51.美少女騎士(中身はおっさん)と女性騎士達
公都。中世時代からの伝統を誇る公国騎士団の駐屯地。
魔導騎士ウーィルはシャワーを浴びている。訓練終了後、女性騎士用のシャワー室で汗を流しているのだ。
「うーん、この身体。素早いのはいいけど、やっぱり小さすぎるよなぁ」
ウーィルはふと身体を洗う手を止め、しみじみと自分の腕を見る。
それは、あまりにも細く短く柔らかく、そしてか弱い。我ながら、とても剣を振るう者の腕とは思えない。この姿になる前、魔導騎士ウィルソンのゴツくて固くて傷だらけの腕とは大違いだ。
一応ことわっておくと、オレは決していまのこの身体がイヤというわけではない。そりゃ突然こんな姿になった直後はおおいに混乱したが、前の身体のまま死んでしまうよりは百倍ましだ。さらに、どうせ元に戻れないのだから嘆いても時間の無駄でしかない、というのもある。なにより、この身体の能力、時空の法則を司る守護者とやらの能力は、魔導騎士としておおむね満足のいくものだ。ドラゴンにもヴァンパイアにも負ける気がしない。
しかし、それでも不満がないわけでもない。
「もう少し身体が大きかったら、あのヴァンパイアを逃がすことはなかっただろうになぁ」
この身体、一撃で相手を切り伏せるには最強だ。しかし、対等の素早さをもつ相手に間合いに入られて肉弾戦になってしまうと、どうしても力が足りない。手足が短すぎる。……もっとも、元のウィルソンの身体だったら奴とまともに闘えたとも思えないが。
結局、あのヴァンパイアの正体はいまだに不明らしい。学園には公王家の守護を任務とする騎士達が多数貼り付いているそうだ。だが、騎士とはいえ彼らはあくまで普通の人間だ。ヴァンパイアに対抗できるとは思えない。
「殿下のことが気に掛かる。あの男(?)、ちょっと頼りないところがあるからなぁ。本能的に護ってあげたくなるというか。いっそオレが24時間身近に貼り付いてやりたいものだが……」
とはいえ、学園にヴァンパイアが入り込んでいるという事実そのものが秘匿されている状況で、魔導騎士が出張っていくことは難しいだろう。オレ達、悪い意味で目立つからなぁ。
……いや、でも、しかし、だ。別に、魔導騎士が公王家の人間を護ってやりたいと思うのは、当然のことだ。オレが殿下の側にいてやるくらい許されるのではないか? レイラに頼んでみるか? 殿下の側に居たいと訴えたら、レイラはどんな顔をする? きっと……。
「……ち、ちがう。ちがうぞ。オレが心配なのは殿下のことだけではないぞ。あそこにはメルもいるんだ。親として心配なのは当然だろ?」
実際にレイラ隊長が聴いているわけでもないのに、ウーィルは言い訳を始めてしまった。声に出して言い訳せずにいられなくなったのだ。そんな自分がおかしくて、おもわず苦笑してしまう。
まぁ、学園にはレンさんがいる。あのヴァンパイアもほとぼりが冷めるまで、そうそう無茶はできないだろう。
「ウーィルちゃん先輩! どうしてそんな渋い顔しながらシャワー浴びてるっすか?」
うわ、ビックリした。
隣のシャワーブースから覗き込む顔。ナティップちゃんだ。濡れた髪が貼り付いた顔が色っぽい。
「な、なんでもないよ。……オレ、何か言ってた?」
「えーと、ヴァンパイアがどうとか、……殿下が心配だとか、いつも側に居たいとか、いちゃいちゃしたいとか」
うそだぁ!
ナティップちゃんがにやりと笑う。瞳がキラキラ輝いている。……これはうやむやに誤魔化すのはむずかしそうだなぁ。
「あー、何も聞かなかった事にしてくれると助かるかなぁ。あとでパンケーキ奢ってあげるから」
「わかったっす。……それはそれとして、いつも疑問に思ってることがあるっす。ウーィルちゃん先輩、そのほっそい腕でどうしてあんな長い剣を振り回せるんすか?」
その疑問はオレももっともだと思うのだが、その答えは自分でもよくわからんのだよ。……っていうか、子供じゃないんだから、ひとのシャワーを覗くんじゃありません!
「腕だけじゃないっすよ。腰も足も胸もなにもかも、まるで小学生みたいじゃないっすか」
なんだと! さすがにそれは失礼じゃないのか?
