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30.美少女騎士(中身はおっさん)とやんちゃ小僧ども その02



 小僧共のナイフと拳銃をみて、あつまっていた人々がざわめく。女性の悲鳴がひびく。


 当然のように、野次馬の大部分は少女騎士の身を案じている。しかし、少女はその可愛らしい顔に似合わぬ薄ら笑いを浮かべていた。しかもそれをまったく隠す気がない。


 ゆっくりと背中の剣をおろす。鞘に入ったまま、左手にもつ。その場慣れした態度が、小僧共をいらつかせる。


「ガキのくせに調子に乗りやがって」


 ガキはおまえたちだろう、……って、オレもガキだった。だけど、オレは公国騎士だよ。魔導騎士だよ。それでも、……本当にやるの?


「時代遅れの騎士風情が、俺達の邪魔をするとどうなるかわかってるのか?」


 うん。たしかに騎士が時代遅れの存在であることは否定しないよ。たとえば組織的で機械化された軍隊相手の戦争では魔導騎士などほとんど役に立たないだろうし、政治的な目的をもった本気のテロを未然に防いだりは正直かなり苦手だ。オレ達の相手は基本的に魔物やモンスターであり、自慢じゃないが脳みそよりも魔力と剣と腕力をつかった力押しの任務が大部分なのだ。


 だけどな。君達は、オレの剣による力押しを止められるのか?


「……ほお、君たちの邪魔をするとどうなるの? 教えてよ。ほら、早くかかってきなさい。そのナイフと銃はおもちゃ?」


 小僧共は顔を真っ赤にして簡単に挑発にのってきた。アホだなぁ。





「この野郎!!」


 小僧のひとりがナイフで斬りつけてる。


 おお、少々ケンカ慣れしているようだ。もしかしたら専門家からナイフさばきの訓練を受けたことがあるのかもしれない。帝国情報部かな?


 だが所詮は素人。ていうか、一対一で正面から闘ってという条件付きならば、たとえプロの軍人や殺し屋でも魔導騎士に勝てる人間なんて世界でもそんなにいないと思うけどね。


 オレはナイフを簡単によける。


 ……そもそも技術以前の問題として、動きが遅すぎる。


 そのまま半回転して後ろ回し蹴り。側頭部にブーツをたたき込む。


 自分より頭三つ分も身長が低い少女が、まさか頭を狙って蹴りを仕掛けるとは思わない。一撃で意識を刈り取られた小僧が、ゆっくりと倒れていく。






「う、動くな。撃つぞ!」


 もうひとりが拳銃をむける。


 へぇ。撃つの? 撃っちゃうの? 早く撃ちなよ。……どうしたの? 銃口が震えているよ!


「う、う、う、うるさい! 死ね!!!!」


 パン!


 乾いた音がひびく。


 瞬間。ウーィルの周囲の時間がとまった。銃弾の軌道がはっきりとみえる。


 うーん、本当にこの身体、時間や空間を歪ませる能力があるのかもしれないなぁ。


 キン!


 鞘のまま、剣で弾を弾く。余裕だ。


 オレ、全力を出したらどこまで素速く動けるのだろう? この身体の限界について、いつか試してみなきゃなぁ。





 銃を撃った小僧は目を見開く。口をあんぐり開けている。


 しんじられない。あどけない顔した少女が、剣で拳銃の弾を弾き飛ばした?


「あーあ、撃っちゃった。もう後戻りできないよ」


 ちょっと鼻にかかった甘い声。無邪気な口調。だが、小僧の耳には悪魔による死刑宣告にしか聞こえない。あわててもう一発引き金を引こうとした瞬間。


 え?


 少女が目と鼻の先にいた。コンマ数秒前、彼が一発目の引き金を引いたとき、彼女は数メートル先にいたはずなのに。


 そして目の前で微笑む。天使のような笑顔。


「う、う、う、うわー」


 錯乱した小僧が撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。ほぼゼロ距離から、照準もつけず引き金を引き続ける。


 キンッ、キンッ、キンッ、キンッ


 だが、あたらない。すべての弾が弾かれる。剣の動きがまったく見えない。


「こんな往来で発砲しちゃったんだから、覚悟はできてるよ、ね?」


 息づかいが聞こえそうな距離に迫る美少女が、見上げながらウインク。


 ひ、ひぃぃぃぃ。


 恐怖の余り仰け反る。反射的に一歩下がる。振り向いて逃げ……。


 とん。


 逃げようとした小僧がその場に崩れ落ちた。少女騎士が剣の柄でみぞおちを突いたのだ。






 凶器をもった小僧ふたりが、あっという間もなくのされてしまった。残されたのは、魔法使いと奴隷オーガが一頭だ。


 オーガを拘束している鎖を握った若者の顔が、みるみる蒼白になる。ウーィルが視線を向けるだけで、ガタガタと震え出す。


「……なんだよ。人を化け物みたいに。こんな美少女と視線があったら、普通うれしいだろ」


 悪魔のように微笑み。だが、それに反応したのは微笑みかけた先の小僧ではなかった。


 がぁぁぁっぁぁ!!!


