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05.美少女騎士(中身はおっさん)の生足キック

「きゃー、学校に遅刻しちゃう。お姉ちゃんがボーッとしているから」


「お、オレのせいなのか?」


 たしかに目覚めた直後から混乱していたオレのせいのような気もするが、オレにとって人生最大ともいえる非常事態だったんだから仕方がない。だが、だったらあんなにゆっくり朝飯を食わなくてもよかったのだが。


「だめよ。お姉ちゃんとジェイボスさん、ドラゴン退治から帰ってきたの朝方なんでしょ。ちゃんと朝ご飯食べなきゃ」


 ……なんてできた娘、じゃなくて妹だ。親として、いや姉として、オレは誇らしいぞ、メル。


「居候のオレまで朝ご飯ごちそうになっちゃって、もうしわけないね。美味しかった。メルちゃん、いいお嫁さんになるよ」


 ジェイボスのアホがへらへらと笑う。


 あんだ、てめぇ。メルに色目使うんじゃねぇよ!


 どかっ


 オレはジェイボスにいっぱつ蹴りをいれてやった。


「ウーィル。おまえ、朝っぱらから幼馴染みを何回蹴るんだよ」


 くそ、まったく平気な顔しやがって。やはりこの身体での蹴りはきかないか。


 ……こら、メルも、ジェイボスにあんなこと言われて赤くなるな!





 高等学校の制服姿、ちょっと大きな荷物を抱えたメルが、スカートを翻しドアから出て行く。ちょこんとベレー帽をのせた金髪が、朝日を反射してキラキラ輝く。


 これから一旦寄宿舎にもどり、そのまま授業にでるという。


「じゃあわたし寮に行くね」


「ああ。身体に気をつけて。悪い男にひっかかるなよ」


「わかってるって! おねえちゃんは心配性だなぁ」


「小遣いは足りてるのか? 女の子は何かと金がかかるだろう?」


 メルの学校は、公国一の超名門校だ。正直なところ一介の騎士でしかない我が家の家計では、学費を賄うのもなかなかつらい。しかし、旧貴族や資産家ばかりの同級生の中で、娘に惨めな思いをさせるわけにはいかん。


「もう、お姉ちゃんは自分のことには無頓着なくせに、いつもいつも私のことばかり気を使って……。私なら大丈夫、奨学金もあるし、それにアルバイト始めたんだ」


「な、なに! アルバイトだと? いったい何をはじめたんだ! まさかいかがわしい仕事ではあるまいな!!」


「あ、もう行かなきゃ。いってきます!」


「ま、まて、メル、こら」


 メルはオレとジェイに向かって手を振りながら、大通りをかけていく。次に家に帰るのは、また一ヶ月先だという。


「いってらっしゃーい、メルちゃん。気をつけてね」


 人の気も知らないで、ジェイボスのアホウが無邪気にメルに向かって手をふっていやがる。


「いつまでもヘラヘラしてんじゃねぇ!」


 オレはまたしてもジェイボスに蹴りを入れてやった。やはりまたしてもまったく効果はないようだが。







 さて。オレとジェイボスも騎士団に出勤せねばならない。戸締まりを済ませ、オレ達はいつも通り歩き始める。


 オレオ家は、公都の中でも比較的富裕層が住む住宅街にある。公国騎士団の駐屯地まではそう遠くはない。よって、普段の通勤は徒歩だ。


 石造りの大通りは、朝っぱらから喧噪につつまれている。馬車や自動車がひしめく隙間を縫うように、通勤のサラリーマン、通学の学生、散歩の老人。多くの市民が行きかう。


 我が公国は、一応は列強の一角ということになっている。公都はその首都であるから、世界的に見ても賑わっている方なのだろう。オレは外国には行ったことないけどな。


 その公都の中心部、通勤途中のオレとジェイボスのふたりは、あきらかに人々の目をひいていた。






 公国騎士団は、数百年前より剣と魔法で公国市民を護ってきた、公王陛下直属の誇り高き戦闘集団だ。


 中世時代が終わり、市民階級を中心として編成されたより近代的な戦闘組織である公国軍の設立、そして自治体警察組織の整備とともにその存在目的は大きく変化したとはいえ、いまだに騎士は公国市民の憧れの的、……であるらしい。メルの話によれば、公国の学生のなりたい職業ナンバーワンなのだそうだ。


