えひとりの転生者を倒しても、他の奴らに同時に襲われたら自分には対抗する術がない。自分が殺されるのは構わないが、この世界を道連れにできないのは癪だ。
「……わかった。私だってただ無闇に殺し合いをしたいわけじゃない。とりあえず次の月食までは休戦にしてやる」
「はははは、助かるよ。まずはお友達からはじめよう。ところで君は、まだ守護者はいないのかい? 守護者は、転生者にとって生死を共にする一生のパートナーであり、絶対に裏切らない存在だ。君も慎重に選んだ方がいいよ」
「おまえは、どうしてそのネコを選んだんだ?」
「ふふふふ。君も『知っている』とおり、転生者はこの世界の生き物をひとつ守護者として選ぶことができる。ボクのこの子はね、たまたま生まれた実家で飼われていたネコで、幼い頃からボクの唯一の友達と言ってもよい存在だったんだ。なのに、ちょうどボクが十五才になったとき寿命をむかえちゃって、どうしても別れられなくて、守護者になってもらったんだよ」
それってただの成り行きじゃないのか? あまり慎重に選んだようには思えないが……。
「ただ、老ネコの姿のままだと、常に身近に居て貰うのは難しい。例えば学校とかね。だからポケットに入るこの姿にしたんだ。……これも知っていると思うけど、転生者は自分の守護者の姿をある程度自由に変えられるし、それに伴って不整合がおこらないよう歴史を改編することもできる」
賢明だな。守護者が巨大なドラゴンだと、人里でいっしょに暮らすのは難しそうだ。
ふと、月面で出会った青い髪の青年の日常生活を想像し、ジュリーは口だけで笑う。
……ん? ちょっとまて。
「な、な、な、ならば、あの黒の転生者と守護者の関係は? ウイル、だったか? あの時空の守護者は、なぜ今は少女の姿なんだ?」
殿下とウーィル、交互に視線を向けながら、ジュリーニョは混乱している。
「え? は、ははははは。そうだった。転生者にはわかっちゃうよね、今は少女の姿だけどウーィルが元おっさんだったこと。殿下が彼の姿を変えた時、いろいろと辻褄を合わせるため歴史が改編されたことも」
え? えええええ? それって、それって、それって……。
「思わぬところに食いついてきたね、ジュリー。……ジュリー? どうしたんだい、とつぜん息を荒くして」
いったい何を想像したのか、ジュリーが顔を赤くする。頬を上気させ、頭から湯気をだしている。
あ、あのルーカス殿下が、おっさんを少女の姿にしたというのか? そう望んだということなのか? あんな線が細いハーフエルフの男の子が、筋肉自慢の騎士のおっさんを少女化させただけではなく、絶対服従の守護者として側にはべらせて? なんて耽美な、……じゃなくて、いやらしい。
「ジュリー? ああ、そんなに目をキラキラさせて。頬を赤くして。よだれまで。……君の特殊な性癖はなんとなく理解できたよ」
せ、せ、せ、性癖とかいうな!
「ははははは。あの二人にはかなり特殊な事情があるのだけど、……これは殿下に直接きいたほうがいいね。どうだい? 今度ボクら四人と一匹でお茶会でも。なんならパジャマパーティでもいいよ」
「な、な、な、馴れ合いごめんだ、……け、ど、一回くらいはいいかな。うん。そうしよう。お茶会とやら、いつやるんだ? はやくやろう。いつでも受けて立つぞ!」
「忙しい二人のことだからちょっと時間がかかるかもしれないが、なぁにボクにまかせておいてくれたまえ。……ああ、ボクも楽しみだ」
2021.05.30 初出
2021.06.20 サブタイトルを変更しました