37.美少女騎士(中身はおっさん)と親バカ陛下(こちらもおっさん)
駐屯地の正門前、目の前に停まった馬車を見上げながら、ウーィルはあ然としている。
ウーィルだけではない。公王宮へと出かける彼女を冷やかし半分で見送りに出ていた魔導騎士たちは、全員は口をあけ、ポカンとしている。
「こ、これがウーィルちゃん先輩のお迎えっすか? ずいぶんと豪華な馬車っすね」
ナティップちゃんが見つめる視線の先にあるのは、四頭の馬にひかれた豪華な馬車。
漆黒の塗装、上品で控えめな金色の装飾、そして優美な曲線で構成された車体。大きな窓。ドアには公王家の紋章。
「この馬車見たことあるわ。たしか現陛下と妃殿下の結婚式のパレードで……」
あああ、そういえば。たしかに結婚式のパレードにつかっていた馬車だな。
……って、なんでそんな馬車がオレを迎えに来るんだよ! 事前の宮内省から連絡では、目立たないよう普通の車をよこすって言ってたぞ。そもそも今日はただのお食事会だろ。なんでこうなった?
正門前にいるのは魔導騎士と馬車だけではない。ここは公都の中心部だ。ビジネス街の真ん中だ。好奇心旺盛な市民達が、いったい何事かとおおぜい集まってきたぞ。ああ、カメラをかまえた新聞記者達も。
あ然とする魔導騎士の集団をみて、馬車の御者のおじさんは苦笑いしている。馬車を先導する護衛の騎馬がオレ達に近づき、声をかけてきた。
「驚かれたでしょう。騎士ウーィルをお迎えするのならどうしてもこの馬車がいいと、陛下が突然いいだして……」
馬の上から困惑した顔で語るこの騎馬騎士、駐屯地でたまに見かける男だ。オレ達と同じ公国騎士。公王宮守備隊に所属する騎士だ。
って、陛下ぁ?
オレをご招待したのはルーカス殿下だ。陛下とお会いする予定はない、……はずだよな?
「ご存じの通り、陛下は少々茶目っ気がありすぎる上に、一度言い出したら聞かない方ですので……」
騎馬騎士が、ため息をつきながらつぶやく。
はぁ?
馬車のドアが開く。執事のような侍従のような地味な格好のおっさんが降りてきた。
「君が騎士ウーィル・オレオだね。……お待たせてもうしわけない。どうぞ」
オレの手をとり、馬車に乗るよう促す。
ん? このおっさん、見たことある、……よな? オレだって公王宮には何度か行ったことがある。公王家の身近に仕える人間ならば、見覚えがあって当然なのだが。
「へ、へ、へ、へ、陛下ぁ?」
おっさんを指さし素っ頓狂な声をあげたのは、魔導騎士小隊隊長だ。
はぁぁぁ? 何言ってるんだレイラ。こんなところに陛下がいるはずが……。
改めて男の顔を見る。ラフな黒髪。精悍な男らしい顔立ち。
……うわぁ! このおっさん、たしかに公王陛下だわ。
あまりの事に声を上げそうになるオレ。おっさんは、茶目っ気たっぷりの表情で口の前に指を立てる。
「騎士ウーィル。早く馬車へ。マスコミが騒ぎ出すとやっかいだ」
いやいやいや、マスコミや市民が騒ぎ出したら、それはあんたのせいだと思うぞ。
さすが公王家御用達の馬車。外見だけではなく中身も豪華。
足元はふかふかの絨毯。シートもふかふかで、サスペンションもふかふか。乗り心地抜群で馬車の中ということを忘れてしまいだ。ついでに、この見晴らしのよい窓は、防弾仕様なのだろう。
だが、おそらく一生に一度しかないであろうこんな体験も、それを堪能する余裕は今のオレにはない。
それもすべて、オレの正面に座るおっさんのせいだ。
アンデルソン・アトランティーカ公王陛下。わが公国の国家元首であり、ついでに名目上とはいえオレ達公国騎士の主君。たしか年齢は三十五歳。もとのオレ、おっさんだったオレと同い年だ。
そのおっさんが、オレをみている。公国国民の生命と財産に責任を持つ男、そのいかにも一国の元首らしいしかめ面。決して広くはない空間の中、至近距離から黙ってオレの全身を見つめている。
性的でイヤらしい視線というわけではない。嫌悪感は感じない。だが、オレの中身をすべて見透かすような視線。もっと端的に言えば、まるで品定めするかのような視線。これをこの至近距離から浴びせられて、緊張しないわけがない。
「あ、あのぅ、陛下……」
重い空気と沈黙に耐えきれず先に口を開いたのは、ウーィルだ。
「あ、ああ。すまない。驚かせてしまったね、騎士ウーィル・オレオ。……ウーィルとよんでいいかね?」
しかめ面が崩れる。一気に人懐こい笑顔になる。
は、はぁ。かまいません、が……。
「ではウーィル、私の事はお義父さんとよんでくれたまえ」
はぁぁぁ? いきなり何いいだすんだ、この人は?
