12.美少女騎士(中身はおっさん)と若造騎士
「お、おい。ウーィルやめろ」
必死にオレを止めようとする犬ころ野郎。
「うるさい。ジェイボスは黙っていろ」
おいおいオレはどうしちゃったんだ? オレはおっさんだ。酸いも甘いも噛み分けたベテラン騎士だ。裏方仕事は苦手だが、だからこそ余計なトラブルは抱え込まないよう、ひょうひょうと生きてきたはずだ。
それなのに、若造の挑発になぜこんなに熱くなる? いつからオレはこんなに情熱的な人間になったんだ?
……まぁいいか。いま、少なくともオレの見た目は若者だ。ひさびさに熱くなった血を発散してもいいだろう。若さ故のあやまちって奴だ
「おもての演習場だ。ついてこい!」
オレと若造達は野外演習場にでた。十メートルほどはなれて正面から対峙する。
お、おい。この娘、例の大聖堂壊しだぞ。
はったりに決まってる。大聖堂を破壊したのはドラゴンだろ。
そもそも、こいつこそ親のコネで騎士になったときいたぞ。
エルフ三人組がなにやらコソコソと言葉を交わしている。
「……おい、みんな聞こえてるぞ!」
まぁ、オレのことは何いわれたって腹もたたないんだけどな。
「ふん。お、お嬢ちゃん、本当にオレ達とやるつもりなのかい?」
はぁ? あれだけうちのジェイボスを侮辱しておいて、いまさらなに言ってやがるんだ? ここにきてビビってんのか?
演習場に野次馬が集まる。現代の公国騎士は、中世封建時代の騎士とは根本的にことなる存在だ。立憲君主国におけるただの国家公務員といっても間違いではない。
だが、名前だけどはいえ「騎士」の名をついでいるのだ。それゆえ、みな名誉を重んじる。旧貴族の家系出身者が多いのもその理由だが。
要するに、騎士団においてこの手の決闘もどきの騒ぎはよくあるはなしなのだ。停めようとする者はいない。……もちろん、上層部にばれればなにがしかの処分が為されるのだが。
あつまった野次馬はすでに数十人を超えている。その視線を集める中心にいるのは合計四人。
魔導騎士第二小隊の三人の若い騎士。そろってエルフ。すでに剣に手をかけ、かまえている。
それに対峙するのは、魔導騎士第一小隊の少女。漆黒のショートカットの髪。真っ黒な大きな瞳。小さくて細くて華奢で触れただけで壊れそうな少女。背中に背負った身長に似合わぬ剣。風にたなびく膝丈のスカート。チラチラとのぞく細くて白いふともも。すべてが場にそぐわない。
「ジェイボスさん」
野次馬の最前列に並ぶジェイボスに、隣から女性が問い掛ける。ナティップ・ソング、魔導騎士小隊の女性騎士だ。
「ウーィルちゃん、大丈夫っすか?」
「ウーィルちゃん、って。……おまえ、ウーィルはおまえより年下だが、一応おまえの先輩だぞ」
「すんませんっす。ウーィルちゃん先輩、あんまりかわいらしいもんで、つい」
ナティップはまったく悪びれない。だが、その無邪気な表情と口ぶりは、決して不愉快に感じることはない。これはこれで才能の一種なんだろうなぁとジェイボスは羨ましく感じた。
「ウーィルちゃん先輩のあの真剣な表情。特に愛らしい口元をキリリと締めて、必死に眉をつり上げて、……それが健気というか、微笑ましいというか、なんかもうたまらないっすよ!」
おいおいナティップよ。自分だって若い年頃の娘のくせに、それが両手拳を握りしめて力説するほどのことなのか?
ジェイボスは呆れながらも、ついポツリとつぶやいてしまう。
「……まぁ、ウーィルのあの表情がたまらないというのは、オレもわかるよ」
「でしょでしょでしょ。もーーージェイボスさん、ただの幼馴染みとかいいながら、ロリコンっすねぇ! このむっつり!!」
「ば、ばかなこと言うな!!!」
ジェイボスは必死に否定する。
しかし見渡してみれば、周囲の騎士達、特にベテラン騎士達の多くが、まるで娘か孫を見る目でウーィルを見ているのがわかる。俺のウーィルに対する感情も、アレと似たようなものだ。幼い頃からオレオ家でずっと一緒に育ったウーィルは、まるで俺の妹みたいなものなのだ。そうに決まっている。
「で、えーと、何の話だっけ? ナティップ」
「露骨にごまかそうとしてるっすね。えーと、……ウーィルちゃんって、ジェイボスさんの恋人っすよね」
「ちがう! 幼馴染み。お・さ・な・な・じ・み。物心着いたころからの腐れ縁だ」
ナティップがにやりと笑った。
「幼馴染みって、あれっすか? 幼い頃いっしょにお風呂に入ったり、朝起こしに来てくれたり、部屋を掃除してくれたり、着換え中にばったりラッキースケベとかするんすか?」
新人ペーペーの女性騎士が、まったく遠慮することなく俺を肘でつついてきやがる。
「え、あ、ああ。オレの下宿の家主の娘だからな。そういうことも、ないこともなくはないが。ししししかし、しつこいようだが、俺とウーィルは恋人じゃぁねぇんだよ」
「そんなに必死に否定しなくてもいいのに……。で、その幼馴染みのウーィルちゃん、放っておいてもいいっすか? このままだと本当にあのエルフ三人と決闘になっちゃうっすよ? ジェイボスさんが行くとかえってこじれそうだから、私がこの場を納めに行くっすか?」
へぇ、ナティップ、ただのお調子者じゃないんだな。
「いや、問題ないだろ。おまえは騎士団にはいったばかりだから知らないだろうが、俺はウーィルとずっと一緒に剣の修行をしてきたが、単純な剣の技だけならいまだに俺は勝てないからな。一般の騎士など相手にもならないだろうよ」
「へぇ。騎士団一の剛剣を誇るジェイボスさんが勝てないんすか。それは、……楽しみっすね」
ナティップの表情が一変した。舌なめずりをして、まるで獲物を見定めるような目でウーィルをみる。
沈黙を破ったのは少女の方だった。
「どうした? かかってこないのか? 三人まとめてで構わないぞ……」
三人組にむかって、ウーィルが啖呵をきる。
なんだと!
