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19.美少女騎士(中身はおっさん)と下っぱ吸血鬼 その03


「ばかやろう。へんたい! 臭いを嗅ぐのをやめろ!!」


 うわぁ、変態だ。変態が目の前に居る。変態のセクハラ野郎がこんなに気持ち悪いとは、この身体になるまで気付かなかった。


 ウーィルは自分で自分に驚いている。……なぜ、オレは半べそをかいているんだ? これじゃぁ、外見だけじゃなく中身まで少女になってしまったみたいじゃないか。





 驚いているのはウーィルだけではない。同僚ブルーノも同様だ。


 彼の記憶の中のウーィル、騎士の同僚としての彼女は、すくなくとも任務中はこんな少女っぽさ微塵も見せたことがなかった。


 もちろん女性経験に事欠かない彼にはわかっている。ウーィルはもともとこのような少女なのだ。だが、ウーィルは根っからの騎士だ。


 両親を早くに亡くし、妹のために騎士として必死に働く少女。尋常ではない剣の腕と魔力、そしてドラゴンやヴァンパイアを前にしても決してひるまない胆力。その凜々しい姿には神々しささえ感じる。


 一方で、かつて同僚だったウィルソン先輩の血だろうか。彼女は、幼馴染みであるジェイボス以外の同僚とは、ほとんど無駄話をしない。他人とのコミュニケーションが得意な方ではない。


 それでいて、他人のイヤがる地味で面倒くさい仕事を淡々とこなす。まるでおっさんのように口ぶりで『やれやれ仕方が無いなぁ』などと嘆きながらも、同僚へのさりげない気遣いややさしさを決して忘れない。気が荒く常にささくれだった連中ばかりの小隊の中、彼女の存在は特別だ。魔導騎士小隊のキーマンと言って過言ではない。


 ウィルソン先輩がいたころは、彼がそうだった。無口で無愛想だが頼りになるおっさん。その先輩が殉職したとき、隊長をはじめとする隊員達の嘆き様はそれは凄まじいものだった。だが、今は娘であるウーィルがそれを引き継いでいる。小隊の同僚達はみな、彼女に特別な敬意を払いつつ、同時に自分の娘のように大切に扱っている。彼女自身はいまいちそれを自覚していないようだが。


 だから、騎士団一のプレイボーイを自認するブルーノも、決してウーィルには軽々しく手をだしたりしない。せいぜいが冗談で口説いてみる程度だ。任務においても、さりげなくサポートすると決めている。


 そんな『仕事ができるおっさん』のようなウーィルが、まるで小娘のように真っ赤になって半べそをかいている。ブルーノの記憶の中では、こんな彼女は初めてだ。その新鮮な姿が彼の琴線にふれた。


 もっとウーィルについて知りたい。そして、護ってやりたい。


 ブルーノにとって、女性にこんな感情を抱いたのは初めての経験だった。





「ウーィル、どいてください。その変態、僕の魔法で黙らせてやる」


 同僚ブルーノが、いつになく真面目な口調だ。こいつ、戦闘中でも常に優雅にふるまおうとするキザでイヤミな野郎だったはずだが。


 驚きとともに我に返る。しまった。ヴァンパイアのあまりの変態さに、おもわず狼狽してしまった。なにやってるんだ、オレは。


「……大丈夫だブルーノ。全世界の女性の敵、変態ヴァンパイアは、オレが自ら天誅をくだしてやるよ」


 ヴァンパイアの顔色が変わる。


「なめるなよ、小娘」





 三度、ヴァンパイアが突進する。完全に再生したばかりの腕を伸ばす。


 対峙したウーィルは、剣をかまえた。上段。まだ鞘に入ったままの剣を天に振りかざし、そしてその場で振り下ろす。


 鞘がとぶ。凄まじい速度で正面から迫る。しかし、ヴァンパイアの顔面直前でそれは停止した。再生したばかりの腕、親指と人差し指だけで飛来した鞘をつまんだのだ。


「不意をついたつもりだったか。残念だったな、……えっ?」 


 目の前の鞘から視線をあげた先、騎士はいなかった。そして、足元から何かが凄まじい速度で吹き上がる。


 また、下か? 同じ手を何度も!