 さらに、公国騎士の制服は必要以上に派手だ。公王陛下の権威を内外に示すためらしいが、実用性は二の次で格好良さ優先でデザインしたんじゃないかと思うほどだ。実際、騎士団の中でも実戦部隊ではない公王宮守備隊や儀仗隊、音楽隊などは、公国を訪れる観光客に大ウケだ。


 要するに、騎士はただでさえ目立つのだ。


 獣人オオカミ族であるジェイボスが、その騎士の制服姿でゆうゆうと歩く。いまだに獣人を差別的な視線で見る者も少なくはないが、それはそれとして美しい銀色の体毛にくるまれた見事な筋肉を誇るオオカミ野郎は理屈抜きでかっこいい。騎士ジェイボスが人々の視線をあつめるのはしょうがない。


 昨日までは、……オレがウィルソンだった頃ならば、そのジェイボスの隣をやはり騎士の制服の渋いおっさん(オレのことだ)が歩いていても、むさ苦しくはあってもそれほどの違和感はなかったはずだ。


 だが、いまジェイボスのとなり、いや三歩後ろをちまちま歩いているのは、あきらかに身体に合わない騎士の制服の小さな少女だ。


 騎士のコスプレした幼女であるオレは、市民からどのように見られているのだろう? 


 通りの向こう、街頭売りの新聞を片手にちらちらオレを見ているおっさんがいる。口元を隠しながらコソコソ話し込んでいるおばさん二人組は、オレと視線が合った瞬間わざとらしくうつむいた。あちらの女学生の集団は、オレを指さしながら何やらかしましい。


 気のせいだ、……よな? うん、気のせいにきまってる。あまり考えないようにしよう。






 大通りを歩く二人の騎士、ウーィルとジェイボス。


 ひとりの少年がそのあとをつける。背後から木刀を構える。


 少年は、オレオ家の三軒隣に済む卒業間近の小学生。彼は幼い頃から公国騎士に憧れていた。しかし、公国騎士団への入団試験は狭き門だ。


 公国騎士団入団試験の受験資格は公国市民であること、そして義務教育が修了していることのみ。だが、公国騎士は公国の少年少女の憧れの職業だ。倍率は、公国軍士官学校と同じほどに高い。


 試験科目として学力試験もあるものの、もっとも重視されるのは体力や魔力。剣や魔法が優れている者ほど有利となる。


 少年は、同年代の者にくらべて体格が良かった。学校の健康診断のついでおこなわれる魔力診断にて魔力適性『有』と判定された際には、彼は驚喜したものだ。騎士になるために必要なのは、あとは剣の腕だけだ。


 師匠、俺の剣をみてくれ!


 偶然にも、少年の家の三軒となりに騎士が住んでいた。しかも魔導騎士だ。少年はふたりの弟子になった。もちろん正式な弟子ではない。彼が勝手にふたりを師匠呼ばわりしているだけだ。


 だが、少年が騎士に、中でも魔導騎士に憧れるきっかけとなったのは、オレオ家二人のせいだ。


 物心着いた頃から、彼はさっそうと街をあるく二人の格好良さにいつも痺れていた。彼らの魔物退治やドラゴン退治が新聞記事になるたび、自分の事のように誇らしかった。いつか自分も騎士になりたい、あの制服を着て魔導騎士として魔物から公都を護りたい、そう思い込んでしまった責任をとってもらわねば困る。


 いくぞ、師匠!