「はっはっは、冗談だよ。冗談。今のところはね。緊張しているようだから、場を和ませようとおもっただけさ」
誰のせいで緊張していると思ってるんだろうねぇ、このおっさんは?
……まぁ確かに、ちょっとだけだが緊張はとけた。ていうか、こんなおっさんの前で緊張しているのがバカらしくなった。
騎士団駐屯地から公王宮まで、ゆっくり歩いてせいぜい三十分。護衛を引き連れた馬車でも同じくらいか。ちょうど帰宅ラッシュで大通りも渋滞必至の時間だから、もう少しかかるかな。なんにしろ、それほど長い時間ではない。
いかに陛下が茶目っ気たっぷりの人間だといっても、オレを驚かせる目的のためだけに、こんな馬車を用意したわけではあるまい。そろそろ本題に入るのだろう。
「驚かせてすまないね、ウーィル。こうでもしないと、二人きりで話す機会がつくれないと思ってね」
あんた、騎士であるオレの主君なんだから、用があるならいつでも呼び出せばいいんじゃないか?
オレは頭の中でそう思い、多少丁寧な言葉に変換したうえで口に出した。
「息子に内緒で、息子よりも早く君と会い、息子を驚かせたかったんだよ」
息子っていうと、ルーカス殿下か。そういえば陛下は子煩悩でも知られている。ルーカス殿下をネコかわいがりしていることは、国民皆が知るところだ。
「ルーカスは、あまり人付き合いが得意なほうではない。その息子がここ数日、妙にソワソワしていてね。聞けば、命を救ってくれた騎士を自宅に招待するというじゃないか。しかもそれは妙齢の女性騎士だという。親としては、そのお相手に会いたくなるのは当然だろう? なぁ、ウーィル」
あー、オレも年頃の娘がいる身だからな。わからなくもないが……。でも、今回はきっと考えすぎだと思うぞ。
「公王宮の前、ウーィルが私といっしょに馬車から降りてきたら、ルーカスの奴はおどろくだろうなぁ。楽しみだ」
茶目っ気たっぷりの笑顔のおっさん。
たしかに、自分が食事に呼んだはずの騎士がこんな馬車で、しかも陛下と一緒に現れたら、そりゃルーカス殿下も驚くだろう。でも、いくら可愛い我が子だからといって、年頃の子をあまりいじると嫌われても知らないぞ。
「おっとその前に、私にはやらねばならぬ事があった。……騎士ウーィル。まずは礼を言わせて欲しい。先日はルーカスを守ってくれてありがとう」
狭い馬車の中、わざわざ立ち上がって礼をいう陛下。
「あ、頭をあげてください。殿下をお守りするのは騎士の仕事ですから……」
「もしあの場でルーカスの身に何かあったらと思うと、今でもこの身体が震えるよ。君のおかげで公国は救われたといっても過言ではないくらいだ」
そんなおおげさな、……とは言えないな。この国の公王太子殿下だもんな。
「ウーィル。君はルーカスのことをどう思う?」
陛下の問いは唐突だった。
どう思うって……。可愛らしいお顔しているし、異世界から転生してきたとしか思えないほど科学知識があるそうだし、公国の誇りという言う人もいるな。
「ほぉ。そうだ。そのとおりだ。君は若いのに男を見る目があるね。君の言うとおり、ルーカスは私の誇りなんだ。やさしくて繊細で頭が良くて未来のことを何でも知っていて何よりも亡き妻に生き写しの息子が、私は可愛くて可愛くて……」
立憲君主制である我が公国の国家元首である、アンデルソン公王陛下。小さな島国である公国の独立と権益を守るためなら、強大な列強相手に一歩も引かないその強引ともいえる外交手腕により知られている。その豪腕公王と、息子の事を誉められて相好を崩してニコニコしている目の前のおっさんが、同じ人物とはとても思えない。
このおっさんが国民から大きく支持されているのは、そのあたりに理由があるのだろう。政治には疎いオレも、騎士として、一公国市民として、このおっさんの事は基本的に信頼しているといっていい。愛着もある。
だからこそ、だ。同じ年頃の子を持った親どうしとして、対抗したくなるのだ。ちょっと意地悪も言いたくなるのだ。
たしかにルーカス殿下が優秀で可愛らしいのは否定しないよ。しないが、うちのメルの方が百倍は可愛いいもんね!
