53.美少女騎士(中身はおっさん)とクラスメイト達 その02
「公国騎士って、学生とは違うおとなの女性だろ? いろいろリードしてもらえたりするんだろ? いいなぁ。うらやましいなぁ。俺もそんな婚約者欲しいなぁ」
真っ昼間、公共の場でアホなことを言い始めた親友に、頭を抱えるルーカス殿下。そんな少年達の昼食に、横から割り込む者がいた。
「……失礼。楽しそうな会話を中断させて申し訳ないが、ここ座ってもいいかな? 他に空いている席がないのでね」
ルーカスとガブリエルが顔をあげると、目の前にトレイをもった少女。見知った顔だ。
東洋風の容姿。腰まである白髪を後ろで無造作に束ねた少女。皇国からの留学生、レン・フジタ。
「ど、ど、どうぞ、ミス・フジタ」
いかにもバツの悪そうな表情のルーカス殿下。それでもなんとか笑顔をたもったまま対応する。その様子を興味深げな表情で眺めるガブリエル。
へぇ、ルーカスのあんな表情はじめてみるな。そして、自分の連れでもないのに、わざわざ椅子まで引いてやるんだなぁ。ルーカスの野郎、基本的に俺以外の人間との会話は苦手なくせに、女の子への対応はそつなくこなすんだよな。さすが最近まで貴族制度が残っていた国の王子様。こういうところは俺も見習いたいものだ。
「私もよろしくて? ……って、レディが隣に座ろうとしてるのに、椅子を引いてくれないの?」
えっ?
いきなり声をかけられ、驚くガブ。いつのまにか、彼の隣にも一人の少女がいた。
「あ、ああ。気がきかなくてすまない」
ガブがあわてて椅子を引く。すました顔をして座るその少女の顔をみて、彼の呼吸が止まる。
……メル・オレオ。
肩で切りそろえたさらさらの金髪。整った鼻筋。笑顔。……男であるルーカスと比べるのは失礼かもしれないが、ハーフエルフにも負けないくらい綺麗な女の子。
もちろん顔だけじゃない。彼女は、貴族だかなんだかしらないがお上品で気どった坊っちゃん嬢ちゃんばかりのこの学園の中、いつも明るくて誰が相手でも人懐こくてやさしくて裏表がなくて飛び抜けて笑顔がかわいい女の子。
自分の視線がいつのまにか彼女を追っていることをガブリエルが自覚したのは、入学直後のことだ。それ以来、ふとした瞬間の彼女の表情、細かやかな仕草、決して見飽きることはない。
そのうえ彼女は、つい先ほどまで話題にしてた、ルーカス殿下のお妃候補の妹であるらしい。……ルーカスが親しくお付き合いしているという女性騎士は、メルと似ているのだろうか? ルーカスは、ふたりでどんなデートをしているのだろうか?
思春期真っ盛り、妄想力過多のガブリエルは、そこで思考が停止してしまう。食べかけの肉の山を忘れて、ただメルに見とれるだけだ。
「どうしたの、ガブ君? 私の顔になにかついてる?」
不思議そうな顔のメルが尋ねる。
ガブ君? メル・オレオが俺の名前を覚えていてくれたなんて……。
「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ」
「ふーーん。それより、さっき殿下と楽しそうに何をはなしていたの? 私にも教えて!!」
言えるわけないだろ!!!
