35.美少女騎士(中身はおっさん)とセーラー服
ルーカス殿下からのご招待?
あー、確かに今日の午後だった。今日の朝までは確かに覚えていたんだけど、始末書作成に神経を集中していたらすっかり忘れていた。
「なに、呑気なこと言ってるのよ。たしか駐屯地までお迎えの車が来るんだっけ? 準備はちゃんとできているんでしょうね?」
ルーカス殿下からのご招待というのは、港で青ドラゴンの群から殿下を護ってやったお礼に、公王宮でのお食事会にご招待された件だ。
……いや、準備といっても、公王宮へいって殿下と一緒に飯くうだけだし。いまさら準備するものなんてなにもないけどな。
「着ていくお洋服は? ウーィル、あなたまともな私服もってないでしょ。ちゃんと用意したんでしょうね」
あーーー、えーと、いろいろ考えたんだが、この公国騎士の制服で行こうかと。一応公務員の制服なんだから、これならば世界中のどこの王様前に出ても問題ないはず、だよな?
「だめよ。殿下からの招待状にも書いてあったでしょ。公務じゃないから私服で来て欲しいって。……あなた、まさか用意していないんじゃないでしょうね」
い、いやいや、オレもな、服は買いに行こうと思ったんだよ。だけどな、なけなしの勇気を振り絞って洋服屋さんにいったら、あのオーガ事件だろ。結局あれから忙しく買い物に行けていないし……。
「なにやってるのよ、このアホ娘! 殿下からのご招待をなんだと思ってるの! あなた公王家に仕える騎士なのよ!!」
えええ? 騎士が公王家に仕えてるって、そんなの形式だけだろう。オレ達公国騎士は国家公務員であって、仕えているのはあくまで『公国』のはずだぞ。
……しかし、オレの反論はレイラには聞こえていない。
「あーー、本当にもう! どうしよう? いまから買いに行く時間なんてないわよね。そうだ、ナティップ! あなたの私服ウーィルに貸してあげて」
「えっ? ウーィルちゃん先輩のためなら全然かまわないっすけど、けど、けど、その、えーと、サイズが……」
ナティップちゃんがオレの身体の上から下まで視線を動かしながら、口よどむ。
……わるかったな。
たしかに、ナティップちゃんは、手足が長くて出るところとは出て引っ込むところはきちんと引っ込んでいるスタイル抜群美女だ。ひいき目に見てせいぜい中学生ボティのオレとは、身長だけじゃなく何から何までサイズが違っている。
「じゃ、じゃあ、メルちゃんの服は?」
同じだよ。自慢じゃないがうちのメルは15歳にしてはちょっとスタイルがいいぞ。オレみたいなちんちくりんとは違う。 サイズがまったくあわない。
「メルちゃんが小学生の頃、私が買ってきてあげた服があるでしょう?」
オレは衣食住のうち『食住』は一人でもなんとかなる。一人暮らしも長かったからな。しかし、『衣』については全く興味もなければ知識もない人間だった。自分の服などどうでもよかったし、他人の着ている服にも興味がなかった。特に女性の服装などまったくわからない。若い頃は妻が『せっかくオシャレしてもぜんぜん気づいてくれない』などとよく嘆いていたものだが、オレにはどうしようもなかった。
その妻が亡くなってから、メルはオレが男手ひとつでそだててきた。しかし情けないことに、オレには、かわいい娘にいったい何を着せればよいのかさっぱりわからなかった。だから、たまたま同じ職場だったレイラに土下座して頼んだものだ。娘の服を買ってきてください、と。
レイラが言っているメルが小学生の頃の服というのは、それのことだろう。
……ふと疑問に思ったのだが、メルが幼い頃の我がオレオ家のこと、レイラの記憶の中ではどうなってるのだろうな?
レイラは、幼いメルのことは覚えているようだ。ならば、父であるウィルソンと長女であるウーィル。こいつの記憶の中に、二人同時に存在するのだろうか? 整合性はとれているのだろうか?
ん? レイラもなんかへんな表情で考え込んでいるようだ。もしかして、彼女も自分の記憶に違和感を感じているのか? ……まぁ、今それはどうでもいい。大事なことは明日のことだ。
たしかにメルの小学生の頃の私服はまだあるはずだ。処分した記憶はないからな。しかしな、レイラよ。考えてみろ。たとえサイズがちょうどよかったとしても、あんな小学生用のヒラヒラした可愛らしい服を、公国魔導騎士が着るのはおかしいだろう。
そもそも、娘が小学生の頃に着ていた服を、中年おっさんである父親が、……じゃなくて社会人の姉が借りて着るというのは、プライドが許さない。人間の尊厳に関わると思わないか? オレは絶対にイヤだぞ。
「なに偉そうに平らな胸を張ってふんぞり返ってるのよ! 見た目幼女がえらそうに!!」
な、なにぃ! いまなんと言った、レイラ。相手になってやるから表に出ろよ、このとしm……わぁごめんなさい。オレは何も言ってません! だからそんな怒らないで! 槍をもちだすのはやめて!!
「はぁ。……考えてみれば、たしかに小学生のメルちゃんに買ってあげた服では幼すぎるわよね。でも、ど、どうしよう?」
だから騎士の制服でいいだろ? もう考えるのも面倒くさいし。
「だめだっていってるでしょ! せっかくの殿下のご招待なのよ!!」
確かに殿下のご招待だが、どうしてそんなに気合い入れなきゃならないんだ?
