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38.美少女騎士(中身はおっさん)と殿下


 公王宮の正門玄関前。少年が落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返す。


 細身の身体、ちょっと長めの黒髪に大きなメガネ、目鼻立ちがすっきりとした美少年。もっとも目を引くのは長い耳。ハーフエルフだ。


 彼の名はルーカス・アトランティーカ。ハイスクールの一年生で十五歳。現公王の一人息子であり、公国の公王太子殿下だ。





「ま、まだかな。予定より遅れているようだけど」


 ルーカス殿下は正門の方向をちらちらと眺めながらつぶやく。


「……殿下。すこし落ち着きなされ」


 そわそわ落ち着かない少年に声をかけたのは、いかにも魔法使いというローブを着用した老人。魔導騎士バルバリー。最年長の公国騎士にして、かつて宮廷魔道士だった時代から公王家と親しい仲だ。彼は、ルーカスが幼い頃から個人的な家庭教師もやっている。


「バルバリーさん。騎士ウーィル・オレオはちゃんと出発したのかな? 緊急の仕事が急にとびこんできたりとか……」


「ふぉっふぉっふぉ。それは心配無用じゃ。儂はウーィルが駐屯地を出発したことをしっかり見届けてからここに来たからの。ちょうど帰宅ラッシュの時間じゃから、しょうしょう時間がかかるのはしかたあるまいて」


 バルバリーは、ウーィルが駐屯地を出たことを確認した後、公王宮まで歩いてきたのだ。公都は人口の集中と自動車台数の増加が著しく、恒常的な道路の渋滞が大きな問題となっている。特に中心部、そしてこの時間帯は、どこへ行くのでも歩いた方が速い。


「バ、バルバリーさん? 騎士ウーィル・オレオは、どんなご様子でした? 私が招待したのを迷惑がっていたりとか、してませんでした?」


 ルーカスが、バルバリーに尋ねる。


 上目遣い。見つめるのはどこまでも透明で澄んだ瞳。長いまつげ。その表情は、ひ孫までいるバルバリーをして、ドキッとさせるほど色っぽかった。


「……出発ぎりぎりまで同僚の女性騎士といっしょに着ていく服を選んでおったが、はしゃぎながら楽しそうな様子じゃったな」


 ウソは言っていない。


 それを聞いたルーカスは、ほんのちょっとだけ意外そうな表情をみせた。バルバリーには、それが意外だった。


「そ、そうか。それは、……楽しみだな」







 ルーカスが公国魔導騎士ウーィルを公王宮に招待したのは、港の埠頭で青ドラゴンから救って貰ったお礼をしたいから、ということになっている。それはルーカスの本心だ。


 しかし、それはウーィルを呼び出す口実でもあった、ルーカスは、礼の他にウーィルにどうしても話さねばならないことがある。


 だが、彼は基本的に人付き合いが苦手だ。学校にしろ公務にしろ、必要ない会話はほとんどしない。


 決して他人との会話がきらいなわけではない。ただ、会話の中で何を話せば相手が喜んでくれるのか、とっさに思いつかないのだ。ただの世間話ですら、彼はどうしてもうまく会話を続けることができない。


 ウーィルを呼び出したからといって、いったいどうやって話を切り出せばいいのか、いまだに彼は悩んでいた。それを考えると、どうしても落ち着かない。


 来た!


 正門の方が騒がしい。ルーカスは顔をあげる。


 しっかりしろ! わたしはこの国の殿下だ。今日、彼女にすべてを話すと決めただろう!!


 ルーカスは背筋を伸ばす。彼女の前で、格好悪い姿をさらしたくはない。


 ……しかし、そんなルーカス殿下の決意がくじけるまで、ほんの数秒しかかからなかった。






 ルーカスがいる公王宮正面玄関から正門まで数十メートル。大通りからちかづくひずめの音。


 ……ひづめ? どうして蹄? そして今きこえたのは、馬のいななき?


 えっ?


 あ然。正門の方向を見て、ルーカスは言葉を失う。


 ど、どうして、馬車が? 宮内省の人は、目立たないよう普通の自動車で迎えをだすと言っていたはず。


「バ、バルバリーさん? これはいったい」


「ひゃっひゃっひゃ。……陛下がどうしてもと、きかんでのう。ルーカス殿下がご婦人をご招待するのなら、ご自分の結婚式に使ったあの馬車を使えと、いつものように駄々をこねたのじゃよ」


 お、お父様ぁ!


 父の、公王陛下のいたずらっ子のような表情が目に浮かぶ。


 正門前、馬車のあとには多くの市民がぞろぞろ付いてきている。そりゃそうだ。あんな豪華な馬車と護衛の騎馬がいきなり渋滞中の大通りに現れれば、いやでも注目をあつめるに決まっている。


 そしてマスコミも。正門よりこちらへは入ってこられないが、それでも皆がカメラをこちらに向けている。写真を取りまくっている。フラッシュのあらし。


「これじゃあ見世物じゃないか! あああ、騎士ウーィルは絶対にあきれている。迷惑がっているにちがいないよ。バルバリーさん、どうしよう!」


「うひょひょひょひょ。……どうしようと言われてものぉ。まぁ、ウーィルは少々のことには動じない胆力があるというか、神経が図太いというか、繊細な殿下とは正反対な人間じゃからのぉ。彼女はこの程度のことは気にしないと思うぞい」





 玄関前に馬車がとまる。しかし、ルーカスは顔をあげることができない。


 ああ、こんな目立つ馬車に乗せてしまって、騎士ウーィルになんておわびすればいいのか。


 馬車のドアが開く。おそるおそる顔をあげる。次の瞬間、ルーカスを二度目の衝撃がおそった。


 馬車から現れたのは、ウーィルではなかった。それは、青ドラゴンから救われたあの日以来、何度も夢に見た少女騎士の姿ではない。どうみても、……おっさんだ。それも身近な、よく知るおっさん。


