15.美少女騎士(中身はおっさん)と若造騎士 その04
「あ、雷撃魔法? 仲間がいるのに、あんな大技を?」
エルフ騎士のひとりが空中に魔法陣を描く。それを見つけたナティップがさけぶ。
「……これだから、あいつは第一小隊に入れなかったんだよ」
隣のジェイボスが、あきれたようにつぶやく。
魔導騎士は、人間を超えた能力をもつ神出鬼没な魔物を、剣と魔力を用いて退治するのが任務だ。公国軍のように近代的で組織的な戦闘というよりも、隊員個人の力量と判断力が問われる局面が多い。仲間が巻き添えになりかねない乱戦の局面で、自分勝手にあんな魔法の大技を使うような判断力がたりない者は、魔導騎士小隊には必要ない。
「わたしがとめるっす」
若造の雷撃魔法を力尽くで停めようと、ナティップの脚がでた。
これほど至近距離であの魔法が発動してしまうと、いかに魔導騎士ウーィルといえども無傷ではすむまい。ウーィルと剣を交えている残りふたりのエルフは言わずもがなだ。仲間を救うための咄嗟の動き。これができるからこそ、ナティップは魔導騎士小隊に抜擢されたのだ。
だが、その肩をジェイボスがとめた。
「えっ。なぜとめるっすか?」
「あそこにいるのは魔導騎士ウーィルだ。なんとかするさ。邪魔しないで見ていようぜ」
ウーィルを前後から囲み接近戦中の二人のエルフは、ついに息が切れ始めた。
全身全霊でふるう剣がまったく当たらない。なのに対峙している娘は、剣を抜いてさえいない。汗もかかず、微笑んでいる。スカートの裾を気にする余裕さえ見せる。
くそ。なぜ当たらない。オレ達はエルフとして、人間に舐められないよう必死に剣の腕を磨いてきた。なのに、三人がかりでこの体たらくとは。
ふと気づく。ひとりいない。リーダー格が包囲から一歩さがり間合いをとっている。あいつ、いったい何をするつもりだ?
渾身の力で突き、例によって例のごとくそれを余裕で避けられたその瞬間、彼は横目でみた。
さがった仲間が剣を天に振り上げている。その真上、魔法陣が発動している?
あ、ばか。
おもわず口に出た。
あいつ、熱くなるといつもこうだ。この至近距離で雷撃魔法をくらったら俺達もやばい。逃げなければ。
ほんの一瞬、目の前のウーィルから意識がそれた。その瞬間、……目の前にいた少女が消えた。
消えた?
違う、下だ。目の前、脚元に潜り込まれたのだ。触れるほどの至近距離。近すぎる。剣では斬れない。
視界の下、地面からなにかが爆発的に吹き上がる。
なっ。
凄まじい速度で跳ね上げられたブーツが顎に迫る。ウーィルが真下から垂直に蹴り上げたのだ。
ばかな。さけ、……ら、れ、。
あごに蹴りが直撃。たった一撃で、彼の意識は刈りとられた。
もう一人のエルフは、ウーィルの後ろから斬りかかろうと剣を振り上げた瞬間、仲間の顎が蹴り上げられる様を真正面から見た。
顎を綺麗に撃ち抜かれ、崩れ落ちる同僚。自分の身長よりも遙か高くに脚を蹴り上げた少女がそのまま一回転、彼の前に着地。スカートが盛大に翻り、反射的に視線がそちらに向かう。
な、に?
唐突に浮遊感。同時に視界がひっくり返る。
何がおこったのか、彼がそれを理解したのは、頭を地面に打ち付けられる直前だった。
ウーィルがバック転から着地と同時に今度は彼の足元に潜り込み、鞘におさまったままの剣を地面に水平に薙いだのだ。
翻るスカートをまぬけな顔をして眺めていた彼は、脚を払われ身体ごとあっという間にひっくり返された。そして、地面に這いつくばったまま見上げる。
目の前、細くて白い脚、そしてブーツ。
俺も蹴られる! あの凄まじい速度の蹴りがくる!
瞬間的に身を固くする。
この体勢では絶対に逃げられない!!
必死に頭を防御する。
しかし、蹴りは来ない。ウーィルはすでに戦意を喪失した彼のことなど頭になかった。彼女の視線の先にあるのは、展開されつつある魔法陣だ。
ひとり間合いを取り雷撃魔法の呪文を詠唱中だったエルフのリーダ格は、その瞬間あたまの中が真っ白になった。彼が魔法陣を描く時間稼ぎをしていたはずの仲間二人が、あっという間に倒されたのだ。
なにをやっている!
