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22.美少女騎士(中身はおっさん)はお酒が飲みたい その03


「……ガキのくせに無理するからだろ。たった一杯で顔真っ赤にしやがって」


 そ、そんなばかな。おれはきしだよ! おとなのきしが、いっぱいのびーるくらいで、よっぱらうわけないのらよ!


「酔っぱらってるじゃねぇか。だからソーダ水にしておけって」


 おおおおおせかいがぐるぐるまわってる。そんなばかな! たったいっぱいで? おれは、おれはおれはおれはいったどうなってしまったのら?






 すう、すう、すう


 窓際のテーブルで、突っ伏して寝てしまった少女。ちいさな寝息が漏れる。マスターが自分のシャツを肩にかけてやる。


「お、おい。あんたが褒め称えていた魔導騎士様とやら、ビール一杯で真っ赤になって寝ちまったぞ」


「……まぁ、魔導騎士といってもお子様だからなぁ」


 店の奥でくだを巻いている常連達が、ウーィルを肴に盛り上がる。一部の年長者は、まるで自分の孫娘を見るような優しげな目で彼女をみている。


「へっへっへ、あんなんで街の治安を守れるのかよ」


「こないだ公都に襲来したドラゴンの群を追い払ったのは、あの娘だぜ」


「は? さすがにそれはウソだろ?」


 彼の故郷である連合王国にも、まれではあるが現在でもドラゴンが出現することがある。小型ドラゴンであれば、そして本土に上陸する前に運良く海上で補足できれば、世界最強を自負する王国艦隊が追い払うことも可能だ。しかし、空中を飛来しどこから現れるかわからないドラゴンを相手に、そうそう上手く事が運ぶとは限らない。


「ウソじゃないって。本当だ。ほれ、ちょうどあれくらいの大きさのドラゴ、ン、……だ? ああああああ?」


 ドラゴ、……ン?


 常連のオヤジと水兵が固まる。口を開き目を剥いたまま、ウーィルのテーブル、その先の窓を指さす。


 いったい何事かと他の客達もそちらを向き、同様に固まった。彼らの視線の先、先ほどまでウーィルが港を眺めていた大きな窓から、巨大なドラゴンの顔がこちらを覗いていたのだ。






 青ドラゴン。トラックほどの大きさ。先日公都を襲ったものと同じ小型種であろう。


「なんだありゃあ!」


「ド、ドラゴンっ!!」


「どうしてこんなところに」


「にげろ」


 決して広くはない店の中が悲鳴に包まれる。腰を抜かして動けない酔っ払いを、別の酔っ払いが引きずって逃げる。


 地球上におけるドラゴンの出現数は、ここ百年ほどで劇的に減少している。公国においても同様だ。しかし、如何に科学が進歩しようとも、ドラゴンが人類の脅威であることにかわりはない。大型ドラゴンの出現は国家レベルの災害であり、たとえ小型であっても、それはどこの国の人間にとっても本能的な恐怖の対象であった。


 たった一頭の小型ドラゴンにより、店の中が阿鼻叫喚の大混乱に陥る。


「おきろ、公国騎士ウーィル・オレオ!! ウーィル、おきるんだ!!」


 激しく肩を揺するマスターによって、ウーィルが目を覚ました。


「……なんら?」


「ドラゴンだ。逃げるぞ」


 マスターは、この非常時にあっても無表情を貫いている。そして客であるウーィルを逃がそうと最後まで店にのこっている。実に肝がすわった男だった。


 しかし、そんな彼に叩き起こされた騎士は、いまだ酔っぱらっていた。


「へっ? どらごん? こないだきったよ?」


 マスターが指さすのは窓の外。そちらに目を向ければ、巨大な口。舌。そしてキバ。まさに冷凍ブレスを吐かんとする直前の青竜。


 あらほんとら。また、きっちゃうぞ! ……おっと、オレのけんはどこら?


「き、斬るのか? 酔っ払いのくせに。……って、剣は? この中か? どうせ釣り竿なんかはいっているわけないよな」


 マスターが、ウーィルが壁に立て掛けた釣り竿ケースの中から剣を取り出して渡す。ウーィルがそれを受け取る。立ち上がろうとするが、足元がおぼつかない。よろめく身体を、剣を杖代わりにささえて立ち直る。


「おいおい大丈夫か?」 


「なぁに、どらごんごとき、わたしにまっかせなさーーい!」


 どん!


 酔っ払い少女が、薄い胸を拳で叩く。


「うっぷ」


 ウーィルの顔が青ざめる。酸っぱいものがあがってきたのを必死に耐える。


「大丈夫かなぁ。あー、騎士様。できれば、ドラゴンを斬るのは店の外でやってほしいのだが……」


 美少女魔導騎士が大聖堂ごとドラゴンの群を壊滅させた事件は、公国市民ならみな知っている。結果として犠牲者がでなかったこともあり、市民の多くはウーィルに好意的だ。彼女の行為を公国の誇りとはやし立てる者すらいる。だが、ドラゴンの巻き添えで破壊されるのが自分の店となると、話は別だ。できれば避けてもらいたい。


「だいじょうぶだいじょうぶ。おみせをこわさなければいい、のよね。……さやをもって」


 マスターが鞘をもつ。柄を握るウーィルが三歩あるいて剣を抜く。ドラゴンはまだ店の外、窓の向こうに居る。もちろん剣は届かない。


 ドラゴンが息を吸う。胸が膨らむ。数秒後には喉の奥から白い冷気が吐き出され、店ごと破壊されるのは確実だ。


 ちょっととおいけど、……とどく。


 理由はわからないが、届くような気がした。鞘を飛ばすわけではない。この間合いから直接斬れるような気がしたのだ。酔っぱらったおかげでウィルソンとしての常識が引っ込み、ウーィルの肉体の意識が表にでてきたのかも知れない。


 わらしには、できるよ。


 うん。できる。その場で剣をかまえる。上段。頭の後ろ、大きく振りかぶる。


 かんたんらよね。くうかんごときればいい。


 ウーィルは無造作に剣を振った。上から下へ。オーケストラの指揮者が指揮棒を振り下ろすように。



 

 

2020.01.25 初出

 


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― 新着の感想 ―
[一言] お店大丈夫かなぁ
[一言] 酔っ払いに武器を持たせてはいけない( ˘ω˘ )
[良い点] 「こいつ・・・空間ごと斬っただと?!」が見れそうで楽しみ。 [一言] 投稿お疲れ様ですー
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