スタア誕生
ふと足を伸ばした港町にある古い映画館には、今でも彼の写真が飾られている。彼はこの町の出身で、ある映画の主演に大抜擢された。それから彼はこの町の星になったのだ。
老衰で死ぬまで俳優だった彼は私の憧れだが、いかんせん過去の人なので会うことができない。この映画館では定期的に彼の作品が記念上映される。私は徐に擦り切れたビロードの椅子に腰掛けその時を待った。
白黒の映像になった彼が笑う。時代が移ろってもハンサムな部類に入るその顔立ちが好き。映画という作品の中で彼は永遠に生き続けている。瞬きをして、呼吸をして、恋をしている。私はそれがたまらなく愛おしかった。
彼の一挙手一投足を見逃すまいと構えていると、ふと画面の端に白いワンピースを着た少女の姿が映る。私は思わず目を伏せた。少女はこれから彼の頰にキスをするのだ。緊張で唇を引き結んだ、下手くそなキスを。
仕方がないじゃない。初めてだったんだもの。
私はいつも自分の演じた恥ずかしい場面を見ることができない。彼がその時どんな顔をしていたのか、気にはなるが羞恥が先を行く。結局今日も、私と彼のキスシーンを見ることが出来なかった。
脱力感を抱きながら出口に向かうと、顔馴染みになった映画館のスタッフに声をかけられる。
お嬢ちゃん、飽きもせずよく来るねえ。
私は白いワンピースの裾を引き、軽く会釈をした。