足元に這いつくばる仲間ふたりを無視して、彼女がこちらを向く。それまで握っていた鞘にはいったままの剣を、ついに振り上げる。
く、くそっ。……だがおそい! 詠唱も魔法陣ももう完成する。いかに人間離れした反応速度でも、この間合い。いまさら剣を使ってもどうにもならない。あの少女には俺は絶対に止められない。
くらえ!
詠唱を終える。指先を少女にむける。魔法陣が輝く。数瞬後、放たれた雷撃が彼女を直撃するはずだ。
だが、……魔法は発動しなかった。
ぐっ、がっ、……げぇ。
彼が魔力を放つ寸前、腹に凄まじい衝撃をうけた。呼吸がとまる。何が起こったのかわからないまま、身体がくの字にまがり後ろにふきとばされた。
「ウーィルちゃん先輩すごい! 鞘に入ったままの剣を振り下ろして、鞘だけ飛ばすなんて! ……あんなのありっすか?」
ナティップが叫ぶ。
ウーィルがいつのまにか抜き身の剣を下段にかまえている。鞘のついたままの剣を上段から振り下ろし、鞘だけをミサイルのように飛ばしたのだ。
鞘の直撃をくらったエルフは、腹を押さえ悶絶している。発動されなかった魔法陣がゆらゆらと消えていく。
「俺達の相手は魔物だからなぁ。人権なんて関係ないし、戦時国際法すら適用外だ。武器として使えるものは何でも使うさ」
「それにしたって……。よくやるんっすか?」
ナティップの戦闘スタイルは基本的に無手だ。拳に魔力をのせてぶん殴るのが基本だ。剣士の技にはあまり詳しくはない。ましてや、鞘だけ飛ばして武器にするなど、彼女の常識の埒外だった。
「ああ」
一方で、剣士であるジェイボスも驚きを隠しきれない。
俺はウーィルと幼い頃から一緒に剣を学んできた。あいつの戦い方はよーく知っている、……はずだ。
なのに、思い出そうととすると、具体的なウーィルの戦い方を思い出せないことに気づく。
なぜだ?
これじゃぁまるで、『オレとウーィルは幼馴染み』という知識だけが、あとからすり込まれたみたいじゃないか。あいつの親父さんの剣については、必要以上に鮮やかに覚えているのに。
鞘の直撃を腹にくらい悶絶しているエルフ。その視界の端、ブーツが近づく。見上げると、身体の割に長すぎる剣。彼を見下ろす少女のスカート。ひらひらした裾から白い脚が覗いている。
「小僧。剣も魔法も筋は悪くないけど、われわれ魔導騎士第一小隊を相手にするには少しだけ経験が足りなかったね。……まいったと言え」
ウーィルが目の前にしゃがみ込む。目の前に揃えられた膝。大きな漆黒の瞳が彼の顔を覗き込む。
「……ま、まいった」
それを聞いたウーィルは、にっこりと微笑んだ。
ようし。小僧、精進しろよ!
彼は目を見開く。まるで天使のように愛らしい少女のほほえみと、それにまったく似つかわしくないおっさん臭い言い回しのギャップ。……痛さも悔しさも忘れ、彼は去って行くウーィルの後ろ姿をただ見つめていた。
「……ジェイボスさん。さっきから何悩んでるっすか? ほらほら、幼馴染みの恋人が勝ったんだから祝福してあげなきゃ」
「あ、ああ。そうだな。……って、恋人じゃ、ねぇっての」
ナティップの言われるまでもなく、ジェイボスはウーィルの元に駆け寄った。そして、小さな頭に手をのせる。
「ウーィル。おまえ、何やってるんだ?」
「ごめん、ジェイボスや第一小隊の仲間がバカにされたと思ったら、つい頭に血が上ってしまったみたいだ」
あきれ顔のジェイボス。
「……バカだなぁ」
「バカでわるかったな」
やり過ぎたことを後悔してるのだろう、ウーィルが上目遣いでジェイボスみる。
「本当に、バカだなぁ」
獣人の大きな手が、ウーィルの頭をぐりぐりとなでる。
や、やめろ。恥ずかしいだろ。ナティップちゃんがニヤニヤして見ているじゃないか。
……そして、その日の午後のウーィルの仕事は、またしても始末書作成となった。
2020.01.09 初出