透明社会の透明性
体が透ける病が流行りだしたのはほんの最近のことだ。透明人間化、透化病なんて騒がれているそれは原因不明で、いつ誰が発症するか分からない。
体の中心から徐々に透明になり、発症から七日で全体が見えなくなってしまう。
しかし他に何も主だった症状がないことから、透明化した人は服を着てそのまま生活している。
ものを触ることも、食べものを食べることも出来る。子供を抱きしめることも、愛を囁くことも出来る。
街行く人々は透明人間が歩いていても慣れたように横を歩いている。
奇病が社会に受け入れられたと言ったら綺麗に聞こえるかもしれないが、要は透明になっても人間は義務を背負わされているという事だ。
スーツを着込む透明人間は労働、子供透明人間は教育、もちろん生きるだけで納税の義務が発生する。
そして病気の原因が分からないまま社会に放って置かれた彼らは不満を募らせたらしい。
ある日透明人間たちが立ち上がり、透明人間だけが暮らす社会を創り始めた。その透明社会はひとりの革命家に導かれて今や世界中に影響を与えるコミュニティと化したのだった。一国家と同等の力を持つ透明社会は次々と仲間を増やし、透化病の研究を進めていった。
そしてとうとう透化を防ぐ薬の開発に成功したのだった。
それは透明社会にとって、衰退を意味していた。
元々は透明の体を治したいという思いから開発が進められていたはずが、透明は透明のまま元に戻せず、薬のせいで仲間を増やす事が出来なくなってしまうというジレンマが発生したのだ。
革命家の彼は焦り、そして透明社会を守るための手段に出た。
「君は透明化を発症し、薬でその姿を留めているんだったな」
私に残る両手足と首から上を眺めるように眼鏡を揺らし、透明な彼は言った。
「体が残っていながら透化病の研究を続けてくれたことは我々にとっても有難いことだよ。ほとんどの非透化の奴らは我々に関心を持たない。そんな中君の存在は相互理解という点で希望のように見えた」
「何が言いたいのですか?」
「単刀直入に言おう。人間を透明化させる薬を作ってくれ」
それでは私の続けて来た研究は本末転倒だ。しかし透化の仕組みを解明して来た以上、誰よりも透化に詳しいのは確かだった。
「君も薬をやめて、早く仲間になろう」
差し出された手を、私は静かに見つめることしか出来なかった。




