クローズドサークル
とある雪山山荘で起こった殺人事件の解明のため現地に呼ばれたはいいが、突然の吹雪で帰れなくなってしまった。
事務所も何も構えていない駆け出しの探偵としては、どんな環境下にある現場にも飛んでいかないと生活が出来ない。
しかし、今時ミステリー小説でも珍しいクローズドサークルに自分が足を踏み入れることになるとは思ってもいなかった。
「警察の方々は一足先に引き上げました。貴女は運がなかったですね」
山荘の主人は若く見えるが疲れ切った様子だ。仕方がない、自分の経営する場で殺人事件が起こってしまったのだから。
事情聴取からようやく解放されたのだと、苦い顔で笑っている彼は私にコーヒーを差し出した。
「お若い探偵さん。何から話しましょうか。私はいつもと変わりなくこの山荘で宿泊客を待っていました。ちょうど今のように、温かい飲み物と、少しのサブレーをテーブルに用意して。しかしいつまで経ってもお客さんが来ないもので、もしや雪山に足を取られているのではと外へ出たんです。周囲を探しましたがそれらしい人影は見えませんで。当日キャンセルだったら困るなと思いながら、ここへ戻りました」
それは事前に警察から聞いていたとおりの話だ。矛盾はない。私は冷えた手でコーヒーカップを持ち、ゆっくりと温かい液体を嚥下した。
「そうしたら男女二人が山荘で死んでいたと、警察には言いました。実際はテーブルに用意していたコーヒーに薬を入れていましたので、私が眠らせたことになります」
ガシャンと音を立ててコーヒーカップが床に砕け散る。手が、体が言うことを聞かない。目の前の彼は嬉しそうにしている。
「もうひとり必要なんですよ。今年はーーーが降りますので、さんにんいるんです。ーーーはこの地に雪害をもたらすとされる土着信仰の、」
彼の言葉はよく聞き取れなかったし、私の意識は途中で途切れたのでこの後どうなったのかは分からない。
「本当に、貴女は運がない」
ただひとつ、遠のく意識の中で私はこのクローズドサークルから出られないことだけははっきりと分かった。