「どうしたんだい、殿下。ニヤニヤして」
ガブリエルとメルの様子を横目で眺めながら、となりの席のルーカスに囁くような小声で問うレン。
「あ、いや、ガブリエルがね。いつもは何事も大雑把で豪快な男の子なんだけど、メル・オレオ嬢が隣に座った途端、急にうつむいて静かになっちゃったなぁ、って思ってさ」
「へええええええ! それは興味深い。でも、クラスメイトの恋は応援してあげたいけど、メルのお相手は彼ではちょっと難しいかもねぇ」
「ええ? なになに、それ、どういうこと? メルにはもう誰か決まった人がいるの? 私にもおしえて!」
「こらこら『殿下』。前世の口調に戻ってるよ」
はっ。
あわてて周囲を見渡す。正面のメルがガブも含め、ふたりの会話に注目している者はいない、と思う。
「……コホン。レンと話しているとどうしても昔を思い出しちゃって」
「はははは、ボクも同じさ。お互い気をつけよう。それはそうと、……昨晩もおそかったのかい? 本当に顔色よくないよ。ボクもちょっと心配だな」
レンまでもが、いつにもまして真剣な表情をする。最近あまり眠れなくて、……とは口にしない。妹に心配をかけたくない。
「ええと、国立電信電話研究所や通信会社との打ち合わせがちょっと長引いちゃって……」
「ふむ。またまた殿下はなにか画期的な『発明』をしてしまうのかい?」
「えええええと、その、トランジスタを……。とはいっても、私も専門外だから原理だけは知っていたけど、実際の量産方法についてはこの世界の技術者達の力を借りなきゃどうしようもなくて……」
「なるほどね。たしかあちらの世界でトランジスタが開発されたのは、第二次世界大戦終結直後くらいだったかな? ……しかし公国のような小さな国だけでは半導体産業を発展させるのは難しいだろう。開戦に間に合わせるためにも、ぜひ同盟国である東洋の列強、わが皇国も一枚からませてくれたまえ。ボクと君、皇国と公国は一蓮托生じゃないか」
「ははは。初めからそのつもりだったよ。皇国の巫女様」
転生してもかわらないなぁ、レン。前世で姉に何かおねだりするときの表情と、同じ顔してる。……でも、これって、この世界の未来を決定しかねない重大な問題のひとつだと思うけど、こんなノリで簡単に決めちゃっていいのかなぁ。
「ふふふふ。ボクは生真面目な殿下がいま何を心配しているのか、手に取るようにわかるよ。でも、ボクらが異世界知識を使うのは、なにもこれが初めてじゃない。他の転生者達だって同じ事をやっているんだし、気にするだけ無駄さ」
そ、そうかな。そうかもしれないね。アレの開発に比べれば……。
「それよりも、殿下。今日が何の日か覚えている、……よね?」
え? えーーーと、なんだっけ。この身体の誕生日はもう過ぎたし、公王宮での誕生パーティは月末だし。
ルーカスは、きょとんとした顔でレンを見る。
「やっぱり忘れていたか。我々にとって極めて重要な日、……皆既月食だよ。公国の標準時で今晩22時過ぎだ。守護者になってもらってから、ウーィルははじめてだろ、月食。もう話をしたのかい?」
え? ……あっ? あああああ? そうだった。ま、まずい。すっかり忘れていた。
「ど、どうしよう。ウーィルに伝えなきゃ。いますぐ騎士団に電話すれば、……いや、今は仕事中か。電報の方がいいかな」
「ふふふ。その様子じゃあ、まだ知らないようだね、殿下」
え? なにを?
「ウーィルに急いで電話する必要などない、ということさ」
だから、それはどういう意味?
いつものことだが、この前世の元妹は必要以上に遠回しのくどい言い回しをする。たまにイライラさせられるほどに。
「ちょっとちょっとレンと殿下。今度はあなた達ふたり? なに親しげに内緒話をしているの? 私にもおしえて!」
ほら。さっさと重要なことを言わないから、向かいの席のメルが会話に割り込んできたじゃないか。
「ふふふふ。知っているかい、メル。今日の午後、転入生が来るらしいよ?」
え?
メルが驚く。もちろんガブも、そしてルーカスも驚いている。
「ええ? こんな中途半端な時期に? っていうか、なぜレンは知ってるの?」
「それはね。転入生が私と同じ皇国の出身、.......という設定になっているからさ。辻褄を合わせるために協力した皇国大使館から情報をもらったんだ」
は?