 付近のビルが震えるほどの咆哮。それまでおとなしくしていたオーガが、いきなり叫んだのだ。






 魔法使いは駆け出しの魔物使いだった。特殊な魔導加工を施した首輪と鎖。それをとおして魔力により奴隷オーガを操っていたのだ。


 凶暴なオーガの本能を押さえ込むためには、繊細な魔力の行使が必要だ。だが、突如として目の前に降臨した悪魔のごとき少女騎士、ウーィルへの恐怖。それにより魔力がゆらぐ。制御が効かなくなる。オーガの本能が、魔力のくびきを断ち切った。






 オーガは自我を取り戻した。

 

 彼が鉱山奴隷にされたのは、人間の暦でもう五年ほど前のことだ。彼はもともと公国中央部の大森林の中に住んでいた。幼い頃に部族からはぐれ、森をさまよい闘いに明け暮れる孤高の一匹オーガだった。


 彼はオーガ族の中でも特異体質といえるほど体格と魔力に恵まれていた。大森林に住むヒト型モンスターの中でも最大最強だった。それが彼の誇りであり、さらにもっともっと強くなりたかった。


 自分の強さを確かめるため、周辺に住むオークやゴブリンの部族との殺し合いに明け暮れる日々。時には中型ドラゴンにケンカを売ったあげく、返り討ちにされ逃げ回ることもあった。それでもいつか必ず自分はドラゴンにすら勝てるようになると信じていた。


 しかし、そんな日常は唐突に終わる。


 森の中に、ニンゲンの集団がやってきたのだ。やつらは森を切り開き集落をつくった。狩り場を荒らし川を汚した。山肌に巨大な穴を掘り始め、煙を吐く巨大な鉄の機械が往き来するようになった。


 オーガを含め森の中の魔物達は、何百年も前からニンゲンに近づくことを嫌っていた。単独ではヒト型の生き物の中でもとりわけ弱々しいくせに、集団になれば強大で残忍になる。強力な武器と魔力を巧みに扱い、他の生き物に容赦がない。


 手始めに、たまたま人間の集落近くを縄張りとしていたブタ面のオークどもが皆殺しにされた。ゴブリン達は、いつの間にかさらに深い森の奥に逃げてしまったらしい。


 誇り高きオーガは逃げなかった。彼は、ニンゲンもオークもゴブリンも平等に扱った。すなわち、不幸にも森の中でオーガに出会ってしまった者は、等しくバラバラにされ、彼の餌となったのだ。


 そんなオーガをニンゲンどもが見逃すはずがない。ある日、彼の巣はニンゲンの大きな群に包囲され、圧倒的な鉄と火薬と魔力により蜂の巣にされた。彼が生かされたのは、その強靱な生命力によりたまたま即死しなかったからに過ぎない。


 その日以来、彼はずっと首輪をつけられてきた。『魔物使い』の魔力によりもともと強くない思考力を根こそぎうばわれ、自我を失った。少ない食料で過酷な鉱山の中、ただ力しごとをする存在となった。


 だが、鉱山の経営者にとって、オーガ奴隷は期待したほど経済性がなかった。オーガに給料は必要なくても、今や貴重な存在である『魔物使い』の魔法使いを雇うためには極めて高給が必要だ。にもかかわらず、ちょっと油断すればオーガは他の人間の労働者を食ってしまう。日々進歩している機械、あるいは金さえ払えば黙って働く人間の労働者の方が遙かに安上がりだったのだ。


 彼は廃棄処分となった。


 しかし、ただ同然で払い下げられ処分される寸前、彼を引き取った人間がいた。


『卑しい魔物のくせに人間のふりをして金儲けをしているエルフに対して、奴らと同じ魔物であるオーガをつかって天誅を下す!』


 オーガを買い取った小僧どもは本気でそう考えていた。自分こそが公国の救世主だと。……もちろん、そのように吹き込んだ者が別にいるのだが。







 正気を取り戻したオーガ。数年ぶりに鬼の本性を取り戻した彼は、咆えた。


 全身全霊の咆哮。


 自分を奴隷にした人間に対する怒り。自分の弱さに対する怒り。世界のすべてに対する怒り。全身からあふれ出た怒りが一気に吐き出される。


 野生の本能と感情の高まりが物理的な力になる。莫大な魔力が空間に溢れる。空気が震える。地面が揺れる。


 その直後、石畳を巻き上げるほどの疾風。オーガの巨大なこぶしが、横殴りに振り回されたのだ。


 オーガに繋がれた鎖の端を握る魔法使いの小さな身体が吹き飛んだ。それはまるで枯れ葉のように舞い上がると、数十メートル先のレンガ壁にぶつかり、おちた。


 そして目が合う。


 彼の正面にいるとりわけ小さな人間。剣を持った雌。その顔に浮かぶ薄笑い。


 自分でも何故だかわからない。オーガの全身が総毛立った。



 

 

2020.03.08 初出

 


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