心臓継ぎの二律背反
微SF。
鼓動が部屋に響く。目の前に横たわる青白い顔をした彼から発せられているとは思えない程、確かに生命を感じさせる音だ。
私はこれから彼を延命させる。
死んで欲しくないとか、諸々の気持ちを抜きにしてもそれが私の仕事だからだ。
心臓を継ぐ仕事を継いだ私の最初の仕事は、彼の心臓を人工心臓へと継ぎ換えることだった。
人工心臓と言っても厳密には臓器ではなく、海底深くで産出される心臓のような生命体を封入した機械を、心臓を抜いた人間に植え付けるのだ。故に気味悪がられ、表立って言えない術式としてこっそりと引き継がれている。
心臓継ぎだけが抱える二律背反。先代はそれに悩まされ引退した。
元々は高名な僧により生み出されたこの技術が、何故私に引き継がれたのかは紆余曲折あってのことだった。ただひとつ言えることは、この技術を持ったものは心が疲れてしまうということだけ。皆それで早々と後継者を探し、引退する。
その理由を、私は心臓継ぎと呼ばれるこの仕事が生命の理に反するからだと思っていた。けれど実際に自分が施術する番になると、どうやらその考えが違うらしいということに気付く。
途方もない輪廻の最初の一歩を、踏み出そうとするその背を押してしまうような。
彼がそれで幸せなのか、永久に問い続けることになるような。
何か取り返しのつかないことをしようとしている気分になるのだ。
人工心臓の内部の何かは絶え間なく拍動する。
今から私は彼の心臓を抜いて、これを彼に植え付ける。何物かも分からない生命体を彼と共存させる。
まだ一緒に生きたいと言ってくれた彼は、これで喜ぶのだろうか。
私はきっとこの気持ちを、次の後継者に上手くは伝えられない。