って、こらこらこら! どうしてオレがシャワー浴びてるブースに無理矢理入ってこようとしてるんだ、この娘は。
「まぁまぁそう水くさいこと言わないで。おなじ魔導騎士小隊の女性騎士仲間じゃないっすか。洗いっこしましょう、っす」
うわぁぁ、狭い。狭いぞ。裸のナティップちゃんと密着状態だ。抱きつくな。オレの身体をまさぐるな。身長が違うからプルンとした胸がちょうど目の前にある。触れる。あたる。なんて柔らかい。擦れるぅ。
「えへへ、ウーィルちゃん先輩、ホントお肌すべすべプニプニで幼女みたいっすねぇ。……やっぱり公王太子殿下ってロリコンっすか?」
なななにお言っているんだ、おまえわ。
ナティップちゃんがちょっと腰を落とし、正面からオレと目線を合わせる。興味津々の瞳で問いかける。
「参考のため私だけに教えて欲しいっす。ウーィルちゃん先輩とあの殿下、二人きりでどんなデートするんすか?」
そ、それを聴いていったいなんの参考にするんだ、君は?
「それ、実は私も気になっていた!」「私も」「私もよ!」「私もききたい!」「おしえて!!」
うわぁぁぁ! いつの間にか、同じくシャワーを浴びていたはずの女性騎士が沢山あつまっている。もちろんみな裸のままだ。
公国騎士団。実戦部隊に女性騎士は多くはないが、音楽隊や公王宮守備隊、その他事務方を含めれば、駐屯地内ではたらく女性はそれなりの数になる。
そんな若い娘達がオレを取り囲み、みな聞き耳をたてているのだ。全員全裸で。
「ききき君たちは、いったい何をやっているのかね。女子シャワー室の中とはいえ、若い女性が裸のままうろうろするんじゃありません」
オレはおもわず目をそらす。彼女達の裸体を見ることができない。
女性の身体を見るのが恥ずかしい、……などと、この年齢になって言うつもりはない。そうではなく、彼女達の親の気持ちになってしまうのだ。
たとえば、だ。見た目は女性だが中身がおっさんである人間。要するにオレみたいなのが他にいたとして、そんな野郎がメルと一緒にシャワー浴びるなんてこと、親として許せるか? オレなら絶対に許せねぇもん。
「そんな堅苦しいこといわないで。みんな同じ女性騎士仲間じゃないすか! さぁ、素直に吐くまで逃がさないっすよ? 殿下とはどこまでやっちゃったすか?」
ナティップちゃん(全裸)が、オレの幼女の身体(全裸)をがっしりホールド。その周囲を若い女性騎士達(全員全裸)が取り囲む。
やめてー。だれかだすけてー。
女性騎士達がシャワー室でキャッキャうふふと戯れているちょうど同じ頃、騎士団長室ではその主が苦悩していた。
騎士団のもっとも重要な任務は、公都の治安と公王家を守護することである。時代の移り変わりに伴い正規軍としての役割は公国陸海軍に、一般の犯罪対応は公都警察にその任を譲ったとはいえ、公王家の守護についてはいまだに騎士団の役割だ。永遠に騎士団の任務であるべきだ。公国市民や公王陛下もそう考えている、……はずだ。
だからこそ、公王宮守備隊には騎士団の中でも精鋭が集められ、要人警護のため日頃から厳しい訓練を積んでいる。
……にもかかわらず、事件は起きてしまった。よりにもよって、ルーカス公王太子殿下が襲撃されたのだ。
相手は数百年生きてきた本物のヴァンパイア。殿下の警護ついていた騎士はまったく相手にならなかった。たまたま魔導騎士がその場を通りかかり対処できたのは、運が良かったにすぎない。
もともと護衛の騎士が想定していたのは、不慮の事故やテロリストの手から殿下をお守りすることだった。さらに常日頃から陛下や殿下が大げさな護衛を嫌っていたこともある。しかし、そんなことは理由にならない。ドラゴン襲来のような天災とはわけが違う。明確に殿下を標的とした襲撃が行われ、あわや成功しかけたのだ。これはあきらかに騎士団の失態だ。
そして、犯人の正体はいまだに不明。このままでは襲撃は再び行われるだろう、確実に。騎士団として、そんなことを許すわけにはいかないのだが。
「……場所が悪すぎる」
殿下をお守りするだけならば、なんとかなるだろう。相手がヴァンパイアとわかっているのなら、化け物退治を専門とする魔導騎士を使えばよい。そのヴァンパイアが強大だというのなら、大人数でお守りするのだ。なんなら魔導騎士第一第二小隊すべてを動員してもよい。行儀良く躾けられている公王宮守護隊と異なり無作法な魔導騎士小隊の連中を殿下は嫌がるかもしれないが、そこは非常事態ということで納得して頂く。しかし……。
