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49.美少女騎士(中身はおっさん)と殿下(ちょっとお疲れ気味) その02


 眩しいほどの満月。


 それをバックに、ルーカス殿下の眼前には妖しく微笑む仮面の少女。


 仮面越しにもわかる真っ赤な瞳。白い肌。赤い唇。そして、二本の牙。


「殿下、心配しないで。同級生のよしみで殺しはしない。あなたには私たちの仲間になってもらうわ」





 殿下は動けない


 彼は、ヴァンパイアに出会うのははじめてではない。命を狙われたこともある。


 しかし、あのとき襲ってきたのは本物のヴァンパイアではなかった。自分の意識をなくした操り人形でしかなかった。しかも、殿下は一人ではなかった。隣に、どんな時でも絶対に信頼できる魔導騎士がいた。だから、まったく恐怖を感じなかった。


 だが、いま目の前にいるヴァンパイアは操り人形ではない。確固たる自分の意思をもって彼を標的としている。本物のヴァンパイアだ。しかも、護ってくれるウーィルはいない。遮るものはなにもない。


「いいわねぇ、殿下。おびえた表情がたまらないわ。反抗したって無駄よ。この世界の支配者が誰なのか、あなたもすぐに理解できるようになるわ」


「わ、わたしを、操り人形にしようというの?」


「操り人形と言っても、いろいろなレベルがあるのよ。殿下はもっとも軽い洗脳で勘弁してあげる。身体的にはまったく人間のまま。普段は自分でも人形になった事に気づかないまま、ここぞというときだけ無意識に私の指示にしたがうのよ」


「わ、わ、わ、わたしにはいつも側に騎士がいる。宮廷魔道士だって。た、たとえ私が人形にされても、すぐに誰かが気付いて、自由に操ることはでき……」


 ヴァンパイアは人差し指をのばし、殿下の唇においた。


「心配無用よぉ、殿下。同級生だったあの子達がずっと昔から操り人形だったことに、まったく気付かなかったでしょ? あなたも同じ。周囲の誰も、あなた自身も気付きはしないわ」


 あの子達? 車の前に飛び出して止めた少女のことか!


「なんてことを……」


「ふふふ。覚悟はいい?」


 ヴァンパイア少女が微笑む。顔が近づく。殿下の首筋にむかって。


 に、逃げなきゃ


 しかし、身体が動かない。赤い瞳から目をそらすことができない。


 ああ。私はこの吸血鬼の操り人形にされちゃうんだ。こんな訳のわからない世界に転生させられて、今度は人間じゃなくなっちゃうんだ。


 ……いやだ。たすけて! 誰か! 誰か! レン! ……ウーィル!!


 絶体絶命のピンチ。脳裏に浮かぶのは、やはりあの少女。


 そうだ。私の騎士、ウーィル! たすけて、ウーィル!! ウーィル!!!


 殿下が叫ぶ。必死に叫ぶ。


 しかし、声はでない。かまわずに少女が口を開ける。牙が首筋に触れる。全身が硬直したまま、涙だけがハラハラとこぼれ落ちる……。






「そこのヴァンパイアちゃん。……君は運が悪いねぇ」


 なに!


 ヴァンパイアの動きがとまる。振り向いて目を見開く。


 彼女の視線の先、同じ制服の少女が立っていた。満月の下、腰まである真っ白な髪がなびく。


「わざわざこんなところで殿下を待ち伏せたのは、万が一にも学園内にヴァンパイアが潜んでいたことを露見させないためだろうけど……。まさかここで門限破りの常習者であるボクと鉢合わせてしまうとは、君は本当に運が悪いとしか言いようがない」


 にゃあ。


 白髪の少女の肩の上、小さな白ネコがなく。


「なんだとぉ。……貴様、もうひとりの転生者か!!」


「……へぇ。転生者と知った上で、君は殿下を襲ったんだね。君は転生者でもその守護者でもないようだけど、いったい何が目的なんだい?」


 ヴァンパイアに対して、まったくおそれず普通に近づく白髪の少女と白いネコ。


「それだ。その態度がむかつくんだよ。おまえら別の世界から来たよそ者のくせに、自分達だけがこの世界の命運を握ってるかのような、そのでかい態度が!」


 ヴァンパイア少女の身体から怒気が噴き出す。膨大な魔力が爆発し、周囲の空間が覆われる。それは確かにこの世界の夜の支配者の力を具現化したものだった。


「なるほどね。たしかにその怒りは正当かもしれない。……でも、それを殿下やボクにぶつけられてもどうしようもないんだ。ボクらだって望んでこんな立場におかれたわけじゃない。ましてや、だまって君に血を吸われてやる義理などない」


 にゃいん。


 数メートルの間合いでレンが歩を止める。二人の少女が睨み合う。


「……白の『転生者』。そのネコが今代の『運の法則を司る守護者』だな。校内であえて見逃してやっていた恩も忘れて、私と敵対するつもりか?」


「似たような事をドラゴンとその主にも言われたことがあるよ。あいにくボクは恩知らずなんでね。……同級生だというのなら、仮面をとってくれないか?」


「力尽くでとってみろ。……知ってるぞ。代々の『運の守護者』の能力は、主である転生者の安全にかかわる事象にしか作用しない。つまり、私が殿下をどうしようと、おまえにさえ手を出さなければ、おまえは黙って見ていることしかできない!」


 ヴァンパイアが再び殿下の首に両手を掛ける。


「レ、レン……」


 硬直した身体のまま、殿下が喉の奥から悲鳴を絞り出す。


「……さすがこの世界の夜の支配者、絶対不死を誇るヴァンパイアだね。なんでも知ってるようだ。でも、ひとつ忘れていることがあるよ。殿下は『黒の転生者』。その側にはいつだって彼がいるのさ。『時空の法則を司る守護者』がね」


 な、に?