レン以外の三人が同時に首をひねる。その様子を見て、レンが笑う。
夕方。授業の終わりのホームルーム。
ルーカスとガブリエル、そしてレンとメルのクラスは、合計三十人ほどの生徒がいる。
担任の女性教師からいつものとおりの連絡事項。そして、唐突に告げられた転入生の存在。
「こんな時期に異例ではありますが、みなさんに転入生を紹介します」
一気にざわつくクラスメイト達。この学園にこんな時期に突然転入してくるなんて、いったいどんな事情があるというのか。
「授業は明日からですが、寄宿舎には今日からみなさんと一緒ということになります。お入りなさい」
……この子が、レンの言ってた転入生か。皇国からの留学生といってたけど。
興味津々でテンションがあがりまくる生徒達。普段はあまり感情を露わにしないルーカスも、この時ばかりは他の生徒と大差ない。
転入生は、ゆっくりと教室正面に向かう。初見、女の子かと思った。とにかく小さくて華奢な体つきだが、制服は確かに男の子だ。……男の子、だよね?
顔は伏せられてわからない。ショートカットの銀色っぽい髪は、染めたようにみえるけど。……え?
ルーカスは目をこらす。どこかで見たことがあるような気がするのだ。
「彼は、国籍は皇国ですがお母様が王国人という複雑な事情があって、……と、と、とにかく、留学生ですから、学園生活になれるまではいろいろ気を使ってあげてください。……自己紹介、できますね」
なぜかヒクヒクと頬を引きつらせた先生の横、少年(?)が、ゆっくりと顔をあげる
えっ? えっ? えっ?
体つきだけではなく、顔も小さい。すっきりとした目鼻立ち。とても東洋風には見えない。取って付けたような大きなメガネ。その奥、透明な瞳……。
「ウイリアム・俺王だ。ウイルとよんでくれ」
鈴の音のような声。それにまったくそぐわないそっけない口調。憮然とした表情。
ぶーーーー。
それはルーカスとメル。転入生の顔をみた瞬間、ふたりの生徒が同時に噴き出した。
「ウーィル?」「お、おねぇちゃん?」
そしてもうひとり。ルーカスとメルの反応を見届けてから、お腹を抱えて笑い転げる少女。もちろん、レンだ。
「えっ、えっ、おねぇちゃん、その髪は? 制服は? メガネ? いったいなんのつもり?」
「ええええええ? ウーィル? どどどどういうこと? レレレレレンは、知っていたの?」
「はははは、本人に聞けばいいさ」
「そこの三人! 静かにしなさい。黙って!」
先生が声を荒げる。他の生徒達があ然としている。
「で、では、オレオウ君の明日からの席はそこで」
顔全体を引きつらせたまま先生が指をさす。それは、ルーカス殿下の隣の席だ。
な、なるほど。昨日の不自然な席替えで私の隣がむりやり空席になったのは、このためだったのか。学園側も、よほどあわてて準備したとみえる。
転入生のオレオウ君は、無言のまま席に着いた。
「よ、よろしく。ウーィル。すぐ夕食だ。寄宿舎に案内するよ。……私を護るために来てくれたんだね」
「……ウーィルってだれだ? オレは、皇国からの留学生、ウイルだ。メガネだし、髪だって銀色だろ」
あいかわらず憮然としたまま殿下の顔を見ようともしない少女騎士、じゃなくて少年。だが、その横顔からルーカスは目を離すことができない。口元に笑みがこぼれるのをとめられない。
「ふふふ、そういう事にしておこう。……でも、いくらなんでも男の子というのは、小細工が過ぎるんじゃない?」
「オレもよくわからんが、騎士団や学園、最後は陛下までまきこんで必死に考えた設定らしいぞ。オレの正体をできるだけ秘密にしたいのと、24時間殿下の側につけるために、だそうだ」
陛下まで? 絶対おもしろがってるだろ、お父様。だけど……。
「そうか。24時間そばに居てくれるんだ……」
うれしいな。……声に出すつもりのなかった言葉まで声になる。そして、すこしだけ耳があつくなる。わずかに頬が赤くなる。
「……ああ。これからは枕を高くして寝られるようにしてやるぞ、殿下」
あいかわらず正面を向いたままのウーィル。しかし、その頬も少し赤い。
「うん。よろしく」
2021.03.27 表現を何カ所か修正しました
2021.03.21 初出