挑発されたエルフ達が顔をあかくする。周囲のやじうま騎士全員達が盛り上がる。
だが、それでも三人組は口火をきることに躊躇していた。少なくとも外見はか弱い少女であるウーィルを相手に、真剣をもって斬りかかることに騎士として良心の呵責を感じているのだ。
「ならば、私からいくぞ」
じれたように、ウーィルが先に動く。背中の剣に手をかける。ゆっくりと剣を抜こうとして……。
ウーィルの動きがとまった。
うごかない。ピクリともうごかない。ウーィルの表情が歪む。眉間に縦皺、小さな顔には脂汗がうかぶ。そして、沈痛な表情でつぶやく。
「……ちょっと待て」
「なんだ? どうしたんだ、あの少女騎士?」
「さぁ?」
まるで時間が止まったかのように動きを止めたウーィル。対峙するエルフ三人組に野次馬、ジェイボス、ナティップ、その場にいるすべての人間が頭にハテナマークを浮かべている。
「あの娘、どうしたんだ?」
「怖じ気づいたんじゃないか?」
「まさか逃げるつもりじゃぁ」
ウーィルは無言のままだ。だが数分後、ゆっくりと動き始めた。
背中にしょっている長い剣。それを肩からななめに掛けていた帯を、ウーィルはいそいそとはずす。
そして鞘を胸の前で握る。身体と腕に比べてあきらかに長すぎる剣。
ふう。これでよし、と。
「……さぁ。再開するぞ」
ウーィルは勝負の再開を宣言した。しれっとした顔で、まるで何事もなかったかのように。
だが、第二小隊の若造エルフ三人組は、ごまかされてはくれなかった。
「お、お嬢ちゃん、あんた、もしかして……」
噴き出すのをこらえながら、第二小隊の若造が指をさす。その先はウーィルの長すぎる剣だ。
「いうな!」
ウーィルが叫ぶ。だが、若造には通じない。
「もしかして、腕が短くて、背中の剣がぬけなかったのか?」
「いわないでぇぇぇぇ」
やっと事情を理解した周囲の野次馬が爆笑する。もちろんジェイボスも。ナティップちゃんがひっくり返って笑っている。
ウーィルは顔を真っ赤にして屈辱に耐える。
……なんたる、なんたる失態。まさかこの身体にこんな弱点があろうとは!!
「ほ、本当にだいじょうぶっすか? ウーィルちゃん先輩」
ナティップがジェイボスに問う。笑いすぎて涙を流しながら。
「だ、大丈夫だと、……思う。こないだも、あの剣をつかって何頭ものドラゴンを斬っていたからな」
「へぇ。どうやってあの剣を抜いたっすか?」
あ、あれ? どうやってだったっけ? 確かにオレの記憶では、ウーィルが魔物退治に出かけるときは必ずあの剣を抜いていたはずだ。でも、どうやって……?
「と、とにかく、ウーィルは大丈夫なんだよ」
「ジェイボスさんの言うことだから、ウーィルちゃん先輩の剣技が強いのは信じるっすけど。……ウェイトとスタミナでハンデがありすぎに見えるっすよ」
「まぁ見てろって。そんなものハンデにもならないから、……たぶん」
といいつつも、ジェイボスは不安を拭えない。ホントに大丈夫なのか、あいつ。
「さて、魔導騎士第一小隊のお嬢ちゃん。その長い剣、たとえ背中からおろしても長さがかわるわけじゃない。お嬢ちゃんの短い両手をめいっぱい広げても、抜けないように思えるがな。いま謝るならならば、許してやるぜ」
「……魔導騎士小隊のちからをみせてやると言ったはずだ。おまえら小僧相手に剣を抜くまでもない。御託はいいから三人まとめてかかってこい」
「どうせお嬢ちゃんも魔導騎士小隊にコネではいったくちだろう? 本気でエルフの魔力に勝てるつもりなのか? もし俺達が勝ったら、一晩付き合ってもらうぜ」
なんだと! 調子に乗るなよエルフのガキが!
激昂したのはジェイボスだ。必死に制するナティップがいなかったら、決闘に乱入し、ウーィルより先に三人まとめてぶっ飛ばしていたかも知れない。
「いいだろう。そのかわりオレが勝ったら、……ジェイボスに土下座してあやまること。いいな」
「ふん。……いくぜ」
三人が剣を抜く。それぞれ剣に雷撃の魔力を纏う。
合図などなしに、それでも三人は同時に突進を開始した。みごとな連携。タイミング。
野次馬の多くは、三人はただの若造の跳ね返りだと思っていた。その彼らが意外にも見事な連携をみせることに驚いている。
「おいおい、お嬢ちゃん、大丈夫なのか?」
初撃をかわしたとしても、ウーィルは三人に取り囲まれるだろう。三方向から三人の剣の前にその身を晒されることになる。
だが、ウーィルは動かない。迫る三人をただ黙って静かに待つ。その唇がわずかに動いたことに、気づいた者はいない。
「へぇ、やるじゃん。しかし、……ちょっと経験が足りないね、若造」
2020.01.06 初出