Ⅸ_土下座
スロスの煩悩は根強い。
「お待たせ」
足音を聞いて我に返った。戻ってきたのは水の滴るいいモダちゃん……ではない。全く濡れている様子がない。
前来た時に、俺も期待してこっそり覗きをしてみたんだけど、服を着たまま豪快に頭から水を落としていた。
結局水浴びを見たのがバレて説教されて、「期待外れだったでしょ?」と、呆れたような言葉も吐いていた。
モダは普通の人と体の性質が違うから、肌に水滴が引っかからず、服を脱ぐという作業が必要ないそうだ。
モダはふとベッドに座る俺を見て、顔をしかめる。
「……ボクが体を流している間に着替えればよかったのに。寝巻きはどうしたの?」
「寝る時は全裸派♪」
「風邪ひくよ?」
「俺は馬鹿だから風邪ひかないの♪」
「そっか。納得」
「納得しないで!?」
モダは困ったような表情になる。
モダも最初から気づいていないってことはないだろう。可愛い子ちゃんが男の住処にやって来るという意味。服を着ないで、俺が腰布一枚で待機していた理由にも。
「カモぉーン♪ モダちゃ――――ん!」
寝台から尻を浮かせ、不意打ちでがばっと抱きついた。
が、残像だ! というように、モダの姿がぶるんと消えて、俺の腕はすかっと交差する。
「それはだめ」
ベッドの上でぺたんこ座りしたモダちゃんの肩や腹から、うねうねした枝のような、光った触手が伸びてきて、俺をぐいっと押し返す。
「このボクに触れるのはだめ」
「どうしても?」
「倫理的に」
「……」
目も顔も笑ってない。モダはいつも真面目だ。
モダは少女の姿をしているだけで、液体のように形がない。強引に押し倒しても、するりと逃げられるだけだ。
よし。こうなれば。
全力で頼み込む作戦を決行する!!
俺はばっとベッドの上に飛び乗って、足を揃え、肘を曲げ、額を落とす最上級のお願いポーズをとった。
「お願いモダちゃん。俺とエッチしてください」
「だめ」
「モダちゃんが好きなんです」
「好きでも何でもだめ」
「前に一回してくれたじゃん!」
「あの時はこの姿じゃなかったから」
「それでいいから! 二度目の一生のお願い!」
「またそんなこと言って。ボクは添い寝って聞いたはずだけど」
「"添い寝"ってつまり、『何かあってもいいよね?』っていう暗喩を込めた確認だよ? 好きな人が隣で寝るのに食うなと?」
「好きってさ……スロス。ボク、何度も言ってるよね? ボクは性別がないし、そもそも怪物だよ?」
「怪物でも好きだから♪」
「……欲情してるの?」
「してますしてます。今×××ギンギンです。見る?」
「痴漢は受けつけない。節度のない人は嫌いだ」
「ごめんなさい見せませんから、俺を嫌いにならないでください」
「……」
いや、言っとくが、俺はロリコンじゃない。バブみでもない。ストライクゾーンが広いだけ。
見た目に反して、モダは俺より年上なんだけどね。手厳しい。
モダは少女らしい姿をぐにゃりと歪めて、漂う波のように、ゆらゆらと揺れる。顔や髪や服の上から、虹色に光る触手が生える。長かったり短かったりするそれも、ふわふわとそよ風を浴びる紐のように、踊っていた。
「……女の子って、無難だからね。どんな化け物でも、少女の姿を取ればあまり怖がられない」
「うん。でも、俺はモダちゃんそのものに惚れているから♪」
「嘘つき。スロスは面食い。色んな神使や人に手を出してるって、知ってるよ」
「それは……」
「この前、無礼にも若い女神様に手をつけたってね? その女神様は不安になって、ティレム神に泣きついたって噂。スロスが今回死にかけたのって、半分それが関係しているんだよ? わかってる?」
「……」
やっぱり? 変なトラップみたいに大量の怪魔に襲われたのは、偶然じゃなかったのか。
「はっきり言って、自業自得だ。ただでさえ異端者として煙たがられているのに、どうしてさらに危険なことをしようとするの?」
「いや、俺は……」
「ボクにはさ。スロスが言い訳を探しているようにしか見えないんだよ」
「……」
「本当は、神様になるのやめたいんじゃないの?」
何故かどきんと心臓が跳ねた。
「違う? 自分の信念曲げるのがカッコ悪いから、理由をつけたいだけじゃないの? スロス」
「……」
「シニガミのせいにしたところで、何も解決できないからだよね? 人を使って馬鹿なことして、やめなくてはいけない言い訳作る方が、手っ取り早いから?」
「……ち、違うよ♪ 俺は神様になりたいと思ってる」
ちょっと噛んだ。
「じゃあ、どうして身の程知らずなナンパまでするの?」
「気晴らしに、かな? 色んな女の子が好きだから♪」
体を起こして、モダににへっ、と笑いかける。
「……本当にそれだけが理由なら、最低」
「わ、モダちゃんに言われるといい言葉っぽい♪」
「気持ち悪い。変態。女垂らし。露出狂」
「もっと言ってください♪」
「×××が小さい人」
「嘘だ! 俺のモダちゃんは下品なこと言わない!!」
「……」
モダは「ぷっ」っと吹き出して、けらけらと笑った。
「『俺のモダちゃん』って。ボクはスロスのものになった覚えはないけどね」
「じゃーこれから俺のものになって♪」
「恋人としてはだめ。浮気性の人はお断り」
モダはとろりと溶けた光の塊になって、とんと俺を押し倒した。胸と腹の上に、火に手をかざした時のような、風に当たった時の圧迫感のような、実態のない温かさと存在を感じる。
光のナイフや糸になる体。けど、モダに攻撃する意思がないなら、触れても全く痛いものじゃない。
「しょうがない、またこの姿で。今回だけだよ?」
よっしゃあ!! ノってくれたぁ!
モダは「怪物だから」って自己卑下するけど、本来の姿も神秘的だ。見る人が見れば、「綺麗だな」って感じるだろう。
「イエス! モダちゃん……!」
モダを抱きしめたくて、腕を回す。
「スロスは変態だ。本当に」
耳元で声がした。何処か、嬉しそうにしてる? 気のせい?
まあ、光の塊にむらむらする人なんてまずいないだろう。俺も我ながらすごいと思う。
モダは貞操観念がしっかりしている。美少女姿の時は触ることすら許してくれない。
俺も最初はあの可愛いモダちゃん目当てだったんだけど。「まずヤっちまえばこっちのもんよ」と、既成事実を重ねるのが先だと判断した俺は、「モダちゃんの素を見せて?」と、口説いて口説いて口説きまくった。ようやくベッドインのオーケーをもらえたのが、一度目の時だ。
……実体験は想像よりも奇なり。
淫らなモダちゃんは最高だった。
モダは人のような体は持たないが、この光には、熱と空気の塊の重さがある。
何処かで聞いた話。ものすごく早い風に手を当てて押し返すと、おっぱいと同じ感触がするという。
……つまり。モダちゃんは全身がおっぱいのようなものだ。
何を言っているのかわからない?
とにかく、触れればわかる!
触ればわかる!
しかもさ、うまいんだよね♪
体の相性に顔のタイプは関係ないってホント。
例え相手がただの光の塊だとしてもホントだ。
「……今、何を考えていたの?」
「モダちゃんのこと♪」と答えて、虹色の輝きにキスをした。