「名門ハイスクールですものねぇ」
ため息とともにつぶやきが吐かれる。団長とはことなる声。オフィスには、団長以外の騎士団幹部も呼ばれていた。そのひとり、魔導騎士第一小隊小隊長、レイラ・ルイスだ。
件のヴァンパイアは、ルーカス殿下と同じハイスクールの学生に紛れている。公国最古の伝統を誇る全寮制の名門校だ。代々の公王家だけではない。名家の子女や、全国から選抜された優秀な子供達が集まるエリート養成校として知られており、海外からの留学生も少なくない。政財界の要職は卒業生によって占められ、彼らはみな母校に誇りをもっている。ゆえに、伝統と格式が重んじられ、その教育方針には公国政府ですら簡単には手を出せない。
いまのところ、殿下が襲撃された件について、世間には明らかにされてはいない。同級生の中にヴァンパイアが紛れているなどと生徒達に知らせるわけにはいかない。
しかし、殿下の警護にしろヴァンパイアの捜査にしろ、いかに目立たぬように騎士を配置しようとも、校内や寄宿舎で生徒達にけどられぬよう秘密裏に行うのは限界がある。さらに、学校側から騎士団に対して猛烈な圧力もかけられている。さっさと事件を解決し、騎士は校内から出て行けと。
「いっそのこと、正式に講師として魔導騎士を校内に常駐させるのはどうでしょう? もともとカリキュラムには護身術や魔導の実習もあったはずですし」
みずからも同校の卒業生であるルイスが、思いつきを口に出す。
「ふむ。……それでいこう。その程度ならば、学校側も受け入れるだろう。誰が適任だ?」
名門校のお坊ちゃんお嬢ちゃん相手に講師役を果たせるというと、ブルーノか。あそこの卒業生だし、彼の魔力なら単独でヴァンパイアと渡り合えるだろう。あるいはナティップ。護身術の講師として生徒達に人気が出そうだ。少々品がないのが気になるが。
……しかし、相手はひとりとは限らない。操り人形があと何人いるのかわからない。そもそも放課後に寄宿舎で殿下が狙われては、講師ではどうにもならない。
やはり講師では限界がある。でも、生徒の中に入り込めるような騎士なんて……。
はっ!
瞬間、レイラ隊長の頭の中にひとりの少女の顔がうかんだ。おもわず顔をあげると、ちょうど同じタイミングで顔をあげた団長と目があった。
「……いるじゃないか、適任が」
「し、しかし、彼女は魔導騎士ですよ! 講師ならともかく、いくらなんでもハイスクールの生徒にまじるなんて無理がありすぎ……」
「彼女ならば、外見だけならハイスクールの生徒として十分通用すると思えるが」
「た、た、たしかに今のウーィルは外見だけではなく肉体的には高校生でもおかしくない年齢ですが、……って、問題はそこじゃなくて! 彼女はすでにお妃候補として国内外で有名人です。生徒達にだって顔も知られています」
「髪の色を変えるとかメガネをかければわからんだろ」
「あなたアホですか! そんなわけないでしょ! それに、そんな小細工でたとえ生徒達を騙せたとしても、ウーィルと直接対峙したヴァンパイアを騙せるとは思えません」
「かまわん。ヴァンパイア退治も重要だが、今回の件に限ればもっとも重視すべきは殿下の安全だ。ヴァンパイアがウーィルの存在を認識し警戒して殿下に手を出すのをあきらめるのなら、それはそれで良いのではないか?」
「それは、……たしかにそうでしょう。で、で、でも、学校側が認めるとは思えません。なにより陛下がそんなことをお許しになるとは……」
「やってみなければわからん。宮内省へは私から直々に話をつけてみよう。君も一緒に来てくれ」
殿下の安全と騎士団の名誉を護るため、騎士団長が藁をも掴む思いであることは理解できる。しかし、まさか陛下がこんなアホな案をオッケーするはずがない。レイラはそう考えた。だが、彼女はその日のうちに頭を抱えることになる。
レイラの予想に反し、はなしはびっくりするほどトントン拍子で進んでしまったのだ。政府の関係省庁も学園も、結局はルーカス殿下の身の安全のためならばと首を縦に振った。
最終的には、「学園には私から直接話を通しておこう。おっと、ルーカス本人には秘密にしておいてくれよ。学校でウーィルと直接出会った息子がどんな顔をするか楽しみだな。わっはっは」という陛下直々のお言葉で決着がついた。
私がウーィルに命じるの?
「あなたは明日からハイスクールの女子生徒よ。メルと同級生になりなさい」って? 私が?
レイラ隊長の悩みは尽きない。
2021.01.31 初出