 ヴァンパイアの目の前。車体越しに黒い裂け目が空間を走った。


 光速にも迫る速度の黒いカマイタチ。それに反応し咄嗟に身体を引いた反射神経は、たしかに人間離れした物だった。


 くっ!


 だが、まにあわない。ヴァンパイアは、自分が斬られた瞬間を見た。殿下の首に回していた両腕の肘から先が飛んだのだ。数瞬後、真っ赤な鮮血が噴き出す。






 後部座席に座っていたはずの殿下は、いつの間にか空を飛んでいる自分に気付いた。見下ろせば、乗っていた車が縦に真っ二つに両断されている。


 一回転して着地。それなりの高度から落下したのに、まったく衝撃を感じない。そして改めて気付く。自分はいま、誰かに抱き上げられている。いわゆるお姫様抱っこ。見上げればすぐ目の前に顔。見知った少女。


 ウーィル!


「殿下、お怪我は?」


 やさしい笑顔。騎士は、すぐに視線をヴァンパイアに戻す。目を合わせてくれたのは一瞬だけ。だが、ルーカスにはそれだけで十分だ。


「へ、平気、です。ウーィル、ありがとう!」


 本能的に少女の首に両手を回す。ちからいっぱい抱きしめる。


 やっぱり来てくれた! ウーィル! ウーィル!! ウーィル!!!


「ちょ、ちょっと、殿下。動きにくいので、そんなに力を……」


「おやおやルーカス殿下。今の君はいちおう男の子なんだから、ウーィルみたいな可愛らしい女の子にいつまでもお姫様抱っこされたまま抱きついて甘えるのは、ちょっと恥ずかしいと思うよ、ねぇ?」


 にゃーん。


 いつの間にかレンと白ネコがすぐそばにいた。無我夢中でウーィルに抱きついていた殿下の耳に、ため息交じりの呆れ声が聞こえた。


 えっ? わたし、いつの間に抱きついて……?


「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ウーィル。助けに来てくれて、あんまり嬉しくて……」


 フワリと地面に降ろされた少年は、顔を真っ赤にしながら自分よりも背の低い少女に頭を下げる。


「ははは、かまわないですよ、殿下。こちらこそ遅くなってもうしわけない」


 少女の方はといえば、まんざらでもない様子で頭をかいている。


 そんな初々しいカップルの様子を見せつけられたヴァンパイアが、キレた。既に腕はすっかり再生している。


「おまえら! 転生者ども! このヴァンパイアを無視するな! イチャイチャするな!!」


 激怒のあまり、髪が逆立っている。






 しかし……。


「……ボクも同感だね。ふたりはイチャイチャしすぎだと思うよ、姉さん。見てる方がはずがしくなってくるくらいだ。ウーィルをここに連れてきたのはボクなんだから、まずはボクらにも一言くらい感謝の言葉があってもいいんじゃないかい?」


 にゃいにゃい?


「み、みき! ……じゃなくてレン! ネコちゃんも。わ、わ、わ、わたしはイチャイチャなんてしていません!! それよりも、レンとウーィルこそ二人でいったい何をしていたの? こんな夜中に!!」


 レンとウーィル二人の顔を交互にみつめ、問い詰める殿下


「はぁ……。姉さん、ボクとウーィルは女同士だ。そんな細かいことを気にしてるようじゃ、ウーィルに面倒くさい女……じゃなくて男だと思われてしまうかもしれないよ」


 にゃにゃん。


 頷くように白ネコもなく。


「え? うそ! ……わ、わ、わ、わたしって、面倒くさい?」


 あわててウーィルに向き直る殿下。


「うーーん、ちょっと……」


 がーーーん。


 へなへなと、殿下はその場に座り込んでしまった。あわてて取り繕うウーィル。それを見てニヤニヤしているレン。にゃーん。そして……。


「うがーーーーーー! 貴様ら、ヴァンパイアであるこの私をどこまで馬鹿にすれば気が済むんだ! 三人と一匹まとめて死にさらせぇ!!」





 怒髪が天をついたヴァンパイア少女が両腕をあげた。それにあわせて地面から赤いしぶきが湧き上がる。空中で渦を巻く。


 なんだ? ……血?


 それは血液。ウーィルに腕を両断された時に噴き出し地面をそめた膨大な血液が、まるで生命を宿したかのように空中に吹き上がったのだ。


 真っ赤な血しぶきは渦を巻き、それぞれ数十メートルもの何条もの鞭のように虚空をうねる。そして、少女を中心に伸びる。四方八方から殿下達を狙う。


「さすがに挑発しすぎたようだね。騎士ウーィル、あのヴァンパイアはやっぱり本物かい?」


 やれやれという体で、レンが尋ねる。


「ああ、そうだな。……あれは本物だ。おそらく吸血鬼になって数百年、公国の歴史を紐解いても一二を争う最強の化け物だろう」


「えっ? じゃ、じゃぁ」


「安心してください、殿下。オレは魔導騎士だ。ヴァンパイア相手に少なくとも負ける事はない」


 ほざけぇ!!!


 何本もの血液の鞭が同時に弾ける。そして飛ぶ。無数の真っ赤な弾丸がウーィルに迫る。





 

 

2020.09.13 初出

 


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[良い点] 颯爽と駆けつけるウーィル格好いい!
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