「いい? ウーィル。よく聞きなさい。亡くなった公王妃殿下は、もともとエルフ族のただの民間人の学生だったわ。その妃殿下が陛下に見初められたのは、お二人が学生時代の学園祭パーティの食事会だったそうよ」
ほぉ。それが何の関係があるんだ?
「ウーィルも、殿下と年齢が近いんだし、しかも命の恩人なのよ。一緒に食事すれば、もしかしたらもしかするかもしれないじゃないの!」
はぁ? レイラ、おまえはオレに玉の輿を狙えと言ってるのか? おまえは年頃の知り合いにみさかいなく縁談を持ちかけるお見合いおばちゃんか?
オレは呆れて何も言い返す気力がなくなってしまった。
かわりに横から割り込んできたのは、またしてもアホのジェイボスだ。
「たたた隊長! ウーィルに玉の輿なんて無理。絶対に無理。しかも公王家なんてダメだ。俺は反対です。反対! 反対! 反対! 反対!」
お、おい、ジェイボスよ。オレのためにそんなに熱くなるな。玉の輿なんてレイラが勝手に妄想しているだけで、絶対にそうなることはないから。それに、今のレイラに何を言っても無駄だ。ここは黙って好きなようにさせておいたほうがいいぞ。
「ジェイボスは口を出さないで! あなたウーィルと関係ないでしょ!」
「お、俺は、ウーィルの家族みたいなものだ!」
「家族? 家族なのね? ならば、ウーィルの幸せのために協力するのがあたりまえでしょ!」
レイラ隊長のその一言で、ジェイボスは黙ってしまった。何も言えなくなった。
あれれ。ジェイボスにとっても、万が一オレが玉の輿に乗ったら、それが幸せだという認識なのか? ちょっと意外だ。
『……この根性無しのヘタレおおかみが!』
レイラ隊長が口の中だけで吐き捨てるようにつぶやいたジェイボスへの罵倒は、ウーィルには聞こえなかった。
「わかったわ。こうなったら私の実家のコネを最大限につかいましょう。公王家御用達の服飾店に知り合いがいるの。私の父の頼みなら今からでも無理をきいてくれるはずよ。さぁウーィル、いっしょに行くわよ! いそいで!!」
うわー、やめてぇ。レイラの実家って、公国の旧貴族の中でも公王家に次ぐぐらいの名家じゃねぇか。オレのためにそんな権力やコネをつかうのはやめてくれぇ。
力尽くでオレを連れ出そうとするレイラ隊長。必死に抵抗するオレ。地面にめり込むほど落ち込んでいるジェイボス。面白がって見ているだけのナティップら他の隊員達。
そんな魔導騎士第一小隊の詰め所に、ひとりの部外者が入ってきた。
「騎士ウーィル・オレオ!」
魔導騎士第一小隊の詰め所のドアが開く。見慣れない男が、オレの名を呼んだ。
「ん? ……あ、おまえ」
男は騎士だ。第二小隊の紋章。耳が尖っているからエルフだな。ああ、先日の決闘騒ぎで教育してやったエルフ若造のリーダー格か。
「どうした? なにか用?」
しかし、男はなかなか部屋に入ってこない。おどおどした様子で挙動不審だ。
おい、おい、そんなに恐がるなよ。なにもしないよ。
「……先日は、ありがとう」
オレの方からドアまで出向く。エルフの小僧は、ビビりながらも頭を下げた。
は? 先日? 礼を言われるようなことした? あの決闘騒動のこと、……じゃないよな。オレなにかやったっけ?
「大通りのブティックだよ。オーガを連れたチンピラに嫌がらせされているのを、助けてくれたろう? あの店、俺の実家なんだ。暴漢に囲まれていたのは、俺の母だ」
へぇ。そうなのか。そういえば助けた彼女、たしかにエルフだったな。
ていうか、あの美容と若さで『母』なのか。いったい彼女は何歳なんだ? エルフってすごいなぁ。
とにかく、……あれくらい気にするな。騎士として当たり前の事だ。汗のひとつもかかなかったし。
頭をかくオレの前、なにやら紙袋が差し出された。強引に手渡される。
ん? なんだ?
「お礼と言っちゃ何だが、お袋がぜひあんたにこれを、と」
へ?
「とりあえず、あんたに似合いそうな洋服を見繕ったそうだ。いま公都の若い女性で流行っているらしい。よかったら着てくれ」
はぁ。それは、どうも。
せっかくのご厚意だ。オレは、素直に受け取ることにした。できる限りの笑顔をつくり、礼を言う。
ありがとう。
微笑んだ、はずだ。微笑んだよな。正直、自分のつくった表情に自信がない。オレはこの身体に似合うような笑顔ができたのか? とりあえず、目の前のエルフ小僧の顔が赤くなったので、良しとしておこう。
「そそそそそれとは別に、お袋がもし時間があったらまた店に来て欲しいと言ってた。その時は、デザインや採寸から任せて欲しいそうだ。も、もちろん無料だ」
あ、いや、そこまでしていただくのは……。
「じゃあ、そういうことで」
エルフの若者は、頬を赤くしたまま急ぎ足で去って行った。照れ屋の小僧だな。
手渡された紙袋の中を覗くと、……へぇ、公国の若い女性達の間では、こんな服が流行っているのか。
シャツは半袖。胸元に赤いリボン。特徴的なのは大きな黒い襟。スカートは何本もプリーツがはいったフワリとした膝上の丈。
これ、可愛らしいけど、……海軍の水兵さんみたいだなぁ。
2020.04.19 初出
2020.04.19 誤字報告を適用しました。報告ありがとうございます。