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流浪の遊び人 *王道少年漫画風・お下劣ファンタジー*  作者: 紅山 槙
episode1 女聖騎士は遊び人と一夜を共にする(全15話)
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ⅤⅡ 三日後

おや?遊び人の様子が……


 食い逃げ犯を捕らえてから三日後。


「救援?」


 エルマーを伝って届いた正教師様の伝言は、「隣町の近くで怪魔が異常発生し、行方不明者が出ている。明朝より出立し加勢せよ」というものだった。


「"神域"でもない場所で怪魔が異常発生することもあるんですね。捜索絶対面倒そう」とリーズェが不満を呟いたから、「自分よがりな発現は控えろ。聖騎士は人のためにあるのだ」と、短い叱咤をしたが。


 大変なのは確かだ。突然の遠征命令はまれにあるものだが、移動には数日かかる。


また、食料や毛布など、旅上で必要な物資はほとんど教会から支給されるが、細かいものは個人で用意しなくてはならない。


 業務である町の巡回を終え、班員と手分けをして急ぎ買い出しに向かった。


 私は一人薬屋に向かい、店を出たところで、


「メルーちゃん」


 店の陰で待ち伏せていたかのように、あの渋い、聞きたくもない声をかけられた。


「やっ♪」


 私は空いている手ですらりと剣を抜く。


「いきなり消えたかと思えばのこのこ現れるとは。いい度胸だな」


「え、もしかしてまだ怒ってる?」


「怒っているわけではない。教法に則り、犯罪者を捕らえるだけだ」


 食い逃げ犯を捕らえたあの日から、男は酒場に現れなくなった。こいつも食い逃げをしたのだから当然かもしれないが。捕縛のために宿に出向いても、すでにもぬけの殻。罪過を恐れて町の外に逃げ出したのかと思っていたが。


「いきなりキスしたこと? あれはごめんって。メルーちゃんと過ごした濃ゆ――い夜のこと、思い出しちゃってさ」


「それを淫行というのだ。自制も効かぬ不埒者め」


「だって好きだし」


「淫行がか?」


「メルーちゃんが」


「そうか。脅迫尾行(ストーカー)の罪にも問えそうだな」


 ふと、男の右腕を見る。手首から肘の上にかけて、ぐるぐると包帯が巻かれていた。


「……その包帯はどうした?」


「あー、これ? ちょっと怪我しちゃってさ。さっき君のお父さんのところに行って、巻いてもらったの」


「父さんの?」


「君のお父さんも俺のこと覚えてなかったけど、傷を見たら何故か急に思い出してくれたよ。『惨殺死体のようになっていた男か』、って」


 惨殺死体?

 そんな重症患者だったのか? この男は。


 教会の治療院は誰でも治療し、患者から代金を取らない。そのためか、時々目も当てられないほど酷い状態の患者が運ばれてくる。私がまだ父の仕事を手伝っていた幼い頃も、ショッキングな光景を度々見ていた。


 だが、やはりこの男のことは思い出せない。黒髪黒眼で褐色肌の男となれば、そうそう忘れるものではないと思うが。


「俺は君のお父さんと君に救われた。傷だけじゃなくて、心もね。あの時は、もう本当に死ぬと思ってたから」


「……」


「俺がこの町に戻ってきたのは、あの時のお礼を言うため。あと、メルーちゃんにもう一度会うために♪」


「……」


「お父さんは思い出してくれたのに、メルーちゃんは思い出してくれないんだね。仕方ないけどさ、少し寂しいなー」


「……」


 剣を下ろした。しゅるんと、刃を鞘に収める。


「治療院に来る患者は様々だ。いちいち患者のことなど覚えていられない」


「……俺の手を握って、励ましてくれたのも?」


「患者を励ますのは当たり前だろう。熱にうなされてパニックを起こす者もいるからな」


「……」


 男は急に黙り込む。


「……。まあ、うん。仕方ないよ。仕方がないんだけどさ? あの時俺を見ていてくれたっていうのが、嘘見たいじゃん?」


「?」


「心も体もズタボロで弱り切ってる時に優しい言葉かけられたら、意識したくなるよ。あの声が、あの手が。あの時の俺の、唯一縋れるものだったんだから」


 雰囲気が変わったように思えた。

 調子吹いた口ぶりが重くなり、目つきが鋭くなっている。


「……あれで惚れるなって方が無理だ」


 突然両腕を掴まれ、がっと壁に押し付けられた。ばさりと持っていた袋を落とす。


「な……何をするっ! 離せっ!」


 何だこれは? 手首が強く握られ、ぎりぎりと骨まで締められる。三日前に、私がこの男を地面に引き倒したというのが嘘ではないかと思うくらい、とてつもない力だ。


「絶対落とすって決めた。俺の女神になった時から狙ってたんだよ。メルゼルタ・ディーナの心と体を、奪い尽くそうって」


「くっ……!」


「あの時に惚れて、再会してもう一度惚れた。女神は俺のものにする」


「……っ」


 ふっと力が緩まり、分厚い手が離れた。

 男は苦しそうに顔を歪め、包帯の巻かれた腕を抑えている。


「おい……」


 声をかけると、男はにまっと口だけで笑う。


「はは、ごめん。俺今ナイーブになってんのかな? ちょっとかっとなった」


「……ナイーブ?」


「まあ、決断力が曖昧で? 神経惰弱な自分が悪いんだけどさ」


 男は落としたものを拾い始める。私も慌てて膝を折り、散らばったものを回収した。


「わー、傷薬がたくさん。物騒なものばかりだね」


「これから遠征に出るからな」


「へえー。聖騎士様のお仕事は大変だ」


 罰が悪いのか、男は私と目を合わせない。


 遊び人の言うことなど本気にしていないが、さっきは明らかに様子が変だった。一昨日も、私を女神に例えて口説いていたな。


 それに、痛むらしい腕の怪我。大きな傷なのか。怪魔にでも遭遇したのか?


 袋が私の手元に戻る。


「……あー、俺酒場行かなきゃ。間違えて食い逃げしちゃったし」


 男が立ち去ろうとしたところで、ふとあることに気がつく。


「おい、待て」


「んー?」


「ずっと名前を聞いていなかった。もしかしたらそれで思い出せるかもしれない」


「あー、そうだね、そういえば」


 遊び人はけらけらと笑った。


「……スロス。どう? 思い出した?」


 スロス?


『―――また会いに来るよ。絶対行く。そしたら俺と結婚してね』


 ああ。なるほど。


 過去に埋もれていたのではない。

わざと忘れていたのだ。


 ……とても不快だったから。


 髪も顔も肌も、ミイラのごとく全身を包帯で覆い尽くし、横たわる男。私をしつこく呼んで求婚してきた気色悪い患者が、確かそんな名前だった気がする。


「そういえばあの時も約束してたね。だから結婚し「約束を飲んだ覚えはない」


 ……顔を合わせたのは退院時の、患者の包帯が取れていた一回だけ。そして急ぐように治療院から出て行ってしまった。髪や肌の色ですぐ思い出せなかったのも当然かもしれない。


「あー、そっか。遠征前に婚約を誓ったら縁起悪いよね♪ ははっ」


 スロスはへらりと笑って、「じゃ。気をつけて行って来てね!」と言葉を残し、ぶらぶらと私の前から遠ざかって行った。




おめでとう!

メルゼルタは思い出した!


ちなみにメルーさんとスロスの年齢差は4、5歳くらいです。

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