 しかし、地面から吹き上がったのは、白く細い脚ではなかった。地面からまばゆい光の筋が走る。一閃した直後、彼の腕がなくなっていた。





 鞘を飛ばした瞬間、ウーィルの精神にスイッチが入った。周囲のすべてが、もちろんヴァンパイアも含めて、スローモーションになる。同時に走る。鞘を追い越す速度でヴァンパイアの懐に入る。


 至近距離から放たれた凄まじい速度の鞘を軽々と受け止めたヴァンパイアの身体能力は、やはり人間離れしている。しかし、ウーィルから見れば、単なるスローなおっさんに過ぎない。


 虹色に妖しく光る愛剣を、足元から振り上げる。まるで手応えなく簡単に断ち切られた腕が、ゆっくりと飛ぶ。信じられない量の鮮血が噴き出す。





「い、いまのなに? なにも見えなかったわ! 剣? 剣を振ったの?」


 あまりに現実離れした光景に、たまらず女性警官が座り込んだ。その気持ちはブルーノにもわかる。魔導騎士である彼にも、ウーィルの剣は見えなかったのだ。


 その剣により腕をおとされたヴァンパイアも同じだ。驚愕の表情のまま、肘から先がなくなった自分の腕と噴き出す鮮血を眺める。だが、それだけだ。彼はヴァンパイアだ。すぐに平静を取り戻す。


「む、無駄だ。私は絶対不死のヴァンパイアだ。なんど斬ろうと腕などすぐに再生する」


 彼の言うとおり、すでに腕は再生を始めている。肘の切断面からグチャグチャと肉が盛り上がり、徐々に腕の形になりつつある。





 しかし、勝ち誇ったその顔は、一瞬で歪んだ。


 ヴァンパイアの視線が、意思に反して下に落ちる。


 なんだ? なにが起きた。


 自分で自分に何が起きたのか理解できない。自分の視線が勝手におちる。地面におちる。目の前に二本の脚がある。


 ここにいたって、彼はやっと気付いた。彼の上半身が、……上半身だけが、地面に滑り落ちている。腰から上半身と下半身が切断されている。少女がふたたび足元に潜り込み、剣を横に薙いだのだ。


「む、む、無駄だといっているのに!」


 上半身だけで地面を這いずりながら、ヴァンパイアが叫ぶ。腰から下半身が再生しつつあるが、目の前の少女の顔をした悪魔から逃げられない。


 ふたたび剣が振り下ろされる。袈裟懸けだ。上半身が肩から斜めに両断される。


「む、む、む、むだなんだよ。やめろ、やめてくれ!」


 上半身のそのまた半分だけでのたうつ情けない姿。しかし、ウーィルは容赦しない。再び右腕を斬る。左腕。そして首。バラバラの肉片に切り刻まれていく。


「再生力よりもはやくバラバラにすればいい。簡単なお仕事だな」




「ウーィル、あぶない!」


 ブルーノが叫んだ。ウーィルの後ろ、ついさっき関節技で引きちぎられた腕が、単独で動いている。警官から奪い取った拳銃をウーィルに向ける。


 パンッ!


 乾いた音。


 キンッ!!


 同時に金属音。振り向きざま、ウーィルが拳銃の弾を剣で斬ったのだ。


「拳銃なんてせいぜい音速以下の弾が飛んでくるだけだからねぇ。不意打ちでもない限り斬るのは簡単だよ」





「……うそ。魔導騎士って、みんなそうなの?」


 女性警官がブルーノに問う。


「魔法で銃を無効化するくらいなら、僕もできますよ。もっとも、発射された弾を剣で斬ってしまうなんてまねは、彼女しかできませんが」


 言いながら、実はブルーノも舌をまいている。小隊の隊員全員、確かに演習では銃を持った敵を相手に似たような事はやっている。しかし実戦で、しかも今のはほぼゼロ距離からの不意打ちだ。それをやすやすと斬るのか。彼女の剣は、すでにウィルソン先輩を超えているんじゃないか?