「お父様!」


 あまりの驚愕。ルーカスの叫び声が裏返ったのも無理はない。


 どどどどうしてお父様が、騎士ウーィルの馬車に。


「どうしてって、……騎士ウーィルを向かえに行っただけだ。息子よ」


「だ、だから、どうして、お父様が?」


「はっはっは。騎士ウーィルと話をしてみたかったのだ。私の立場上、こうでもしないとなかなか難しいからな」


 思惑通りおどろいている息子の顔をみて、心の中でガッツポーズをする公王。

 

「そ、そ、そ、そりゃあ、そうでしょうけど、けど、よりによって、今じゃなくたって……」


 あああ、なんてことだ。お父様のことだ。騎士ウーィルに対して、余計なこと有ること無いこと面白おかしくおしゃべりしたに違いない。穴があったら入りたいとはこのことだ。私はどんな顔をして騎士ウーィルに会えばいいんだ?


 






 ルーカス殿下にとって三度目の衝撃は、その直後に来た。それは本日最大の衝撃だった。


 お茶目な父親の次に馬車の扉をくぐった小柄な影。


 ウーィル・オレオ!


 赤い夕日が世界を染める時間帯。暗い馬車の中からのぞく影。小さくて、細くて、華奢で、やさしげなシルエット。


 ステップの上。ルーカスが見上げる先に、その少女はいた。


 セ、セ、セ、セ、セーラー服?


 夕焼けにほんのり赤く染まった空気の中、眩しいくらい映える純白のセーラー服。鮮やかな赤いスカーフ。短いスカートからのぞく透明な細い脚。


 風に舞う黒いショートカット。漆黒の瞳。背中に身長と同じくらいの剣を背負った少女。


 天使……。


 ルーカスは声が出せない。身体が動かない。あまり見つめては失礼だとわかってはいても、少女から視線をそらすことができない。


「ん? どうしたルーカス。……ははぁ、騎士ウーィルがあまりに可愛らしくて、みとれているのか?」


 なっ! ば、ば、ば、ばかなことを……。


 しかし、ルーカスは否定できない。その通りだったからだ。目の前の少女があまりに可愛らしくて、この世のものとはおもえなくて。





「ほら、息子よ。いつまで見惚れている。おまえが騎士ウーィルをご招待したのだろう。手をとってあげなさい」


 少年は我に返る。あわてて手を差し出す。


「よ、ようこそ、ウーィル・オレオ、……さん」


 今日は騎士としてウーィルを呼んだわけではない。あくまでも私的な、個人的にお話しする機会のためのご招待だ。だから、精一杯親しみを込めたつもりで名前を呼んだ。


 なのに、……またしても声が裏返ってしまった。最初の挨拶は何度も何度も頭の中でシミュレーションしていたのに、どうしてこんな情けないことに……。


 握った手は、ビックリするほど小さかった。そして、あたたかった。


 ウーィルは、かろやかなステップで馬車を降りる。まるで羽のように着地する。


「ルーカス殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」


 天使のような微笑み。ちょっと鼻にかかったソプラノボイスが耳に心地良い。


 ウーィルとしては、特にネコをかぶったつもりはない。青少年の前でわざわざおっさんの地をだす必要もないと、ただ形式的なあいさつをしただけだ。


「ウーィル・オレオさん。その、……父が、驚かせてしまって、申し訳ない」


 だが、帰ってきた返事は、その姿から想像されるものとは少々異なる口調だった。


「いえいえ。確かにちょっと驚きましたが……。噂では聞いていましたが、陛下がこんなに楽しいかただとはおどろきました。しかし、おかげで実に有意義な楽しい時間を過ごせましたよ」


 苦笑いしながら答えるウーィル。まるで仲の良いおっさんの友達同士のような口ぶり。さきほどの天使の様な姿との落差。それがルーカスにはショックだった。


「お、お父様! いつの間にウーィルと仲良くなったのですか? 一体なにをお話したのですか?」


「なに、ただの家族自慢合戦だよ。騎士ウーィルには、おまえの良いところをたっぷり教えておいてやったぞ。得意な科目から献立の好き嫌いから七歳までおねしょしていたところまで、な」


 あああああ。な、なんてことを。


 ルーカスは頭を抱える。


 私は一体どんな顔をしてウーィルと話せばいいんだ?





 結局、食事中ルーカスはほとんどウーィルと会話できなかった。


 食後のお茶の時間、ルーカスは一生分の勇気を振りしぼる。だが、なんとか会話を切り出したその瞬間、部屋に乱入してきた者がいた。公王陛下とバルバリーさんだ。


 おっさんと老人としては、さっぱり会話がつづかない若い二人を盛り上げようと気を使ったらしいが、ルーカスとしては迷惑極まりない話だ。


 そして夜。魔導騎士といえど、一応ウーィルは未成年だ。そろそろ公王宮を出なければ、いろいろと噂も立つだろう。意を決したルーカスが、ついに声をかけた。


「……ウーィル・オレオさん」


 やっぱり声が裏返る。そのうえ必死の形相。さすがのウーィルも、その迫力にちょっと引くくらいの。


「は、はい。なんでしょう、か? 殿下」


「ほ、ほんのちょっとだけお時間をいただけますか? 二人だけになれる場所で」


「あ、ああ。かまわない、……ですよ。なんのお話しですか?」


「大事な、本当に大事なお話なんです。私達二人の過去と、この世界の未来についての……」



 

 

なかなかお話しが進展しませんが、次話にはちょっと進むはずです。


2020.04.29 初出



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