24.美少女騎士(中身はおっさん)と青ドラゴン その02
そこは公都の軍港、公国海軍だけではなく各国の軍艦が停泊している埠頭。そんな公国海軍の縄張りのど真ん中とも言える場所を、青い小型ドラゴンの群が我が物顔で飛び交っている。
「くそ、二十頭はいるな。こいつら真っ昼間から、いったいどこから現れやがったんだ?」
そのドラゴンの群のど真ん中、真っ赤な炎をまとった巨大な剣を振り回す騎士。大柄な身体、獣の耳、毛深い顔、オオカミ族である魔導騎士ジェイボスだ。
「そーじゃのぉ、おそらくはるか雲の上からこっそりと近づき、まっすぐにここに降下してきたのじゃろうなぁ」
ジェイボスの大きな背中の後ろ、両手を天に掲げた老人が、巨大な魔法陣を展開している。白いヒゲ、長い杖、いかにも魔法使いというローブを着こなしているが、やはり騎士。最長老の魔導騎士、バルバリー。
なるほどね。雲の上を飛ぶドラゴンを検知することは、いまだ人類には不可能だ。しかし、そこまでしていったい何を目的にこんなところに、……いや、いまはそれどころではない、か。
目の前、不用意につっこんで来た一頭のドラゴンを袈裟切りにしたジェイボスが振り返る。
「爺さん、その『聖なる障壁』、あとどれくらいもつ?」
バルバリーが展開している魔法陣は、半径十メートルほどの空間を覆い物理攻撃を無効化する聖なる障壁だ。耐えられる攻撃の強さに限界はあるが、相手が小型ドラゴンの爪やブレスくらいならば問題ない。障壁の後ろには、数人の人間が身を伏せている。
「うーむ。そう長くは保たんのぉ。あと十分、いや十五分というところか。五十年前なら半日でも平気だったんじゃがなぁ、ひゃっひゃっひゃ」
長老騎士が腰をさすりながら答える。一見していつも通りひょうひょうとしているようだが、同僚であるジェイボスにはわかる。このジジイ、かなり無理をしている。魔力は残り僅かしかない。
まずいな。
ジェイボスは唇を噛む。
くそ、小銃や軽機関銃しかもたない警備の兵士達はドラゴンの包囲を外から突破できない。他の魔導騎士の応援を、……たった十五分では無理だ。
すでに港の中、ドラゴンの群に向けて猛烈な対空砲火を撃ちまくっている巨大な艦。連合王国海軍の戦艦は、単なる補給のために寄港したのではない。ジェイボス達でさえ詳細は知らされていないが、何やら重要な会議のために王国の大臣や学者がたくさん乗っているらしい。魔導騎士ジェイボスとバルバリの任務は、それを出迎える式典に出席する国防大臣と国務大臣、そして公王陛下の名代である公王太子殿下の護衛だ。
よくある任務だ。少々気になる点と言えば、騎士団を含む海軍・警察合同の警備体勢があまりにも大げさ過ぎるという点だけだった。
公国と連合王国の同盟関係は極めて良好だ。同盟の反対派など、皆無とはいわないが圧倒的な少数派だ。敵対している帝国にしても、敵対してるからこそ、こんな公式の式典を妨害してはこないだろう。ジェイボスは国際政治に興味などないが、それくらいのことはわかる。
なにしろ真っ昼間だ。しかも海軍基地の真ん中だ。これだけの警備体制をかいくぐり事を起こすなど、飛行機や潜水艦から奇襲でもないかぎり不可能だ。そんな大げさなことをしでかしたら、それはすなわち二度目の世界大戦の始まりだ。
まんがいち人類の敵対種である強力な魔物が潜り込んだとしても、バルバリの聖なる魔法とジェイボスの炎の魔剣があれば、たいていの場合は撃退できるはずだ。はずだった。しかし、まさかドラゴンが、しかも大群が、犠牲覚悟で空から攻めてくるなどとは誰も想定していなかった。
公国と連合王国海軍の対空砲火により、青ドラゴンのかなりの数が空中で撃墜された。しかしもともとが大群だ。数十頭が生き残り、ジェイボス達を含めた式典参加者が取り囲こまれてしまった。地面からほんの数メートルの高度を保ちながら、交互に攻撃をしかけてくる。
王国側の要人がまだ戦艦を降りていないのは幸いだが、こうなってしまっては軍艦の砲はこちらに向けて撃てない。包囲の中に要人が取り残されているのに、まさか至近距離から40ミリ対空機関砲をぶち込むわけにはいかない。今頃になって駆けつけてきた海軍航空隊の戦闘機だって同じだ。そして、警備要員の小銃や拳銃などはそもそもドラゴン相手に役に立たない。式典参加者の命運は、今やドラゴンの環の中にいる魔導騎士ふたりに託されているのだ。
「なぁ、爺さん。……いざとなったら、俺は誰を護るべきだ?」
相対するドラゴンの数が多すぎる。バルバリ爺さんの聖なる障壁がなくなったら、その後ろに隠れている要人全員をジェイボスひとりの剣だけで護ることは不可能だ。
「……殿下を、頼む」
脂汗をながしながら、やっとのことでジジイが声を絞り出す。
ちらりと後ろを振り返る。彼の警護対象である公国公子殿下が、震えながら不安そうな顔でこちらを見ている。
ルーカス殿下。代々の公王陛下と同じ黒い髪。漆黒の瞳。そして長い耳。ちょっと線の細い十五歳のメガネの少年。
亡き公王妃殿下はエルフ族だった。すなわち、殿下はハーフエルフだ。その可愛らしい容姿から国民には人気があるが、一方で現公王陛下と比べてしょうしょう頼りないとの評判もある。たしかに外見だけならば、ジェイボスから見ても男らしさが足りないような気がしないでもない。たまに見せる仕草が女の子っぽいというか……。
しかし、同盟国から招いた学者や大臣の出迎えを任されるということは、陛下や政府から信頼されているのだろう。殿下の同級生であるメルちゃんから聞いた噂だと、彼はかなりの変わり者だが学業成績はぶっちぎりトップだそうだ。特に科学の知識に関してはまるで未来か異世界から来たかのようだ、ときいた事もある。
まぁ、殿下がどんな人間でも関係ない。騎士であるジェイボスの仕事は、彼を全力で護ることだ。命をかけて。
一頭のドラゴンがジェイボスに迫る。足元を狙って剣を薙ぐ。……とどかない。翼を広げてさがりやがった。
クソ。深追いはできない。ジェイボスが離れる隙をねらい、他のドラゴンが魔法陣を展開するバルバリ爺さんに迫る。爺さんがやられれば、後ろに護られた要人達は全滅だ。
しかもこいつら、決して高度を上げない。空に舞い上がれば対空機銃で狙われるのがわかっているのか。
「くそったれ、トカゲのくせに統制が取れすぎている!!」
どこかに指揮している者がいるのか。せめてやつらの目的がわかれば対策もあるのだが。
「そ、そろそろ、限界じゃ」
爺さんが声を引き絞る。顔が土色だ。魔法陣が薄れていく。
……わかった。
ひゃっ!