 今のは切り札のつもりだった。それすらこの少女騎士には通じないのか。ついに首だけになったヴァンパイア。口をパクパクさせながら、必死に声をだす。


「なんだ、その反射速度は? 本当に魔力で空間を歪ませているのか? 鋼鉄の船が大洋をわたり、飛行機が空を飛ぶこの科学技術の世の中で、非科学的なことやってるんじゃねぇよ」


「その科学万能の時代の公都に出現した絶対不死のヴァンパイアが、何を偉そうに」


 楽しそうに彼の肉体を切り刻むウーィル。頭が、下半身が、腕が、足が、バラバラにされる。その肉片が集まり再生するたび、再びバラバラにされる。


「や、やめろ! 私は、真祖様にヴァンパイア化された由緒正しいヴァンパイアだ。人間共が文明を発展させる前から世界の支配者なんだぞ」


「変態のくせにえらそうな口をきくなと言っている。……さっきも言ったろう? オレはヴァンパイアにはちょっと詳しい。おまえがただの下っ端なのはわかってるんだよ」


 かろうじて残っている顔半分がさけぶ。懇願する。


「ま、まて。私はたとえ灰になっても再生する。無駄だ。いい加減あきらめろ。あきらめてくれ」


 しかし、ウーィルはきかない。


「灰も残さないよ。なんのために魔法使いがいっしょに来ているとおもう?」


 目の玉だけを必死にむけた視線の先、もうひとりの魔導騎士がいた。青年騎士は、すでに魔法陣を展開している。あれは氷結の魔法? しかも、なんという凄まじい魔力。この少女の剣は、この魔法陣を展開する時間稼ぎだったというのか。


 氷に封じられては再生できない。すでに手足もない。に、にげ、られない。







「ま、まって。おねがい。……仲間が犠牲になったの」


 女性警官が、剣を振るうウーィルに哀願する。


 ウーィルは動きをとめた。


 公都警察の面子を立てて欲しいということか?


 横に居るブルーノが頷く。正面で戦ったウーィルの意思を尊重するというのだ。


 ふむ。 ……わかった。警察が封印はできるのか?


「こ、この聖櫃に封印して本署に持ち帰れば、……奴らの仲間について必ず証言させるわ」






 この世の物とは思えないほど血まみれの現場に、多くの警官と数名の騎士が集まっている。魔導騎士小隊の任務はとりあえず終了だが、公都警察の仕事はこれからが本番だ。連続殺人事件の後始末とヴァンパイアの扱いについては、面子をかけている警察に任せておけばいいだろう。


「ウーィル、帰りましょう」


 警官達が殺された現場、女性警官が多くの警官に囲まれながら聴取されている。その様子をボーッと眺めているウーィルに、ブルーノが声をかけた。


 ウーィルとブルーノも警察の事情聴取をうける必要があるだろうが、こちらは助けてやった側だ。明日にでも連中の方から駐屯地までくるだろう。


「いや……、もう少しここにいる。あの変態ヴァンパイア、封印が完全かどうかを確認したい。それに警察も、偉いさんはオレ達を煙たがるだろうが、現場の連中は仲間の最後についていますぐ話をききたいだろうし。現場検証やら事情聴取やらもうしばらく付き合ってやろうよ。あの女性警官ひとりじゃ荷が重そうだ」


 ……ウーィルらしい。


 ブルーノは、まったく意識しないままウーィルの頭に手をのせていた。まるで幼い子にするように頭を撫でていた。


「な、なにをするんだよぉ」


 やってしまってから、そんな自分に驚いた。しかし、ブルーノはやめる気にはならなかった。


「まぁ、いいじゃないですか。お疲れ様でした、ウーィル」


 ウーィルも、ブルーノの手を振りほどこうとはしない。


 ……そういえば、ジェイボス君がよく同じ様にウーィルの頭をなでていましたね。今なら、こうしたくなる彼の気持ちが理解できます。


「あ、ああ、お疲れ。まだ終わってないけどな。……おまえ変な奴だな、ブルーノ」


「ははは。まさに今、それを自覚してるところです」


「?」



 

 

ここまで読んでいただいた方に御礼申し上げます。

次回から数日に一度の更新になると思います。


まだ続く予定ですが、もしよろしければここまでの感想等いただけると幸いです。

これからもよろしくお願い致します。


2020.01.13 初出

 


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[一言] 主人公が今現状一番人間離れしてる可能性(
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