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10.美少女騎士(中身はおっさん)とお昼ごはん


 とある日のお昼。公国騎士団駐屯地にラッパの音がなりひびく。昼休みの合図だ。


 しまった! 忙しさのあまり出遅れてしまった。いまから一般騎士用食堂に行っても、大混雑間違いなしだ。


 もちろん駐屯地の外に食べに行ってもよい。しかし敷地外の店は高い。しかも、ここは公王宮や議事堂の目の前、公都のオフィス街のど真ん中。昼時にどこに飯を食いにいっても混んでいる。むさ苦しい騎士達は、オシャレなランチのお店では決して歓迎されることはない。そもそも、肉体労働者である騎士にとって、一般のお店ではカロリーがまったく足りない。


 故に、中堅以下の若い騎士の多くは、駐屯地の一般騎士用食堂を利用することがほとんどだ。


 謹慎やら突発的な出動やらのおかげで、この身体になってからお昼に食堂いくのは初めてだな。ジェイボスやナティップは任務で外出している。ひとりで行くしかないか。


 ……まぁいい。こんな身体のオレがどの程度戦えるのか、魔導騎士小隊にふさわしい腕なのか、実際の過酷な戦場で試すにはいい機会だ。


 ウーィルは公国騎士団駐屯地の食堂にむかう。そして戦場へと身を躍らせる。この身体がどの程度戦えるのか、それを試すためだ。





 公国騎士団駐屯地敷地内の一般騎士用の食堂。昼飯時、そこは筋肉マッチョな騎士どもが集まる戦場と化す。


 うわぁ。


 食堂の入り口を一歩はいっただけで、オレは圧倒された


 トレイをもちカウンターに殺到する男。男。男。むさ苦しくて暑苦しさこの上ない風景。


 つい昨日前まで、これが当たり前だと思っていた。うっとおしいと思わなくもなかったが、別に気にすることもなく普通にこの食堂を使っていた。


 しかし、今日は違う。オレはウーィルなのだ。なにより違うのは目線だ。オレがウィルソンだった頃よりも五十センチほども低い。うごめく肉の山に阻まれ、遠くまで見通せない。





 ……ここで躊躇していてもしかたがない。心を決めるしかない。いくぞ、戦闘開始だ。


 筋肉野郎の集団が狂った野獣のごとく殺到している食堂。まさに戦争だ。しかし、オレはエリート魔導騎士小隊。この程度の戦場に臆してなるものか。


 ウィルソンだった頃と同様、まずは筋力で突破をはかる。


 だ、だめだ。無理だ。不可能だ。突破できない。


 この細腕。細い脚。華奢な身体。一度男達の集団に埋もれてしまうと身動きが取れない。筋肉の壁を突破できない。カウンターに近づくことができない。進むべき方向すらわからない。


 くそ。なんて弱い身体だ。この身体、見た目通り力がない。華奢すぎる。


 ならば仕方がない。一度引き返して出直そう。戦略的撤退というやつだ。


 だ、だ、だ、だめだ。出口にも向かうこともできない。身体の向きを変えられない。筋肉の波に押し流される。


 おまえら、誇り高き騎士のくせに、少しは女の子を気遣おうという気持ちはないのか! 脳味噌の中は飯のことしかないのか? ……って、そもそも身長が低すぎて、こいつらの視線にはオレの姿がみえていないのか。


 し、しかも。しかも、こいつらみんな臭い。汗臭い。


 一般の騎士の多くは、その勤務時間のほとんどを厳しい訓練に費やす。それは仕方ないとして、午前の訓練のあと、飯の前にシャワーくらいあびたらどうだ。


 たかが汗の臭いが、なぜこんなにも不快に感じるのか。ついこないだまでは全然平気だったのに。だ、だめだ。くさくて息ができない。窒息しそうだ。オレは、誇り高い魔導騎士小隊のオレ様が、こんなところで死んでしまうのか?