 少年は、ウーィルの後ろからそっと近づく。剣をかまえる。





 やれやれまたか。毎朝ご苦労だな。


 ウーィルはもちろん背後の気配に気づいている。


 三軒隣の小僧だ。騎士になりたいとかで、オレとジェイボスを勝手に師匠呼ばわりして、毎朝かかってくる。


 現在の公国騎士なんて見た目は派手だが実態はただの国家公務員。魔導騎士だって、ほんのちょっとの危険手当がつくだけのブラック職場だ。そんなにいいもんじゃないぞ。


 ……とはいっても、青少年の夢を壊すのも無粋だしなぁ。相手をしてやるか。


 やーーー。


 後ろから大声。……今日は突きか。


 速度はまったくもってお話にならない。だが、たしかに少しづつ鋭くなってきている。努力の跡は認められる。義務教育が終わるまであと三年ちょっと、鍛え方によってはもしかしたらものになるかもしれないなぁ。


 そのうち、本気でおしえてやってもいいかな。


 ……なんて思いながら、ウーィルはまったく背後を見ないままわずかに身体を捻って避ける。


 すかっ。


 空振りして少年の体勢が崩れる。ウーィルはそのまま身体を半回転。蹴りを放って迎え撃つ。


 ピタリ。


 少年の目に蹴りはまったく見えなかった。気づいたら、眼前、鼻先からほんの数センチ先に、ウーィルのブーツが静止していたのだ。


 振り向きざま、俺の突きを完全に見切った上で蹴りをいれ、眼前でとめたのか!


 これが顔面に命中していたら……。少年の額に一筋の汗が流れる。




「今日の突きはなかなかよかったよ。剣に魔力を乗せることができるようになれば、魔物に通用するかもな」


 蹴りの姿勢で静止したまま、ウーィルはにこりと微笑んだ。


 ウーィルとしては、ご近所の小僧を喜ばせようと言ったつもりだった。だが当人は聞いていないようだ。


 少年はなぜかウーィルから眼をそらしている。顔が赤くなっている。


 なんだよ?


 そして、気付いた。オレは高く脚を上げ、蹴りの姿勢のまま停止している。


 ガキの顔面の前にはブーツ。その先にオレの脚。ふくらはぎ、ふともも、さらに奥。スカートがちょっとめくれて……。


 しまった! 小僧の目から、なにもかも丸見えじゃねぇか。


 とっさに脚を降ろす。スカートを抑える。


「ばばばばばかぁ。見るな。アホ!」





 俺はいつもどおり、三軒隣の師匠に斬りかかった。


 自分ではそれなりに良い突きだったと思うが、やっぱりいつもどおり軽くいなされた。


 まぁ仕方が無い。なにもかもいつもどおりだ。例によって頭のひとつもなでられて、それで終わりのはずだった。なのに……。


 あれ?


 蹴りで迎え撃たれたのも、今日がはじめてじゃないはずだ。何度も何度もあったはずだ。


 どどどどうして、今日にかぎって、師匠のスカートが、そ、その奥が、こんなに気になるんだ? あれ? 昨日まではこんなことなかった、よな?


「ウーィル、だから言ったろ。そんなに脚あげて蹴るなって。お子様を刺激するなよ」


「う、う、うるさい、ジェイボス。今のは不可抗力だ」


 スカートを押さえ座り込んでしまった師匠。顔を真っ赤にしてちょっと涙目の師匠。ちょっと鼻にかかった鈴の音を転がすような声。触れるだけで壊れてしまいそうな華奢な身体。風になびく黒髪。ガラスのように白いふともも。


 俺は師匠の顔を見られない。


「お、俺、絶対に騎士になるから! それまで待っててくれ、師匠!!」


 突然、少年は背を向けて走り去っていってしまった。


 ……何を待っていればいいんだろうなぁ。


 残されたウーィルは、頭をひねるばかりだ。

 


 

 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 

2020.01.01 初出 

2020.02.02 いただいた誤字報告を修正するついでに、しょうしょう追加しました

2020.05.09 思うところあって弟子の少年のエピソードを追加しました


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