オレは心の中だけで対抗したつもりだった。大人だからな。だが、一部は口からもれてしまったらしい。
「メル? ああ、君の妹さんか。息子の同級生だったね。うん、確かに可愛らしい娘さんだ。しかし、うちのルーカスよりも可愛らしいとは、聞き捨てならんな。しかも百倍だと!」
お、聞こえてしまったか。
「残念ながらメル嬢は、学校の成績ではルーカスに及ばないようだね。うちのルーカスは、あの年齢にして国際的な数学や物理学の論文をいくつも書き上げているんだよ。学者達からは、まるで科学の進んだ異世界から転生してきたようだとさえ言われている。どうだい、凄いだろう!」
狭い馬車の中、オレににじり寄り眼前でいかに自分の息子が凄いのかを早口でまくし立てる男。茶目っ気があるというか、ただの度を超した親馬鹿なんじゃないか、このおっさん。我が子自慢でオレに挑んでくる身の程知らずのおっさんには、一度敗北を知らしめる必要があるな。
う、う、うちのメルなんてなぁ、母親が死んでからあの年齢で家事全般を完璧にこなしているんだぞ。頭でっかちなだけの誰かさんとは違う! 人間として立派なのはどっちかな?
「くっ! た、たしかに、ルーカスは家事などできないが。し、しかし、彼の頭脳は今や公国にとってかけがえないものだ。これは国家機密だが、帝国政府の暗号をすべて解読できる機械を作ったのはルーカスだ。君が先日オーガのついでに成敗した帝国スパイの指令書をすべて解読できたのも、帝国大使館の外交文書を読み放題なのも、彼らの潜水艦の位置をすべて把握できるのも、みんなルーカスのおかげだ! 君の家族が平和に暮らせるのは、ルーカスのおかげなんだ。ウーィル、君はメル嬢の自慢をする暇があったら、もっとルーカスに感謝の念をもつべきなんじゃないのかい?」
なんだとぉ!! うちのメルはなぁ、メルはなぁ、えーーと、オレのかわりにご近所付き合いだって完璧にこなしてくれる。同級生にも大人気だ。ついでにケンカだって強いぞ。そこらへんの男の子には絶対に負けない。おたくの殿下はしょうしょうナヨナヨしすぎなんじゃないか?
「まだ言うか! 確かにルーカスはケンカは弱いが、軍隊に多大な貢献をしているぞ。現在海軍が王国や皇国と共同開発している電波を使って遠距離の物体を検知する技術も、あの子が原理を提案したものだ。あと数年以内に、われわれは空中から飛来するドラゴンや航空機もいち早く検知できるようになるだろう。その他、砲弾の弾道を正確に計算する機械も、高射砲弾が空中の敵のすぐそばで確実に爆発する信管も、みんなルーカスの発案だ。どうだ、まいったか!」
なにぃ。さっきの暗号の話の凄さはいまいち理解できないが、こーゆー武器の話ならオレでも理解できる。確かにそれは凄いことかもしれない。
ちょっと気圧されたオレをみて、親バカおっさんがさらに図に乗る。暴走を始める。
「それだけじゃないぞ。ルーカスはいま、同盟国の科学者達をあつめて新兵器開発を行う超極秘の国家プロジェクトの中心的な役割も担っているんだぞ。これが完成すれば人類の歴史は変わる。公国はドラゴンにも帝国にも絶対に負けない。ルーカスはそのリーダーになるんだ!」
口角泡を飛ばすとはこのこと。目の前のおっさんの顔をみれば、……くそぅ、勝ち誇ったドヤ顔に腹が立つ!!
どうする? この親馬鹿おっさんにどうやって反論する? さすがのオレも、そろそろメルを誉めるネタが尽きてきたぞ。
し、しかし、おっさん。息子を自慢したい気持ちはよーくわかるんだがな。一介の騎士に対して国家機密をベラベラしゃべっちゃっていいのかよ。オレは公国の将来がちょっと心配になってきたぞ。
アルベルト・アインシュタインとフォン・ノイマンとロバート・オッペンハイマーとアラン・チューリングを足して4で割ったくらいの天才ということで
2020.04.26 初出
2020.04.26 誤字報告を適応しました。報告ありがとうございます!