まるで女の子のような悲鳴をあげたのはルーカス殿下だ。ジェイボスがその太い腕で殿下の腰を抱え込んだのだ。彼ひとりを抱えて逃げるために。
「ジェイボス、……儂が囮になる。殿下を頼んだぞ!」
バルバリ爺さんの魔法陣がついに消滅した。取り囲まれた人々が、ドラゴンどもと直接相対する。
えっ?
ルーカス殿下が叫ぶ。
「ま、まってください! 私だけ逃げるなんてダメです。騎士様、おろして! 逃がすなら大臣さんを先に!!」
だが、周囲の大人達がそれを許すはずがない。要人の中でもっとも偉そうな男が殿下を叱る。ジェイボスも顔を知る国防大臣だ。
「殿下、あなたの聡明さは公国民の誇りです。だから、つい我々はあなたがまだ子供だということを忘れてしまいがちだが。でも、……こういう時くらい子供は素直に大人の言うことに従いなさい」
もしここで殿下を犠牲にして生き残ったとしても、公国市民はそんな大人を許してはくれまい。どのみち公国での政治家生命は終わりだ。ならば、大人として、紳士として、格好つけさせてもらおうか。
常日頃は魔導騎士を厄介者扱いしている国防大臣が、ジェイボスに命じる。
「いけ、騎士。殿下だけでも護って見せろ」
言われるまでもない。ジェイボスが市街に向けて走る。ルーカス殿下を抱えて。
……しかし、ジェイボスの逃走は成功しなかった。
くそったれがぁ! どうしてトカゲ共は俺ばかり追ってくるんだよ!!
殿下を抱えたジェイボスが走れたのはほんの数十メートルだった。この場に居たドラゴンすべてが、例外なく逃げるジェイボスを追ったのだ。彼は埠頭の根元付近で再びドラゴンの群に取り囲まれ、ついに進退窮まった。
こいつら、初めから殿下だけを狙っていやがったのか? トカゲにそんな知能があるのか?
既に『聖なる障壁』はない。すべてのドラゴンがジェイボスと殿下を狙って一斉に爪を振るう。前後左右から間断なくブレスが襲う。
ぐがぁぁぁぁ
殿下を背中に、ジェイボスが咆える。彼はつい先日、公都を襲撃した青ドラゴンの群に殺されかけた。ウーィルのおかげでなんとか命は助かったものの、二度目の失態は許されない。……いや、自分が死ぬのは構わない。恐くない。恐いのは、自分の任務を果たせないことだ。殿下を護れないことだ。
くそ、くそ、くそ、くそ!
必死に剣を振るう。冷凍ブレスから殿下を庇う。
爪が腹に食い込む。ブレスによりすでに脚は凍り付いた。それでも剣を振るう。殿下を護る。
身体が動かない。目が見えない。殿下はどこだ。まだ生きているのか。
「殿下ぁ!!!」
魔力が出ない。剣がウロコに弾かれる。取り落とす。くそったれ。目の前の少年に覆い被さる。背中にブレスの直撃。これで何度目だ。だめか。だめなのか。俺はここまでなのか。
脳裏に人影がうかぶ。これが走馬灯ってやつか。誰だ? メルちゃん? ウーィル? ちがう。……うそだろ? 死ぬ直前に思い浮かべる顔が、あんなおっさんだなんて……。
スパッ。
ほんの数メートル先、ジェイボスに向けとどめのブレスを吐こうとした瞬間のドラゴンが、唐突に動きを停止した。
えっ?
血で染まった狭い視界の中、黒い筋が空間を走ったように見えた。
ゆっくりと、ゆっくりと、ドラゴンの首が落ちる。切断面から噴水のように鮮血が吹き出し、頭上から降りそそぐ。
「……んんんん、あれれ、じぇいぼす? なんれおまえがここにいるのら?」
剣をもった酔っ払い少女が、空から降ってきた。
誤字報告をいただきました。報告いただいた方、ありがとうございました。助かります。今後もよろしくお願い致します。
それにしても、こんな機能があったとは知りませんでした。便利な世の中ですねぇ。
2020.02.01 初出
2020.02.02 何カ所か読みづらい表現を修正しました