 生命の危機に直面し、本能的に背中の剣に意識が向かう。


 こいつら斬るか? 斬ってしまうか? しょせんはのろまな肉の塊。ドラゴンに比べれば簡単に斬れる。ここにいるぜんいんをたたききってしまえば、オレはこのぢごくからかいほうされるのだぁぁぁぁぁ!


 朦朧とする意識の中、ウーィルの思考はやばい領域に踏み込みつつあった。





「なにやってるんだ、おまえ?」


 それは、半ば錯乱状態に陥ったウーィルが、背中の剣に手をかけた瞬間だった。


 ひょい。


 どこからか伸びてきたぶっとい腕により制服の襟首をつかまれ、肉の壁から引っこ抜かれる。ひとひとりの空間が確保される。ひさびさに新鮮な酸素がウーィルの肺に満たされた。


 深呼吸するオレの目の前、ひときわでっかい筋肉の塊がいた。毛深い顔に犬の耳。ジェイボスか!


 少女の身体とはいえ人ひとり軽々と持ち上げるのはたいしたもんだ。今ほどお前のパワーを頼もしく思ったことはないぞ。


「ウーィル、どうして食堂で半べそかいているんだ?」


 は、半べそ? オレが? そんなわけがあるか! これは汗だ。汗なんだよ。


「そ、そうか? それならいいが、ひとりか? 誰かいっしょじゃないのか?」


「……ひとりだ」


「もう飯は食ったのか?」


 だまって首をふる。


「そうか。……よし、まかせろ」


 言うが早いか、ジェイボスが男達の壁に突撃していった。筋肉の山をかき分けひたすら直線的に突進していく。


 すごいぞジェイボス。力だけでは無い。人を避けるわざ、力の受け流し、フェイント、ターン、ルーレット。昼飯を確保するため、あらゆる技巧を駆使してやがる。


 ジェイボスはあっという間に二人分のトレイに皿を満載し帰還。さらにテーブルの席まで確保しやがった。


 やるじゃないか。さすがオオカミ族のパワーは伊達じゃない。それでこそ魔導騎士だ。


「さ、さすがだな、ジェイボス。助かったよ。ありがとう」


「おまえ、そんなにトロくていつも昼飯食えてるのか?」


「……ついこないだまでは、なんとかなったんだがな」


 ジェイボスがへんな顔している。こいつの中では、こないだまでオレはどうやってこの食堂でご飯食べていたことになってるのかね?





 あいかわらず、すげぇ食うな。


 ジェイボスのトレイに乗っかっていた肉の山、野菜、パン。とにかくあらゆる食材がもりもりと減っていく。


 しかもこいつ、美味しそうに食いやがる。実に気持ちの良い食いっぷりだ。これ、同じ年齢だった頃のオレよりも、明らかにたくさん食うよな。


 一方で、いまのウーィルの身体のオレはというと。


 ……くっ、こんなに早く腹一杯になるとは思わなかった。


 いつもメルに『もっと食え』と言っていたオレが、これしか食べられないとは。この身体、胃が小さすぎる。小さいのは胃袋だけじゃない。口もだ。これじゃチマチマしか食えない。これでパワーが出るわけがない。この身体、可愛らしいのはいいが、これではスタミナが心配だ。


「なんだ? ウーィル、もう食わないのか?」


 ああ、無理だ。食いかけで悪いが、ジェイボスおまえ食うか?


 でっかい肉の塊が残った皿を差し出す。


「……い、いただくよ」


 ちょっと顔を赤くしたジェイボスは、それでもペロリと食いやがった。しかも一瞬で。ホント、すげえなぁ。


 



 


 科学技術が通用しない魔物を剣と魔法で狩る魔導騎士の活躍を描く物語のはずが、呑気に飯食ったり始末書書いたりばかりしてるような気がする……。

 基本的に少女騎士のだらだらした日常メインのお気楽なお話なので、気楽に読んでいただけると幸いです。よろしくお願い致します。



2020.01.05 初出



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