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流浪の遊び人 *王道少年漫画風・お下劣ファンタジー*  作者: 紅山 槙
虚無の天使は遊び人と契らない愛を交わす(全13話)
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Ⅸ_土下座

スロスの煩悩は根強い。



「お待たせ」


 足音を聞いて我に返った。戻ってきたのは水の滴るいいモダちゃん……ではない。全く濡れている様子がない。

前来た時に、俺も期待してこっそり覗きをしてみたんだけど、服を着たまま豪快に頭から水を落としていた。


 結局水浴びを見たのがバレて説教されて、「期待外れだったでしょ?」と、呆れたような言葉も吐いていた。

モダは普通の人と体の性質が違うから、肌に水滴が引っかからず、服を脱ぐという作業が必要ないそうだ。


 モダはふとベッドに座る俺を見て、顔をしかめる。


「……ボクが体を流している間に着替えればよかったのに。寝巻きはどうしたの?」


「寝る時は全裸派♪」


「風邪ひくよ?」


「俺は馬鹿だから風邪ひかないの♪」


「そっか。納得」


「納得しないで!?」


 モダは困ったような表情になる。


 モダも最初から気づいていないってことはないだろう。可愛い子ちゃんが男の住処にやって来るという意味。服を着ないで、俺が腰布一枚で待機していた理由にも。


「カモぉーン♪ モダちゃ――――ん!」


 寝台から尻を浮かせ、不意打ちでがばっと抱きついた。


 が、残像だ! というように、モダの姿がぶるんと消えて、俺の腕はすかっと交差する。


「それはだめ」


 ベッドの上でぺたんこ座りしたモダちゃんの肩や腹から、うねうねした枝のような、光った触手が伸びてきて、俺をぐいっと押し返す。


「このボクに触れるのはだめ」


「どうしても?」


「倫理的に」


「……」


 目も顔も笑ってない。モダはいつも真面目だ。


 モダは少女の姿をしているだけで、液体のように形がない。強引に押し倒しても、するりと逃げられるだけだ。


 よし。こうなれば。


 全力で頼み込む作戦を決行する!!


 俺はばっとベッドの上に飛び乗って、足を揃え、肘を曲げ、額を落とす最上級のお願いポーズをとった。


「お願いモダちゃん。俺とエッチしてください」


「だめ」


「モダちゃんが好きなんです」


「好きでも何でもだめ」


「前に一回してくれたじゃん!」


「あの時はこの姿じゃなかったから」


「それでいいから! 二度目の一生のお願い!」


「またそんなこと言って。ボクは添い寝って聞いたはずだけど」


「"添い寝"ってつまり、『何かあってもいいよね?』っていう暗喩を込めた確認だよ? 好きな人が隣で寝るのに食うなと?」


「好きってさ……スロス。ボク、何度も言ってるよね? ボクは性別がないし、そもそも怪物だよ?」


「怪物でも好きだから♪」


「……欲情してるの?」


「してますしてます。今×××ギンギンです。見る?」


「痴漢は受けつけない。節度のない人は嫌いだ」


「ごめんなさい見せませんから、俺を嫌いにならないでください」


「……」


 いや、言っとくが、俺はロリコンじゃない。バブみでもない。ストライクゾーンが広いだけ。


 見た目に反して、モダは俺より年上なんだけどね。手厳しい。


 モダは少女らしい姿をぐにゃりと歪めて、漂う波のように、ゆらゆらと揺れる。顔や髪や服の上から、虹色に光る触手が生える。長かったり短かったりするそれも、ふわふわとそよ風を浴びる紐のように、踊っていた。


「……女の子って、無難だからね。どんな化け物でも、少女の姿を取ればあまり怖がられない」


「うん。でも、俺はモダちゃんそのものに惚れているから♪」


「嘘つき。スロスは面食い。色んな神使や人に手を出してるって、知ってるよ」


「それは……」


「この前、無礼にも若い女神様に手をつけたってね? その女神様は不安になって、ティレム神に泣きついたって噂。スロスが今回死にかけたのって、半分それが関係しているんだよ? わかってる?」


