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16.美少女騎士(中身はおっさん)の悪夢


 これは夢か? 


 ……夢なんだろうな。過去の記憶だ。なぜならオレはウーィルではなくおっさん姿だ。そしてここは大聖堂。目の前に迫る青いドラゴンの群。


 くそ。取り囲まれた。


 それでもオレは剣をふるう。次々と吐き出されるブレスから逃げ回り、振り下ろされる爪を避け、そして目の前のドラゴンを斬る。斬る。斬る。斬……れない?


 鈍い音とともに、剣が竜のウロコに跳ね返された。


 くっそ。筋力をブーストしていた魔力もきれそうだ。魔力だけじゃない。もともとの筋力も体力も気力も、そろそろ限界だ。


 ちらりと後ろを見る。マヌケにもブレスの直撃をくらった後輩の騎士が仰向けに転がっている。ピクリとも動かないが、もともと頑丈なオオカミ野郎だからまだ死んではいないだろう。しかし、このままだと時間の問題か。


 ふと、撤退という単語が頭に浮かぶ。


 ……だめだ。このでかいオオカミ野郎をかついで逃げるのは、さすがのオレでも不可能だ。そして、この犬コロをここに置いて逃げるという選択肢はない。こいつはオレの息子みたいなものだ。見捨てて死なれると寝覚めが悪い。なによりも娘のメルが悲しむ。


 なぁに、ちょっと時間を稼げばいいのだ。ここは公都のど真ん中。ほんの数時間も耐えていれば、同僚の騎士か陸軍が援軍にかけつけるだろう。時間を稼ぐ策くらいはいくらでもある。本当に最後の最後になったら、オレの命を度外視してこいつだけ守ってやればいいのだ。それほど難しいことじゃない。


 すでに限界を超えた体力をぎりぎりまで振り絞り、跳ぶ。最後の一滴まで魔力を振り絞り、ドラゴンめがけて剣を振るう。たとえ斬れなくても、剣が折れても、それでも斬る。大聖堂の天井の上を駆ける。


「へ、へ、へ、まさか公都のど真ん中で、市民や建物に一切気を使わず剣を振えるとはな。魔力全開で剣をふるう機会なんて、訓練でもめったにないぜ」


 誰も聞いていなくても、精一杯の強がりを口に出さずにはいられない。





 ん?


 彼を取り囲むドラゴンどもが包囲を解いたのは、その瞬間だった。援軍が間に合ったかと思ったが、そうではない。


 なんだ?


 一頭のドラゴンが彼を無視して反対側の大聖堂の壁を破壊している。他のドラゴンもそちらに向かっていく。


 一息つける余裕が与えられたのはありがたいが、……トカゲどもは、なぜあんなところを?


 彼は目をこらす。その目に映ったのは、あり得ないもの。破壊された大聖堂の壁の穴から、人間が駆け出してきたのだ。おぼつかない足取りで必死に逃げる。ドラゴンの集団がそれを追う。


 人? 少年? どうして? 大聖堂には誰も居ないはずではなかったか?


 狼狽しながらも、自然に身体が動く。市民がドラゴンに追われているのなら助けねばならない。それが騎士だ。


 だが、それが隙になる。彼を取り囲んでいたドラゴンは、まだ残っていたのだ。駆け出した彼の背後から、ブレスが直撃。身体ごと吹き飛ばされる。大聖堂の壁に直撃。衝撃から立ち直った彼の目の前に、巨大な爪が振り下ろされる。






 うわーーー!


 自分の絶叫で眼が覚めた。


 はぁ、はぁ、はぁ。


 息があらい。心臓が爆発しそうだ。


 夢か。夢だよな。……くそ、何度目の夢だ? このシーンは何度もみた。オレは夢の中で何度も竜に殺された。


 しかし、オレが知りたいのはこの後だ。オレの記憶に残っていない、この後に起こったことだ。なのに、いつもここで眼が覚めてしまう。


 ゆっくりと上半身を起こす。


 あーあ。


 カーテンの隙間から射し込む朝日。姿見には半裸の少女が映っている。寝汗にまみれた寝間着代わりの丸首のシャツが完全にまくれているのだ。下着どころが胸まで丸出しだ。


 くそ、まだ朝方じゃないか。昨夜は徹夜の任務だったから昼まで寝るつもりだったのに。……今日も夜勤の予定だし、シャワーでも浴びて二度寝するか。


 オレはシャツを脱ぎ捨てる。メルも居ないし、このままバスルームまでいくか。






「ウーィル! どうした? すごい声が聞こえたぞ」


 ドンドンドンドン 


 寝室のドアが激しく叩かれる。ジェイボスの犬コロ野郎か。さっきのオレの叫び声、奴が下宿している二階の別室まで聞こえてしまったのか。どんだけ大声で叫んだんだ、オレ?


 ジェイボスの部屋は、一応オレオ家とは独立している。玄関も別々だ。しかし、もともと一軒の家だったこともあり、直接往き来できるドアもある。こちらには年頃の娘がいるのだから勝手に入ってくるなと常々言っているのだが、図々しいオオカミ野郎は飯時になるといつの間にかうちのテーブルに座ってやがったりすることもある。


「あ、ああ、なんでもないよ。寝ぼけただけだ……『大丈夫か! あけるぞ!!!』」


 ちょ、ちょ、ちょっと待てアホ、あけるな……。


 ばたんっ!


 寝室のドアが轟音とともに開く。でっかい図体のオオカミ野郎が寝室に飛び込んで来る。そして、目が合った。


 あっ。


 ジェイボスの動きが停止した。


 あっ。


 オレも停止する。動くことを忘れる。下着だけの姿で。


 たった数メートル先、ジェイボスの視線がゆっくりと上下する。オレの顔、胸、下半身。





 いったい何秒間だったのか。それは、犬コロが我に返りその場で回れ右をするまで続いた。


「……ご、ごめん」


 あわててドアを閉めるジェイボスの後ろ姿。オレは呆然としてそれを眺める。


 ショックだったのだ。……犬コロ野郎に裸同然の姿を見られたことが、ではない。自分自身の情けなさにだ。


 盛りがついた無礼な犬コロ野郎なんぞ、蹴り倒してやるべきだったのだ。頭の中ではそれがわかっていた。なのに、……ジェイボスが部屋に飛び込んできた瞬間、オレの頭の中は真っ白になった。身体がまったく動かなかった。どうすればいいのか、思いつかなかった。


 たとえドラゴンの群や最強のヴァンパイアと対峙しても、絶体絶命のピンチでも、オレは常に冷静だったはずだ。騎士としてそれが当然だと思っていた。それなのに、たかが下着姿をみられたくらいでこんな醜態をさらすとは……。


 そのうえ、……うわぁ、顔が真っ赤だ。今頃になって涙まででてきた。


 まてまてまて、どうしてしまったんだ、オレは? 誰が決めたかしらないが、騎士ウーィルというのはこーゆー少女なのか?


 くそ! ……寝よう。


 そうだ。自分の力ではどうにもならない事態に直面したら、ジタバタせずにとりあえず寝る。それがオレ、魔導騎士ウィルソンだ。文句あるか!




 

 

2020.01.11 初出

 

 


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