「……」


 やっぱり? 変なトラップみたいに大量の怪魔に襲われたのは、偶然じゃなかったのか。


「はっきり言って、自業自得だ。ただでさえ異端者として煙たがられているのに、どうしてさらに危険なことをしようとするの?」


「いや、俺は……」


「ボクにはさ。スロスが言い訳を探しているようにしか見えないんだよ」


「……」


「本当は、神様になるのやめたいんじゃないの?」


 何故かどきんと心臓が跳ねた。


「違う? 自分の信念曲げるのがカッコ悪いから、理由をつけたいだけじゃないの? スロス」


「……」


「シニガミのせいにしたところで、何も解決できないからだよね? 人を使って馬鹿なことして、やめなくてはいけない言い訳作る方が、手っ取り早いから?」


「……ち、違うよ♪ 俺は神様になりたいと思ってる」


 ちょっと噛んだ。


「じゃあ、どうして身の程知らずなナンパまでするの?」


「気晴らしに、かな? 色んな女の子が好きだから♪」


 体を起こして、モダににへっ、と笑いかける。


「……本当にそれだけが理由なら、最低」


「わ、モダちゃんに言われるといい言葉っぽい♪」


「気持ち悪い。変態。女垂らし。露出狂」


「もっと言ってください♪」


「×××が小さい人」


「嘘だ! 俺のモダちゃんは下品なこと言わない!!」


「……」


 モダは「ぷっ」っと吹き出して、けらけらと笑った。


「『俺のモダちゃん』って。ボクはスロスのものになった覚えはないけどね」


「じゃーこれから俺のものになって♪」


「恋人としてはだめ。浮気性の人はお断り」


 モダはとろりと溶けた光の塊になって、とんと俺を押し倒した。胸と腹の上に、火に手をかざした時のような、風に当たった時の圧迫感のような、実態のない温かさと存在を感じる。


 光のナイフや糸になる体。けど、モダに攻撃する意思がないなら、触れても全く痛いものじゃない。


「しょうがない、またこの姿で。今回だけだよ?」


 よっしゃあ!! ノってくれたぁ!


 モダは「怪物だから」って自己卑下するけど、本来の姿も神秘的だ。見る人が見れば、「綺麗だな」って感じるだろう。


「イエス! モダちゃん……!」


 モダを抱きしめたくて、腕を回す。


「スロスは変態だ。本当に」


 耳元で声がした。何処か、嬉しそうにしてる? 気のせい?


 まあ、光の塊にむらむらする人なんてまずいないだろう。俺も我ながらすごいと思う。


 モダは貞操観念がしっかりしている。美少女姿の時は触ることすら許してくれない。


 俺も最初はあの可愛いモダちゃん目当てだったんだけど。「まずヤっちまえばこっちのもんよ」と、既成事実を重ねるのが先だと判断した俺は、「モダちゃんの素を見せて?」と、口説いて口説いて口説きまくった。ようやくベッドインのオーケーをもらえたのが、一度目の時だ。


 ……実体験は想像よりも奇なり。


 淫らなモダちゃんは最高だった。


 モダは人のような体は持たないが、この光には、熱と空気の塊の重さがある。


 何処かで聞いた話。ものすごく早い風に手を当てて押し返すと、おっぱいと同じ感触がするという。


 ……つまり。モダちゃんは全身がおっぱいのようなものだ。


 何を言っているのかわからない?


 とにかく、触れればわかる!

 触ればわかる!


 しかもさ、うまいんだよね♪


 体の相性に顔のタイプは関係ないってホント。

 例え相手がただの光の塊だとしてもホントだ。


「……今、何を考えていたの?」


「モダちゃんのこと♪」と答えて、虹色の輝きにキスをした。




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